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3. と、はぐれる
81 ソフィア・オルディスの日記04
しおりを挟む「かわいい花!」
もう、あれから数年が経っていた。当たり前だけど、もう、ソーマは、うなされることもなくなって、私もホッとしていた。休日に、庭に植える中木を見に、ソーマと一緒に出かけた時だった。どうも、その中にあったヒメウツギという花を、ソーマがじっと見ていたので、かわいいし、その小さな苗木を買って、帰ってきたのだ。
庭が明るくなるといいなあと思いながら、植えている時に、ぽつりと、ソーマが言った。
「この花。小さい頃、ネルに、渡したことがある」
「え?」
「え? あれ? ネルって、誰だっけ」
「……ソーマ。大丈夫? 眠れてないの?」
まさかの、日中起きているソーマから、『ネル』の名前を聞くことになるだなんて思わなかった。内心、ヒヤリとしながら、何事もなかったかのように、返答しながらも、心臓がすごい速さで脈打っていた。
前世のソーマには悪いけど、所詮は前世の話なのだ。ソーマが生きているということは、『ソーマ』はもちろん死んだのだろうし、ネルだってもう死んでしまっているだろう。彼らの恋愛が成就しなかっただろうことは、確かに悲しいけど、それでも、私が気にしているのは、黒百合教の動向だけだった。『ソーマ』の話からするに、二百年ほど前の話だ。
だけど、――ヒメウツギを手にしたソーマは、ぼんやりとしたまま、奇妙なことを言った。
「まだ……生きてんのかな……生きてるなら、探さないと……」
私は、全く意味がわからなくて、というか、そのソーマの言い方は、前世の『ソーマ』なのか、今のソーマなのか、よくわからなくて、私の弟が、何かに乗っ取られてしまったような、そんな恐ろしい感覚があった。
そんなことがあった日から、しばらくたったある日、私は、リージェンシーストリートで、本棚の奥に、隠されるように存在したとても古い本を見つけた。
それももちろん、古の魔術の本だった。不思議に思って読んでみれば、それは、『不老不死』の人間を作るという魔術陣で、私は思わず、笑ってしまった。
(そんなことできるわけない……)
どこの国の、どこの王も、一度は考えるのでは? と、思うほど、御伽噺に出てくる不老不死の話は、御伽噺の中以外では、叶うことがない。そんな自然の摂理に反することが、できるわけはないのだ。だけど、その魔術陣が、やたらと精巧に描かれているのが気になって、私はしばらく読み解くことに時間をかけた。
読めば読むほど、なんだかこの魔術陣ならば、可能なんじゃないかと、そんな気がして、震えた。
(だけど……結局、多くの人間の命が犠牲になる)
それは長い長い年月をかけて、多くの人間の命を、この魔法陣に貯めなければ無理なはずだったのだ。
そして、最後のページをめくった時、はらりとメモが落ちた。そのメモには血がついていて、私はギクッと体を硬くした。震える指でそのメモを拾い、読んで見て、私はさらに青ざめた。
『失敗した失敗した失敗した! 人々の想いを無下にした報いだ。神は呪われてしまった。あれでは吸血鬼だ! 人を呪い殺す人間が神なわけがない。どうしようどうしようどうしよう。不老不死の化け物ができてしまった。この本は、未来に託す。誰か、誰かあの吸血鬼を殺してくれ』
乱雑な字で書かれたそれを見て、私は、思わず、床にぺたんと尻餅をついた。
また、わからないことだらけだった。だけど、だけど、――『吸血鬼』、そして『不老不死の化け物』だということは知らなかったが、その犠牲になった人たちは、私が毎日研究していることだった。
まさか、吸血鬼だなんて……にわかには信じ難い。
「実在するんだ……黒百合教が、作り出したんだ」
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