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2. と、暮らす
55 襲撃予告
しおりを挟む「いだあああああああああい」
「………いや、えと…す、すみません」
「心も!羽も!ぼろぼろのブロークンスパロウだよ!!」
「………あー…えっと、すみません」
課長の机の前に立ったネルと、羽根に包帯を巻いたスパロウ課長が、そんなやりとりをしているのを見ながら、俺は白い目になった。朝からあまりの出来事があったせいで、すっかり忘れてしまっていたが、そういえば、レイナとスパロウ課長のことは、どうなってるんだろう…と、思い出した。そして、聞きたいなあと思ってはいるのだが、先ほどから続くこのコントのようなやり取りのせいで、そのタイミングは掴めそうにない。
スパロウ課長とレイナの関係はわからないが、それでも、もしも本当に親子だったというのなら、羽根ごと刺し抜いたネルのこと、俺は少しだけ、潔くてかっこいいな、と、思ってしまっていた。
あそこで戸惑えば、きっと、いいことなんて起きなかった。あの時、ネルが迷わず、レイナを送ろうとしたおかげで、きっと、これ以上被害を出すことはなくなったのだから。それはきっと、スパロウ課長だって、わかっていると思う。それはきっと、レイナのことを守りたくて、つい、羽根を広げてしまったであろうスパロウ課長だって、きっと。
(……それにしても、、レイナの言ってたことは、本当なんだろうか)
何度も噛まれたら、きっと、魂は汚染されてしまう。他のベスィに比べたって、夜のレイナの様子は次元が違ったように思う。建物を覆うほどの触手、ぬいぐるみたちを操る能力にしたって桁外れだった。むしろ、今までどうやって事件も起こさずに、保って来れたのだろう。
たくさん噛まれただけではないのだ。レイナは言っていた。
──悪いことしたら、お父さんが来るかもね──
そう、言われたのだと。レイナは耐えた。だけど、それは、悪魔の囁きでしかなかった。レイナの父は、どういうわけだかスパロウ課長なのだ。だとすれば、もしもレイナがすぐに悪霊化してしまい、たくさんの被害者を出してしまったとすれば、課長は、きっとものすごく苦しむことになったはずだった。おそらく、それをわかっていて、レンツェルは、レイナのことを狙ったのだ。
あんな小さな子を、悪意を持って殺し、永遠に彷徨わせようとしただけでなく、その存在すらも利用しようとした。そういうことだった。
(……そんなことするなんて。普通の人間みたいだなんて、思ってた自分が恥ずかしい)
あの、吸血鬼のことを考えているときのネルの顔を思い出した。特殊警務課の人たちは、多かれ少なかれ、きっと吸血鬼のことを憎んでいるんじゃないか、という気がした。
はー、とため息が漏れる。
俺は、ネルの報告書を参考にしながら、見様見真似で、報告書を作成しているところだった。
タイプライターで必要事項を打っていく。が、やっぱりレイナとの出会いを、そして早すぎた別れを、なぞって行く作業は辛かった。ネルの報告書は、手書きで、随分と達筆な、美しい文字が並んでいた。
その文字を見ていると、あの傷一つない貴族のような美しい手先を思い出してしまって、ぶんぶんと頭を振った。今朝のことは、もう、忘れよう。よくわからないが、ネルが言うには、ベスィの未練みたいなものに反応してしまってるんじゃないかということだった。たかが頭痛と思っていたが、あのネルの心配そうな顔を思い出すと、もしかしたら、俺が気がつかないだけで、もっと大変な症状が出ていたのかもしれない。
(ん??心配そうな顔、されたっけ?)
そもそも、昨日の記憶がないのだ。どうやら、俺は、寝ている間に、初体験を済ましてしまう、という、奇妙な経験をしてしまったらしい。でもま、あのネルのことだ。本当に、多分理由があったんだとは思う。
そして、自分の言ってしまった愚かな挑発のせいで、訳のわからないことになっているであろう未来のことも、今は、考えたくなかった。タイプライターをカタカタを打っていく。
「いだああああい!!いだいよおおお」
カラスの鳴き声が、響き渡っているが、それでも、そうすることでスパロウ課長は、ネルに大丈夫っていうことを伝えているような、そんな、気がした。しばらくそのコントが続いた後、俺も課長の机の方に呼ばれ、こほん、と小さく咳をした課長は、俺たちに伝えた。
「襲撃予告があった」
よくわからないが、「え、それ先に言うべきじゃないか?」と思った俺の横で、ネルも同じように「え、それ先に言うべきじゃないか?」ていう顔をしていた。
襲撃された…のではなく、襲撃予告。このタイミングで襲撃予告だなんて言い出すのだとすれば、と、嫌な予感が頭を過った。この話が通常の刑事課の方に回っているのかどうかってことは、わからない。でも、特殊警務課にも回ってきているのだから、おそらくは、ベスィが関わっている可能性があるのだ。何かイベントごとがあったっけ?と考えて、一つだけ思い当たった。
「ロイヤルリヴリー競馬場だ」
課長の言葉に、やっぱりと思った。リヴリー競馬場で、二週間後に開催すると言われている、エリザベス杯は、初代エリザベス帝のの生誕を祝うための催しだ。それを襲撃すると予告することは、明らかに、女帝陛下への敵意の表明であった。
「そんな、、女帝陛下の顔に泥を塗るような真似を…」
「まだ、吸血鬼が直接絡んでいるかはわからない。だけど、襲撃に警戒すると同時に、我々にはなんとしてでも守り通さなければならなくてはいけないことがある」
その課長の言葉を聞き、そうだ…と、俺はハッとした。
女帝陛下の名を冠した催しを汚されることは、帝国民の誇りにかけて、なんとしてでも阻止しなければならない事態だった。よくよく考えてみれば、これはかなり大掛かりな防衛戦になるのではないか?と、体が震えた。まだ吸血鬼が直接関わっているかはわからない。でも、予告を出すあたりが、なんとなく、ネルの言うところこの「派手さ」の序章であるような、そんな気がした。
「警備の人間はもちろんだが、普通の課や、他のブランチ、参加される女帝陛下の周辺とも、共同になる」
「「はい」」
「とにかく私たちは、普通の刑事課とは違い、フリティラリア周辺を洗うことが最優先だ」
「わかりました」
課長はいつも通り、銀時計を胸に翳そうとして、大きく右手を振り上げた。そして、今までのキリッとした課長からは想像もできないような声で、叫んだのだった。
「いだあああああああああい」
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