【BL】異世界転移をしたい腐女子の妹は、その妄想のすべてに陰キャの兄が巻きこまれていることを知らない

ばつ森⚡️4/30新刊

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第一章 HUE

46 夕ごはん

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「あ、あの、フィリ?どこに向かってるの?」
「今日は、飯。一緒に食べよう」

 相変わらず、左手をぎゅっとつかまれていた。どきどきしてしまう胸を押さえながら、尋ねたら、そう言われた。
 今日はいつもみたいに、海岸線の方を通って、僕の宿屋へ送ってくれるわけではないようだったのだ。街中を手を引かれて歩いて、やっぱり色んな人に好奇の目で見られた。
 フィリはいつもこんな視線に晒されてるのかな、と心配になる。トゥリモだって、フィリのこと、「孤高の」とか「誰とも馴れ合わない」とか言っていたのだ。
 ユノさんやエミル様のことを、ちょっと思い出した。
 ヒューは、ちょっととっつきにくいところはあるけど、人嫌いみたいなことはなかったはずだった。フィリはどうなんだろう。誰か、仲良い人でもいたら、いいのになあと、少し思って、もしかしてトゥリモは、案外、フィリと仲良くなれるんじゃないかなと思った。
 しっかりと繋がれた手を見ながら思う。それにしても、ーーー。

(結局、フィリを攻略したのに、何の意味もなかったなあ…)

 でも、繋がれた手の熱さに、幸せを感じてしまうのだ。
 ダメだとわかっているのに、今の、この刹那的な幸せを、感受したくて仕方がなかった。フィリが言っていたように『軽く』捉えることができれば、よかったのかもしれない。好きな人と、こうして街を歩いているのだと、勘違いすることができれば、きっと、もっと幸せな気持ちになるはずだった。でも、どうしても、僕にはできそうになかった。
 だというのに、それでも尚、高鳴る胸が止められないのだ。

(何転もして、それでいて、結局、僕がダメな奴ってことにしかなんない…)

 手を繋いで、颯爽と歩く騎士のような白い制服を着たフィリを見て、ほうっと見惚れてしまう。あまりにも僕が見ているからか、フィリに尋ねられた。

「何」
「あ…制服、騎士の服みたいで、かっこいいなと思って」
「騎士?ああ、騎士が好きなのか?」
「うん。騎士かっこよくない?フィリに、よく似合ってる」

 僕は、ユノさんのことを思い出しながら、そう言った。フィリは「ふうん」と興味深そうに、制服を見ていた。そして、フィリが立ち止まった。
 連れてこられたところは、街の中心街からは少し外れた、小さな店で、ぽわっとした小さな灯りと看板が出ている店だった。見るからに家庭的で、優しい雰囲気の外観に、僕はそれを見ただけで「なんだか美味しそうなお店」と、思ってしまった。

 でも、学生が来るにしてはちょっと、大人っぽい。

 そもそも、この世界は、わりと地球の文明レベルに似ていて、学院生は、地球の高校生みたいに、ファストフード的なものを食べたりしながら帰る感じなのだ。高校生が食べにくるお店、よりは、やっぱりちょっと、大人っぽい。
 ちらっとフィリの顔を覗いてみたら、ちょっと緊張した面持ちだった。それを見て僕は、気がついた。

「もしかして、考えて、くれたの?」
「! そんなわけあるか。知ってる店だ」

 ぷいっと横を向いたフィリが、扉を開けると、からん、と乾いたベルの音が聞こえた。そして、その音に顔をあげた、優しそうなおばさんが、「まあ」と瞳を輝かせて、フィリに言った。

「いらっしゃい、クレーティさん。今日はようやく、お連れ様がいるのね」
「「………」」

 固まったフィリを見て、僕は、ふっと吹き出してしまった。
 胸に広がる、このあったかい気持ちは、紛れもなく、恋愛の好意であった。おしゃべりなおばさんが「うちの店は、クレーティさんのテストに合格できたのね?嬉しいわ。今日は特に、腕によりをかけて作りますよ」と言って、フィリはさらに固まっていた。

 僕がこの世界に来てから、二週間ちょっと。
 その間、フィリは毎日、僕のことを宿まで送ってくれていて、はじめの日曜日と、その次の週末は会えなかったけど、携帯通信具で連絡をくれていた。

(もしかして、レストラン、探しててくれたのかな…)

 僕はもう、溢れ出す気持ちに抗えなかった。
 煌びやかなところでも、流行りのレストランでも、夜景の見えるレストランでもないのだ。
 この、見ただけでほっとしてしまうような、小さなレストランを探して、選んで、おばさんの言う通りならば、何回か食べに来たのかもしれない。その選び方が、なんだか本当にヒューみたいで、それで、エミル様に、ちょっと特別な誕生日を祝ってもらった時のことも、ちょっと思い出した。
 僕は涙目になってしまうくらい、嬉しくて、それで、ぎゅっと繋いで手を握って、呆然と立ち尽くしているフィリに言った。

「どうしよう、フィリ。すごく嬉しい」
「ーーーえ、今?」
「うん。ありがとう。連れてきてくれて」

 虚な目で僕を見ていたフィリに、僕は目が潤んでしまっているのを感じながら、それでも、涙がこぼれないように、一番の笑顔で笑った(つもり)。ちょっと気まずそうに、目を逸らしたフィリが、「はあ」と一度ため息をついて、それからようやく、席についた。
「何食う?」と、聞かれて、なんだか地球でデートしているみたいだ…と考えて、自分がナチュラルに『デート』と認識していることに、恥ずかしくなった。

 メニューで、赤くなった顔を隠しながら、「おすすめはなんですか」とフィリに聞いたら、「これとこれ」と、野菜の料理と、魚の料理を一つずつ教えてくれた。「貝も平気なら、これも」と、言われて、この街は海に囲まれているから、魚介類が美味しいのか、と思い当たった。
 この世界に来てからは、サンドイッチとか、簡単なものしか食べてなかったから、すごく、すごく楽しみだった。
 それから、フィリがいくつか選んでオーダーしてくれた。
 ちらっとおばさんを見たら、グッみたいに、親指を立てられて、フィリがものすごく嫌そうな顔をしていた。それを見て、また僕は笑ってしまった。

「そんなに笑うなよ」
「だって、こんなの。フィリのこと…」

 と、言いかけて、「見直しちゃうな」と、言った。「なんだよそれ」と、不貞腐れた顔をしているフィリを見て、心の中でだけ、そっと思った。

(………どうしよう。こんなの、、好きになっちゃうよ、、、)

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