【BL】異世界転移をしたい腐女子の妹は、その妄想のすべてに陰キャの兄が巻きこまれていることを知らない

ばつ森⚡️4/30新刊

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第一章 HUE

08 <ユクレシアの記憶03>

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※※話の構造上『ユクレシア』のことは、今後、回想形式で、続いていきます。もし、わかりづらかった場合は、目次から<ユクレシアの記憶>だけ、つないで下さい。
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ヒュオオオオオ

風に草が靡いていた。僕とヒューはまるで長年のライバルが、最終的な決着をつけるかのように、二人で先ほどから睨み合っている。だが実際は、昨日出会ったばっかりだ。
ヒューの耳くらいまである薄茶色の髪が、風に揺れた。
先程、シルヴァンが言い出した通り、僕と山田くんは戦う練習ということで、小さなモンスターから、倒してみることになったのだ。
山田くんにはシルヴァンとオーランドがついて、僕は、魔法の練習がしたいから、魔術師であるヒューについてもらうことになった。そして、ヒューが、僕のことを指差して言った。

「俺はまだ、お前のことを認めたわけじゃないんだからな!」

何かしらの物語に出てくるライバルのような台詞だ、と、僕は思って、そういえばヒューはゲームの主人公にもこうやって、何かしらのいちゃもんをつけていたような気がするな、と思い出した。
ヒューはツンデレ担当なのだ。
女嫌い、とっつきにくい、プライドが高いエリートで、潔癖症。とりつく島もないようなツンツン具合なのに、主人公と両想いになった後は、主人公のことしか目に入らない、とろっとろの溺愛タイプに変化を遂げる。妹曰く「ギャップ!」だそうだ。
本当に、黙っていれば王子様みたいな見た目なのに、目を釣り上げて怒っている姿は、懐かない猫、いや、懐かないアビシニアン。
主人公の健気さや、一生懸命頑張る姿に、少しずつ態度を改め、だんだん好きになってしまう、というコースであった、と記憶している。
が、僕は特に懐いてもらう必要もないので、僕は昨日買っておいた必殺の武器を取り出した。装備を買う時にいくつか用意しておいたのだ。

「早く魔法を教えないと、ドーナツを出すからね」
「な、なんだと!そもそもお前は、異世界から来たというのに、どこでそんな情報を!」

慌てているヒューを見ながら、僕は、王様から支給された四次元ぽke…ではなく、異空間収納袋を取り出した。
時間を止めたまま保存できる上に、30kg程度までなら収納できる袋で、国宝級の魔道具である。まさか巻き込まれの僕にまで、支給してくれるなんて、本当に、山田くんがお願いしてくれたおかげだと思う。そして、その袋の製作者は、まさかのヒューである。

『ドーナツを出す』という脅しだけでうろたえている姿からは、想像もつかないが、彼は、本当に、ユクレシア随一の天才魔術師なのだ。

そして、そのユクレシア随一の天才魔術師の作った国宝級の魔道具に、僕は、そのユクレシア随一の天才魔術師が大嫌いなドーナツを、一ダースほど収納している。
この、面白おかしいツンデレ魔術師に対応するのに、なんと用意周到なことか、と、皆が思うであろう。そんなにドーナツがあれば、ユクレシア随一の天才魔術師相手でも、思いのままですね、と、皆が僕を褒め称えるだろう。
だが、実はそれは、今思いついただけだった。

ただ、僕はドーナツが好物なのだった。

一ダース買いこんでおくほどに。そして、僕はドーナツを食べる際に、「何故、穴が空いているのか」という疑問を抱いたことは、今のところない。小一時間悩むことも、最終的に恐怖することもない。ちくわのことが怖かったこともない。
ヒューがドーナツに怯え、燃やしてしまう前に、僕がぱくっと食べることで、ヒューの目の前から、この世に存在する全てのドーナツを、一瞬で消してあげてもいい、と思うほどに、僕はドーナツが好きなのだった。

そして、僕は袋の中からドーナツを取り出した。
砂糖が軽くまぶしてあるだけの、プレーンのドーナツである。

「ヒッ」とヒューの顔が青ざめたのが見えた。
こんなにまるっとした、かわいいフォームだと言うのに、と僕は思う。そして、僕は口を大きく開けた。もっちりと歯応えがあり、ほんのりとした甘さと、ちょっとの油をじんわりと滲ませながら、それは僕の口に、あむっと吸いこまれた。

じわっとドーナツの旨味が口いっぱいに広がった。

僕は呆然とするヒューを見ながら、もっもっと口を動かした。ヒューが震えながら、一歩後ずさった。僕はもっもっと口を動かし続けた。そしてヒューは「よくそんな得体の知れないものを…」と、おばけでも見るかのような顔をして、しばらく固まっていた。

もっもっもっも。

しかし、耐えられなくなったのだろう。「くっ」と悔しそうな顔をして、ヒューが地面に手をついた。
僕は、自分の大好きなドーナツに怯えているヒューを見て、少し、気が大きくなっていた。日本では、肩身の狭い陰キャ生活を送っていたというのに、日本の高校のように、あからさまに僕を蔑んでくる視線がないせいか、心なしか自由に振る舞ってもいいような気もしてきていた。山田くんも優しいし。

そして気の大きくなった僕は、その自由の許すままに、「はっはっは」と、高らかに、勝利の雄叫びをあげながら、食べかけのドーナツを掲げ、悪役よろしく言い放った。

「さあ、これ以上、目の前でドーナツを食べて欲しくなければ、しっかり魔法を教えてもらおうか」


←↓←↑→↓←↑→↓←↑→


「おおお!すごい!スライムだよ!」

僕の目の前で、僕が放った魔法により、スライムがぼこぼこぼこっと、沸騰するようにあぶくを出し、じゅわじゅわっと音をたて、そして、消えた。隣でヒューが白い目で僕を見ているのはわかっていたが、それでも僕は、正直に告白すると、かなり興奮していた。
何故なら、人生ではじめて、スライムを見たからだ。スライム。あのプラスチックのケースに入って売られているスライムではなく、本当に動いているスライムである。

先ほど、僕たちがにらみ会っていた場所の隣にある、森の中を少し歩くと、そこには洞窟があった。幼い頃から、ゲームをする度に、一番はじめに倒す相手として現れるそのモンスターは、僕の冒険の一番はじめに、こうして倒されることとなった。ちょっと怖いので、魔術師らしく、遠くから、小さく魔法を打ったら、ジュッと音をたてて、蒸発してしまった。少し、かわいそうだな、と思ったのも確かだった。だが、スライムには非常に申し訳ないのだが、感動の方が勝ってしまった。

そして、先ほどから、とにかく思いつく限りの魔法をばかすか打ちこんで、僕は試しているわけだった。そして、呆然とその様子を見ていたヒューが、ぼそっと僕に言った。

「お前の世界…もしかして、魔法あんの?」
「え?それ、もしかして褒めてくれてる?」
「違う」

ヒューは結局、ドーナツの恐ろしさに負けて、僕に魔法を教えてくれた。
基本的な『ファイア』のようなものから教わっていたが、よく考えれば、僕はゲームでこの世界の魔法を見たことがあった。それに、羽里がよく読んでいる小説や漫画では、巻き込まれ一般人も、結構、無双しているものも見るし、僕ももしかしたらできるのかな、と、すこし期待していた。

ヒューがはじめる前に言っていたのだ。「魔法はイメージが大事」だと。僕はゲームでビジュアルを知っていたから、イメージも何も、そのまま思い出しながらやってみたら、それっぽいものが出たのだ。ヒューはちょっとびっくりしていた。

しばらく、そうして、弱いモンスターを倒していたわけだったが、ヒューが一度休憩しようというので、森の中に戻り、倒れている木の上に、二人で腰をおろした。いや、ヒューはその際に、木の上に浄化魔法をかけ、自分の分だけ、きちんとクロスを敷き、それにさらに浄化魔法をかけてから、その上に腰をおろした。

(そうだ。潔癖症…だった)

僕はその様子をぼんやり見ながら、異空間収納袋から、お昼ご飯を取り出し、食べはじめる。お互い、バゲットにチーズとハムが挟んであるような、簡易的なものだった。しばらく、無言で食べていたが、せっかくヒューと話す機会なのだ。僕は、この世界の不思議なことを話すことにした。

「この世界に似た物語が、僕の世界にあるんだ。魔王を倒す話、かな?一応」
「………」
「ヒューも出てくるよ。そこにドーナツのこと、書いてあった」
「ハア?!」

つまらなそうに僕の話を聞いてたヒューは、信じられないと言った顔で固まっていた。
そして、「俺はそんな、不特定多数に弱点を晒しているのか…」と愕然としていた。よく考えてみれば、ヒューたちは、自分の弱点どころか、恋愛も、R18版なら、それ以上さえも、全てをさらけ出している。キャラクターの気持ちを考えてみたら、それはかなり恥ずかしい事態だな、と僕は思った。だから言わないでおこうと思った。
僕は、くすくす笑いながら、続けた。

「僕の世界の人たちは、いろんな異世界に憧れてるんだ。だから、想像した世界が存在してしまうらしいよ。このユクレシアみたいに」

邪神の受け売りだけど、と、心の中で思いながら、僕は言った。遠くへ行きたい、この世界へ行ってみたい、と思いながら、小説を読んだり、ゲームをしたり、漫画を読んだり、そうしている人たちの想いが、世界を存在させるだなんて、すごいな、と、僕は思った。邪神のいうことを、鵜呑みはしたくなかったけど、本当に、いろんな異世界が存在するというのなら、それはすこし胸が高なる。

正直、羽里のことは、ちょっとまずい妹、くらいに思っていたが、ここにきて、そう異世界ここにきて、はじめて、彼女の情熱が理解できたような気がした。いや、トラックにクラウチングスタートはまずい。あれは、まずい。
彼女のは、もはや、情熱という言葉では表すことができない、銀河団ガス、くらいの熱を持っていると予想された。そのまま彼女の熱が、ビックバンとなって、宇宙をのみこむ前にどうにかしなければならない。
そんなことを考えていると、ヒューが言った。

「そんなこと、あるものか。想像が現実になるだなんてことは、ありえない。もし、そんなことがあるんだとして、それはこちらの人間が、お前の異世界に何らかの干渉をした結果でしかない。よく考えてみろ。どうしてヤマダはあのペンダントを持っていたんだ。物事には、何かしらのきちんとした原因があり、結果があるんだ」

な、なんという天才魔術師っぽい意見だ。
僕はヒューのことを見直した。いや、違う。もとからヒューはすごいのだ。さっきのドーナツのくだりで、その認識がよくわからなくなっていただけだった。
僕が邪神に聞いて、「へえー」と、そのまま鵜呑みにしてしまったな、と思った。確かに、一方的に、地球の人たちの希望が異世界を存在させているんだとしたら、あのペンダントは、どうして地球に存在したんだろう、と、僕は不思議に思った。

それから、ピーターパンのネバーランドを少し、思い出した。
あれは確か、子供たちが信じているから存在する世界だったはずだ。だけど、そうか、あの世界自体だって、子供たちに信じてもらうために、『ピーターパン』というストーリーとして、僕たちの世界の人たちに、認識してもらう必要があるのかもしれない。
その存在を知らなければ、人々はそんな異世界があったらいいのに、と、ぼんやり想像することはできたとして、こんなにも鮮明に、ユクレシアを存在させることはできないのかもしれない。

まずい。よくわからなくなってきた。

これはまさか、シュレディンガーの猫的な、哲学論にも通じる何かだというのか!全年齢向けのBLゲームだというのに、僕をこうしてのみこまんばかりに、じわじわと圧力をかけてくる。くそう。わけがわからなくなってきた。そして、そのとき、羽里のあっけらかんとした言葉を思い起こされた。

ーはわ、勇者くんかわいいかよ。どうしよ、お兄ちゃん。きゅんが止まらない!シルヴァンもっとやれ!ー

僕は、冷静になった。
そうだ。これはそういうゲームだ。たとえ、その存在がこう、どっちがどうとか、なにがああだとか、色々難しいことがあったとして、しかし観測者はアレである。そしてBLゲームであった。僕は未だ混乱していたが、ちょっとどうでもよくなった。
が、僕が混乱しているのがわかったのか、「ほらみろ」と言わんばかりに、ヒューが鼻で笑うのが聞こえた。

(くそう、天才魔術師め)

しかし、僕は最近、邪神といい、この天才魔術師といい、いろんな人に、鼻で笑われている気がするな、と思った。でもこれだけはわかる。誰かが干渉した結果だ、とヒューがいうんだとすれば、その人はきっと、ーーー

「じゃあ。この世界の誰かも、僕たちの世界のことを、あると信じて、願ったのかもしれないね」

だって、異世界の勇者を呼ぶということは、僕たちの異世界に存在して欲しかったはずだから。ペンダントもそういう流れで、僕たちの世界に行き着いたのかもしれない。ヒューは「どうだかな」と、つまらなそうに言ってから、続けた。

「確かに、異世界からヤマダを召喚したのは俺だが、別に願ったわけではない。そこにお前たちの世界があり、ペンダントがそこに存在していて、それを引き寄せただけだ」

あまりにも、僕のことを馬鹿にしたような言い方をするので、「別にヒューが願ったとは言ってないよ」と、僕は大して威力のない文句を言った。ヒューは、ふん、と鼻をならすと、紙の上に食べかけのサンドイッチを置き、水を飲み干した。
しかし、その瞬間、トッと木から降りてきたリスが、すごい勢いで、ヒューのサンドイッチからチーズを取って、ふわふわのしっぽを揺らしながら、一目散に逃げていった。

「あ!こら、俺の、チーズ!」

ヒューが怒ったような声を出して、なんだかそれは、天才魔術師としていつも仏頂面をしているヒューとは違って、僕と同じ十七歳ってかんじがして、なんだかおかしかった。ヒューはサンドイッチと、リスの逃げていった方向を見返しては、「ハア」とため息をついた。チーズが好きだったのかもしれない。そういえば、プロフィールに、苦手なものは書いてあったのに、好きなものは書いてなかったな、と思う。
すごく、がっかりしているみたいだった。

そんなヒューを見てたら、僕はいつの間にか、くすくすと笑い出し、そして、なんだか本当におかしくなってしまって、あははっと声を出して笑った。それから、食べてないところのチーズを「半分取っていいよ」と、差し出した。

ヒューは一瞬きょとんとした顔をして、目をぱちぱちと瞬かせていた。
それがまた、なんかいつものすました顔のヒューと違って、もっとおかしくなって、ぷぷっと僕は笑い続けてしまった。そうしたら、ヒューが、僕が差し出したチーズを取りながら、ふん、と鼻を鳴らしながら言った。

「あの鬱陶しい前髪がないと、お前のまぬけな顔が全開だな」
「はは…」

僕の笑い声は止まった。なんだか少しだけ、頬が赤い気がするヒューは、チーズが好きなことがバレて、恥ずかしかったのかもしれない。でも、まぬけと言われた僕は、チーズあげたのに、と思いながら、むっとした。

(くそう、天才魔術師め…)



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※※次の回から展開が変わります!が、『ユクレシア』のことは回想形式で、今後も続いていきます。もし、わかりづらかった場合は、目次から<ユクレシアの記憶>だけ、つないで下さい。
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