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第一章 HUE

26 ライオンもびっくり

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「…………お、おい。ノア。お前…だ、大丈夫か?」
「え?」

 その次の日のことだった。僕は久しぶりに、王城に呼び出されていた。
 玉座の間の扉を、護衛の兵士の人たちが開けてくれた瞬間、玉座の間にいた獣人たちが、ざわっと不穏な空気を出した。僕は首を傾げながら、獅子王の前に進んだ。そして、なぜか狼狽えた様子の獅子王は、開口一番、僕にそう尋ねた。
 僕は意味がよくわからずに、首を傾げた。

「お、王城に住みたかったら、部屋を用意するぞ?」
「え???いや、大丈夫です、けど」

 気遣うような、腫れ物に触るような姿勢を見せる獅子王が、どうしてそんなことを言っているのか、僕はよくわかっていなかった。
 僕がなんともなさそうなところを見て、ほっと息をつくと、「何かあったらいつでも言え」と言ってくれた。

(優しいライオン…)

 そして僕は、今日の目的である、ハルトさんの元に案内されたのであった。
 案内された先は、中庭に設置されたテーブルで、なんだかミズキさんとお茶をしたことを思い出した。モフーン王国の気候は、四季があり、日本と同じように均等に訪れる。なので、カラバトリのように、ずっと夏で暑いこともなく、過ごしやすい国なのだ。

「ノアくん!久しぶり。一ヶ月ぶりくらい?城下の生活はどうなの?色々、大丈夫?」
「ハルトさん!はい。だいぶ慣れてきました」

 ハルトさんはゲームの主人公と同じように、王城で生活しながら、王城で働く獣人たちを癒したりしながら、生活しているようだ。僕は、ちらっと横にいる犬獣人のラッセルさんを見て、先ほど玉座の間にいた、白虎のハクさんと、獅子王を思い出して、ハルトさんはどうなんだろう、と、ハルトさんとは違った進行度が気になってしまった。

「もう少ししたら、レオもくるって言ってたよ。なんか話があるんだって」

 レオ、---レオナルド、というのは、獅子王の名前である。その呼び方を聞く限り、かなり親密にはなっている様子だな、と僕は思った。羽里は、ハクさんを推してたけど、獅子王ルートなのかな…と、僕は思った。

 ハルトさんには、僕は『猫族』ということにしてもらっていて、とても感謝している。転移の後、「どうしてそんな準備ができたの?」と、こっそり二人で話したとき、実は、前にも異世界に来たことがあると言ったら、ハルトさんはものすごくびっくりしていた。僕だって、羽里みたいな妹がいなければ、異世界なんて一回来ただけで、腰を抜かすほどびっくりするはずだった。

 でもやっぱりハルトさんは、思っていた通り、本当にいい人で、城下で暮らしている僕のことを、心配してくれているのだ。ちなみに、おそらく毎日のように「美しい」と言われているであろうハルトさんは、ほわっとした笑顔の、優しそうなお兄さんである。色素が少し薄いのか、髪も瞳もやわらかい茶色。目を細めるようにして笑顔を作るところは、なんだか「花も綻ぶ」といった感じなのだ。ほんわかした美人さんで、人間の僕であっても、癒されるような、容貌である。

 ハルトさんも、ミズキさんと一緒で、異世界が気に入ってしまったみたいだった。動物好きからしてみたら、天国のような場所である。その気持ちは自然なものかもしれなかった。
 そのとき、遠くから、獅子王と白虎のハクさんが、歩いてくるのが見えた。そして、相変わらず、ちょっと狼狽えた様子で、こそっと僕に尋ねた。

「ノア、お、お前はその、ユノと仲良くやってるんだよな?そ、その匂いは…」
「え?匂いってなんですか??えーと…嫌われてるかもしれないんですけど、まあ、問題は多分起きてないです」
「き、嫌われ?!え?!」

 匂い、と言われて一瞬身構えてしまったが、当たり前だが、昨日の夜はちゃんと体を洗ったわけだし、もう変な匂いはしないと思うのだ。だけど、何をそんなに心配してくれているのだろうか。
 ハクさんとラッセルさんと獅子王は、またもや集まって、ぼそぼそと話している。一体なんなんだろう。なんだかみんな、顔が険しい。
 が、僕は思った。

(険しい顔してても、ライオンと虎と犬が、集まってこそこそしてるのかわいい…)

 隣をみたら、ハルトさんも、キュンとしたような顔をしていた。「獣人ってかわいいですよね」みたいな話を、ハルトさんとしていたら、そのこそこそしている輪から、犬のラッセルさんが僕に尋ねた。

「ノア。えーと…その、ユノの尻尾はどう?揺れてる?」
「え?尻尾…えーと、はい。だいたい揺れてます」
「「「!!!」」」

 三人がまた目を丸くし、またこそこそやっている。どうやら、ユノさんと僕の間柄を、心配しているようなのだ。ユノさんとの関係は、まあ、さっきも伝えたけど、良くはないかもしれないが、悪くもない、と、僕は思っている。また、ヒューに「図太い」と、嫌そうな顔で言われそうな気がしたが、それでも。
 今、ラッセルさんが確認したように、ユノさんの尻尾は、だいたい揺れていて、昨日も撫でさせてくれたから、激昂されるような事態にはなっていないと思うのだ。三人が険しい顔をして悩んでいることが、僕のことなのであれば、心配はない、と、言おうとしたその時であった。

 中庭に続く、外廊下から、ユノさんがすごい勢いで走ってくるのが見えた。
 獅子王たちが目に見えて慌てだした。僕とハルトさんは首をかしげた。そして、辿り着いたユノさんは、地を這うような低い声で、言った。

「ノアが、今日登城するって、聞いてないんですけど」
「えっあ、いや…おい、ラッセル。ユノに伝えておけって言っただろ」
「え!えええ?!あ、あー…そうだった。ご、ごめんユノ。忘れちゃってた、かなあ?」

 ユノさんは、三人をキッと睨み、そして、いつも通り僕を睨むと、ぐいっと僕の手を引いて、歩きだした。「え?え?」と僕が慌てているのをみて、獅子王が言った。

「おい、ユノ!その、ノアはまだ子供なんだからな?しかも、何もわかってないみたいじゃないか。そ、その、む、無理はさせるなよ」
「………それ、あなたに何か関係あります?」

 ヒュオオオオオと、凍える風が通り抜けた気がした。
 僕は「あれ?」と思った。獅子王は、みんなに好かれている太陽みたいな王様なはずで、ユノさんは、一介の近衛だよな…と、情報を頭で整理した。が、現状、獅子王は、凍りつくような風に晒されて、本当に凍らんばかりの勢いで、固まっていた。その横で、ハクさんもラッセルさんも固まっていた。
 よくはわからないが、もしかして、ユノさんは、一介の騎士でありながら、何か発言力がある存在なのだろうか、と、不思議だった。
 が、呆然としている獅子王を見て思った。

(ショックを受けてるライオン…かわいい)

 そして僕は、ユノさんに引きずられるように、連行されたのであった。


 ←↓←↑→↓←↑→↓←↑→


「あははは!それは、大変だったね」
「ほ、本当ですよ!リビィさんも気がついてたなら、言ってくださいよ」

 王城を出た後、家に連れ戻された僕は、ユノさんはまた勤務に戻るというので、予定通り、午後からはリビィさんの工房に来ていた。そして、獅子王たちの様子がおかしかったという話をしたら、「匂いのせいでしょ」と言われた。
 リビィさんが、言葉を選びながら僕に伝えてくれたことを整理してみれば、僕の体からはユノさんの匂いがすごくしていて、それは「俺のものだ」と、顔に書いてあるくらいの匂いらしい。
 それを見かけた王城で働く人が、獅子王に報告してしまったようなのだ。

 僕にはわからないが、獣人は匂いに敏感だから、基本的には、浄化魔法を使って、痕跡を消すらしい。だけど、独占欲の強い獣人や、嫉妬深い獣人は、匂いをそのままにしておくのだとか。
 よくよく思い出してみれば、リビィさんに抱きついてしまった時も、帰り道で、ユノさんが浄化魔法をかけていたような気がする。だというのに、毎日、あんなにべったりくっついてブラッシングをさせてもらっているのに、僕は、石鹸で洗うだけで、浄化魔法まで、頭が回っていなかった。

 石鹸でもダメなんて、獣人の鼻ってすごい。

「ほぼ毎日、撫でさせてもらってるからかも」と、僕が青くなるのを見て、リビィさんが、「あー…まあ、その匂いは…いや、うん、そうだね。これからは、浄化してみたらどう?」と、言っていた。なんだか歯切れが悪くて、他にもなんだか隠しているような気もしたけど、とにかく、僕は、今後は浄化魔法をきちんとするようにしよう、と思ったのだった。

(ユノさんも…言ってくれたらいいのに)

「そういえば、リビィさん。また通信機のことなんですけど、魔法陣の、このエレメントを座標の特定にすることってできますか?」
「座標の特定ね。それはまた、どうして?」
「実は、会いたい人がいるんですけど、その人は、異世界にいるんです」

 リビィさんが作った通信機は、基本的に、同じ世界での使用が目的である。お互いが機械を持った状態で、耳に当て、話す。大きさ以外は、地球の携帯電話|(スマホではない)と同じだと考えられる。が、話す相手が異世界にいる以上、GPSのような機能を、幾多もある異世界の全てを対象にしなくてはならない。

「異世界かー、それは難しそうだな」
「ですよね」

 リビィさんがいうには、座標を特定するのは、頑張ればどうにかなるかもしれないとのことだった。ただ、難しいところは、異世界の時間を合わせること、らしい。

 僕は、自分の体験を思い出した。

 確かに、ユクレシアで一年経っても、砂漠の国で四年経っても、地球では数時間しか経っていなかったのだ。その時間差は、地球の座標との距離で違う。と、邪神が言っていた。つまり、ユクレシアに行った時に一日経っていたことを考えれば、ユクレシアの方が、砂漠の国よりも遠くにあるのだ。

 ただ、時間の流れは、どちらの世界も全く違う。

 邪神は、多分、僕の心の闇を増幅させるために、そのあたりの仕組みを説明してくれないから、いまいちよくわからないが、確かに、リビィさんのいう通り、時間軸の設定は難しい気がした。
 だって、普通に、ただ起きたことをそのまま、事実として考えるならば、ユクレシアの一年は、地球の一日だったのだ。それは、僕が一ヶ月過ごす間に、ヒューは三十年過ごしている計算と一緒だった。

 そして、僕はそこまで考えて、いや、今までどうして思いつかなかったのだろう。僕は、突然、その恐ろしさに気がついた。

 僕がのん気に、ヒューが遊びに来るのを待っている間に、ヒューはおじいちゃんになってしまうかもしれない。わからない。もしかしたら、ヒューは天才だから、もしかしたら、転移する際に、時間までもを考慮して、転移することができるかもしれない。でも、そんなのは、ただの希望でしかなかった。そんなことになったら、僕のことなんて、とっくの昔に忘れてしまっているかもしれなかった。
 心臓が止まってしまうかと思った。

(………嘘…どうしよう)

「ノア、どうしたの?」
「あ…じ、時間軸のこと、考えたことなくて。その、もしも、通信ができたとして、も、もしかして、その…」

 僕が狼狽えている様子を見て、リビィさんは「ああ」と、僕の不安に思い当たったようだった。そして、うーん、と首を傾げた。

「異世界の時間の流れっていうのは、確かに、均一ではない。でも、一定でもない、と思う」

 リビィさんは、僕たちのように、地球から、この王国に流れ着いた人がいたっていう歴史があるよ、と、言った。
 そして、僕はゲームの内容を思い出した。
 『癒し手』として、何百年も前に、この世界に来たという人は、同じ地球の現代人なんだった。現代から、この国の何百年も前に、行くことがあるのだから、大丈夫だと思いたい。今はとにかく、できることをするしかなかった。
 すっかり青ざめてしまった僕をみて、リビィさんが言った。

「それにしても、通信機が作りたいって、そういうことだったんだ。会いたい人は、ノアの想い人なんだね。それは、困ったなあ…」
「え?!い、いや、そういうわけでは…」
「そんな顔しておいて、それはないでしょ。いやあ、ユノが悲しむな~」

 僕は一体どんな顔をしているというのか。そして、ユノさんがなぜ悲しむのか。

 そりゃあ、僕にとってヒューは、とても大切な人で、会いに来てくれるというのを、心待ちにしている。ヒューは忙しいから、そう簡単には遊びには来れないかもしれない。だから、僕は、話すだけでも、あの、ヒューの、涼やかな声だけでも、聞けることができれば…、僕も、安心できるのに。声が聞きたい。

(安心?…変だな。話したいのはほんとだけど。安心?特に不安なことなんて…それに、声が聞きたいなんて、ほんと、リビィさんのいう通り、好きな人みたいだな…)

 と、そこまで考えた時、突然、頭がズキンと、割れるように痛んだ。
 僕はびっくりして、思わず、頭を抑えながら、首をかしげた。今日は日差しが強かったから、貧血でも起こしたのかもしれない。なんだろう、と思っていると、リビィさんが言った。

「ま、異世界のことは、ユノの方が詳しいよ。ユノに聞いてみなよ」
「え??ユノさん??」

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