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第一章 HUE

22 よくわからない人

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「………」
「………」

 結局、ユノさんに捕まってしまった僕は、今、ユノさんと二人で街を歩いているところであった。このモフーン王国の王都モッフルは、ユクレシアやカラバトリに比べると、少し小さめの王都である。
 だけど、色とりどりの屋根の、かわいい家々の並ぶ間を、行き交う人たちが、みんな動物の顔をしているせいか、歩いているだけで、気分が高揚してしまう。

(隣に、仏頂面の、無言の狼男がいなければ…)

 ユノさんは結局、逃げる僕に飛びかかって止めたくせに、それでいて、やっぱり無言であった。本当に、普通に「ちょっと待って」とでも呼んでくれたら、僕だって、普通に立ち止まれる気がする。だが、無言で追いかけ回されると、人は逃げるのだ。そして、捕まった後「どうして逃げるんだ!」の様な、くだりもない。

 流石に、僕も無言になった。

 そして、街中で追いかけっこをしていた僕らは、無言のまま歩いているのだ。ツッコミを入れてくれる人も、目を丸くしてリアクションをとってくれるライオンもいない。辛い。

 ちらっとユノさんの様子を伺ってみる。

 銀色の美しい毛並みが、太陽に反射して、きらきらしている。たまにひくっと動いている、ツンとした鼻先は、プライドの高いユノさん(ゲームでは)にぴったりで、気品がある。キリッとした目元は、グレーの瞳。失礼かもしれないけど「孤高」とか「気高い」とか「高嶺の花」とか、とにかく「高」と言う言葉で表されるような、そういうイメージで、人を寄せつけない雰囲気がある。
 が、おや?と、僕は首を傾げた。ユノさんの尻尾が、揺れていることに気がついたのだ。

(…かわいい)

 無言の圧力にどきどきしていた僕であったが、ユノさんの尻尾を見たら、もうなんだか、それだけで、幸せな気持ちになってしまった。これも、おそらく非常に失礼な言い方だが、散歩しているときに、犬は話しかけてきたりしないから、もう僕は、ユノさんのことを、愛でる対象として見ようと、心の中で思った。失礼なことは、重々承知の上だ。

 ユノさんはどうやら、僕の面倒をみると言ったのに、僕が勝手に街に出たことが、気に食わなかったようなのだ。それで、先ほどから、ピッタリと僕について、まわってくれている。今日は、一日近衛をお休みして、僕についてくれるという話ではあったのだけど。
 本当は、街の説明でも聞ければ、とも思うのだが、話してくれそうな雰囲気ではない。とにかく、必要そうなのは、毛布と洗剤、後は食料だな、と思って、「市場はありますか?」と尋ねたので、どうやら市場の方向に歩いている様ではあった。

「ごはん、僕が作ってもいいですか?」

 ユノさんからは返事がなかった。けれども、本人が気がついているのかは、わからないが……尻尾がものすごくブンブン揺れていたので、多分、大丈夫なんじゃないかと思う。

(…どうしよう、ものすごくかわいい…)

 が、それを本人に言ってしまうと、なんだか、噛みつかれてしまいそうな気がするので、必死で黙っている。なぜか、僕の被り物などないかのように、僕のことをわかっている風なユノさんではあるが、僕は、被り物があってよかった…と、本当に思っていた。そうでなければ、僕が、始終によによして、ユノさんのことを見てしまっているのが、バレてしまうので、さらに嫌われること、必須である。

 ユノさんは、キャラクタータイプ的には、ヒューやエミル様と、同じような位置づけなんだと思う。羽里は、あんまりツンデレタイプに惹かれないみたいで、ユノさんの攻略はできなかったが、僕の分析からすると、ユノさんも『クーデレ』とか『ツンデレ』に入るんじゃないかと思う。
 だけど、ヒューやエミル様よりも、ずっとツンとしていて、敵意を感じる。誰にも興味なんてありません、という雰囲気だったエミル様とは違って、攻撃性があるのだ。口も聞かなければ、態度も悪いし、睨んでくるし。だけど…

(…本人が意図しないところで、尻尾がデレてきている…)

 もしかして、僕はツンデレ推しなのかもしれない。BLゲームでしか、経験していない経験談なことが辛いが。
 それにしても、ユノさんに尻尾が生えていて、本当によかった。尻尾がなければ、僕は、初日から心折れて、泣き濡れていたことだろう。思いのほか、うまくやっていけるかもしれない、と、少し光明を見出した。その時、ユノさんが、口を開いた。

「俺はお前みたいな奴が大嫌いだ」
「……え」

 兆していた光明は、一瞬でかき消えた。
 僕は、ががんと、衝撃を受け、思わず、足取りが遅くなってしまった。が、ユノさんはスタスタと歩いて行ってしまうので、急いで追いかけた。半歩下がった位置で、考える。

 ユノさんの中で、『僕みたいな奴』とは一体、どんな奴みたいな奴なのか、いまいちわからない。暗いやつだろうか。が、僕は、家族に恵まれているせいか、逆に、非常に悪意に弱い人間で、悪意に晒されると、完全に萎縮してしまうのである。手足の先が、どんどん冷たくなっていくのがわかる。さっきまで、あんなにあたたかい気持ちでいたのに、と、心臓がぎゅっと痛んだ。

(……そ、そうなんだ。大嫌いか。それなら、放っておいてくれたら…いいのに)

 僕には、ユノさんの行動が全く理解できなかった。そこまで、不審に思われているのだろうか。「はあ」と思わず、ため息をついてしまい、振り返ったユノさんに、ギッと睨まれた。僕は本当に、よくわからなくなって、混乱していた。だけど、これだけはわかる。

(先行きは、暗い。非常に、暗い)

 ---あっはっはっはっはっ---


 ←↓←↑→↓←↑→↓←↑→


「部屋にいるときは、その被り物はしなくていい」

 市場で一通り買い物を終え、帰宅した後、そう、言われて、僕は、かぱっと猫マスクを脱いだ。
 実はマスクの下に、さらに、猫耳をつけている。もし、これがこの世界観でなければ、僕はまたしても、ニュータイプの変態に数えられて然るべき存在であった。猫マスクの下に、猫耳を忍ばせている、痛すぎる男である。ちなみに、猫耳も、羽里の私物である。

(持つべきものは、変な妹…)

 と、考えかけて、そもそも変な妹がいなければ、こんな変なことにはなっていないんだった、と気がついた。
 猫の被り物は、思ったよりは通気性が良かったけれども、それでも初夏の日差しの中、毛のついた被り物をしているのは、辛かった。本来は、この世界の常識では、成人してからは、愛する人にしか見せない素顔である。若干、恥ずかしいし、大嫌いな人の顔を見なくてはいけないのに、大丈夫なのかな、と、びくびくと顔色を伺ってしまった。
 が、すると、なぜか、ユノさんは、ぼんっと、獣化して、大きな狼になった。そして、また、颯爽と二階へと走って行ってしまった。
 僕が首を傾げた。

(よくわかんないけど、もう、とにかくご飯を作ろう)

 ユノさんは、正直、本当によくわからない人だ。
 僕は、ご飯を作りながら、同じツンデレキャラの考察をしてみることにした。エミル様もおかしな人であった。はじめは、何かを諦めてしまっているような、悲しい人だと思っていたけど、わざわざ人に攻撃的な態度を取ることはなかった。対して、ヒューは逆に、はじめから攻撃的ではあったけど、ヒューもまた、人をわざと傷つけるようなことを言うわけではなかった。なんというか、ヒューは、気が強い、という感じだった。意見を違えれば、喧嘩になるけど、だからと言って、嫌いな人間にあえて嫌いと言うようなことはない。

(嫌いか…あ、でも、ヒューにも言われたことがあるなあ…)

 にんじんの皮を剥き、玉葱を半分に切って、キャベツとジャガイモ、骨つきの鶏肉を入れ、ことこと煮込む。この世界観では、実は『鳥』の獣人が存在しないのだ。なので、モフーン王国の肉食の獣人たちは、鶏肉を食べる。

 ゲームをしているときに、気になって、羽里と一緒に話していたのだ。こんなに動物たちが、肉食草食入り乱れて生活していて、食生活はどうなっているのかと。それで、羽里がよーくよーく画像を見てみると、骨つきの鶏肉っぽいものを、獅子王の食事の皿に見つけた。そのときは、まさかと思ったけれども、市場で鶏肉と魚だけが売っているのを見て、納得した。

 これぞご都合主義、と思わなくもないが、鶏には感謝して、頂かせてもらおうと思う。
 日本のように『だし』の文化はなさそうなので、しばらくは、鶏ガラと魚介類に頼る生活になりそうだ。とにかく、今日は初日で疲れているのだ。狼にも、散々追いかけ回された。疲れていないはずはなかった。
 そういうときは、簡単な料理に限る。
 エミル様も、ヒューも好きだったけど、ただのポトフである。ピクルスをみじん切りにして、オリーブオイルと混ぜ、かけて食べる用のソースを作る。このソースがあるとないでは、手抜き感が変わってくるので、一応作る。

 日本にいたときは、もちろん、料理などしたこともない高校生であったが、ユクレシアでシルヴァンの手伝いをしたり、カラバトリで料理人のエンリケの手伝いをしたりしているうちに、少し覚えた。少し覚えてみると、不思議なもので、母さんが作っている食事にリンクするのはすぐだった。

 なんというか、幼い頃から、散々食べてきた味なのである。

 例えばポトフであっても、そのソースがついてきたことを思い出せば、その味をどうやったら作れるのか、考えることができるのだ。それは幼い頃から、毎日ご飯を作ってくれた、母さんの味を知っているからこそ、覚えているからこそ、再現できるものだと、僕は思う。
 食べたことのない味を作るのは、きっと、とても難しい。
 料理をするたびに、僕は、母さんが毎日ご飯を作ってくれたことのありがたさを、感じる。だから、こんな簡単な料理であっても、なぜか、料理をすると、心が落ちつくのだ。だから料理は嫌いではなかった。

 あとは柔らかくなるまで、ずっとコトコト弱火で煮込むだけ。
 ことこと、ことこと。
 鍋から聞こえる小さな音を聞きながら、僕はユノさんの家のソファに座って、うとうとし始めていた。ことこと、うとうと、ことこと、うとうと。そして、昼間がんばって走りすぎた僕は、いつの間にか、眠りに落ちて行ったのであった。

 そして、案の定、それはヒューに「嫌い」と言われた時の、夢だった。

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