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3. と、はぐれる
74 『ドキッ♡侯爵様とひとつ屋根の下ですが?!』
しおりを挟む「お化けって……」
俺は、せっかく足枷を外されたと言うのに、ベッドの上でぼうっとしてしまった。
お化けって、別に成人してからも言わないことはないけど、なんだか、その子供じみた言い方に、少し、考えてしまった。レンツェルの怖いものというのは、ベスィのことだろうか。わからないけど、そうなんだとすれば、そのお化けを作っている人自身が、自分が作り出したものに怯えていると、そういうことなんだろうか。
面白いものがあるから探してみろと言われたり、子種が死んでると言われたり、なんだか大変な会話だった。
レンツェルとネルの因縁。姉さんを殺した人。しまいには、なんで生きてんの? だなんて、死ねばいいのに、のようなことを言われて立ち去られた。
はあ、と、一つため息をつく。
「姉さんの死が、なんだって?」
とにかく、それだ。ここに来て、姉さんの影がちらつき始めているような、そんな気がしていた。姉さんは、途中から一体どこで働いていたんだっけ? と、思い出そうとするが、どうしても思い出せない。父さんと母さんは、二人とも大学で教えながら、研究をしている人間だった。ごくごくありふれた中流家庭で、裕福な平民の分類だった。
姉さんも俺も、当たり前のように、その道を目指していた。だけど、事態が急変したのは、俺が、十二歳になった頃だった。姉さんは十九歳で、優秀な成績を納めた姉さんは、早くも修士を習得して、王都の研究機関で働く有名な教授の下で助手をしていた、はずだった。だけど、父と母が他の街に行ったまま、道中で事故に遭い、亡くなったのだった。
その時のことは、すごくショックで、記憶も曖昧だ。だけど、姉さんはもう働いていて、俺は確か王都の学園に通いながら、帰宅しては、姉さんの帰りを待つ、みたいな生活をしていた。でも、その悲しみが少し和らぐ頃には、姉さんは、黒いローブを被って、仕事に出かけるようになっていたように思う。自分も、親が死んでから、地味な服を着るようになったから、そこまで気にしていなかった。
でも、――
(あの百合の紋章は、明らかに、黒百合教の……)
あんなに堂々と、昼間から黒装束が練り歩いているのだ。彼らを目にした人々の顔も、ぱあっと輝くようだった。一般的には、そんなに悪い印象のある機関ではないのかもしれないけど、それでも、――あの、思慮深い姉さんが、そんな曰く付きの組織に手を伸ばすだろうか。
レンツェルは何を知ってるんだ。
でも、姉さんの話になった後に、探してごらんと言われたのだから、何かがあるのだ。とにかく、――探していいと言われたんだから、探してみるしかない。
心配している……かも、しれない、ネルのことを少しだけ思う。だけど、せっかくまた来ることができた敵の根城だ。俺はもう少しだけ、探索をしてみることにした。ベッドから起き上がり、周りを見回す。
煌びやかな客間は、チェルシーさんと一緒に掃除したところの一部屋なはずだった。当たり前だが、武器は、どこかに持っていかれてしまっている。俺は、こそっと廊下に繋がる扉を開け、やっぱりここは、リージェンシーストリートだと確信する。掃除した人間からすれば、自分がいる場所が、この天井のやたら高い四階建ての建物の、三階か四階にいるだろうことは明らかだった。
四階には、あのレンツェルが泊まるようの部屋があったわけだし、――
(多分、立ち入り禁止がやたら多かった三階だと思う……)
探っていいとは言われたけど、できるなら、ベスィには遭遇したくない。あのパレードにいたベスィたちは、おそらく、この建物の中にいるのだ。高価そうなシャンデリアが乱立している廊下を通り、奥の方の部屋まで足を伸ばす。
扉がたくさん並んでいて、なんとなく、どこが入ってよかったところかは、わかる。だけど、入ってはいけないところを探らねば、ならないのだ。高級そうな紫色の絨毯は、どこの階も同じだし、全く規格の同じ黒い扉が並ぶ。レンツェルは探ってもいいとは言ったけど、別に命の保証をしてくれるわけでは、ないだろう。もしもベスィに遭遇してしまえば、今、丸腰の俺は対抗策がなかった。とりあえず、見つけた短めのモップを持っているけど、何の役に立つのかさっぱりわからなかった。
金の装飾の施された白い壁が続く中、怯えながら、足を進める。だけど、ふと、一つ気になる扉があった。下の方の塗装が少しだけ、剥げているのだ。それだけの、ことだった。だと言うのに、俺の体はビリッと震えてしまった。
長い年月使っていれば、扉の塗装が剥げることなんて、よくある。その剥げている場所が、なんだか実家の、姉さんの部屋の扉のそれに、酷似しているような気がしたのだ。ただの塗装の話……だけど、どうしても、気になり、手をかけた。
「す、すみません……」
一応、小さく声をかけながら扉を開くが、特に返事はなかった。モップは持っているが、流石に今の自分の格好では、掃除をしに来たようには見えないんじゃないかな、と思いながらも、こそっと覗く。中は暗くて、思い切って、魔導灯をつけて見た。そこには、――。
「……なんだろ、ここ。実験室みたいだ」
そこまで大きな部屋ではない。だけど、その真ん中には、大きな机がドーンと置いてあり、その上には、ビーカーや濾過器など、年季の入った実験器具が並んでいる。本棚には、ぎっしりと研究資料と思わしき書類と、本が並んでいた。ベスィがいなかったことに、ほっと胸を撫で下ろして、イーライも、こういうところで実験をしているんだろうか、と、ふと思った。
だけど、――書架の、端っこに、一冊の本を見つけて、ビクッと体が震えた。あ、あれは、――!そのショッキンピンク色の本に、震える手を伸ばした。この淑女の慎みを全く感じない、ド派手な色には、見覚えがある。
その古びた本の、古びているのにも関わらず、色褪せていないその本の、刻印されたタイトルを見て、卒倒しそうになった。そこに書かれていたタイトル、それは、――
『ドキッ♡侯爵様とひとつ屋根の下ですが?!』
サアッと血の気が引く。その全く売れなさそうなダサすぎるタイトルを見て、さらに青ざめる。
そして、脱力する。
(姉さんイチオシの、同棲する奴……)
まさか、まさかとは思うが、姉さんはここに通っていたのだろうか。
でも……と、顎に手を当てて、考える。あの、扉の塗装の剥げていた場所。あれは、姉さんが、ある時から始めた習慣に似ていたのだ。不在時に、誰かが入ったことを確認するために、にかわで糸を毎日扉に貼り付けていた。
どうして突然、そんなことに警戒するようになったんだろうと思っていたが、両親を亡くした後だったこともあり、多分、姉さんも姉さんで、色々心配なことがあるのだと、思っていた。
(でも、まだわからない。姉さんと同じ趣味の誰かっていうこともあるし……)
俺は、きょろきょろと辺りを見渡し、他に何か痕跡がないかを調べようとした。
調べながらも、いろんな思考が巡る。姉さんは、黒百合教だったんだろうか。だとすればどうして、こんなところで働こうと思ったんだろう。違う、と否定したい自分がいる。だけど、そういう時こそ、もし姉さんがここにいたら、どうしただろうかということを考えなければいけないと思い直した。
もし、姉さんがここにいたとしたら……例えば、親が死んでしまって、不安で、黒百合教に傾倒しただろうか。
(……ありえないな)
じゃあ、傾倒したわけでも、頼ろうと思ったわけでもなく、わざわざこんなところで働いていたのだとすれば、それは、――。
(……何かを知りたかったからだ)
何を知りたかったのか、っていうことは、わからない。でも、何かを知りたかった姉さんは、ここでも、扉に細工をしていた。この建物の中に、姉さんの敵がいたのだ。姉さんの敵が誰だかわからないけど、そうやって細工をしているのだから、もしも、その人間がこの部屋に入ってきた場合に、知られてはいけない何かがあったはずだった。
それが何かってことまでは、当たり前だけど、今の俺にはわからない。でも、――。
(姉さんが知られたくないものを隠すなら、どこに……?)
姉さんの性格を考えれば、あえて疑わしい場所に何かを隠して、絶対に見つからない方法で隠蔽するような気がする。普通の人が、何か物を隠そうとするとき、どこに隠すだろうか。本棚も、大きな机についている引き出しも、実験道具の入っているガラス棚も怪しい。そこに堂々と置いておくかもしれない。と、その時、ガラス棚の中に、堂々と存在している、金庫のようなものを見つけた。
(……ここ、絶対姉さんいただろ……)
胸に溢れる確信に、ぐぐっと眉間に皺が寄った。どうして、そんなところに隠そうと思うのかと、思うが、その古びた金庫は、手芸レースやビーズで飾られていて、触れるのを躊躇するほどだった。だが、その下に、頑丈なダイアル式の錠前が付いていることに気がつき、はーっとまたため息が漏れた。
この、あからさまに何か隠してますよと言った金庫を置いておきながらも、錠前をつけてある陰湿なやり口。そして、その錠前は、――。
(これ、ただの鍵じゃない。魔導具だ)
壊そうとしても、壊すことのできないものであると、すぐに気がつく。錠前には数字のダイアルが付けられており、四つの数字の組み合わせで開くタイプである。数字の組み合わせは、なんだろう……と、考える。
姉のことを考えれば、俺の誕生日の可能性も高いが、それでは、ここに同僚がいるのだとすれば、バレるかもしれない。万が一のことがあった時のために、きっと、自分でもわからない番号にしているはずだと思う。
その時、ふと、自分が手にしたままの恋愛小説の本に、目をやった。
自分で目をやっておいて、えっと動きを止める。いや、でも流石にあの姉でもまさか……と、思うが、あの姉だからこそ、もしかして、という気もする。俺は、パラパラとその本をめくり、当時、姉が話していた、同棲の話を思い出していた。
公爵家に奉公に来ていた男爵令嬢が、ひょんなことから、その公爵の元で働く若き侯爵の家に住むことになる話だ。なんで、俺は、吸血鬼の根城で、こんなしょうもない本を読んでいるんだ! と、胃がキリキリした。というか、さっきまで、吸血鬼の根城で自慰に耽るという大技を終えた後だと言うのに。自分の状況に、嫌な汗が背中を伝った。
(あーもう! それで、なんだよ! 風呂場で素っ裸で遭遇すんだろ?)
と、思った時、嫌~~~な想像が頭を過った。
あの、姉である。あの、弟を溺愛している以外は、ひねくれて、ねじ曲がった、姉である。まさか…風呂場で素っ裸で遭遇するところに何かヒントが? という、目も当てられない想像で、頭がいっぱいになった。震える手で、目次を見直す。このしょうもない、三流の話の中の、さらに下世話な部分を、まさか吸血鬼の根城で読むことになるとは、想像だにしなかった。
風呂場のシーンがちょうど二ページ。その二ページのページ番号をそのまま四桁にして、ダイアルを回した。
カチッと心地よい音がして、ぱあっと白い光が錠前から発せられた。そして、金庫の蓋を開けた瞬間、――後ろから、声がした。
「へえ、すごいな。本当に、開けられるとは思わなかった」
ビクウッと肩が震える。
なんだってこいつは、この吸血鬼は、いつも背後から現れるんだ! と、涙目になる。いつの間に、この部屋に入ってきたのか、金庫の中に入っていた綴じられた書類をひょいっと取ると、レンツェルは、「ご苦労さま」と、皮肉を言って、スタスタと歩いて行ってしまった。
もしかして、この金庫を開けたくて、俺を野放しにしていたんだろうか、と思い、不信感が募る。いや、元から不信感しかないのだが、でも、俺は冷静だった。姉さんは、あんな風に、大切な書類を入れるような真似をする人間ではないはずだった。
俺は、残された金庫の蓋と、底を調べた。
そして、金庫の底に、小さな小さな穴を見つけ、机の上に雑多に置かれていた針でこじ開けた。そこには、紙ぺら一枚のメモが入っていた。レンツェルが持っていったような、ちゃんと書類なんかではない、ただの走り書きだ。
見覚えるのある、ぐちゃぐちゃっとした筆跡。
姉さんが、大切なことを、おそらくレンツェルにバレたくないことを、あんなにきちんとした書類に残すはずなんてなかった。
書かれていた文字を読んで、内臓がきゅうっと縮こまった。
「黒百合の誤算。人の想い。二人の吸血鬼の誕生」
それから、――
「呪い浄化の鍵は、あなたの中」
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