【BL】異世界転移をしたい腐女子の妹は、その妄想のすべてに陰キャの兄が巻きこまれていることを知らない

ばつ森⚡️4/30新刊

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第一章 HUE

54 たましい

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「ふぃり!」
「ーーーえ、わ、ノア?」

 扉を開けたフィリは、びしょ濡れの僕を見て、驚いた顔をしていた。
 僕は、フィリの服を濡らしてしまうかも…と考える余裕もなくて、その姿を見た瞬間に、フィリに飛びついた。
 抱きしめて欲しかった。ただ、抱きしめて欲しかった。
 僕の後ろで、パタン、とフィリの家の扉が閉まった。

 フィリはきっとびっくりしただろう。冷たい雨に散々濡れたと言うのに、僕の頭は全く冷静じゃなかった。ちゃんと考えることができれば、リヴィさんの言っていた言葉を、ちゃんと加味することができたはずだった。でも、この時、この瞬間、僕は、ヒューが今存在していないっていうことが、ただ恐ろしくて、怖くて、泣きそうだった。
 そして、ーーー。

(ヒューの魂は、フィリの中に…)

 フィリの肩口に、頭を寄せながらじっとしていると、フィリの心臓の音が聞こえた。
 それは間違いなく、フィリが生きている証で、そして、ヒューの魂が紡がれている証だった。はあはあ、と肩で息をしながら、涙をこらえながら、このやりようもない気持ちをどうすればいいのかと考えていた。
 頭では、わかる。頭ではわかっているのだ。それでも。

 フィリの顔が見たくて、僕は顔をあげる。
 そこには「ん?」と、僕を見るフィリの顔があって、その優しい表情に、僕は涙がこぼれそうだった。ぎゅっと唇を噛みしめて、こらえる。口角は、きっと下がってしまっている。
 きっとフィリは、わけがわからないと思うだろう。それでも、僕は、泣きそうな声で、尋ねた。

「フィリ。魂って……もし、魂が同じだったら、その人間って似るのかな…」
「泣きそうな声で、聞くことか?それ。……さあな。ノアは、どっちがいいんだ」

 フィリの言う通りだった。
 現状僕は、ずぶ濡れになって走ってきて、突然、魂の話をはじめる、とんでもなくやばい奴だった。それでもフィリは優しくて、ずっと僕の濡れた背中を、さすってくれていた。

 僕は考えてみた。

 もしも、ヒューも僕も、死んでしまって、もしも、また違うどこかの世界で会うことができたなら。もし、ヒューがフィリみたいに、そっくりな性格で転生してくれたなら、もし、僕が僕みたいな性格のままで転生できたなら。お互いに、記憶がなかったとしても、僕はきっと、きっとまた、ヒューのことを好きになってしまうと思った。
 死んだ後のことはわからない。
 今だって、フィリが、ヒューの前の人生なのか、後の人生なのか、わからない。
 それでも、もし、もし転生して、またヒューに会えるなら、僕は、ーーー。

「似てる方がいい」

 ぽろっと涙が溢れてしまった。堪えても、堪えきれなかった。
 だって、だってーーー。


「何回でも、好きになれるから」


 はじめはまた、ケンカ腰の出会いかもしれない。お互いにまた、意地をはって、言い合って、また、ドーナツを挟んで、いがみあうことになるかもしれない。それでも、ーーー。
 それでも僕は、あの、おかしくて、不器用で、誰よりも優しいヒューのこと。
 好きにならないわけはなかった。

(何回だって、好きだよ。好きになっちゃうよ。だって、だって、)

(ヒューだから)

 僕の目から涙が溢れたのを見て、すこし上から「はあ」とため息が聞こえた。でもそのため息に反して、すごく、すごく優しい声で、ふっと笑いながら、フィリが言った。

「じゃあそれでいいだろ」

 こくこくと僕はうなづいた。その優しい声色に、またひとつ、ぽろっと涙が溢れた。
 フィリとの出会いだって、いい出会い方だったとは、きっと言えなかった。僕はフィリの顔を見て、悲鳴をあげて、逃げ出したんだから。それでもやっぱり、逃げてもやっぱり、僕はフィリのことを、好きになってしまったのだから。

(好き…好きだよ…フィリ)

 それから、フィリが尋ねた。

「何だよ。好きな奴の魂でも、俺の中に入ってたのか」
「………ええ?!」
「なんか、そんな顔。してる」

 好きな人の魂が、目の前の人間の中に入ってたときみたいな顔が、一体どんな顔なんだかわからないけど、もう、フィリはなんでも知ってるみたいだ、と僕は思った。
 まさか、自分が言ってることが、本当に正解だとは思ってないだろうけど、僕がひとつ何かを言うと、フィリは千通りくらいの答えの中から、答えを選んでいるような気がする。
 あまりにもびっくりして、つい、頭の中で、正解~☆、とか言う、現実逃避をしながら、呆然としてしてしまった。でも、本当のことは、言えるわけはなかった。そんなこと言われたら、フィリだって困ってしまう。僕はできるだけ、普通に聞こえるように、笑いながら、「それ、どんな顔」と言った。
 しばらくそうして、玄関の辺りで抱き合っていたけど、ぽつりとフィリが言った。

「じゃあ、何回でも好きになってよ」
「……え?」
「何回でも好きになってくれるんだろ」

 両手で頬を挟まれて、ちゅ、と唇を落とされた。
 別に僕は、フィリの中に、好きな人の魂が入っていたとは言ってなかった。でも、フィリはもしかしたら、そう思ったのかもしれない。僕は、なんだかそれはやっぱり言ったらいけないことのように思って、否定しようと口を開こうとした。
 そのとき、フィリが真剣な顔で、僕の名前を呼んだ。

「ノア」

 なんだろう、と思って、僕もじっとフィリのことを見つめ返した。フィリは続けた。

「魂云々はさ、俺にはよくわからないよ。ーーーでも」

 上から見下ろされて、僕はよくわからなくて、「ん?」という顔で、フィリの次の言葉を待った。
 フィリはちょっと意地悪そうな顔をして、僕の額に、こつんと額を合わせ、それから妙に艶かしい声で言った。

「自分のことを狙ってる男の部屋に、泣きながら走ってきちゃったら、」

 フィリの水色の瞳が、夜の色を灯した気がした。


「これからされることは、ひとつだよ」

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