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2. と、暮らす
64 元気いっぱい
しおりを挟む「…………僕も?」
二日目の、怒涛のベスィ霊送の後、その次の朝だった。俺は一人、自分の部屋で、呟いた。
例の如く、毎度毎度、性懲りもなく、霊送の後にぶっ倒れた俺は、信じられないことに、また、ネルに抱か……治療されるという、恐ろしい夜を終えた。
本来ならば、昨晩さらに数を増やした霊送にも、その後に待ち構えている治療にも、きっとくたくたになるはずだったが、その治療行為によって、俺の体は、未だかつてないほどの爽快感と共にあった。
(ヤれば、ヤるほど元気になるって……なんだそれ。元気か!)
だが、――体は爽快感に溢れていると言うのに、だと言うのにも関わらず、一言で簡単に言ってみるのなら、俺は今、死にたかった。記憶がないままに全てが終わっていたこの前までとは、違う。
今回は、毎日、ばっちりと記憶が残っていた。
初日のあれは何だったのかと言うほど、二日目は、意地悪に意地悪を重ね、ねちねちと泣かされて、乱され、ねだらされ、自尊心を粉々に砕かれた俺は、死んだ魚のような目で、再び、呪いのように口にした。
「…………僕も?」
あの告白じみた「僕も」発言は、一体なんだったというのだ。
その後の、ネルの俺に対する態度は、心底嫌な奴に対する、嫌がらせでしかなかった。だって、だって、と思う。
(あんな、――! いじめ抜くみたいな、抱き方しなくたって!)
ばすっばすっとさっきから、枕に頭を突っ込んで悶えているが、何も解決する気配はない。
今日は夜勤明けだから、例により、夜まで休みである。いつもは、眠くて、眠くて、体がだるくて重くて大変な朝だと言うのに、ここ二日、すっきりとした爽快感と共に、目が覚めるのだ。
(おかげさまで……記憶までもが、すっかり明確に残ってしまってるけどな!)
そのせいで、朝から起きても、顔を合わせたくなくて、階下にも降りることができずに、こうしてベッドの上で悶えているのである。いつまでもこうしているわけには行かないなあ……と、思いながら、いつまでもこうしているわけなのだった。
本当は、庭の整備を終わらせてしまいたい。
実はちまちま作業をしていたあの呪われた庭は、今はかなり、明るくなっている。本当は、この家を外界から遮断しているようなあの木々も、枝を落としたいところではあるのだが、何年も放ったらかしにされているせいか、住み着いている鳥たちが多すぎて、申し訳ないのだ。端にあるせいか、住み着いている鳥の習性なのか、現状、そこまで糞の被害もなく、外側を確認しても、特に問題がないので、あれだけはそのままにしてある。
(こんなところで、夢の知識が役に立つとは……)
明晰夢と言うんだっただろうか。本当に変な夢なのだ。
そういえば、夢も、見続けている。俺がネルの嫌がらせに対する鬱憤を、夢で晴らそうとしているからだとは思いたくないが、夢の中の彼らは、なんだか順調に、ケンカしながらも、仲を深めているようだった。時系列はバラバラだけど。
『ネル』は貴族、『俺』は平民で、本来は仲良くなるなんてことはないはずだが、『ネル』は、どうも訳ありだからなのか、彼らの関係は不思議だ。その不安定な関係の中で、お互いに探り合うように、相手のことを大切にしてるような、そんな感じがする。
『俺』は、破天荒な性格のわりに、案外まともなとこもあって、身分を弁えているのだ。平民が、貴族と恋仲になるなんていう未来を、考えもしていない。女ならともかく、『俺』は男で、不毛でしかないと、思っているところがある。だけど、――
(『ネル』は、どうも『俺』のことが好きで、仕方がないみたいで……)
それで、少しずつ、少しずつ、『俺』も『ネル』のことを好きになってしまう。でもなんだか『ネル』はどこか、危ういところがある。なんだか、『俺』に傾倒していくような、変な危うさを感じる。
(それに……あの屋敷……)
自分が一体どういう思考で、そんな夢を作り上げているのかは知らないが、あの馬鹿でかい家に出入りしている、黒装束の怪しげな人間たちは、明らかに、黒百合教のビジュアルに影響されている。あんなすごいパレードを見てしまったから、多分、俺の頭の中で、『敵』のような強い印象を受けたからなんだろうな、とは思うけど。
夜な夜な、あのおかしな屋敷に訪れる人間たちは、とにかく気味が悪いのだ。
あの夢の中で、『ハミルトン家』という設定の家は、一体なんなのかはわからないけど、そこの息子だなんて、『ネル』の闇は、多分深いのだ。影に溶けてしまいたいだなんていう『ネル』の気持ちも、少し、わかるような気もした。
(ま……ただの夢だけどー)
いい加減、体を起こし、部屋着のまま、庭に出ようと、階下へと足を進めた。ちらっと覗いたリビングには、ネルの姿がなくて、ほっとする。刈り取った芝生を見ながら、水桶を片手に、庭の隅まで、ゆっくりと、歩いていく。
ちらっと立ち並ぶ、高木を見て、やっぱり道にはみ出てる分だけでも、ちょっと切り落とさないとなあ、と考えながら、庭の一番外側の方を覗いた時だった。女性二人の話し声が聞こえて、ん?と、つい耳を傾けてしまった。
「ええ?!朝から呼び出されたと思ったら、そんなことが?!」
「ううう、私のこと、好きって、愛してるよって言ってくれてたのに……」
「あー……もー!だめよ。ベッドの上の睦言は信じちゃだめだって、言ったじゃない!」
そんな話し声が聞こえて、その悲しそうな涙声に、かわいそうに……と、思う。きっと、悪い男に騙されてしまったんだろうな……などと考え、俺はハッとして固まった。
思わず、手にしていた水桶を落とし、下にあった、馬の頭から鼻水が垂れてるみたいな呪物に水がかかってしまった。「あ、ごめ!」と咄嗟に謝るが、地面から生えた馬の頭は、無言だ。当たり前だ。話し出しでもしたら、恐ろしくて、ベスィどころではない。
だが、なるほど……と、顎に手を当てて、俯く。
(睦言…………)
以前聞いた、女の子は雰囲気作りが云々というくだりを思い出した。耳障りのいい言葉を並べて、雰囲気を作っていたということなんだろうか。確かに、この声の持ち主も、そうされたことによって、信じてしまい、愛し合ったのだろうなという気がした。
でも待って。
(えっ……えっ!?俺、……それ信じて、悩んじゃってた?!今)
ぶ、わ、わ、と顔に血が上っていく。
そっか、そうだったのか、と、小さく呟きながら、自分がなんでそんなたった一言の『僕も』を大切にしてるみたいな雰囲気になっていたんだろうと、ぐっと顔をしかめた。
「僕もって……、そういうことか……なんだ」
てっきり、ネルは俺のこと好きなのかと思ってしまっていた。でも、それを考えたら、なぜか、昨日ものすごく意地悪に治療をされたことが思い出されて、なんだか心臓の辺りがもやもやするような、そんな気がした。
言われた時の、あの、切なそうな、苦しげなネルの表情が、思い出された。
どうしてあんなに泣きそうな顔をしていたのかは、よくわからない。でも、あれが、ベッドの上だけの睦言だったんだとしたら、ネルは本当に、舞台俳優にでもなれる気がした。
「誰にでも、言ってんのかな…………、ってうわああ!なんだこれ!」
再び、俺は乙女か!というツッコミが、頭の中で荒れ狂った。そして、ぐあっと体を反らしながら頭を抱えたところで、さっきこぼした芝生の上の水に、ずるっと足を滑らせた。そして、あっと思った時には、青空が目に入り、そして、薄茶色の髪が見えた。そして、がしっと背中を支えられた状態で、真上にあるネルの顔を見上げた。
「わ、ね、ネル……」
「……何。叫んでんの」
「あっ、おお。わ、悪い……」
一体何しに来たのか、何度目になるのか、再び俺はネルに支えられることになった。なんだか不貞腐れたような、怒ってるような、不思議な表情をしたネルは「気をつけなよ」と一言言って、家の方へ戻って行った。ちらっとリビングの方を見れば、新聞を脇に抱えているのが見えて、取りに行ったのかと気がつく。
だとすれば、俺がぼうっとしてる辺りから、見られていたんだろうか、と思う。見られて困る事をしていたわけではないから、いいけど、でも…背中に触れたネルの指先が、密着した体が、昨日のことを思い出させて、また、かああっと顔が赤くなった。
朝から会いたくなかったな、と思うのだ。でも、振り返ったネルを見て、不思議に思った。
(なんであいつ……耳、赤いんだ??)
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