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2. と、暮らす
37 呪われた庭
しおりを挟む「家の中は、普通……」
ここ使って、と、案内された部屋は、俺の住んでいたフラットの部屋よりも、ずっとずっと広い部屋だった。
ベッドも机も椅子も備え付けてあって、ありがたいなと思う。今までは、俺の荷物は、ほぼ、鍵だけだったが、今回は、また作るの面倒でしょ?と言われて、ネルが枕木も運んできてくれたので、特に設置しなくてはいけないこともなく、ぼうっと庭の外を眺めていた。
貴族のように、豪邸というわけではなく、裕福な平民の家族が、四、五人で住んでちょうどいいほどの大きさの家。大型犬が喜びそうな広い庭。こんなところに一人で住んでいるのか、と、驚く。
ネルが一体いくら給料をもらっているのかは知らないが、二十六、七歳に見えるネルが、一人で住むには随分贅沢な場所のように思うので、もしかしたら、昔からの持ち家かもしれないなあ、と思う。だが、───。
(………ただ、庭。庭がやばい…)
冬蔦だらけの門をくぐった辺りから、すでに異変は察知していた。庭に伸び放題になった雑草の中に、何かがぽつり、ぽつり、と設置されているのだ。そのひとつの石像のようなものを目が合い、びくっと全身を震わせてしまった。よくよく目を凝らしてみれば、木の根、雑草の影、門の横、様々な場所に、様々な種類の石像や置物がいた。そう、いた、という表現があっているような、そんな感覚。
平たい顔の石像や、顔が重なった木彫の像、白目を剥いた髭の中年男性のような赤く丸い物、髑髏を象った物、獅子のようなもの、険しい顔をしたもの、大小様々な置き物が配置されていたのだ。ぎりぎりと胃が痛むことをまるっと無視して、無理矢理にでも、よく言おうとする言うならば、異国情緒のある庭と言えなくもない。だが、これは…もはや…
(呪われた神々の最果ての地…とか、呪物置き場……とか…魔女の庭)
何がどうなって、こんなことになっているのかは知らないが、もはや、自分が鍵だらけの壁を見せたことを恥ずかしがっていたことすらも、綺麗さっぱり忘れてもいいだろう、という謎の許可が頭の中で下された。そして、恐る恐るネルの様子を見れば、───。
「え、何??」
全く以て、なんとも思ってませんみたいな顔で振り返られた。
鍵を見られて恥ずかしいと思っていた自分との、深い溝を感じた。俺は、常々、ネルという人間がわけのわからない奴だと思っていたが、今日、ここに来て、その謎はさらに深さを一段と増した。通常、訳のわからない奴だとしても、家とか住む場所を見れば、それなりに、掴み所のようなものがわかるのではないかと思うのだ。だが、目の前のこれは一体なんだ。
(え…なんなんだ。ネルこそが、黒百合教とか何か、なのでは…?)
そんな、わけのわからない思考が頭に浮かぶほど、俺は怯えていた。ネルとも、この家とも、全く仲良くできる気はしなかった。尋ねていいのかということさえ、躊躇する。雑草の合間から覗く視線に、びくびくしながら、家の扉に辿り着いた。
窓の外に広がる荒れ放題の庭。おそらくは、本来そうでないはずの場所にまで木が生えてしまっているし、蔦は窓に絡まり、部屋の中を翳らせていた。
あの石像や呪物の数々はともあれ、本来なら、美しい庭なんじゃないかっていうそんな気がした。南東の角部屋であるこの部屋も、本当はもっと明るい部屋であるはずだった。
ふと、庭の隅の方へ目をやれば、その庭を囲むように、やたらと生えている低木。まっ赤に紅葉してしまっていてわかりづらいけど、あのギザギザの葉は、ヒメウツギじゃないかと思うのだ。別に、庭木に詳しいというわけではない。でも、一時期、姉さんが、うちの庭に白い花を植えたいとか言い出して、うちにも植えてあったことを思い出しただけだった。
(でもあれ…冬には、枯れ枝だけの寂しい様相になるから、この庭、冬は寂しいだろうな…)
せっかくの庭、広い部屋。だと言うのに、こんなところに住んでいたら、なんだか心が細くなって行ってしまうのではないかと思うような、寂しい秋を感じさせる部屋だった。あるいは呪われるか。それにしたって、秋には秋の彩りのある庭にすればいいのに、と思う。
でも、南東の角部屋だ。おそらく、一番いいと思われる部屋を貸してくれるなんて、太っ腹だなあ、と思う。
(大嫌いな奴に、よくこんな対応を…)
本当にネルは、訳のわからない奴だなと再度思った。
ネルの話したところによれば、週に一度、掃除する者が来るらしい。この広い邸宅を週に一度の掃除で賄っているのだから、庭まで手入れが行き届かないのは、当たり前のことだった。
開けっ放しにしていた扉を、コンコンと叩いて、ネルがひょこっと顔を出した。
「荷解き、手伝う?」
「………」
「え、なにその顔」
「……お前、ほんと、なんなの?嫌いな奴のことなんて、ほっとけよ」
本当に意味がわからない奴だと思うのだ。
だって、あんなに突っかかってくるのに、手を貸すようなことするだろうか。確かに、これから共同生活をする相手だ。物事が円滑に進むに越したことはない。だが、ネルと俺の間の物事は、一度だって円滑に進んだことなどないのだ。俺は、別にもう、この生活に何も期待なんてしていなかった。ただ、同じ家に住んでいるというだけで、関わらなくていいとすら、思っていたのだ。
あれだけ口では嫌なことばかり言ってくるくせに、ネルは、俺のフラットから出る時も、しっかり引っ越しの荷造りを手伝っていた。俺の鍵を一つ一つ紙に包む作業だって、普通に考えれば、わけがわからないと一蹴すべき作業だった。でも、無言で手伝っていたのだ。
俺はその様子を見て、静かに「え!」と驚愕していたのだ。
ネルは「ふうん」と、目を細めて、それから言った。
「───じゃあ、ほっとくけど。今日は休み貰ってるんだ。僕が何にも手伝わなかったって、思われたらやだから、近くの商店くらいは案内するよ」
そう言って、ネルは部屋からいなくなった。
だけど、そっと立ち上がり、その廊下を歩く姿を、階下へと降りていく姿を、こそっと後ろから覗いてみたのだ。ネルは、俺みたいに、ドスドスと怒りに任せて大股で歩くような、そんな真似はしない。
でも少しくらい、嫌だなと思っている兆候があって然るべきだった。たとえ課長に命令されたからと言って、商店の案内だなんて、そんなのしなくたって、俺が言わなければバレない。なんでここまで世話を焼いてくれるんだろうと不思議に思いながら、ネルの後ろ姿を見ていたら、───。
(えー……鼻歌って。……ほんと、謎)
心なしか、足音が弾んでいるようにさえ思える。いや、これは流石に気のせいだとは思う。
もしかしたら、それこそ本当に、俺のことを囮に、ベスィなり、吸血鬼なりに、引導を渡せると、喜び勇んでいるのだろうか、と思う。だとしたら、ネルにとって、俺はエサでしかないのだ。喜ぶほどの。
「撒き餌……?」
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