【BL】異世界転移をしたい腐女子の妹は、その妄想のすべてに陰キャの兄が巻きこまれていることを知らない

ばつ森⚡️4/30新刊

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第一章 HUE

36 雪だるま

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「ゆ、ゆのさん!カマクラを作ってみたいんですけど!」

 あの後、予定通り、僕とユノさんは、近郊の山の中腹にあるという雪原まで来ていた。誰にも踏み荒らされていない、一面の銀世界に、僕は目を輝かせた。
 カマクラって何?と、首を傾げているユノさんに、こういうのです、と、木の棒で、雪の上に絵を描いて説明した。
 意外と中があったかいらしい、という未確認の情報を披露し、僕たちは雪だるま制作と同時に、カマクラも作った。ユノさんは全然乗り気じゃなかったけど、ユノさんのおかげで、結構すぐに完成した。こんなところで、雪遊びだなんて、なんて贅沢なんだろう。
 作った小さな雪だるまに、三角の落ち葉を挿して、狼の雪だるまにした。両手の上に乗せて、「ユノさん雪だるま」と笑って、ユノさんに見せたら、ユノさんが、なぜか、少し照れたように、ぷいっと横を向いた。
 銀世界の中に佇む、銀狼の横顔を見て、僕は思った。

(すごい…かっこいい……)

「雪の中だと、好きな人が綺麗に見えるってよく言うけど、雪の中のユノさんのかっこよさは、すごいですね。もう芸術ってかんじ。カメラがあったらなあ」
「カメラ?」
「僕の世界で、映像とか画像を記録するんです。この世界にも、そういうのありますか?」

 ユノさんは少し考えて、持っていた鞄の中から、水晶玉のようなものを取り出した。それを見て、「あ」と僕は思った。ヒューが発明した、記録水晶に似ていたからだ。もしかすると、この世界でもあるのかもしれない。
 手の平サイズのそれを、ユノさんが持って、景色を映し、それから、僕のことを写した。「え、僕もですか?」と、僕は恥ずかしくて、ちょっと笑ってしまったけど、ちょうど手の上に持ってた、ユノさん雪だるまと一緒に写してもらってから、そっとユノさんの方に寄った。
 水晶の中には、僕と、ユノさんと、ユノさん雪だるまが映っていて、その後ろには、ただ、雪原と山脈が広がっているだけだった。
 僕は、ぽつりと口にした。

「なんだか…世界で、二人だけみたいですね」

 隣で、ユノさんが、はっと息を飲み込むような音がした。「え」と思って、ユノさんの方を見ようと思ったら、ぎゅっと抱きしめられた。鼻先が、ユノさんの胸にばふっと当たって、「ん”」と、くぐもった声が出た。ぎゅううっとユノさんの腕が強くなって、ユノさんの顔を見ようにも、確認できなかった。
 どうしようと思っていたら、上からユノさんの声がした。

「ーーーさっき、リビィに聞いた。後、三ヶ月で、出てくって」

 ユノさんの声は平坦で、どういう風に思ってるのか、よくわからなかった。僕は、心臓がズキンッと、刺されたように痛んだ。でも、それでも、伝えるべきことは、わかっていた。

「…………はい。あの、週末に、ユノさんに伝えるつもりでした。こんなによくしてもらったのに、勝手なこと言って、すみません…」

 僕の背中にまわされた、ユノさんの両手がピクリと震えるのがわかった。そして、再度、ぎゅううっときつく抱きしめられた。
 ユノさんは、しばらく動かなかった。僕は、とくとくと鳴る、ユノさんの心臓の音を聞いて、他の人の心臓の音がどうかはわからないけど、ヒューの心臓の音と同じだと思った。多分、誰の心臓の音も一緒なんだろうけど、それでも、ユノさんの音も、すごく優しい音だと思った。
 僕は、ユノさんに、なんて言ったらいいのかわからなかった。
 僕も、動かないで黙っていた。

「世界で、たった二人だったらよかったのに」

 ふと、聞こえてきたユノさんの声が、何かに耐えるような、震える声だった。僕はその声を聞いて、もう、涙が溢れそうだった。僕と二人だけだったら、きっと飽きちゃうよって頭では思ったけど、そのユノさんの声色を聞いて、心はそうはいかなかった。すごく、悲しんでるんだって、わかったから。

 すごく、楽しかった。この世界での毎日は、ユノさんのおかげで、輝いていた。

 ユノさんはヒューにすごく似ていて、僕は、まるで、ユクレシアでできなかった、ヒューとの楽しい毎日を、やり直しているような気持ちだった。ユクレシアの世界観は、終末だったのだ。荒廃している場所も、モンスターに食い荒らされている場所も、多かった。

 だけど、この国は違う。

 ヤマダくんが、ユクレシアを救った直後から、まるで、陽の光が大地に染み込むように、地表は緑に彩られ、草木が芽吹いた。きっと、きっと、僕がいなくなった後のユクレシアは、きっと、きっと、美しい場所だったに違いないのだ。

 僕は本当は、美しく生まれ変わったユクレシアで、ヒューと過ごしたかった。
 この国で、ユノさんと過ごしたみたいに。

 一緒の家に住んで、毎日「おはよう」から「おやすみ」までの時間を共有して、一緒にご飯を食べて、色んな話をして、たまに喧嘩して、たまに言い争いになって、それでも、楽しくて、たまに一緒に出かけて、美しい世界で、たくさんの思い出を作っていきたかった。

 僕はそれを、そのできなかったことを、ヒューの代わりに、ユノさんとたくさんしていたように思うのだ。そしてそれは、すごく、すごく楽しい日々だった。

「ぎゅうってしていい?」

 ユノさんが、僕に尋ねた。ユノさんは、もうとっくに僕のことを抱きしめていて、僕は混乱した。でも、その後、ぎゅうっと抱きしめられた。それから、「キスしたい」と言われて、体がビクッと跳ねてしまった。
 ユノさんの胸に、押しつけられた体勢から、顔をぐいっと動かして、そっとユノさんの顔を覗いてしまったのだ。

 心臓が、止まってしまうかと思った。

 ユノさんは、眉間に深いしわを寄せ、泣きそうな顔で、唇を噛みしめていたから。苦しい、辛い、どうして、というユノさんの気持ちが、僕にそのまま流れこんできた。僕はハッと息を飲んだ。

 ユノさんは、何かを言いかけては、唇をつぐみ、また何かを言いかけては、ぎゅっと眉を寄せ、そして、ぎゅうっと一度、強く目をつぶり、そのまましばらく苦しむような顔のまま、止まった。

(ユノさん…)

 そして、申し訳ないというような、本当に辛そうな顔をしながら、泣きそうな声で、僕に言った。

「好きなんだ、ノア。お前のことが、ずっと、ずっと好きなんだ」

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