61 / 92
2. と、暮らす
61 混乱する
しおりを挟む「で・あ・い・へ・ん……」
目を覚ました俺は、頭を抱えて、布団の中でごろごろと転がって悶絶していた。俺の頭は一体どうなってしまったんだ。一体何が起きてるんだ。起きる瞬間に、頭の中に広がった『それがネルとの出会いだった……』的なナレーションに、「アホか!」と言いながら、飛び起きた。そして、徐々に冷静になっていく中で、嫌~~な気持ちがどんどん湧いて出てくる。
「なんなんだよ。ドキッとしてんな! 夢の俺! なんだあいつは、王子か!」
水も滴る……と言った様子のネルの顔を見て、びっくりした夢の中の俺に、心臓が連動してしまったようで、さっきから、どき、どき、と無駄に速い鼓動が心臓から響いていた。実は、先日、彼らの愛し合っているシーンを夢で見てしまったのだ。出てくる人間が知り合いでさえなければ、「え、出会いはそういう?」と、少し興味津々に楽しみにしてしまったっていいほどに、リアルな夢だ。
でもそうは行かない。何故なら、夢に出てくる人間は、毎日嫌というほど顔を合わせている同居人であり、そして、主観視点で、その男を見て心臓をときめかせてるのは、驚くべきことに、──。
「俺じゃねーか!」
ボスッと枕に顔を埋める。
そう、そのまま、俺なのだ。正確に言うのなら、姉や両親が生きてた頃の、俺のような性格の、俺のような声をした、『俺』なのだ。意味がわからない。なんだろう、前回、濃厚なエロシーンを夢で見てしまった後の、おえっとなった気持ちとはまた違う、「えー、、ここから好きになっちゃうんだ……」的な、生々しさに、悶えるような恥ずかしさが今、俺に襲いかかっていた。
(なんだあれ! なんだあれ! なんだあれ!!!)
なんとかして、この思考を頭から追い出したくて、しばらく、ごろごろ転がっていたが、だんだん虚しくなってきて、起きることにした。部屋着のまま、頭をわしゃわしゃと掻きむしりながら、階段を降りる。
「一体……なんだって言うんだよ」
階下で、とりあえず水でも飲もうと、グラスに注ぎながら、そんなぼやきが漏れた時だった。
すぐ後ろから「何が?」という、今一番聞きたくなかった甘ったるい声が聞こえて、うわあ! っと、振り返り様に、ばしゃっと水をネルの顔にぶちまけてしまった。ぽた、ぽた、と水が滴るネルの顔に、思わずその辺りに置いてあった台拭きを押しつけてしまった。
「ちょ、ちょっと、それ台拭き……だから」
「あっ うわあ! わ、悪い」
半分目を瞑りながら、ネルが不機嫌そうに、自分の髪をかき分けた。その顔を見て、俺は、──。
(あ…………夢と同じ……)
そう思ってしまったのが、完全に間違いだった。俺の感情は、瞬時に夢の中の俺と繋がったみたいに、ネルのことを好きな気持ちが広がってしまって、ぶわっと顔に熱が集まった。まずい! とは思うものの、顔が赤くならないようにする術なんてなくて、口を「あ」の形に大きく開けたまま、ただただ、焦った。
固まってしまった俺を見て、ネルが怪訝そうな顔になった。そして、片眉を上げながら、手を俺の額に、ぺたっと当てた。
「顔、赤いよ。熱でもある?」
「な、ないっ! やめろ、その手」
「……そんな言い方することなくない?」
じとっと嫌そうな目で見られるが、一度どきどきと高まってしまった心臓は、中々落ち着く気配がない。俺は、「ご、ごめん。顔洗ってくる」と小さく言って、その場をそそくさと逃げ出そうと踵を返した。だけど、背中からかけられたネルの言葉に、その内容に、ギクッと体を震わせた。
「早起きしてるとこ悪いけど、今日から三日間は夜勤だよ」
「……え」
「エリザベス杯の前に、少しでも数を減らしておくから」
思わず振り返ってしまったが、昨日言っとけよ! なんていう文句を言えるような精神状態にはなかった。
夜勤、──。
その仕事内容はわかる。でも、夜勤の後、前回、何をしたのか。レイナを送った後、俺はネルになんて言ってしまったのか。そんな思い出したくない記憶ばかりが、怒涛のように頭に流れ込んできた。ただ、どっどっどっど、と、心臓が、走り出したように早くなって、どうしていいかわからなくて、とにかく、とにかくこの場から逃げ出して、顔を洗って、落ち着かなくちゃって思った。
でも、パシッと手首を取られて、「ねえ、本当に大丈夫?」と、心配そうにネルに顔を覗かれたら、もう、だめだった。
俺の眉はきっと、情けなくへにゃっと下がってしまっているだろう。顔に熱が集まる。完全に、夢と現実が混同していた。明らかにおかしな様子の俺に、流石にネルも目を瞬かせた。
「――え?」
「な、なんでもないから!」
俺にできることは、ネルの手を振り払って、逃げることだけだった。
俺は脱兎のごとく、その場を後にしたのだった。
10
お気に入りに追加
256
あなたにおすすめの小説

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
【R18+BL】ハデな彼に、躾けられた、地味な僕
hosimure
BL
僕、大祇(たいし)永河(えいが)は自分で自覚するほど、地味で平凡だ。
それは容姿にも性格にも表れていた。
なのに…そんな僕を傍に置いているのは、学校で強いカリスマ性を持つ新真(しんま)紗神(さがみ)。
一年前から強制的に同棲までさせて…彼は僕を躾ける。
僕は彼のことが好きだけど、彼のことを本気で思うのならば別れた方が良いんじゃないだろうか?
★BL&R18です。

嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる