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3. と、はぐれる
78 ソフィア・オルディスの日記01
しおりを挟むソーマ! よく見つけたわね?! あなたがこれを読んでるってことは、色々なんかあったんだろうけど、まあ、気負わずに、姉の日記をよく読んで、元気に『恋愛』に生きてちょうだい。はじまりは、――父さんと母さんが死んでから、少し経った後の、夜だった、――
「だ、大丈夫? ソーマ。眠れないのね」
「……ごめん、姉さん。起こしちゃった?」
両親が死んでから、ソーマは、夜中にうなされて起きてしまうようで、日に日に憔悴していった。私に、迷惑をかけちゃいけないって思ってるみたいで、必死に、大丈夫だって言う健気な姿に、私は、ものすごく萌えていた。だけど、当たり前だけど、心配だった。
父さんと母さんのことは、もちろん、私も悲しかったし、辛かった。それに、これから幼い弟を育てて行かないといけないっていうプレッシャーも、もちろんあった。でも、それでも、もう職もあった自分は、恵まれていた。
両親の人望もあって、助けてくれる人はたくさんいたし、家もあったし、遺産もまあまあ、あったから。ソーマが心配しなくちゃいけないほどの心配は、何もなかった。
だけど、その日、――眠れない弟が、ふらふらと夜中に徘徊しているのを見て、つい、先日読んだ本に書いてあったことを、試してしまったのだ。それが、――私とソーマの運命の転換点だった。
「あなたは~だんだん~眠く~なる~」
「あははっ 姉さん、何それ。声裏返ってんだけど」
私は、母さんの形見の指輪に、細い紐をつけて、弟の前でゆらゆらと振っていた。自分でも何やってるんだろ、と、正直思ったけど、弟のかわいい笑い声に癒された。そう、両親がいなくなってしまったことは不幸だった。だけど、残されたソーマまで不幸になってはいけないのだと、私は思っていた。
昔から、年の離れた弟のことを、天使だと思っていた。
もちろんだんだん男の子っぽくなってく姿に、天使ではなくて、いつか大天使になるのかな、くらいの心境の変化はあったが、とにかく、弟の幸せは、私の中で、一番の優先事項だった。その弟が、眠れないのだから、やれることは、試すのだ。
「ほら、よく見て。ソーマ。だんだん~ねむーくなる~なんだろ、私が寝そうだな」
「ふふっ……ふっ……」
「え? あれ!? 嘘! ソーマ? 嘘、寝た? やるじゃないの! この本」
そして、そこで止めておけばよかったのかもしれないが、私はそのまま、続けてしまった。弟が、幸せな夢を見られたらいいと、思ったのだ。パラパラと本をめくりながら、目当ての項目を開いた。
「あなたが~一番~幸せな時を~思い出してください~ あたたかな時を~~」
ソーマが、夢の中でくらいは、父と母に会えるといいなと、願ってしまったのだ。優しい父と優しい母だった。二人とも研究職だから、どこかこだわりが強いところはあったけど、それでも、あたたかな家庭だった。まだ弟は幼いのだ。夢の中だけでも、安心して、それで、朝までゆっくり眠ってくれたらと、思った。
私が見つけた本には、素人はやらないで下さいと大きく注意書きが書かれていたが、正直、なら売るな、とツッコミを入れて、私は迷わず、やった。
ふわっと、眠ってしまったソーマが、幸せそうに笑って、私はそれを見て、幸せいっぱいだった。
本当は、夢を見ている人には話しかけてはいけないのだ。それでも、幸せそうな弟を見て、つい、話しかけてしまった。
だけど、――
「父さんと、母さんに、会えた?」
「ううん。ネルに、――ネルに会えたよ」
「………………え、誰」
「好きな人。俺が、一番、……好きな人」
その言葉を聞いて、私は動きを止めた。
私が知らない間に、どこのどいつか知らないが、うちの天使に手をかけた奴がいるのか? と、静かな怒りに震えた。ネル……というのは誰だろう。弟から、一度だってそんな名前を聞いたことはない。そもそも、一番幸せな時の中にいるはずの弟の夢に、何故「姉さん」が出てこないのか! と、憤る。でも、今は、それどころではない。
明らかに男の名前であるそれに、少し焦る。せめて、学校の同級生であれば、すぐに誰だかわかるのだ。私はさらに質問を続けた。
「ネルくんは、学校の同級生?」
「ううん。大きなお屋敷に住んでる貴族。いつも一人で、木陰で本を読んでる」
私は愕然とした。
平民であるうちの家族が、貴族に関わることはほぼない。いつも一人で、木陰で本を読んでいる、貴族……そいつと一緒にいる時が、弟の幸せだと言うのだろうか。内臓が凍ってしまったかのように、ぎゅっと縮こまった。
私は、理解した。
「――――――変質者だ」
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