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第一章 HUE

32 似ている二人

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「リビィさん…輪廻転生ってあると思いますか」
「えー?随分、ドラマチックな話題だね。一応この国では、信じられているね」

 僕は、作業台に肘をつき、ずーんというキャプションと真っ黒な画面を背負い、項垂れながら、そう尋ねた。通信機の魔法陣がうまく作動しないのだ。仕事の合間に作っていいよ、とリビィさんが言ってくれて、たまにこうして向き合っているわけだが、本当に難しい。
 そして、そもそも、魂の座標を組み込む時点で、その概念に基づいてやっているのだが、そう言った概念は、この世界ではどうなのか、と気になった。
 それに、どうしてもおかしいと思うことがあるのだ。

(ヒューと、ユノさんが似すぎている…気がする)

 僕がこの世界に来てから、もう半年以上の時間が過ぎていた。季節はすっかり冬なのだ。
 ユノさんと僕は、あれから、週末に色んなところの絶景を見に行くのが、習慣になった。この国の自然は、本当に美しくて、はじめて行った滝から、川、山、海、それに、渓谷、色んなところを旅してまわっていた。少し遠いところは、リビィさんに、お休みをもらったりして行ってみたりして、なんというか、今回の異世界転移は、僕は、大満足な毎日を送っているのだ。

 ところで、僕は高校生である。
 実質、この十七歳の肉体とは別に、ユクレシアで一年、砂漠の国で四年、過ごしていることを考えれば、精神年齢的には、もうすでに二十二歳のはずであったが、一応、高校生なのである。
 地球にいたら、なかなか外国には行けない。いつも父さんが撮ってくる写真を見て、色んなところに行くことに、憧れていたのだ。
 この世界には、戦争がない。そして、多少のモンスターはいるものの、脅威になるようなモンスターもいない。明確な目的もない。本当に、のんびりと幸せに過ごしているのだ。

 ユノさんとも、時間を過ごすうちに、かなり仲良くなっていた。が、仲良くなればなるほど、疑問が頭に浮かぶ。

(こんなに似てる人っているものなのかな…)

 ユノさんも、朝が弱い。ツンとしていて、意地っ張りだし、気が強くて、プライドが高い。何よりも、僕と一緒に話している時の、返答とか、反応の仕方とかが、ヒューにそっくりだ。が、潔癖症ではない。そして、神経質でもないような気がする。
 あまりにも似ているので、僕は、ある日、ユノさんにドーナツを出してみたのだ。
 ユノさんは固まっていたが、ヒューのようにひどい顔はしなかった。そして「甘いものは苦手だ」と言って、部屋に戻って行った。

(ドーナツは、怖がらない)

 そう考えて、そりゃそうだと思う。
 ドーナツを怖がる人間なんて、世界中、いや、異世界も含めて、全部の世界の中でだって、たぶん、ヒューだけだと思う。

ともあれ、ヒューとユノさんのドーナツ事情は置いておいて、とにかく輪廻転生である。

『魂の歴史』を読むというのは、多分禁術だと思っている。
 だってそうでなかったら、誰もが前の人生はどうだったとか、その前はどうだったとか、調べることができてしまうからだ。そう易々とできることではないと思う。だから、そのエレメントについては、リビィさんにも聞いてない。
 なぜか、ユノさんはすごく詳しいようだったから、うっかりあの時、口にしてしまったけど、本当は、口にするのもよくないことだったかもしれない、と思ったのだ。

 だからそれ以降は、とにかく自力で、アイディアをひねり出しているが、なかなかうまくいかない。
 エミル様の部屋にあった魔法陣を覚えていたから、入れるべきエレメントはわかる。でも、それを描けば発動するのか、というと、そういうわけではない。ユノさんも言っていたけれども、相当、大切な目印がない限り、人の魂など、そうそう読みこめるものではないのだ。大切な目印然り、その目印の扱い方然り、全体のバランスも然り。そして、おそらくだけど、発動する人間が誰か、とかも関わってくる、難しいことだ。
 あまりに煮詰まって、邪神に「魂の歴史の読み方を教えて」とダメ元で聞いてみたら、案の定「いやだ」と言われた。僕の心の闇を糧にしていることを考えれば、それは、当たり前の応えであった。

「輪廻転生したら、人格とか性格ってどうなるんですかね」
「うーん、記憶を引き継ぐわけではないし、それはその人生の境遇によって、やっぱり性格も変わってくるんじゃない?」
「ですよね」

 ちょっとだけ、もしかして、ユノさんって、ヒューの魂が入ってたりして~、と、思ってみたりしたのだ。でも、リビィさんの言う通りだった。記憶があるわけではあるまいし、性格や人格まで、似てるというわけではないだろう。
 だとすれば、たとえ、ヒューの魂だったとしても、ヒューになるわけではない。だから、ユノさんがたとえヒューに似てたとしても、それはただの、他人の空似でしかなかった。

(大体、ヒューが騎士を目指すとは、あんまり思えないし…根暗だから)

「ユノさんって昔はどんな子だったんですか?」
「いっつも本読んでたかな。騎士を目指しはじめてからは、色々鍛えてたけど」
「ユノさん、あんなに魔法に詳しいのに、魔道具作ったりしないんですね」
「ああ、魔道具には興味なさそうだね」

 それを聞いて、やっぱり違うよな、と、改めて思う。あのヒューが、騎士を目指すなんてこと、考えられなかった。
 もしも、ヒューに好きな子がいて、その子に「騎士ってかっこいいよね~」とでも言われたら、意地っ張りなヒューは、騎士という騎士をこの世から駆逐するか、自分が一番強い騎士になるか、どちらかをしそうだとは思うけど。

 とにかく、僕は色んな理由で、本日、黒い背景を背負っている。その1つは通信機がうまくいかないこと。もう1つは今日が金曜日であるからである。

 そう、金曜日。

 ユノさんは、金曜日の夜になると、必ず、家主の特権と、狼のかわいさを振りかざし、パワハラ(?)をしてくるようになっていた。
 僕がユノさんのことを、撫でまわしたいのをわかっていながら、狼の姿で、これみよがしに徘徊し、くうん、と、すり寄ってくる。が、僕が物欲しそうな顔で見ていると、「ふん」と鼻を鳴らすだけで、撫でさせてくれない。
 が、動物が好きすぎる僕の、「撫でたい!」という欲望が限界を超えてしまうと、僕は、ついうっかり、手を伸ばしてしまうのだ。そして、待ってましたとばかりに、尋ねられるのだ。

「どうすんの?」と。

 そして、僕がまっかになってる横に座り、僕の顔を至近距離でのぞきこみながら、「ん?」と、美しい大きな銀狼が、首を傾げてくるのだ。そして、僕が正気に戻る頃には、僕は、再び狼になったユノさんの体に、頬擦りをしながら、狂ったように撫で回してしまっているのだ。

 お分かりだろうか。

 この説明だけでは、伝わりづらいかもしれないので、もう一度説明させて欲しい。そもそも、ユノさんは最近、平日は僕に触らせないようにしているのだ。ずっと狼の姿で、ふさふさと尻尾を振り、家中を練り歩きながら、僕に指一本触れさせようとしない。が、金曜日になると、突然すり寄ってくるのだ。
 僕は、平日5日間の禁欲(触らせてもらえない)を強いられ、金曜日の夜に、突然、「触りたいだろ」「触ってもいいんだぞ」という無言の圧力で、かわいすぎる狼にすり寄られているのである。

 僕は、完全に、ユノさんに、欲望を管理されていた。

 一体どこの世界に、自分と同じ空間にいるかわいい動物を、撫でずにいられる人間がいるというのか!いや、いるかもしれないが、僕には無理だ。無理であった。

(この陰湿で、しかも効率よく、最大限に効果を発揮させる、やらしいやり口…)

 そして、欲望のままに、ユノさんを撫で回した後、週末は、べったりとユノさんにくっつかれ、「対価」と言われて、思う存分、キスをされ続けているのである。僕も撫でてしまったので、文句が言えない。

 そう、僕の、「好きな人がいるんです作戦」は、完全に裏目に出ていた。

 こちらの弱みを握り、自分の権力を振りかざしてくる姿は、ヒューにそっくりだ。あの、こちらを翻弄しながら、褒美をちらつかせる、ねちっこいやり口は、ヒューがやりそうな手口である。

(ヒューなんじゃないの?ユノさん。ヒューなんでしょ!)

(あー…帰りたくない…いや、でも撫でたい…でも…)

 動物好きの僕の心の葛藤は凄まじい。でもすごく僅差で、やっぱりキスするのは恋人じゃないとダメだと思う!という倫理が勝った。
 僕は、だめだろうな、と思いながらも、一応リビィさんに尋ねてみることにした。

「リビィさん…帰りたくないんです。今日、ここに泊まったらだめですか?」
「あー…ノア、まずいよ。お、お迎え来てる、みたい、だよー…」
「え?」
「何もしてないよ。僕は、何もしてないからね、ユノ」

 僕の前で、リビィさんがなぜか無実を証明するかのように、両手をあげて、首を振っていた。
 僕は首を傾げて、それから振り返った。リビィさんの工房の扉に、銀色の狼の顔があった。無表情ではあったが、じいっとこちらを見て、「ほう」と一言、低く呟いた。
 僕は思った。

(ユノさんは、僕のことを好きなのか、嫌いなのか、どっちだというのか)

 そして、叫んだ。

「ぎゃあああああああ」

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