【BL】異世界転移をしたい腐女子の妹は、その妄想のすべてに陰キャの兄が巻きこまれていることを知らない

ばつ森⚡️4/30新刊

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第一章 HUE

41 顔

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「はあ はあ はあ はあ」

 僕は、ぜえぜえと、肩を上下させながら、荒い息を吐いていた。
 なぜ、何故フィリが、僕の顔を見て、全開の笑顔になりそうだったのか、どうして魔法学院が授業中であるはずの時間に、あんなところを歩いていたのか、僕には見当もつかなかった。が、今一番の謎は、ーーー。

(な、なんで、なんで追いかけてくるの!!!)

 路地裏の壁に手をつき、体を半分に折りながら、僕は、けほっと咳をした。涙目になりながら、その涙の理由が、全速力で走ったからの生理的なものだけではないような、そんな気がしていた。

(そっくりだった…本当に、そっくりだった……)

 懐かしさと、苦しさで、きゅうううっと心臓が締めつけられた。
 僕はわかっていた。ユノさんと、あんな別れ方をしてから、僕は、ヒューに会いたくて、会いたくて、仕方がなかったのだ。恋愛感情を自覚したこともある。ユノさんとの別れが辛すぎて、ヒューに抱きしめて欲しかったっていう甘えもある。ユノさんとヒューは違う人間で、僕は、ヒューのことがやっぱり好きなんだって、再認識したかったというのもある。
 そんな甘ったれた今の僕に、あの顔のフィリと関わっていける自信はなかった。

(とにかく、逃げなくちゃ。どこか、絶対に、絶対に見つからないところに…)

 僕は重い足に、なけなしの力を入れ、グッと踏み出した。フィリの魔法学院とは反対方向の、街の外れの方に向かおうとして、後ろから声をかけられた。

「おい。なんで逃げるんだ」

 ドクンッと心臓が跳ねた。
 後ろからかけられた声は、明らかにだった。

 羽里の言っていた通り、ユクレシア物語のヒューの声優さんと、この乙女ゲームのフィリの声優さんは、一緒だった。もちろん声優さんの声と、本物のヒューの声は違う。だけど、僕は、あのヒューの涼やかな声も、大好きだったのだ。そして、今、その涼やかな声は、多少の怒気を孕んで、僕の後ろから投げかけられた。

(まずい…フィリは、魔法学院一の魔法使い…どうやって逃げ……あっ)

 そこで僕は、そうだ、『ルクス』を使えばよかったのか、と、気がついた。この世界は、様々な魔法を使うことができるはずだった。僕は、ユノさんに教えてもらったルクスを発動し、僕の体のまわりを、黄緑色の光の筋が舞った。フィリのびっくりした顔が一瞬見えた。
 何かを話そうと口を開こうとしたフィリをそのままに、次の瞬間、僕はもう、その場には影も形もなかった。


 ←↓←↑→↓←↑→↓←↑→


 結果的に、どうやら僕は逃げきることができたようだった。まだ昼過ぎではあったけど、早くしないと宿屋が埋まってしまうかもしれない。とにかく、僕は宿屋を探すことにした。実はさっき、ドーナツ屋さんで、おすすめの宿屋を聞いておいたのだ。
 僕もだいぶ、異世界に適応できるようになってきているような気がする。

 今、僕が歩いているのは、海岸の近くだった。
 この魔法都市ヴェネティアスは、水上に浮かぶ魔法都市なのだ。ふと横を見れば、水色とセルリアンブルー、それからコバルトブルーがグラデーションになったような、美しい海が広がっていた。

「すごい…」

 思わず僕は、その光景に見惚れてしまった。
 海は地球でももちろん美しい。それでも、やっぱり異世界は、どこか魔法めいていて、きらきらと輝く水面がきれいで、きっと海の中にも、不思議な世界が広がっているんだろうな、という気がした。僕は、整えられた白い防波堤に手をつきながら、その様子をしばらく眺めていた。
 そして、その時、後ろから声がした。

「お前。まさか俺が、生体探知もできないと思ってんの?」
「!!!!!」

 気づけば、僕の後ろから、慣れ親しんだ涼やかな声がした。
 ビクウッと体を震わせたが、恐ろしくて、後ろを振り返る気にならなかった。僕の体の、右と左に、なぜか綺麗な手があるのがわかった。本当に、くっついてしまいそうなほど、すぐ後ろに感じる気配の近さに、僕の背筋をツーと冷や汗が流れた。なぜか僕は、長く伸びた両腕に、閉じこめられているところだった。

(生体探知………そうだ。フィリに、そんなことができないわけない…でも…)

 どうしてわざわざ自分を追ってくるのかがわからなかった。
 フィリはツンデレなのだ。こんな風に、人を追いかけたりするタイプのキャラクターじゃない。ましてや、こんな、腕の中に主人公を捕まえるみたいな体勢。

「なあ、なんで逃げんの」

 何も言わずに怯えている僕に痺れを切らしたのか、あるいは、怯えている僕が面白かったのか、理由はよくわからない。なぜかフィリは、ちゅっと僕のうなじに唇を落とした。
 僕の口から「ひうっ」と変な声が出た。
 僕はもはや涙を浮かべながら、でも、何か言わないとまずい気がして、ゆっくりと、怯えながら、おずおずと、右後ろを振り返った。

 そして、はっと息を飲んだ。

 目の前には、好きで、好きで、大好きで、考えるだけで胸がきゅうっとなってしまう、大好きな人の顔。今、首筋に触れた、この薄い唇が、どんな温度で、どんな柔らかさで、僕の唇に触れた時にどんな感触がするのか、僕は、知っていた。

(いや、違う。違う人だ…。フィリ。これはフィリ。ヒューじゃないんだから)

 気を抜けば、その胸に身を委ねたくなってしまう。
 会いたかった。会いたくて、会いたくて、会いたかった。ヒューに会えなくなって、僕の時間軸ではもうすでに、五年の月日が流れていた。
 でも違う。これは違う人なんだと、勘違いしそうになる頭で、必死に否定をする。僕の後ろにいるのは違う人。なぜか、僕がすごく弱いうなじに唇を当ててきたけど、違う人。違う人、違う人、違う人。わかってる。わかってるのに。
 それでも、はあっと僕の口から、熱い息が漏れた。

「っっ、お前、そんな顔、ーーー」

 びっくりしたような顔をしたフィリは、なぜか、僕の左手をスッと取り、を確認した。そして、ちょっと怪訝そうな顔をして、そしてまた僕を見た。チッと小さく舌打ちすると、僕の両頬をぎゅうっと片手で、ぎりぎりと潰しながら、言った。

「街中でそんな顔してんな。それで、なんで逃げるんだよ」

 僕は、なんて説明したらいいんだろう、と、考えをめぐらせた。
 なぜか僕が逃げたことで、逆にフィリとの接点を作ってしまったらしい。この世界で、絶対に絶対に関わりたくなかった人物に、転移してから一時間も経たないうちに、ばっちり接触してしまった。しかも、これはおそらく、濃厚接触だ。記憶に残らないくらいの接触であれば、まだどうにかなったかもしれない。が、その可能性はもうすでに潰えた。
 とにかく、僕はフィリとはこれ以上絶対に関わりたくなかった。記憶に残らないのはもう無理ならば、嫌われたらいいという結論に達した。
 そして、なんでもいいから、僕のことを嫌ってくれたらいいと思い、もう思いついたまま、本当のことを言おうと思った。

「…か、顔が」
「顔??」
「その顔が、見たくないんです!!!!」

 そして、明らかに不機嫌で不穏で、不吉な、地を這うような、低い低い声が耳元で聞こえた。

「……………へえ」

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