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2. と、暮らす
61 混乱する
しおりを挟む「で・あ・い・へ・ん……」
目を覚ました俺は、頭を抱えて、布団の中でごろごろと転がって悶絶していた。俺の頭は一体どうなってしまったんだ。一体何が起きてるんだ。起きる瞬間に、頭の中に広がった『それがネルとの出会いだった……』的なナレーションに、「アホか!」と言いながら、飛び起きた。そして、徐々に冷静になっていく中で、嫌~~な気持ちがどんどん湧いて出てくる。
「なんなんだよ。ドキッとしてんな! 夢の俺! なんだあいつは、王子か!」
水も滴る……と言った様子のネルの顔を見て、びっくりした夢の中の俺に、心臓が連動してしまったようで、さっきから、どき、どき、と無駄に速い鼓動が心臓から響いていた。実は、先日、彼らの愛し合っているシーンを夢で見てしまったのだ。出てくる人間が知り合いでさえなければ、「え、出会いはそういう?」と、少し興味津々に楽しみにしてしまったっていいほどに、リアルな夢だ。
でもそうは行かない。何故なら、夢に出てくる人間は、毎日嫌というほど顔を合わせている同居人であり、そして、主観視点で、その男を見て心臓をときめかせてるのは、驚くべきことに、──。
「俺じゃねーか!」
ボスッと枕に顔を埋める。
そう、そのまま、俺なのだ。正確に言うのなら、姉や両親が生きてた頃の、俺のような性格の、俺のような声をした、『俺』なのだ。意味がわからない。なんだろう、前回、濃厚なエロシーンを夢で見てしまった後の、おえっとなった気持ちとはまた違う、「えー、、ここから好きになっちゃうんだ……」的な、生々しさに、悶えるような恥ずかしさが今、俺に襲いかかっていた。
(なんだあれ! なんだあれ! なんだあれ!!!)
なんとかして、この思考を頭から追い出したくて、しばらく、ごろごろ転がっていたが、だんだん虚しくなってきて、起きることにした。部屋着のまま、頭をわしゃわしゃと掻きむしりながら、階段を降りる。
「一体……なんだって言うんだよ」
階下で、とりあえず水でも飲もうと、グラスに注ぎながら、そんなぼやきが漏れた時だった。
すぐ後ろから「何が?」という、今一番聞きたくなかった甘ったるい声が聞こえて、うわあ! っと、振り返り様に、ばしゃっと水をネルの顔にぶちまけてしまった。ぽた、ぽた、と水が滴るネルの顔に、思わずその辺りに置いてあった台拭きを押しつけてしまった。
「ちょ、ちょっと、それ台拭き……だから」
「あっ うわあ! わ、悪い」
半分目を瞑りながら、ネルが不機嫌そうに、自分の髪をかき分けた。その顔を見て、俺は、──。
(あ…………夢と同じ……)
そう思ってしまったのが、完全に間違いだった。俺の感情は、瞬時に夢の中の俺と繋がったみたいに、ネルのことを好きな気持ちが広がってしまって、ぶわっと顔に熱が集まった。まずい! とは思うものの、顔が赤くならないようにする術なんてなくて、口を「あ」の形に大きく開けたまま、ただただ、焦った。
固まってしまった俺を見て、ネルが怪訝そうな顔になった。そして、片眉を上げながら、手を俺の額に、ぺたっと当てた。
「顔、赤いよ。熱でもある?」
「な、ないっ! やめろ、その手」
「……そんな言い方することなくない?」
じとっと嫌そうな目で見られるが、一度どきどきと高まってしまった心臓は、中々落ち着く気配がない。俺は、「ご、ごめん。顔洗ってくる」と小さく言って、その場をそそくさと逃げ出そうと踵を返した。だけど、背中からかけられたネルの言葉に、その内容に、ギクッと体を震わせた。
「早起きしてるとこ悪いけど、今日から三日間は夜勤だよ」
「……え」
「エリザベス杯の前に、少しでも数を減らしておくから」
思わず振り返ってしまったが、昨日言っとけよ! なんていう文句を言えるような精神状態にはなかった。
夜勤、──。
その仕事内容はわかる。でも、夜勤の後、前回、何をしたのか。レイナを送った後、俺はネルになんて言ってしまったのか。そんな思い出したくない記憶ばかりが、怒涛のように頭に流れ込んできた。ただ、どっどっどっど、と、心臓が、走り出したように早くなって、どうしていいかわからなくて、とにかく、とにかくこの場から逃げ出して、顔を洗って、落ち着かなくちゃって思った。
でも、パシッと手首を取られて、「ねえ、本当に大丈夫?」と、心配そうにネルに顔を覗かれたら、もう、だめだった。
俺の眉はきっと、情けなくへにゃっと下がってしまっているだろう。顔に熱が集まる。完全に、夢と現実が混同していた。明らかにおかしな様子の俺に、流石にネルも目を瞬かせた。
「――え?」
「な、なんでもないから!」
俺にできることは、ネルの手を振り払って、逃げることだけだった。
俺は脱兎のごとく、その場を後にしたのだった。
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