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2. と、暮らす

46 キャラメルりんご

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「私、あれやりたい!」

 こういう移動遊園地は、大抵がチケット制だ。アトラクション、と言っても、乗り物はカルーセルしかない。でもゲームはたくさんあって、瓶倒しだとか、輪投げだとか、それぞれの天幕にいるおじさんにチケットを大体3枚ずつ渡して、参加できる。
 レイナがやりたいと言ったのは、ボールを投げるゲームだった。これなら、背の低いレイナでもできるだろうと思って見守っていたが、中々当たらず、手伝って欲しいと言うので、周りの人にも見られて、ちょっと恥ずかしかったけど、一緒にやることになった。

「はい、これ。キャラメルりんご」
「やったー!ありがとう、ソーマ!」

 景品の棒つきのキャラメルりんごを、目を輝かせているレイナに渡した。ゲームも楽しんではいたが、多分、これが目当てだったに違いない。姉さんと来た時も、姉さんに手伝ってもらって、りんご食べたなあと、思い出していた。

(本当に、不思議な人だったけど…)

 姉さんは、三十歳で亡くなるまで、生涯独身だった。
 あれだけ美人だと騒がれていたけど、両親が死んでから、結婚もしないで仕事ばかりしていたのは、多分、俺がいたせいだった。だけど、明るくて、人当たりも良くて、弱音なんて一度も聞いたことがない。きっと、求婚者だっていたはずなのに、俺のことを優先していたんだと思う。そのことを考えると、いつも、胸がぎゅうっと痛む。
 年の離れた弟を育てるために、多分、たくさん無理をしてたんだと思う。だと言うのに、正直、溺愛されていた自覚がある。それこそ、ぬいぐるみかなんかだと思ってるんじゃないかってくらい、スキンシップも多かったし、でろでろに甘やかされていた。両親が遺産を残してくれていただろうし、家もあったけど、それでも、大変だったと思うのだ。学校を卒業して、工場の経理部で働くことになって、ようやく恩返しができたと思う頃には、姉さんはあんなことになってしまって…と、考えて、ふと気がついた。

(リズヴェールに戻ってきたのに、バタバタしてて…墓参りも行ってなかった。行かないとなあ…)

 そう思うのと同時に、学校まで出たのに、飲食店で労働してたことを知ったら、姉さんが怒り狂いそうだ…と、身震いした。そして、今は警務官なんてものになってしまって、きっと驚いてるだろうなとも思った。

(俺も…まだ驚いてる)

 さくさく、あむあむと、りんごに齧りついているレイナを横目に見ながら、俺も貰えばよかったと少し思う。レイナはすごく嬉しそうではある。ものすごく楽しそうでもある、のだが、───。

「ていうか、お父さんとサリーどうしたんだよーー。どこにもいない?」
「いないねー」

 多少ゲームをしたりしているものの、店の人たちに聞いても、全くそんな人を見かけた様子はなかった。この人混みだ。お父さんもどこかのベンチにでも座って、途方に暮れているんだろうか。きっと、死ぬほど心配しているだろうな、と思う。
 銀時計を見てみれば、もうすぐ13時になろうとしていた。そろそろ、ネルと待ち合わせたベンチに行かないと、と気が重くなる。でもどちらにしろ、レイナを警察署まで連れて行かないと行けないから、と思い、レイナにそのことを伝えた。

「わかった!でも最後にあれ、乗りたいなあ。いつも乗りたいなって思ってるんだけど、チケットないと乗れないから」
「いいけど…お父さんと一緒に乗りたかったんじゃないの?」
「お、お父さん、忙しいの。悪い奴を倒そうとしてるんだって。久しぶりの休みだったのに…」
「そっか…でも、お父さん、かっこいいな!」

 レイナは、どこか不安そうな声色でそう言った。それがどうしてなのかは、分からなかったけど、できるだけ明るい口調で答えた。
 警務官なのだから、そりゃあ犯罪者を追っているんだろう。でも、『悪い奴を倒す』っていう言い方がかわいくて、それは、なんだか御伽噺のようで、警務官というよりは、───。

(なんだか…ネルみたいだな…)

 と、吸血鬼の話をしていた時や、ベスィに向かって走っていくネルを思い出してしまい、ハッと青ざめた。何を考えてるんだ俺は。かっこいいなって言って、なんでそこを思い出すんだ、と、虚ろな瞳になる。それにベスィは、別に全員が悪いってわけでもないし。
 でも、レイナは、そんなことに気がつくこともなく、少し元気になったのか、誇らしげに胸を張って、続けた。

「ふふふ、そうなのよ!私のお父さんは、すごいのよ!だから私は、いつもお留守番でも文句は言わないの!」
「えらい!レイナもかっこいい!」

 それで、五歳だっていうのに、こんなにしっかりしているのか…と、俺は納得した。
 素直に、偉いと、そう思った。きっと、親がいない家は寂しいはずだった。親を亡くした10代の俺が、姉を待っている間そう思っていたのだから、きっとレイナはもっと、もっと寂しい思いをしていると思った。
 ポケットに残ったチケットの紙束を確認した。どうにかなりそうだ。それなら、忙しいお父さんの代わりに、レイナが楽しみにしていたカルーセルに、最後に一度乗るくらいは許されるだろうと思った。

 カルーセルの係の人に渡したチケットは、思っていたよりも少なくて済んだ。
 レイナは一番大きな、たてがみにバラをたくさんつけた白馬に乗ると言って、俺も一緒に跨った。周りの子たちからじろじろと見られて、恥ずかしかったけど、人力の割には、大きめのカルーセルで、他にも親と一緒に乗っている子もいたから、多分、大丈夫。

 少しだけ高い段になっているカルーセルが回りだし、噴水広場の形式が巡った。
 俺の股の間に座るレイナをそっと覗きこむ。レイナのきれいな、ガラス玉みたいな瞳に、太陽が反射して、周りには子供たちの笑い声と、楽しげなアコーディオンの音。本当に、自分がしなくちゃいけないことは、何一つできなかったけど、あんな朝のはじまりだったのに、なんだかとてもいい日になったな、と、ふっと顔を弛めた。
 だんだん、カルーセルの速さが遅くなり、もうすぐ終わりなんだろうなと思った。

「ソーマ。ありがとう」
「いいえ。どういたしまして」

 かわいらしいお礼に、にこにこと笑顔が溢れる。アコーディオンの音が止み、もうカルーセルが止まる前の、一瞬の静寂。そして、レイナが振り返りながら、俺に尋ねた。

「ねえ、でも。ソーマはどうして、──他の人と話せるの?」
「──────え?」

 レイナの言った意味が分からなくて、俺が尋ね返した、その時だった。カルーセルの向こうから、すごい速さで走ってくるネルの姿を見つけた。そして、焦った顔のネルは、叫んだ。

「ソーマ!!!」

 何をそんなに慌てることがあるんだ?と、俺は首を傾げた。
 俺が怒って歩いて行ってしまってから、ずっと探していた…なんてことは、流石にないだろうと思う。だけど、俺よりも先に、レイナの肩がビクッと震えた。そして、白馬から飛び降りると、走り出してしまったのだ。

「あっ!怖いお兄ちゃんかもしれない!!私、逃げるから。ソーマ、ありがとう!!またね!!」
「えっ?え??ちょっ、レイナ??」

 突然の別れに、ていうか、お父さんはどうするんだよ!と、混乱した頭のまま、レイナのことを追おうとした。が、バシッと手を捕まれ、振り返る。そこには、初めて会った時のように、ぜえぜえと、肩で息をしているネルがいた。ベスィに向かって全速力で走っても、息を切らさないネルなのに、一体どれだけの距離走ってきたんだろう…と、不思議に思う。
 でも、それよりもレイナが、と焦る。ネルはそんな俺を見て、まるで恨み事でも言うかのように、悔しそうに、吐き出したのだった。

「…んでっ!なんで、本当に…ソーマは…!!」


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