【BL】異世界転移をしたい腐女子の妹は、その妄想のすべてに陰キャの兄が巻きこまれていることを知らない

ばつ森⚡️4/30新刊

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第一章 HUE

24 魔道具屋

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「行ってらっしゃい、ユノさん」
「……」

 相変わらず、ユノさんは無言であったが、ぴんとした綺麗な耳が、ピクッと動いた。そして、颯爽と去っていく後ろ姿が、---。

(尻尾、すごいブンブンしてる…)

 昨晩、あの後、うっかりうとうとしていた僕は、ハッと目を覚まし、ユノさんと一緒に夕飯を食べた。ポトフはとてもシンプルで、これといって特別な料理ではないけれど、やっぱりあったかい食べ物は偉大だと、僕は思う。ユノさんは無言で食べていたけど、そのときもやっぱり、尻尾がご機嫌そうに揺れていたので、僕は、ほっとした。
 ほぼ初対面で「大嫌い」とまで言わしめる僕と、一緒に住むことになって、本当にユノさんはよくわからない人である。ただ、僕は、ヒューとエミル様のおかげで、ツンデレ気味な人に対する、異常なまでの耐性が僕にはあった。おそらく、はじめての異世界が、ここであれば、ユノさんの言葉に傷つき、逃げ出していたかもしれない。

(ヒューに、図太いとか言われそうだな…)

 そんなことを考えながら、僕は支度をして、猫マスクを被ると、ユノさんの家を出た。今日の僕には、行く場所があるのだ。街の外れの、小さな丘の上に、大きな二本のかしの木があり、その木に挟まれるように、小さな黒い屋根の家がある。昨日、街の人に教えてもらった『魔道具屋』である。ユノさんは頑なに、無言を貫いていたので、こっそり街の人に聞いたのだ。
 小さな黒い屋根の家は、壁も黒く塗られていて、一見、魔女でも住んでいそうな雰囲気であったが、軒下にはちゃんと、小さなベルと、魔道具屋の看板がかかっていた。
 この世界観での『魔道具屋』は、ユクレシアや砂漠の国とは違い、職人さんの工房のような場所なのだ。僕は黒い扉をノックしてから、中をのぞいた。すると、---。

「いらっしゃい、ってあれ?はじめましてだね」

 そこには、長身の兎の獣人が立っていた。僕は思わず「はわ」と、喜びを顕にしてしまい、慌てて、「はじめまして」と挨拶をした。でもよく考えてみたら、猫マスクをしていたので、それは伝わっていなかったもしれない。

「君、もしかして『癒し手』と一緒に来たっていう噂の、猫族の子?」
「はい、ノアと言います」

 どうやら、僕が変体が不得手なことも、噂になっているようで、それは、ありがたいなと思った。仕事を探していると伝えると、「何ができるの?」と聞かれた。
 昨日の夜、ユクレシアや砂漠の国の魔法を試してみたのだが、残念ながら、属性魔法は使えない様だった。だけど、この国の『魔道具屋』で使われているのは、どちらかというと、錬金術に近い魔術で、『もふもふ♂パラダイス』内のミニゲームで使われるため、多少の心得があった。僕は天才魔術師ヒュー様のおかげで、レベルはかなり高く、魔力もかなりあるので、それは使えるはずだった。
 家事ができることと、基本の魔法陣と、この世界の魔術が少しはわかることを伝えると、兎さん、---リビィさんは、「へえ」と感心したような声を出した。
 しばらくは、お試し期間でもいい?と言われたが、なんとか雇ってもらえることになったのだった。
 ユノさんにお世話になっているが、仕事くらいはきちんとしなくては、と思っていたので、滑り出しは順調であった。

「ふうん…ユノのところに住んでるんだ」

 という、妙に嬉しそうなリビィさんの言葉は、働ける喜びに浸っていた僕の耳には届かなかった。
 そして、僕はここでも部屋の片付けと掃除から、はじまることになったのだった。しばらくそうして、せっせと働いていたが、僕の後ろから、リビィさんが声をかけた。

「ノアは、魔道具に興味があるの?」
「はい、いつか通信具みたいなものを作ってみたいと思ってます」
「ふうん。通信具か。確かに便利かもね」
「リビィさん作ったことありますか?」

 リビィさんは、うーん、と首を傾げて、「昔一度だけ作ってみたことがあるけど、そこまで距離が出せなかったな~」と言っていた。それでも、一定の距離までは通信できたのか!と、僕は感動して、通信具の設計図を見せてもらった。
 現代人の僕は、携帯のようなコンパクトなサイズのものを想定していたが、設計図をみる限りは、箱のような、かなり大きなサイズのものだった。僕は、昔、地球上の携帯電話も、大きな箱型だったらしいということを思い出した。確かに、まずはサイズうんぬんよりも、距離か、と、思った。

(魔法陣…雷を主体に、魔力を乗せて相手に伝えているのか)

 この世界に、属性魔法はないはずだけど、魔法陣のエレメントとしては存在するのだ。考え方としては、地球上の携帯電話に近いのではないか、という気がした。真剣に、書かれた魔法陣の分析をしている僕をみて、リビィさんがちょっとびっくりしていることには、僕は気がつかなかった。


 ←↓←↑→↓←↑→↓←↑→


「はわ…」 
「ん?」

 僕の目の前のソファには、僕の腕に収まるか収まらないかぐらいの大きさの、大きな白い兎が、どでんと座っていた。そのあまりの愛らしさに、僕は、声をあげてしまったところだった。眠そうな目をぱちぱちさせながら、ひくひくと、小さな鼻が動くたびに、ピンとした長いひげが揺れた。

(な、なんてかわいいんだ…大きな兎…)

 リビィさんにお昼ごはんのサンドイッチを作り、一緒に食べた後 、リビィさんは、ソファでうとうとしていたのだ。そこまでは僕も見ていて、でも、僕が食器を洗い終え、再びソファの方を振り向くと、そこには大きな兎がいたのである。
 長い耳は、眠そうにくったりとしていて、僕は喜びの限界を超えてしまった。

「か…かわいい…」
「えー?俺?」
「あっ す、すみません。つい。僕の世界には、リビィさんみたいな兎の獣人がいなかったんです。ふわふわ…」

 嘘は言っていない。他の獣人もいないが、地球上に、兎の獣人はいない。

「そうなんだ。ふふ、ちょっと触ってみる?」
「え!!!い、いいんですか?!」

 なんということだ。僕が待ち望んでいた機会が巡ってきてしまった。こんなに、こんなに大きな兎を、触らせてもらえるなんて、と、僕はすぐさま、手を伸ばした。どこから触ればいいのかは、よくわからなかった。それでも、まず、まあるい背中を撫で、それから耳の後ろを撫で、頭を撫で、と、していると、リビィさんが気持ちよさそうに、うっとりと目を閉じた。
 気をよくした僕は、ソファの隣に座り、よいしょっと、その重たい大きな兎を膝に半分ほど乗せ、そしてゆっくりと、撫でた。リビィさんの体は、ふわっふわで、あたたかく、しかも、本物の動物のように逃げてしまったりしないし、「そこが気持ちいい」とか、伝えてくれるのだ。まあるい背中に、頬を寄せ、すりすりっとこすりつけながら、僕は、「はあ」と、幸せな息をついた。あまりのまふまふ加減に、僕はついに、ぎゅっと抱きついてしまった。

(この、ちょうど腕の中にすっぽり収まるサイズ…大きいうさぎ…)

「どうしよう…すごく幸せです」
「え、そんなにー?ていうかノア、大胆だね」
「あ!」

 ちょっと意地悪なかんじに、からかうようにリビィさんに言われて、僕はようやく思い出した。

(あ!リビィさん、人なんだった!!!)

 ちょっと、『しゃべる兎』みたいに思ってしまっていた僕は、サアアっと青ざめた。僕は、ほぼ初対面の人を膝に乗せ、抱きついて、頬ずりをしているわけであった。まずい、と思って、離れようとした、その時だった。

 カラン、と、店の扉についていたベルが鳴り、そしてそこには、扉を開けているユノさんが立っていた。その目が、何故かまんまるになっているように見えた。

「………」
「あれ?ユノさん。魔道具のお買いものですか?」
「おーユノ。珍しいね~」

 僕は、頬をリビィさんの背中から離しながら、尋ねた。
 シュッとした顔で、ツンとすましているユノさんと違って、とても愛嬌がある表情で、僕は、また、ほわっとしてしまった。お昼を食べながら話していたのだが、リビィさんとユノさんは同じ歳らしい。幼い頃から、知っているのだとか。

 が、何やら雲行きが怪しい。

 なぜか、ユノさんが震えているように見えたのだ。僕は首を傾げながら、「ユノさん?」と名前を呼んでみた。その時、僕は、気がついた。ユノさんは、本物の狼のように、歯をむき出しにして、なんだか湯気でも出てきそうなくらいの息を、噛みしめた歯から吐き出した。いや、ユノさんは、本物の狼なのだから、そうであるべきだが、その歯の鋭さに、僕はびっくりしてしまった。そして、思った。

(なんか、すっごい怒ってる!)

「え、え、」と狼狽えている僕の膝の上で、リビィさんが「うわ、独占欲やっば」という、見当違いなことをつぶやいていたけれども、僕の頭の中には『危険』という警報が鳴り響いっていた。
 よくはわからない。
 よくはわからないが、僕はとりあえず、膝の上のリビィさんを、隣にずらした。そして、リビィさんが「今日はもうあがりでいいよ」と、言うのを聞きながら、まだ半日ちょっとしか経ってないと、思う暇もなく「おつかれさまでした」と言って、ユノさんの横をすり抜けた。
 そして、その瞬間、僕の足は、なぜか全力疾走をはじめた。
 なぜか、と問われれば、ただ恐ろしかったから、としか言いようがない。が、魔道具屋にユノさんが現れた以上、ユノさんは、リビィさんに用事があるに違いなかった。だから、僕はその間に、夕飯の食材を買って帰ろうと思っただけ…ということにした。
 が、なぜか、ユノさんは、走り出した僕を、追いかけてきたのだ。

(ねえ、僕は、昨日もこんなことしてなかった?!)

 という疑問を抱えながら、僕は、それでも止まれなかった。そして、無言の狼に追いかけ回され、なぜか再び街中を走りまわることになった。

「ちょ、ユノさん?わ、ちょっと!え?!うわあああああああ」


 ←↓←↑→↓←↑→↓←↑→


「ユノさん。ちょっと話があります」

 あの後、結局、昨日同様に飛びかかって、取り押さえられ、昨日と同様に無言のまま、ものすごく怒っているユノさんと一緒に、食材の買い出しをしてから、帰宅した。夕飯に、二人でチキンカツを食べて、キャベツをむっしゃむっしゃと食べ終え、僕は、意を決して、ユノさんに言った。家なので、猫マスクは被っていない。
 僕は昨日今日と追いかけ回されて、思ったのだ。ユノさんが寡黙キャラなことは重々承知の上だ。主人公がいくら話しかけても、うなづくか首を振るか、しかしないようなキャラなのだ。だが、主人公を追いかけ回したりはしない。そして、口がついているのだから、口で言えばいいのだ。僕は、創作物に出てくる、全寡黙キャラと敵対する勢いで、再度思った。

(まじで、なんかしゃべって!)

 僕の改まった姿勢に、ソファに座っていたユノさんは、訝しげに片眉をあげながら、振り返った。僕のことを「大嫌いだ」と言っている人である。おそらく、すごく面倒くさいと感じているはずであった。だが、そんな状況にも関わらず、僕は思った。

(片眉あげてる狼、かわいい…)

 たとえ嫌われていようとも、僕はもう、ユノさんが動物というだけで、嫌いになれる気がしなかった。だが、言わねばならぬ。せめて「無言で追いかけないでほしい」という、最低限の要望だけは、伝えなければならぬ。そして、僕は口を開きかけた…そのとき、ぽつりとユノさんが言った。

「なでて」
「……………え?」
「俺のことも、撫でて」

(……………………………え?)

 きゅううううん、と、僕の心臓に衝撃が走った。
 僕の目の前には、ソファの背に顎を載せ、耳をしょぼんと伏せた狼の顔が乗っていて、じっと僕のことを見ていた。
 僕は思った。

(あー!!これが寡黙キャラの需要だった!)

 言葉少ないくせに、いや、言葉が少ないからこそ、突然のデレの破壊力が尋常じゃなく、やばかった。僕は、ユノさんのあまりのかわいさに、どっどっと心臓が強く脈打つのを感じた。

(「撫でて」って、今日の一言目。今日の一言目が「撫でて」だった。はわ…)

 いや、だが待て。これは一体、どういう状況だろう。ええと、と、僕は、ちょっと待ってというように、手を広げてユノさんを制し、反対側の手を眉間にやった。そして、考えてみる。
 ユノさんは、僕のことがなぜか「大嫌い」なはずであった。そして、昨日も今日も、なぜか機嫌を損ねてしまい、ユノさんに追いかけ回されていたのだ。今日、追いかけられていた理由は、おそらく、リビィさんに抱きついていたからと推測していた。多分、幼い頃からの友達に、大嫌いな僕が抱きついていたことが、嫌だったんだと思うのだ。

(もしかして、ユノさんは、リビィさんのことが好きなのかな…?)

 羽里のおかげで、僕はかなり、BL的な展開には敏感なのだ。この世界はただでさえ、♂しかいないのである。ユノさんとリビィさんの、幼馴染BL的な展開に違いなかった。僕は二人をいい感じにするための、当て馬だと思われた。
 僕の膝で、うっとりしていたリビィさんを見て、一体どんなテクニックなのか俺が試してやる、的な感じだろうか。大嫌いな人に撫でまわされるのは、不快ではないだろうか。僕が触っても噛みつかれないだろうか。
 僕はぐるぐると悩んだが、よくよく考えてみればこれは、願ったり叶ったりな状態であった。僕は、夢の中で、ヒューに、そういうところが嫌いなんだ、と言われたこともすっかり忘れて、ぱっと思考を放棄した。
 そして、目の前のご褒美に飛びついた。

「はい!喜んで!」

 そう、僕が目を輝かせた瞬間。大きめのソファの前の床に、ぼんっと大きな銀色の狼が寝そべっていた。僕はその横に膝をつき、そっと手を伸ばした。
 太陽のような、あたたかな匂いがふわっと香った。僕はつい、くんくんと鼻を寄せて、その匂いをかいでしまった。ふさ、ふさ、と、ゆっくりユノさんの尻尾が動いた。
 寝そべったユノさんは、走っているときほど、大きくは見えない。二メートルくらいだろうか。手を伸ばして、首元の長い銀色の毛を撫でる。ブラシはないかな、と視線を泳がせていたら、ユノさんが、ん、と、顎で、目の前のテーブルを示した。ソファの前にテーブルにブラシが置いてあることに気がつき、僕は優しくユノさんを撫でながら、そっとブラシを潜らせていった。

 フェンリルというのは、この世界にはいないようだったけど、ユノさんはフェンリルみたいに、神々しいなあ、と僕は思った。本当に「孤高」とか「気高い」とか「高嶺の花」とか、とにかく「高」がつく言葉が似合うユノさんだけど、なんだか今は無防備で、僕に体を委ねてくれていた。
 ハルトさんに撫でられていた時の獅子王みたいに、「あっ」みたいな声は、全く聞けそうにないから、僕の撫で方は、やっぱりそこまで上手ではないんだろうけど、それでも、目を閉じて、穏やかな表情をしているユノさんに、僕はあったかい気持ちでいっぱいだった。
 幸せが溢れすぎて、僕はやっぱり、その美しい首元に抱きついてしまった。そして、「あっ嫌われてるんだった!」と思い、ハッとしたが、ユノさんの尻尾は、相変わらず、ふさふさと揺れていて、どうやら大丈夫そうだ、と、ほっと胸を撫で下ろした。
 そして改めて、噛みしめる。

(し、幸せ……)

 そして、ユノさんが、ちょっと機嫌が良さそうなうちに、お願いを聞いてもらえないか、と思って希望を口にした。本当は、「追いかけないで、口で言って欲しい」という希望を、伝えなくてはいけなかった。だけど、幸せの絶頂にいた僕は、欲望のままに、己の欲望を吐き出した。

「ユノさんは、僕のことが嫌いなのは知ってるんですけど、僕は、撫でさせてもらえて、すごく、幸せです。その、たまに、こうやって撫でさせてもらっても、いいですか?」

 もう、無言で追いかけられても、僕は気にならないと思った。それから、嫌われていても、こんなにユノさんがくつろいでくれるなら、それでいいと思った。幼馴染BLが進行していることを考えれば、いつかこの状況に気づいたリビィさんが嫉妬して、おそらく、二人の関係は発展するに違いなかったが、僕は当て馬になったところで、何も失うものはなかった。こんなに幸せな当て馬なら、僕は喜んでなりたかった。
 相変わらず、ユノさんは言葉を発さなかった。
 でも、否定はされなかったし、ふさ、ふさ、と、ユノさんの尻尾は、ずっと揺れたままだったのだ。だから僕は、勝手に解釈をした。
 そして思った。

(幸せ……)

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