【BL】死んだ俺と、吸血鬼の嫌い!

ばつ森⚡️4/30新刊

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2. と、暮らす

50 寒さと温もり

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「さ、寒……」

 目の前に広がる、大きな墓地。まさかこんなにも大きな墓地ができているだなんて、思わなかった。
 馬車で、ネルと一緒にフラム地区に着いてから、もう、真夜中を回っていた。レイナの姿は見当たらない。住所の場所から、近くに残っている住宅地も探してみたけど、この広い地区の中で、女の子を、しかも普通は目に見えない女の子を探す、というのは、ものすごく難しいことだったと知る。
 それでも、ネルが、こっちにお菓子屋があるだとか、あっちに子供服の店があるだとか、家族連れがよく行くレストランがあるだとか、言いながら、一緒にあちこち探し回ってみたのだ。だけど、それらの店も、当たり前だが、もう、閉まった。

(どこ…どこに帰るんだろう…)

 悪霊化の進行してしまったベスィは、夜になると、人を襲いはじめたりするのだ。一度、その手を汚してしまったベスィは特に、もう、止まることはできないようになる、らしい。でもオルガさんも、レイナも、なんだか自分がどうしても許せない人間を手にかけたような、そんな感じがして、どうしても無作為に人を襲うなんてことが想像できなかった。

 石膏のベスィは、自分のことを愛してくれる人を探していて、不誠実だと判断した人間を殺していたのだと思うのだ。それから、オルガさんも、自分の曲のことを理解してくれないことが許せなくて、手を汚してしまった。そして、二人目も、同じ思考に基づいて、人を手にかけようとしていた。
 それから、レイナは…誘拐犯という、許せない悪に向かって行った、ということだと思うのだ。またレイナが同じことを繰り返すとは、思いたくはなかった。でも、ネルの言うように、一度手を汚してしまったベスィが、止まれないと言うのならば。

「なあ、一度人を殺めてしまったベスィは、自分が執着する何かに向かっていく…みたいなことは、ない?」
「………そう、かもしれないけど、それじゃあ余計に、探しようがないよね…」

 そのネルの言葉を聞いて、それは尤もだ、と思い、ため息を着いた。
 息は視界を一瞬白くして、それから、夜空に消えた。万策尽きたっていう感じだった。今夜、レイナが次の犠牲者を出していないことを祈るしかなかった。ふと、突きあたりにある、公園が目に入り、その公園がちょっと丘のようになっていることに気がついた。真夜中のフラムストリートには、人の気配はなかった。ひっそりとした道を、ネルと一緒に歩く。なんとなく、二人ともが、その公園に向かっていた。
 公園の入り口で、ちょっと待ってて、と言われ、5分ほどして、ネルが湯気の立つコーヒーを二つ持ってきた。それを渡され、マグカップの温かさに、ほっとする。だけど、───

「え、このマグってどうしたんだ?」
「はあ?そりゃあ、それごとお金払ったんだよ。こんな時間に外で飲む人なんていないでしょ。酒ならともかく」

 え!と俺は目を丸くした。
 外でコーヒーを飲むために、わざわざマグカップごと買ったのか、と、驚く。きっとこのコーヒーは通常のものの何倍もする値段になっただろう。そうするくらいなら、カフェ…いや、この時間だからきっと、酒場かなんかだったとは思うけど、そこまで行ったのに、と思う。なんだろう。この、言い方は悪いけど、やってることは優しいみたいな、難しい態度は…と、思いながらも、とりあえず、お礼をしようとしたら、ネルが言った。

「だって、公園の高いところから、見たかったんでしょ?ちょっと、休憩しながら見よう」

 そう、言われて、俺は、さらに目を丸くした。
 俺はネルのことなんて、何にもわかってない。わかっていないどころか、もう、この世で一番不可解な人間だとすら思っている。だと言うのに、ネルは、俺の考えてたことが、手にとるようにわかるみたいだった。
 おおう、と、少し引きながらも、小さく「ありがと」と言って、一緒に公園の階段を上っていく。ほかほかと、マグで手をあたためながら、何故か、クウィンタベリーで渡された白いマフラーのことを思い出した。冷たい風に、ふるっと体を震わせていたら、ネルに言われた。

「マフラーも、持ってくれば良かったね」
「………っぶ」
「え、汚いんだけど。気をつけてよ」

 ちょうど口をつけたコーヒーを、ぶっと吹き出しそうになった。
 なんだか、さっきから、思考を読まれているような気がする。ネルはなんともない様子で、片手をトレンチコートのポケットに突っこみながら、片手でマグを持って、高台へと上がった。
 下が見下ろせる位置にあるベンチに腰を下ろそうとしたら、ネルに「こっち」と、座る場所を指定されて、ん?と首を傾げた。でも、座ってから、ネルが風上に座ったのだとわかって、まじかよ、と、ネルに女扱いされてるんじゃないかと疑いながら、二度見してしまった。さぞかしモテるんだろうなあ、と、ネルのその、流れるようなエスコートを思い、白い目になったが、今はその恩恵に預からせてもらうことにした。
 空気はキンと透き通るように冷えて、もう、冬みたいな寒さだった。目の前に広がる夜景を見ながら、ズッとコーヒーを飲む。熱い液体が、喉を通り、何も入っていない空っぽな胃まで、到達していくのがわかった。
 暗闇の中に輝く、魔導灯の光は、俺が知っている景色よりも、ずっとずっと数が多くなっているような気がした。フラムが大きな墓地になっていたことも驚いたが、流石は帝都リズヴェール。移り変わりはこんなにも早い。
 ぽつりと呟く。

「知らない間に、随分と、リズヴェールの景色は変わってたんだな」
「…………そうだね。これからもきっと…変わっていくんだろうね」

 ほうっとコーヒーで温まったネルの息が、白く舞った。
 まさかこんな夜に、公園でコーヒーを飲むなんて贅沢ができるだなんて、思わなかった。夕飯も食べずに出てきちゃったのにと思ったけど、隣をふと見てみたら、ネルはチョコレートチップクッキーの包みを開けているところだった。

(ま、そうだよな…)

 自分は、コーヒーだけで十分だったけど、ネルはバリバリとその大きなチョコレートチップクッキーを食べ始めた。やっぱり、チョコレートが好きなんだろうなあ、と思う。クッキーの咀嚼音を聞きながら、尋ねる。

「オルガさんはさ、昼も夜も同じ姿だったけど、やっぱりレイナもそうなのか?」
「まあ、基本的には、昼だろうと夜だろうと、同じだと思うけど」
「基本的には?」
「俺が知ってる限りは、そうってこと」

 それを聞きながら、暗闇を走り回ってるレイナを想像して、少し、泣きそうになった。
 どんなところでもいい。とにかく、せめて屋根の下にいてくれることを願った。どれくらい、そうしていたのかはわからない。しばらく、ネルは無言で、俺も、無言だった。だけど、しばらく経った時、──すぐ下から、ものすごい勢いで、赤黒い光が立ち上るの見えたのだ。うねっとした透明なクラゲの触手のようなものの中に、赤黒く光る水玉の液体のようなものが浮いているのが見える。思わず立ち上がる。

「ね、ネル!」
「うん。あれがレイナなのかはわからないけど、ベスィだ。場所的には、レイナの可能性が高いよね」
「…………嘘」

 目の前の巨大な触手が、レイナであるなんて到底思えそうになかった。
 ただでさえ、冷えてしまっている体が、さらにひやっと山ほどの氷を食べさせられたかのように、温度を失った。コーヒーのマグをベンチに置きながら、ネルが言った。

「ま、百年も経ってるんだ。オルガ・ストラヴィの例は、まだ未解明だけど、レイナの悪霊化はかなり進行してるはずだから」


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