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2. と、暮らす

56 クラークさん再び

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「うわ。またお前らかー」

 リヴリー競馬場まで行く馬車には、刑事課からも調査の人間が一緒に向かうということで、少し緊張しながら扉を開けた俺の前に、見知った顔があって、ほっとした。短髪に厚手の帽子をかぶった、緑色の瞳の、──。

「おい、お前。今なんか、『なんだクラークさんか』みたいなこと考えただろ」
「え」
「知ってるよ。知ってるんだよ。俺に、威厳みたいなのがないってことくらい。まあいいんだよ。親しみやすさだってな。結婚を考え出した年頃の女子に、急に需要が出たりすんだよ」
「おはようございます、クラークさん。今回は、本当に共同ってことで、よろしくお願いします」

 ほっとして、つい息をついてしまった俺をみた瞬間、ぶつぶつと文句を言い出したクラークさんに、俺の後ろから乗ってきたネルが挨拶をした。それを見て、クラークさんが言った。

「おう、ハミルトン。前回は俺の間違いだったらしい。お前らと話した後、連絡がきてな。走って帰ったわ」
「は…はしっ……」
「そうでしたか。幸いにも、あの後、被害者は出なかったので、クラークさんのお手を煩わせることにならなくて、よかったです」

 やっぱり…クウェンタベリーまで走ってきたのかと驚愕する俺をよそに、ネルは、全く気にしていない様子で、すらすらと言葉を連ねた。ネルの話術は本当にすごいな、と、俺は思った。なんというか、「被害者はあの後、出なかった」って報告することで、おそらく、クラークさんの深追いを、さらっと避けているのだと、思う。犯人は誰だったんだと尋ねられて、すぐに「劇団関係者でした」と、嘘をついた。
 いや、嘘ではないのかもしれない。でも逆にその、嘘とも言い切れない言い回しが、さらっと出てくるのがすごいのだ。

(こんな腹芸みたいな会話…貴族みたいだ)

 でもなんか、クラークさんは変な勘が働くようで「あーそう」と言って、ぷいっと横を向いてしまった。
 なんというか、クラークさんは、野生の動物のような、そんなイメージがある。きっと、理屈ではないのだ。話術ではきっと、ネルからこれ以上の情報を聞き出すことはできないだろうなと、わかっている様子で、不貞腐れたような顔で窓の外を見ていた。

 刑事部からもわざわざ、担当者が来るんだな、と改めて思った。てっきり、警邏の人をまとめる人が来るのだとばかり、思っていた。だけど、襲撃予告のことを思い出して、そうかと思いなおした。

(刑事部は刑事部で、調査しなくちゃいけないのか…当たり前だけど、女帝陛下の関わる案件だもんな…)

 エリザベス杯の当日には、陛下も御観覧されるはずだった。
 そこまで危険を侵してまで、見る必要もないのにと思わないでもないが、エリザベス帝の名を冠した行事に、陛下がご参加されなければ、それは、吸血鬼に屈したことになってしまうのかもしれなかった。
 でも、だとしたら、連携だって必要なはずなのに、ネルはクラークさんとこれ以上話すつもりはないらしい。どうしようかな、と少し思いながらも、やっぱり話しかけてみよう、と思う。
 しばらく人と話していなかったし、オカシナモノを見るような目で見られた時のことを思い出し、少しだけ尻込みをする。でも、リズヴェールに来て、俺のことを変だと思わない人たちに…というか、俺よりもよっぽどおかしな人たちに出会ってから、少しずつだが、本来の性格を取り戻してきているような気がする。

(なんか、ネルと言い合うのは、やなんだけど、なーんか…懐かしい感じがするんだよな)

 力一杯大声で喚くのが、案外健康にいいんだろうか、などとバカなことを考える。大人になってから、人と何かを言い合うことなんてあまりなかったからなあ、と思う。何故かものすごく体の調子も良くて、実はこれは、もしかするとネルの治癒の力のおかげなのではないか…と、考えてしまい、それが一体どのような形で持たされた好調なのかってことにまで思い至り、そっと、記憶の扉を閉じた。
 そして、尋ねた。

「クラークさんは、刑事課は、誰か犯人の目星とか心当たりはあるんですか?」
「おうおう。お前……ジョンな!ジョンはサーカスのわりに、他の課の情報を聞き出してこようってんの?」
「え?あ、すみません。普通はお互いに連携とかはしないんですか?」
「………お前…ジョン……!ほんとに、いい奴そうだな!お前は!」

 クラークさんと話していて、そういえば俺はジョンということになっていた、ということを思い出した。だけど、なんだか熱い目で見つめてくるクラークさんの様子に、これは一体どういうことなんだろうと思いながら、ちらっとネルの方に助けを求めた。
 そうしたら、呆れたような顔をされて、あれ…なんかまずかったかな、と焦る。

「え、あっ、いや、お、俺は、まだ、よくわかって、なくて」
「ふむ。まあ、サーカスの連中はなー。流石に詳しくは話せないが、実は刑事課では、疑っている奴がいる。そいつの当日までの動向を見張るっていうことぐらいだな」
「え!そ、そんなに絞れてるんですね?!すごいですね」
「………お前…ジョン……!ほんとに、いい奴そうだな!お前は!」

 詳しく話せないということは、他の課とは、情報を共有はできないっていうことなんだと思う。でも、まさか、刑事課でもレンツェルの存在が絞れているんだろうか。だとすれば、思いのほか円滑に進むのではないかと思って、ネルの方を見てみたら、ものすごく気まずそうな顔で、小さく首を振られた。そして、気がつく。

(………あ、違うんだ…)

 となると、これは…非常にややこしい状態にあるな…と、気がついた。
 クラークさんたちは違う人物に目星をつけていて、そちらを捜査しながら、警邏も兼ねるはずだった。つまり、俺たち、特殊警務課の人員は、レンツェルを含め、ベスィにも、ベスィでない人間にも対応しなくてはいけない。その上、他の課との連携は望めない。
 しかも、エリザベス杯という、貴族たちが山ほど参加するレース。人、一人に被害が出るだけで、催しはきっと『失敗』ということになってしまうはずだった。この案件の難しさを思い、膝の上で、ぐっと拳を握りしめた。

(敵は普通の人には、見えない。一体どうやって、被害を出さないでいられるんだろう…)


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