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2. と、暮らす
42 イケナイコト
しおりを挟むネルの手が、そっと頭の後にまわされ、ふわっと髪が乱された。
「おいで」
「っっ」
ゆっくりと、引き寄せられて、さっきとは違う、下から覗くネルの顔が近づく。いや、近づけられてるのは、俺の方だけど。じっと空色の瞳に見つめられて、どきっと心臓が跳ねる。俺は、この瞳と目が合うと、なんだか見透かされているような、何かを探られてるみたいな、居たたまれない気持ちになる。自分の中で、頭痛から逃れたい気持ちと、でも流石にキスって…ていう気持ちが、せめぎ合う。でも、自分で言った通り、気持ちよくならなければいいのだと、心を決める。
(だ……大丈夫。三回目、だし…)
そう、思った瞬間、───。
唇に、ふにっと、探るみたいな柔らかい感触がして、ぴくっと体が震えた。どき、どき、と鳴っていた心臓が、走り出したかのように早くなる。恥ずかしくて、薄目で見ていたら、角度を変えて、何回も啄まれた。柔らかい感触がついては、離れ、ついては、離れして、そして、少しずつ、深くなっていく。前回、雰囲気作りが、みたいなことを言われて、女扱いされたことを思い出す。それでも俺は、腹を立てる余裕がなかった。
柔らかいだけではない、熱い感触が唇に触れ、思わず、きゅっとネルの服を、縋るみたいにつかんでしまった。指先が、震える。はっとして少し開いてしまった唇の隙間から、その熱い、ぬるっとした感覚が広がる。ぴくっと震えてしまい、その振動が、そのままネルに伝わってしまうことに気づいた。羞恥で顔が赤くなる。
(……っていうか、体勢!なんでこの体勢にしたんだよ!)
経験がないからわからないけど、恋人同士が睦み合ってるみたいな、こんな体勢にする必要はないはずだった。湯船で自らこの態勢を望んでしまった自分を思い出して、もしかして、俺を恥ずかしがらせようっていう意地悪なのかもしれないと、くうっと眉間に皺を寄せた。ぬるっと我が物顔で、口の中に入ってきた熱に、どうしたって、ひくっと体が震えてしまう。舌の上でじっとして、なんで動かないんだろう?って焦れると、ぺろっと食べられるみたいに、その戸惑いごと掬われる。ゆっくり、ゆっくり、絡め取られて、「ふぅ」と鼻から息が抜けた。頭に回ったネルの指先が、そおっと左耳の中を撫でた。
「んっ」
ぎゅうっと強く心臓を握られたみたいな、感覚。自分が出してしまった声に驚く。下の方に熱が集まろうとしている気がして、ぎゅっと目を閉じた。そして暗闇で必死に、必死に、あのネルの呪われた庭を思い出した。きっと夜中には、恐ろしい光景になっているはずだと、想像する。
(気持ちよくなんてならない!気持ちよくなんてならない!治療!これは治療!)
だけど、上顎をれろっと舐め上げられて、「んぅっ」みたいな、恥ずかしくて死にたくなるような声と一緒に、ビクッと大きく体が跳ねた。恥ずかしくて、恥ずかしすぎで、笑われてるだろうか、と、思って、そっと、ほんの少しだけ、目を開ける。
そして、不自由な呼吸の中、それでも、ハッと息を飲んだ。
ネルの、長いまつ毛に覆われた、きらきらした美しい空色の瞳と、目が合う。笑われてなんか、いなかった。でも───。
少しだけ、伏せられたまつ毛。。官能が漂う、淫靡な夜の、匂い。だけどなんだか、まるで恋しい人でも見つめているような、そのまっすぐな視線に、射抜かれたのは、どこ、だったんだろう。ちゅ、と濡れた音がして、一瞬、唇に冷たさが戻る。
「…ソーマ」
名前を、呼ばれる。俺の、名前だ。
だけどその色っぽい響きに、脳が揺さぶられる。自然と目が細まり、まつ毛が、ぴく、と震えて、不安げに揺れた。
もう、だめだった。
その、やりきれない気持ちごと、不安も、思考も、ネルに奪われる。絡み合う舌の熱さに、ぽやっとした頭で、なんでだろうと思うのだ。だって、俺と、ネルは、嫌いな者同士なのに。この家を見て、仲良くなれないだろうなって、余計に思ったのに。
心の距離は、こんなにも遠いのに、───体の距離は、なかった。
『イケナイコト』みたいな、本当はこの行為を止めるはずの理性が、全身をまわって、何故か快感を増幅させて、また心臓に戻ってきた。だめって。これ以上はやだって。やめたいって。体が悲鳴をあげてるのに、中毒性でもあるみたいに、もっと、もっと深く、奥まで舐めて、みたいな、相反する気持ちに支配された。
ぴちゃ、と濡れた音が脳へと届いて、つま先まで、指先まで、ぴりっと痺れた。
いつの間にか、ネルの柔らかい大きな手が、するりとシャツの隙間から差し込まれた。まるで何かが這うように、背中を撫でられ、ぴくっと体を震わせた。背筋に走った快感が、「ふぅ」と、鼻から抜けていった。
生理的な涙で、視界が滲んだ。
俺の頭は、もう、おかしくなっていた。気持ちよくて、気持ちよくて、気持ちよくて、変になってた。でも、その負けを認めるわけにはいかなかった。ただ、快感に侵された頭で、何か、何か、反撃しないとって、考える。そして、わけわからなくなって、もう、なんでもいいから、と、口走る。
「………ネル……」
「っっ」
舌ったらずな声で、ネルのことを呼んでしまった自覚があった。
驚いた顔のネルの頬に、なぜか朱が差したような、そんな気がした。びっくりした顔なんて、みんな間抜けだと思うのに、なんだかネルのそれは、きれいだなって思った。
それでも、目を丸くしてるネルを見て、ふっと笑ってしまって、気が緩んだ。その途端、極度の疲労が突然襲ってきた。瞼が、重い。そして、閉じゆく視界の中、思いついた悪口だけを、口にした。
「………下手くそ…」
「!?」
そして、意識を手放した。
そのまま、くったりと倒れてしまった俺を抱えて、ネルが呆然としていたことは、もう意識がなかった俺は、知らない。
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