【BL】死んだ俺と、吸血鬼の嫌い!

ばつ森⚡️4/30新刊

文字の大きさ
上 下
55 / 92
2. と、暮らす

55 襲撃予告

しおりを挟む


「いだあああああああああい」
「………いや、えと…す、すみません」
「心も!羽も!ぼろぼろのブロークンスパロウだよ!!」
「………あー…えっと、すみません」

 課長の机の前に立ったネルと、羽根に包帯を巻いたスパロウ課長が、そんなやりとりをしているのを見ながら、俺は白い目になった。朝からあまりの出来事があったせいで、すっかり忘れてしまっていたが、そういえば、レイナとスパロウ課長のことは、どうなってるんだろう…と、思い出した。そして、聞きたいなあと思ってはいるのだが、先ほどから続くこのコントのようなやり取りのせいで、そのタイミングは掴めそうにない。

 スパロウ課長とレイナの関係はわからないが、それでも、もしも本当に親子だったというのなら、羽根ごと刺し抜いたネルのこと、俺は少しだけ、潔くてかっこいいな、と、思ってしまっていた。
 あそこで戸惑えば、きっと、いいことなんて起きなかった。あの時、ネルが迷わず、レイナを送ろうとしたおかげで、きっと、これ以上被害を出すことはなくなったのだから。それはきっと、スパロウ課長だって、わかっていると思う。それはきっと、レイナのことを守りたくて、つい、羽根を広げてしまったであろうスパロウ課長だって、きっと。

(……それにしても、、レイナの言ってたことは、本当なんだろうか)

 何度も噛まれたら、きっと、魂は汚染されてしまう。他のベスィに比べたって、夜のレイナの様子は次元が違ったように思う。建物を覆うほどの触手、ぬいぐるみたちを操る能力にしたって桁外れだった。むしろ、今までどうやって事件も起こさずに、保って来れたのだろう。
 たくさん噛まれただけではないのだ。レイナは言っていた。

 ──悪いことしたら、お父さんが来るかもね──

 そう、言われたのだと。レイナは耐えた。だけど、それは、悪魔の囁きでしかなかった。レイナの父は、どういうわけだかスパロウ課長なのだ。だとすれば、もしもレイナがすぐに悪霊化してしまい、たくさんの被害者を出してしまったとすれば、課長は、きっとものすごく苦しむことになったはずだった。おそらく、それをわかっていて、レンツェルは、レイナのことを狙ったのだ。
 あんな小さな子を、悪意を持って殺し、永遠に彷徨わせようとしただけでなく、その存在すらも利用しようとした。そういうことだった。

(……そんなことするなんて。普通の人間みたいだなんて、思ってた自分が恥ずかしい)

 あの、吸血鬼のことを考えているときのネルの顔を思い出した。特殊警務課の人たちは、多かれ少なかれ、きっと吸血鬼のことを憎んでいるんじゃないか、という気がした。
 はー、とため息が漏れる。
 俺は、ネルの報告書を参考にしながら、見様見真似で、報告書を作成しているところだった。
 タイプライターで必要事項を打っていく。が、やっぱりレイナとの出会いを、そして早すぎた別れを、なぞって行く作業は辛かった。ネルの報告書は、手書きで、随分と達筆な、美しい文字が並んでいた。
 その文字を見ていると、あの傷一つない貴族のような美しい手先を思い出してしまって、ぶんぶんと頭を振った。今朝のことは、もう、忘れよう。よくわからないが、ネルが言うには、ベスィの未練みたいなものに反応してしまってるんじゃないかということだった。たかが頭痛と思っていたが、あのネルの心配そうな顔を思い出すと、もしかしたら、俺が気がつかないだけで、もっと大変な症状が出ていたのかもしれない。

(ん??心配そうな顔、されたっけ?)

 そもそも、昨日の記憶がないのだ。どうやら、俺は、寝ている間に、初体験を済ましてしまう、という、奇妙な経験をしてしまったらしい。でもま、あのネルのことだ。本当に、多分理由があったんだとは思う。
 そして、自分の言ってしまった愚かな挑発のせいで、訳のわからないことになっているであろう未来のことも、今は、考えたくなかった。タイプライターをカタカタを打っていく。

「いだああああい!!いだいよおおお」

 カラスの鳴き声が、響き渡っているが、それでも、そうすることでスパロウ課長は、ネルに大丈夫っていうことを伝えているような、そんな、気がした。しばらくそのコントが続いた後、俺も課長の机の方に呼ばれ、こほん、と小さく咳をした課長は、俺たちに伝えた。

「襲撃予告があった」

 よくわからないが、「え、それ先に言うべきじゃないか?」と思った俺の横で、ネルも同じように「え、それ先に言うべきじゃないか?」ていう顔をしていた。
 襲撃された…のではなく、襲撃予告。このタイミングで襲撃予告だなんて言い出すのだとすれば、と、嫌な予感が頭を過った。この話が通常の刑事課の方に回っているのかどうかってことは、わからない。でも、特殊警務課にも回ってきているのだから、おそらくは、ベスィが関わっている可能性があるのだ。何かイベントごとがあったっけ?と考えて、一つだけ思い当たった。

「ロイヤルリヴリー競馬場だ」

 課長の言葉に、やっぱりと思った。リヴリー競馬場で、二週間後に開催すると言われている、エリザベス杯は、初代エリザベス帝のの生誕を祝うための催しだ。それを襲撃すると予告することは、明らかに、女帝陛下への敵意の表明であった。

「そんな、、女帝陛下の顔に泥を塗るような真似を…」
「まだ、吸血鬼が直接絡んでいるかはわからない。だけど、襲撃に警戒すると同時に、我々にはなんとしてでも守り通さなければならなくてはいけないことがある」

 その課長の言葉を聞き、そうだ…と、俺はハッとした。
 女帝陛下の名を冠した催しを汚されることは、帝国民の誇りにかけて、なんとしてでも阻止しなければならない事態だった。よくよく考えてみれば、これはかなり大掛かりな防衛戦になるのではないか?と、体が震えた。まだ吸血鬼が直接関わっているかはわからない。でも、予告を出すあたりが、なんとなく、ネルの言うところこの「派手さ」の序章であるような、そんな気がした。

「警備の人間はもちろんだが、普通の課や、他のブランチ、参加される女帝陛下の周辺とも、共同になる」
「「はい」」
「とにかく私たちは、普通の刑事課とは違い、フリティラリア周辺を洗うことが最優先だ」
「わかりました」

 課長はいつも通り、銀時計を胸に翳そうとして、大きく右手を振り上げた。そして、今までのキリッとした課長からは想像もできないような声で、叫んだのだった。

「いだあああああああああい」


しおりを挟む
ばつ森です。
いつも読んでいただき、本当に本当にありがとうございます!
↓↓更新状況はTwitterで報告してます。よかったらぜひ↓↓
感想 6

あなたにおすすめの小説

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

【R18+BL】ハデな彼に、躾けられた、地味な僕

hosimure
BL
僕、大祇(たいし)永河(えいが)は自分で自覚するほど、地味で平凡だ。 それは容姿にも性格にも表れていた。 なのに…そんな僕を傍に置いているのは、学校で強いカリスマ性を持つ新真(しんま)紗神(さがみ)。 一年前から強制的に同棲までさせて…彼は僕を躾ける。 僕は彼のことが好きだけど、彼のことを本気で思うのならば別れた方が良いんじゃないだろうか? ★BL&R18です。

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

処理中です...