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第一章 HUE
54 たましい
しおりを挟む「ふぃり!」
「ーーーえ、わ、ノア?」
扉を開けたフィリは、びしょ濡れの僕を見て、驚いた顔をしていた。
僕は、フィリの服を濡らしてしまうかも…と考える余裕もなくて、その姿を見た瞬間に、フィリに飛びついた。
抱きしめて欲しかった。ただ、抱きしめて欲しかった。
僕の後ろで、パタン、とフィリの家の扉が閉まった。
フィリはきっとびっくりしただろう。冷たい雨に散々濡れたと言うのに、僕の頭は全く冷静じゃなかった。ちゃんと考えることができれば、リヴィさんの言っていた言葉を、ちゃんと加味することができたはずだった。でも、この時、この瞬間、僕は、ヒューが今存在していないっていうことが、ただ恐ろしくて、怖くて、泣きそうだった。
そして、ーーー。
(ヒューの魂は、フィリの中に…)
フィリの肩口に、頭を寄せながらじっとしていると、フィリの心臓の音が聞こえた。
それは間違いなく、フィリが生きている証で、そして、ヒューの魂が紡がれている証だった。はあはあ、と肩で息をしながら、涙をこらえながら、このやりようもない気持ちをどうすればいいのかと考えていた。
頭では、わかる。頭ではわかっているのだ。それでも。
フィリの顔が見たくて、僕は顔をあげる。
そこには「ん?」と、僕を見るフィリの顔があって、その優しい表情に、僕は涙がこぼれそうだった。ぎゅっと唇を噛みしめて、こらえる。口角は、きっと下がってしまっている。
きっとフィリは、わけがわからないと思うだろう。それでも、僕は、泣きそうな声で、尋ねた。
「フィリ。魂って……もし、魂が同じだったら、その人間って似るのかな…」
「泣きそうな声で、聞くことか?それ。……さあな。ノアは、どっちがいいんだ」
フィリの言う通りだった。
現状僕は、ずぶ濡れになって走ってきて、突然、魂の話をはじめる、とんでもなくやばい奴だった。それでもフィリは優しくて、ずっと僕の濡れた背中を、さすってくれていた。
僕は考えてみた。
もしも、ヒューも僕も、死んでしまって、もしも、また違うどこかの世界で会うことができたなら。もし、ヒューがフィリみたいに、そっくりな性格で転生してくれたなら、もし、僕が僕みたいな性格のままで転生できたなら。お互いに、記憶がなかったとしても、僕はきっと、きっとまた、ヒューのことを好きになってしまうと思った。
死んだ後のことはわからない。
今だって、フィリが、ヒューの前の人生なのか、後の人生なのか、わからない。
それでも、もし、もし転生して、またヒューに会えるなら、僕は、ーーー。
「似てる方がいい」
ぽろっと涙が溢れてしまった。堪えても、堪えきれなかった。
だって、だってーーー。
「何回でも、好きになれるから」
はじめはまた、ケンカ腰の出会いかもしれない。お互いにまた、意地をはって、言い合って、また、ドーナツを挟んで、いがみあうことになるかもしれない。それでも、ーーー。
それでも僕は、あの、おかしくて、不器用で、誰よりも優しいヒューのこと。
好きにならないわけはなかった。
(何回だって、好きだよ。好きになっちゃうよ。だって、だって、)
(ヒューだから)
僕の目から涙が溢れたのを見て、すこし上から「はあ」とため息が聞こえた。でもそのため息に反して、すごく、すごく優しい声で、ふっと笑いながら、フィリが言った。
「じゃあそれでいいだろ」
こくこくと僕はうなづいた。その優しい声色に、またひとつ、ぽろっと涙が溢れた。
フィリとの出会いだって、いい出会い方だったとは、きっと言えなかった。僕はフィリの顔を見て、悲鳴をあげて、逃げ出したんだから。それでもやっぱり、逃げてもやっぱり、僕はフィリのことを、好きになってしまったのだから。
(好き…好きだよ…フィリ)
それから、フィリが尋ねた。
「何だよ。好きな奴の魂でも、俺の中に入ってたのか」
「………ええ?!」
「なんか、そんな顔。してる」
好きな人の魂が、目の前の人間の中に入ってたときみたいな顔が、一体どんな顔なんだかわからないけど、もう、フィリはなんでも知ってるみたいだ、と僕は思った。
まさか、自分が言ってることが、本当に正解だとは思ってないだろうけど、僕がひとつ何かを言うと、フィリは千通りくらいの答えの中から、答えを選んでいるような気がする。
あまりにもびっくりして、つい、頭の中で、正解~☆、とか言う、現実逃避をしながら、呆然としてしてしまった。でも、本当のことは、言えるわけはなかった。そんなこと言われたら、フィリだって困ってしまう。僕はできるだけ、普通に聞こえるように、笑いながら、「それ、どんな顔」と言った。
しばらくそうして、玄関の辺りで抱き合っていたけど、ぽつりとフィリが言った。
「じゃあ、何回でも好きになってよ」
「……え?」
「何回でも好きになってくれるんだろ」
両手で頬を挟まれて、ちゅ、と唇を落とされた。
別に僕は、フィリの中に、好きな人の魂が入っていたとは言ってなかった。でも、フィリはもしかしたら、そう思ったのかもしれない。僕は、なんだかそれはやっぱり言ったらいけないことのように思って、否定しようと口を開こうとした。
そのとき、フィリが真剣な顔で、僕の名前を呼んだ。
「ノア」
なんだろう、と思って、僕もじっとフィリのことを見つめ返した。フィリは続けた。
「魂云々はさ、俺にはよくわからないよ。ーーーでも」
上から見下ろされて、僕はよくわからなくて、「ん?」という顔で、フィリの次の言葉を待った。
フィリはちょっと意地悪そうな顔をして、僕の額に、こつんと額を合わせ、それから妙に艶かしい声で言った。
「自分のことを狙ってる男の部屋に、泣きながら走ってきちゃったら、」
フィリの水色の瞳が、夜の色を灯した気がした。
「これからされることは、ひとつだよ」
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