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2. と、暮らす
67 墓場のベスィ
しおりを挟む「ぎゃあああああああ」
例の如く、ベスィの断末魔に、耳を塞ぎたくなる。
こんな、練習みたいに送られてしまって、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。墓地のいろんなところから、空に舞うように消えるベスィの光が溢れていた。それは全部、ネルがやってることだった。
風のように、という言葉は、全然言い過ぎではないのだ。今日も遠隔で通蝶を飛ばしてくれているザカリーさんの合図で、次から次へと、瞬時に霊送をしていく。通蝶の仕組みは、いまいちよく分かっていないが、今回のように広範囲に及ぶ攻撃が予測される時は、ザカリーさんが通蝶を飛ばすのだ。当日は、現場にいるらしいが、ここ数日の分は、警察署から飛ばしている。まだぼうっとしているようなベスィもいるが、こちらに向かって攻撃してくる者もいる。
(みんな……レンツェルにベスィにされてしまった人たち……)
ここにレンツェルが滞在している間に、知らずに殺されてしまった人たちなのだ。どれくらいの期間、ここに住んでいたのかは知らない。寂れた墓地でもあるから、他の人にすごく迷惑がかかるということでもないと思うのだ。だけど、こんなにもたくさんの人が犠牲になっていて、女帝陛下はそれでもレンツェルを潰すことができないのかと、やるせない気持ちになった。
普段は鳴り響くだろう音も、消音魔導具のおかげで音はしない。墓地の中には、俺たちが走り回る足音と、それから、はあはあという俺の息遣いだけが響いていた。
俺のリボルバーに込められている銀弾は、一体どういう仕組みなのか、きちんとベスィの体に当たりさえすれば、貫通することないのだ。もちろん、心臓に当たらなければ、霊送をすることはできないが、不思議なことにベスィの体の中に留まる。
それは、ここ二日間のように、明日のように、人混みの中で撃たなくてはいけない場合には、少しありがたかった。もちろん、他の人間に当たらないように、注意することは怠らない。
「うっ」
何人目かわからないベスィを送り、段々と頭痛が激しくなってきた。
ネルには遠く及ばないにしても、スピード勝負ということには、割と慣れてきたように思う。だけど、墓地の真ん中に生えていた大きな木の上から、のんびりとした声が聞こえてきたのは、その時だった。
「なんや、やかましいと思たら、サーカスの連中かいなあ」
「!?」
バッと振り返り、リボルバーを構える。
木の上には、白衣を来た長いウェーブがかった髪の、丸メガネの男がしゃがんでいた。こんなところに、こんな格好で、普通の人間がいるわけはなかった。そして、その男の頭の上に、ひらりと光る蝶の存在を確認した瞬間。俺は、迷わず引き金を引いた。グッと手から衝撃が走る。銀弾は確実に、男の心臓を撃ち抜いた。
どっど、どっど、と心臓が尋常じゃない速さで脈打つ。だけど、――
「痛いなあー」
再び呑気な声が聞こえて、頭の中が真っ白になった。頭を掻きながら、胸元にぽかりと空いた穴を見て、「あーあー」と、呆れたように言う男を見て、戦慄が走る。
(嘘だ……外れた?!)
ネルの家の庭で練習をした後から、一応、俺の弾は百発百中と言ってもいいくらいの精度だったのだ。ベスィの心臓の位置を間違えるとは思えなかった。
全身から汗が吹き出し、だけど、震える手で、少しずらした位置に、もう一度撃ち込んだ。だけど、男の様子に変化はない。
「こんな辺鄙なとこまで、ほんまにご苦労様やで」
「ね、ネルッ!」
この得体の知れない男から、目を離すわけには行かない。だけど、俺は思わず叫んだ。きっとネルはこっちに向かって走ってきてると思う。男は「ネル……っと、ネル・ハミルトンはあかんて」と言いながら、ネルのいるらしき方向を見た。その間も、できる限り銀弾を撃ち込むが、何ともない様子に、驚愕に目が見開いた。どうしよう、どうしよう、と、焦燥だけが募っていく。
男はネルのことを見て、一瞬焦ったようだったが、そのまま、俺のことをじっと見て言った。
「もう用事は終わったさかい、帰んねんけど。……ってあっれぇ?自分、どっかで……」
その時、突風が隣を吹き抜けた。そして、ネルの稲妻のような光が走り抜け、その男を胸から両断した。「うお」と言った男は、全く焦った様子もなく、ただネルの顔を見て、まるで何か芸術品でも眺めているかのような声で言った。
「あはは、ほんまにこんな顔してんねや。ま、ネル・ハミルトンに敵わへんことは知っとったしー」
男は、そう言うと、にこにこと笑い、ひらひらと手を振りながら、白衣をはためかせ、花びらが散るように、消えた。
どっどっどっど、と、俺の心臓の音だけが響いた。
倒せなかった。
霊送できなかったと言うことだけはわかる。そして、あの男はしゃべっていた。まるで普通の人間みたいに。そしてネルのことも、サーカスのことも、知っていたのだ。
今のは、今のはどう考えたって、――
「ね、ネル……今の……」
「ああ。吸血鬼の配下だろうな」
ネルがそう言うと、呆然と立ち尽くしていた俺の横を、剣で刺し抜いた。え? と思わず、振り返ると、後ろに隠れていたらしい、もう一人のベスィが叫び声をあげて、霊送されて行くところだった。「なんで、なんで」という嘆きにつられて、ズキィンッと頭が割れそうな衝撃が走る。
「これで、終わり。さっきのは殺し損ねたけど」
他の霊送してきたベスィとは違う。ネルが『殺す』という直接的な言葉を使うのを聞きながら、ネルの腕の中に、倒れ込んだ。ぐいっと顎を掴まれて、目の前に広がる、冷たいネルの顔を見て、なんだかまた、小さく胸がちくっとしたような気がした。
だけど、そのまま、無言で、唇を重ねられて、そっと目を閉じた。
もしかすると、その冷たい顔を、見ていたく、なかったのかもしれなかった。
「んっ」
熱いネルの舌に、流れてくるネルの唾液に、それだけで、体が歓喜していた。
足りない、キスじゃなくて、もっと、と求める気持ちが止まらなくなりそうで怖かった。
高まっていく体はどんどん熱くなるのに、もし目を開けた時に、ネルがまだ冷たい顔をしていたらと思うと、心は、――なぜか悲鳴をあげてるみたいに、冷たくなっていくような気がした。
(なんで辛いって……思うんだろう)
そんなことを思いながら、意識を手放した。
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