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3. と、はぐれる
80 ソフィア・オルディスの日記03
しおりを挟むそれからしばらくは、ソーマの体調が気になって、催眠術はしなかった。
でも、ものすごく気になるところで、情報が途絶えたものだから、私はなんとなく気になって、フリティラリア卿が所有しているというリージェンシーストリートの建物まで、様子を見に行った。
その日が、たまたま十二日で、研究仲間と一緒に、フリティラリア卿のパレードじみたパフォーマンスを一度見てみようという話になったのだ。
まだ、シャーロット陛下の海戦が終わったばかりだと言うのに、お菓子だなんていう高級なものを配りながら練り歩くだなんて、信じられないほどの傲慢さだ。一体どんな奴なのか見てやろう、と意気込んでいたが、友達も含め、人々が花やお菓子に目を輝かせている中、私は一人、凍りついた。
「…………え? 何、何あのお化け……」
「え?? 何のこと? やだ、ソフィア。あんなのただの黒い布じゃないの。あなたがそんな顔するなんて、初めて見たわ」
一緒に見に来た仲間の言葉を聞いて、さらに、凍りついた。
私の目の前には、百鬼夜行そのものの、おぞましい光景が広がっていたのに、周りの人たちは、それに誰も気がついていないのだ。頭がおかしくなったのかと思い、しばらく、じっとその行列をただ、見ていた。
だけど、お菓子を取りにもらいに行った子供の一人が、お化けのような奴にぶつかって転んだのが見えた。だけど、誰もそれに気が付かない。ぶつかった子供本人すら、首を傾げて、きょろきょろと辺りを見回していた。
それを見て、気がついた。
(見えてない……あの、おかしな連中のことが、見えてないんだ。でも、存在してる)
まるで世界の中で、自分だけが切り離されてしまったかのように、まっ青になって、パレードを凝視していた。どうして私にだけ見えているんだろう、どうしてなんだろうと、正直震えた。だけど、群衆の中に、一人だけ、その行列を睨むように見ている男を見つけた。
(…………がさつに束ねられた薄茶色の髪、空色の瞳、整った顔……)
つい、先日まで、毎晩のように聞いていた『ネル』みたいだなと、ふと、思ってしまった。
彼の隣には、厚手の帽子を被った、茶色の髪に、エメラルドの瞳の中年男性が、眉間に皺を寄せて、必死に目を凝らしていた。他の群衆とは全く違う反応をしているその二人のことを、なんだか変だなと思っていた。でも、その帽子の男性がコートの懐から、銀時計を出したのが見えて、「まさかの警察……」と、驚いていた。
その二人は、最後まで見るつもりはないのか、私の横を通り過ぎた。その時に聞こえた会話に、私はギクッと体をこわばらせた。
「見えん。どうやっても、見えない」
「見えない方が幸せですよ。あんな怪物も、吸血鬼も」
「それで、どうやって課をまとめるんだ!」
あまりにも、ビクッと大きく震えてしまったせいか、その空色の瞳の男性が、私のことをちらっと見たのだ。そして、その目が、驚愕に見開かれた。だけど、私は、その後、その人の口から漏れた言葉に……心臓が口から飛び出るかと思った。
「…………そーま……?」
「おい、何言ってるんだ。どう見ても、麗しいお嬢さんじゃないか。部下が失礼しました」
「……い、いえ」
空色の瞳の男性は、まだじっと私の顔を見ていたけど、帽子の方の人に背中を押されて、二人は、そのまま歩いて行ってしまったが、私の心臓は、どっどっどっどと、ものすごい爆音で鳴り響いていた。
どうして、私のことを『ソーマ』と言ったんだろう。
私の顔は確かに、弟とよく似ているが、明らかに年齢が違う。私の顔を見て、ソーマと呼ぶのは、ものすごくおかしなことだった。
それに、怪物と吸血鬼。仮にもシェラント警察の警務官である。もしかして、あの人にも見えていたんだろうか、と、不思議に思った。
だけど、結局、この日をきっかけに、私は、フリティラリア卿の下で働くことを決めたのだ。
父も、母もいない今、恐ろしいことには関わらない方がいいとは思った。
それでも、何故かはわからない。ソーマが、この一件に深く、関わっているようなそんな気がして。いつか、いつの日か、ソーマのことも、奪われてしまうような、そんな不安が私の胸に広がって行った。私があの子を守るためにできることがあるなら、まずは情報を得なくてはならなかった。
そして、気持ちの悪い面接を経て、私は、本当にフリティラリア卿の元で、研究することになった。
「あの最悪な面接を通ったのが、私とあなたの二人だけっていうのには、驚きね」
「…………あのえげつない面接、怖すぎやろ」
応募の方法がわからず、結局、フリティラリア卿の建物まで足を運んだ私は、すぐに中へと通された。だけど、面接と称したものは、ただの履歴書を渡すだけの簡単なもので、だけど、その面接官の後ろに、大きな、大きな顔の化け物がいたのだった。私は、思わず目を見開いてしまい、そして、採用となった。おそらくあれは、あの化け物が見えるかどうかを確認していたのだ。
イーライと言う丸メガネの研究者も、思わず悲鳴をあげてしまい、採用となったのだと聞いた。
当たり前だが、一切の口外を禁止するという書類に署名させられた。イーライは母親の病気のために、どうしてもまとまったお金が必要らしく、変な研究でもやるつもりだと言っていた。
化け物屋敷で研究することになっただなんて、誰に言っても、頭がおかしくなったとしか思われないだろうけど、とにかく私も署名することになった。
私は、もうフリティラリアという人物が、この国の敵であるということを理解していた。あんな化け物を練り歩かせているくらいだ。これが、私が思った以上に、大きな山であることは、もう、分かっていた。
黒百合教の中で働き始めて、いろんなことが分かっていった。
なぜ雇われたのか、という理由はすぐに分かったが、それは特に、興味深いことだった。
フリティラリア卿は、呪いを解くための方法を探しているのだ。
あの化け物達は、吸血鬼に噛まれた人間が、呪われることでなる化け物らしい。
だから、化け物と、言ってしまうのも、多分、よくないのだ。吸血鬼だなんて、そんな空想の産物が存在するだなんて、思っても見なかった。でも、化け物になってしまった人たちが、こうしてリズヴェールを闊歩しているのは、本当だ。
信じられなかった私は、『吸血鬼』という存在については、保留にして、とにかく、目の前の化け物になってしまった人たちに専念することにした。
(加筆:この時は、すっかり、吸血鬼の話をしていた警務官のこと、忘れてしまってたの)
呪いを解くための方法を探しているなんて、案外フリティラリア卿は、いい奴じゃないの、と、初めの頃は思っていた。
研究内容は、化け物になってしまった人たちの体の調査や、古の魔術を調べ、魔術陣を読み解くようなことばかりだったけど、この人たちを救うことになるのなら、と、思いのほか、やりがいのある仕事だった。
それに、フリティラリア卿が所有する古の魔術の本たちは本当にすごくて、自分が魔法使いにでもなった気持ちで研究していた。
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