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第一章 HUE
57 <ユクレシアの記憶09>
しおりを挟む「レファイエット様。あなた様のおかげで、私たちの暮らしは本当に豊かになりました。そして今、勇者様とご一緒に、魔王討伐の旅をしていると聞いて、心ばかりですが、お部屋を用意させていただきました」
「ありがとうございます。お心遣い、痛み入ります。これからの旅は、おそらく過酷なものになるので、その最後の休息として、くつろがせていただきます」
勇者であるヤマダくんに挨拶をした後、その街の領主が、ヒューにも挨拶に来た。いつもとは違う、外行きのヒューの顔。外行きのヒューの言葉。こうして、他の人と話しているのを見ると、いつも思う。
(完全無欠の、天才魔術師ってかんじ…)
ヒュー・レファイエット、と言うのは、ヒューの名前だ。
家族全員が魔術師の、侯爵家の次男。第三子。魔王の瘴気に蝕まれたユクレシアの中にあって、勇者であるヤマダくんが来るまでは、シルヴァンやオーランドと並んで、ユクレシア中の希望の星、みたいな存在だったらしい。
生まれた時から、膨大な魔力を有し、知能が高く、通常の子供よりも随分と早く、魔術師としての才能を開花させた。幼少期からの発明の数々には、水の循環システムや、簡易障壁など、多岐に及び、民たちの生活を著しく向上させた、らしい。
こうして、魔王の瘴気の中にありながらも、民たちがなんとか生き延びているという事実にすら、一躍かっているのだ。
だからこうして、王都では三者三様に人気のあった彼らも、王都から離れれば、離れるほど、暮らしに密着している分、やっぱり、ヒューの知名度が高いのだ。
そして、その勇者パーティに紛れてしまっている、一般人の肩身の狭さと言ったらない。
そのやりとりが終わるのを待ってから、ヒューに話しかけた。
「すごいな。ヒューは。みんな、ヒューのおかげで助かってるんだね」
「俺には、魔術くらいしか、できることがないからな」
「………え?そんなふうに、考えてたの??」
もしも僕が、ヒューほどに、いろんな魔法や魔術が使えたら、きっと自分のことを誇りに思ってしまうだろうと思った。自分が生み出した技術で、誰かの暮らしが豊かになったら、それも、とてもうれしいんじゃないかな、と思うのだ。
自分にはこれしかできることがないからって、そう言うのは、とても悲しいな、と思った。ヒューはもしかして…。
(魔術のことしか、褒められたことが、ないんじゃ…)
今の今まで、人々に感謝される偉大な魔術師だったヒューは、僕の前で、やっぱり小さな子供みたいに見えた。なんて言ったらいいだろう、と考えて、口を開こうとしたら、ヒューがぽつりと言った。
「俺は、いろんな人に、恨まれながら生きてきたから、それくらいしか。家族にすら…あれだし」
僕はハッとした。そう、ゲームでも、ヒューのプロフィールには書かれていたのだ。文章にしてしまえば、たった一文。でも、一人の人間の人生と考えれば、それは、きっと辛い。
ヒューは幼い頃から、両親と兄と姉に、怖がられて育っているのだ。同じ魔術師同士だ。もしかすると、嫉妬みたいな感情も、向けられることだってあったかもしれない。
僕からすると、家族にすら恨まれるというのは、想像を絶する。
僕は、なんて言ったらいいのか、わからなかった。
だから、ただ単純に、僕がどう思ってるかを伝えることにした。ヒューの心境は、ヒューにしか、わからないものなのだ。特に、ヒューは難解で、どちらかというと単純なはずの僕には、どうしたって、わからないだろう。それに、僕は、ヒューと正反対に、家族にだけは、本当に恵まれて、育ってきた人間なのだ。
ヒューの気持ちを考えてみたって、僕にわかるはずはなかった。
「僕は、ヒューが生きてるだけで、うれしいよ」
「は?」
「もしもヒューが魔術できなくても、生きていてくれたら、うれしい」
ヒューはびっくりした顔をしていた。
僕は、やっぱりヒューは、魔術以外のことで、褒められたことがないんじゃないかっていう気がした。子供だって、何か一つしか周りが褒めてくれなかったら、それをがんばるものなんじゃないだろうか。でも、それはきっと、がんばろう!みたいな、前向きな気持ちではなくて、多分、これをがんばらなかったら、自分には誰もいなくなってしまう、みたいな、強迫観念に近い、なにか。
本当に、ヒューがそうなのかは、わからない。でも、それでも、僕にはやっぱり、さっきの言い方から考えると、そうなんじゃないかって気がした。
小さい頃から、そう思って育ってきたなら、すぐには伝わらないかもしれない。
でも、それなら、ーーー。
(伝わるまで、僕が言い続けよう)
ヒューは、眉を顰めて、そのまま呆然とする、みたいな、複雑な表情で固まってた。このまま、往来でぼーっと立っているわけにも行かないので、僕はヒューに言った。
「ヒュー、ちょっと街、見てみようよ」
「………どこの店も閉まってるだろ」
「雰囲気だけでも?だってここって花の都って呼ばれてるんでしょ?」
「今は、花も何もないけどな」
用意してくれたらしい宿屋の位置だけ、確認して、僕とヒューは街を散策しはじめた。確かに、魔道具屋も、飲食店も、なんにもやってない。ただ、僕たちのために、宿屋を整備してくれたのと、後、武器の手入れをしてくれる職人さんの工房が、開けてくれてあるだけ。比較的裕福な街だ。住んでいる人間は、みんな、避難したりしているらしい。それくらい、僕たちは、魔王城に近づいていた。
「すごい。街が貸し切りみたいだね」
四月の爽やかな風がふわりと吹き抜けた。
高台から街を見下ろして、思う。歴史の古い街なのだとか。赤茶色の屋根が美しい螺旋状に並び、街全体が模様みたいに見える。きっと、魔王が倒された後には、花が咲き乱れ、それは美しい都なのだろうな、と想像できた。
「お前にかかれば、なんでも、いいことみたいに聞こえるな」
「えー?そんなことないよ。僕は、結構ネガティブだよ」
「………お前がネガティブだとすれば、俺はもう、真っ暗闇の深淵の底の底だ」
「え。すごい暗そうだね。まーヒューは暗いよね~」
本当は、そんなこと、言うべきじゃないのかもしれない。でも、生い立ちが悲しいからって、別に悲しく生きなくちゃいけないことはないのだ。悲しい風に考えてしまうときがあっても、明るく生きていけないことなんてない。
どっちかというと「根暗~」と、笑いながら、一緒に過ごせたら、と、僕は思う。
ヒューは虚ろな目をして、「はあ」とため息をつくと、言った。
「なんでそんな暗いやつが好きなんだ」
「それは、」
「顔だろ」
「あはは!うん。顔も、好き。でもやっぱり、ヒューが優しいからじゃ、ないかな」
羽里はよく、僕のことを優しいというけど、僕は結局のところ、相手の顔色を窺っているだけなんじゃないか、と、思う。確かに、何かをされたら、相手の気持ちを優先して考えてしまうけど、それは優しいというか、なんか、ナチュラルにヘタレというか。
でもなんか、ヒューの優しさっていうのは、多分、すごく賢いからだとは思うんだけど、いろんなことを、いろんな可能性を考え、相手にとって、最善の方向に行くように、そう仕向けるみたいな。すごく遠回りな、だけど、一番相手のことを考えてるような、まわりくどい、優しさなのだ。
だからそれは一見、表面ではわからなかったりすることもある。
本人もつんつんしてるから、判断も難しい。その優しさは、本当に、不器用で、わかりづらい。でも、本当は、ヒューは、きっと、誰よりも優しい人だと、思うのだ。
そういうところが、好き。
(やっぱり認めてしまえば、もう、抜け出せなかったな…)
「優しくないだろ。優しいだなんて、一度も言われたことない」
「まあ、確かに。表面への出方は、まずいよね。一言多いし、わかりにくいし」
「………」
「でも、ちゃんと伝わってるよ。大丈夫。あ、そうだ。じゃあ、僕が言うよ。僕は、ヒューほど優しい人、知らないよ」
「!」
ヒューがぷいっと横を向いたけど、耳がちょっと赤い気がした。照れてるのかな、と思ったら、そういうところも、愛おしい。プライドが高い、根暗、意地っ張り、神経質、一言多い。それも全部ひっくるめて、やっぱり、ヒューが好きで、仕方なかった。
ヒューがぽつりと言った。
「家族」
「え?」
「家族なんて、一度だって、欲しいと思ったことはなかったけど、お前となら、家族もいいかもしれない」
「ほんと?そしたら、僕の方が誕生日が早いから、僕が兄貴だよ?あと、変な妹もついてくるよ」
「……………もういい」
想像してみたらおかしくて、くすくす笑いながら、そう言った僕を見て、ヒューはなぜか、呆然とした顔になって、虚ろな瞳になった。そして、最終的に不機嫌になって、歩き始めてしまった。
僕は、負けず嫌いだなあ~と、思いながら、その怒っている後ろ姿を追いかけた。
←↓←↑→↓←↑→↓←↑→
散策を終えて、さっき教えてもらった宿屋の中に入った。この街は貴族の保養地にもなっているような街なので、高級な宿屋もいくつかあるようだった。その中の一つ、案内された部屋に入ったら、それこそ貴族みたいな部屋に、すごく大きなベッドがふたつ並んでいて、「え?」と思ったら、パタン、と後ろで扉が閉まる音がした。振り返ろうとしたら、後ろからぎゅっと抱きしめられて、ふわっとよく知っている清潔そうな匂いがした。
「宿屋のある街は、今日で最後だから。一緒でいいだろ」
「え…?ヒューと同じ部屋?」
どきっと心臓が跳ねた。
別に、同じ部屋というだけで、ベッドがひとつしかないわけではないのだ。別にそんなにおかしなことではない。ただ、後ろにいるヒューの雰囲気が、なんか、ちょっとえっちな雰囲気で話してくるから、おかしなことになってるだけなのだ。
うなじに、そっと唇を落とされて、体が震えた。それから、耳元で、意地悪な声が聞こえた。
「朝まで、ずっと、一緒だな」
びくっと肩が震えてしまった。
僕は、またしても爆音で鳴り響いている心臓を、どうにか落ち着かせながら、必死に考える。ヒューは僕をからかっているだけなんだということは、頭ではわかっている。だって別に、天幕で過ごす時だって、朝までずっと一緒なのだから。そんなに大変なことなわけではない。ただ、ヒューの言い方がいけないだけだ。
が、頭では、わかっているのだが、体はどうにもならない。どっどっどっど、と、心臓がすごい速さで脈打つ。
ちらっと、覗いてみたら、意地悪そうな顔があって、ちゅ、と唇を重ねられた。
「~~~っっ」
「期待した?」
さっきまで、あんなにかわいい感じに見えたのに、なんかもう、いつものつんつん意地悪ヒューに戻っていて、くそう、と内心思う。
期待…してしまったわけではない、と思いたかった。でも、僕はまっ赤になってしまい、僕の前にまわっているヒューの腕をきゅうっと握りしめた。
ドーナツの仕返しにしたって、ずるい。こんなのずるい、と思う。僕がヒューのこと、好きになってしまってるのをわかってて、こんないじわるされたら、僕は、ヒューの思いのままだ。
どき、どき、と、しながらも、この腕から出たいのか、出たくないのかすらも、よくわからなかった。どうしようと思って、焦っていると、すごく冷静なヒューの声が聞こえた。
「その方が、この街の人が準備しなくちゃいけない部屋が減るだろ。だから、魔法鳩、飛ばしといたんだ。三人部屋と二人部屋、用意しておいて欲しいって」
「そ、そうだったんだ~」
非常に合理的な、ヒューらしい気遣いだった。
ヒューのいう通りだった。今まで通ってきた街とは違う。もうほぼ閉鎖状態にある、魔王城に近い街なのだ。わざわざ宿泊させてもらうのに、何部屋も用意してもらうわけには行かなかっただろう。寝台の大きさ的にも、五人一緒は多分できなかったんだろう。
ヒューがもしかして、僕と二人部屋にしたんじゃないかなんて、そんな、恥ずかしいことを考えてしまった自分が、とにかく恥ずかしかった。だけど、耳元に吹きこまれるように、ちょっと低めの夜めいた声で言われた。
「俺に抱かれたかった?」
「~~~っっ」
「やらしーノア」
「そ、そんなこと!ありませんー!」
慌てて否定してみたものの、その効果は薄いことが予測された。
僕の心は、ジェットコースターみたいに、上がったり下がったり、どきどきの連続で、もう、僕はすでに瀕死だった。そして、最後に大きな山がまたやってきた。そして、僕は、絶叫しながら、滑り落ちた。
ヒューが、妙に艶っぽい声のまま、言った。
「夜までに、考えといて」
「~~~っっ」
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