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3. と、はぐれる
79 ソフィア・オルディスの日記02
しおりを挟むそれから私は、弟の近辺にものすごく注意を払うようになった。
もう十二歳だし、と思っていたが、親の生前からお世話になっていたメイドのマーサさんに、定期的に家の様子を見てもらうことにもした。だけど、そんな貴族とソーマが接触したなんていう事実はなく、私は首を傾げた。
あまりやってはいけないと思いつつも、うなされた弟に、催眠術を施しながら、少しずつ、情報を得て行ったのだ。そして、おかしなことに、だんだんと気がついた。これは本当に『弟』の記憶なんだろうか、と。
私は、その日、ついに尋ねてしまった。
「あなたの名前は? 年齢や、仕事、学校とか、教えて」
「俺はソーマ。年齢は十八。生まれた時から、ハミルトン家で雇われてる庭師。学校は行ったことがない」
「!!!!!」
やっぱり……と、思った。
これは違う「ソーマ」の記憶なのだ。そんなことが、あるんだろうか。どういう仕組みだかは、わからない。だけど、私が催眠術をしたせいで、ソーマは、前世の記憶まで、遡ってしまったようだった。
そして、ここで、私は悪ノリをしてしまった。
元から恋愛小説が大好きだった私は、弟の前世での恋愛の話を聞くことが、ほぼ日課になった。幼い弟には申し訳ないなと思いつつも、ネルとの馴れ初めや、ネルとの身分違いの恋の話に、毎晩わくわくしていたのだ。ごめん!
だけど、私は、ハミルトンという侯爵家が、本当に実在したことを調べ上げていて、さらにワクワクドキドキが止まらなかった。三百年前に、家が断絶してしまったが、古くからこのシェラント女帝国を支える貴族の一角を担っていた。
そして、出てくる相手は、空色の瞳の王子様みたいな人物で、私の恋愛小説魂に火がついた。そこからは、身分違いの恋みたいな本ばかり、読み漁ってしまった。
――だけど、その二人の甘い関係にも、終わりが訪れる。
元から、身分違いの恋だった。成就はしないのかな、と、悲しい予感はしていたが、それは、私の想像だにしない形で、結末を迎えた。
ある日のことだった。ネルとソーマは、怪しいことをしているハミルトン家から、逃げようと二人で約束をするのだ。
そして、見つかり、引き裂かれることになった。
でも、それだけでは、終わらなかったのだ。
「え、何? どういうこと?」
「ネルに、殴られたと思ったんだ。だけど、次に意識を取り戻した時、俺の前には、蒼白く光る魔術陣の上で、縛られているネルがいて、そう、ネルが……二人、いたんだ。状況がわからなくて、焦ったけど、周りの様子がおかしくて、きっとネルとのことがバレてしまったんだって、そう思った」
「え! そ、そうだったの……ていうか二人?! 何それ! それに、その魔術陣って何? 魔術使うの? その黒装束は」
「わからない。でも、そうだ……一人のネルは倒れてて、多分、服がさっき見た服だったから、縛られて倒れてるのが、ネル。もう一人は、目を見開いて、なんか……死にそうな顔だった。それで、周りには、血が。すごい量の、血が」
てっきり二人の恋愛の話だと思って聞いていたのに、突然の展開に私は驚いた。
急に与えられた情報は、さっぱり意味のわからないことばかりで、今までの穏やかな恋愛物語からの温度差に、私は、目を白黒させた。だけど、ソーマが、ものすごく、悲しそうに呟く声が聞こえて、ハッとした。
「ネルは……もう、俺に、触れないって」
「え?」
「ああああああああああ」
ガタガタとソーマの体が震え初めて、嗚咽とも叫びとも言えない声が響いた。そもそも幸せな夢を見させるためにやってたのに、これでは逆効果だ! と、焦って、すぐに催眠を解いた。がくりと、崩れ落ちるように眠るソーマを見て、私は、しばらく、考えていた。
ソーマの夢の話を聞くようになってから、私は、その怪しい宗教じみた黒装束について調べるようになっていた。ハミルトン家が実在した辺りから、なんだか不穏な空気は漂っていたのだ。断絶だとか、黒装束だとか、何かがおかしかった。
それに最近、研究仲間の間で、変な噂が飛び交うようになっていたからだった。フリティラリアという貴族が、研究職を募集しているのだそうだ。報酬が高額らしいのだが、誰が情報源で、どうすれば応募できるのか、誰も知らないのだ。だけど、高額な報酬は、研究する内容を秘匿するためのものだとされ、情報は開示されていない。
募集しているのが、フリティラリア卿でなければ、聞けば聞くほど、怪しい話だった。
だけど、フリティラリア卿が、若き芸術家たちを支援し、慈善事業を行っているということは有名で、最近では、パレードのように街を練り歩いていることもあると、聞いていた。私も、その誰でも知っている情報だけを鵜呑みにすれば、怪しむことなんてなかった。
だけど、何かが引っ掛かるのだ。フリティラリア(黒百合)という名前、――ソーマが言っていた『黒百合の紋章』の黒装束たち。
そして、今、ソーマが話した、何やら怪しげな魔術陣。
表向きは、魔導具開発だと銘打っていたけれども、何か繋がりがあるような気がしてならなかった。
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