30 / 92
1. と、出会う
30 目隠しの男
しおりを挟む俺は、パニック状態にあった。
もしも、───もしも本当に、レンツェル・フリティラリアが帰還したのだとすれば、俺とチェルシーにできることは、もはや、息を潜める、それだけだった。どくんっと心臓が跳ね、汗がぶわっと吹き出した。どっどっどっと重低音を響かせている心臓を感じながら、ばっちり目の前に空けられた小さな穴から、恐る恐る、前を覗く。
そこには、───。
黒い長衣に身を包んだ男。美しい、白く長い髪を、ゆるく後ろで一つに束ねている。そして、目には、───
(目隠し……?)
装飾の施された紫色の布で、目の部分だけを隠しているのだ。どんな顔をしてるのかは、わからない。でも、目の部分が隠れていても、その整った顔の造形は明らかだった。あれがレンツェルなんだろうか、と、息を潜める。
その後には、執事のような格好をした、浅黒い肌に黒髪の男が一人、続いた。ちらっと横を見れば、チェルシーは真剣に穴を覗いていて、俺は、おそらくは、あの目隠しの男が、レンツェルなんじゃないかと、思った。
目隠しの男が、寝台に腰をかけた。そして、その浅黒い肌の男は、床へと跪いた。
その、瞬間、───
ガッと鈍い音がして、その浅黒い肌の男は、顎の下を思い切り蹴飛ばされて、「う"っ」と低くうめいて、床に倒れたのだ。一人の男が、宙に浮くほどの力で蹴られたのかと思い、思わずハッと息を呑みそうになって、必死に堪える。吸血鬼のなんたるかは、わからないが、今、バレてしまえば、チェルシーも、俺も、終わりなことは確かだった。
ゲホッガハッと咳き込む男を見ながら、目隠しの男は、おかしそうに言った。
「こんなの、痛くないもんね?」
「……あ"…はい」
遠目に見ても、涙を浮かべているように見えたが、浅黒い肌の男は、再び、忠誠を誓う騎士のように、目隠しの男の前に跪いた。そして、今週の予定らしきことを、苦しそうなまま、伝えはじめた。
目隠しの男は、つまらなそうに、その様子を見ていたが、しばらくして、「それで?」と、低い声で言った。
驚いてしまって、観察を怠っていたけど、目隠しの男の声は、結構若い男のそれのような気がした。
「い、い"え、私からは、これで…」
「へえ?じゃあ、それは?何?お前の汚いものが、僕の方を向いている気がするんだけど」
「…………す、すみません」
俺は、その会話の意味がわからなくて、ん??と首を傾げた。ただ、跪いている男の顔が、少し、赤くなって、恥ずかしそうな表情になったような、そんな気がした。
「僕の体液が欲しいなら、そう言えばいいだろ」
「!い、いえ…ほ、本当に申し訳…」
「お前はよく働いてくれているから、僕だって、本当は、優しくしてあげたいって思ってるんだよ」
「………れ、レン様…」
た、体液?!と、俺は、驚愕した。え?え?と混乱した頭で、チェルシーの方を見るけど、でも、チェルシーは未だ真剣な表情のまま、微動だにしない。それどころか、気配を感じないほど、無だった。その様子を見て、俺もどうにかしないとまずいと思い、必死で気配を殺す。
でも、───レン様…ということは、やっぱりあの目隠しの男が、レンツェル・フリティラリアなのだ。
(た、体液って…どういう…あれ??吸血鬼は、呪われてて、噛まれるだけで死んでしまうし、魂も、呪われてしまうんだよな??)
体液なんてもらったら、あの人は死んでしまうのに…と焦る。でも、様子を見ている限りだと、どうも、嬉しそうなのだ。浅黒い肌の男の頬は、今や、紅潮して、はあっと艶かしい息を吐き出している。その様子を見て、うっ、と、自分もなんとなく気まずさに固まる。つい最近、大嫌いな男に、体液で、頭痛を緩和してもらったことを思い出したのだ。
が、その体液の譲渡の仕方を思い出してしまいそうな自分の頭を、気合いでなかったことにして、一体どういうことなんだろうと、目の前の光景を焼き付ける。
(まさか…キス…とかじゃないよな……)
もはや、この考えは、既に、昨日の出来事に汚染されていたが、もう、そこは気がつかないことにして、ただ、じっと二人の男を見た。が、現実は、想像したよりも、ひどいものだった。
目隠しの男は、───レンツェルは、その浅黒い肌の男のタイをぐいっと引っ張ると、顔を近づけた。そして、その浅黒い肌の男は、うっとりとした顔で、舌を差し出したのだ。やっぱりキスを??と、少しだけ、ドキッと跳ねる心臓を感じていたら、プッとまるで、道端に吐き捨てるかのように、下品に、唾を吐きかけたのだった。
俺は、その人を人とも思わない所業に、目を見開いた。だけど、───その浅黒い肌の男は、ぴくぴくと震えて、恍惚とした表情で固まっていたのだ。舌を天に突き出し、震えている異常な様子を見ながら、俺はその男の全体を観察していたら、俺は気がついた。
(───え?!あれって………)
男の下穿きの股間の部分が、どうも、少し盛り上がっているような、そんな気がしたのだ。先ほどのレンツェルの、「汚いものが僕の方を向いている」という言葉が思い起こされた。まさかあれは、このことを言っていたんだろうか、と思い、ビクッと体が震えた。
チェルシーのように、気配を絶てている気がしなかった。でも、ぎゅっと唇を噛みしめ、息を押し殺す。
レンツェルは言った。
「僕は、とっても優しいね」
「……はいっ。レン様は、お優しいです」
レンツェルは、目隠しをしているから、顔はよくわからないが、にこっと、口元を緩めてそう言った。
その言葉に、ハッと意識を取り戻したらしい、その浅黒い肌の男は、まるで惚れた男でも見るような顔をして、そう言うと、「レン様の、湯浴みの準備をして参ります」と言って、浴室へと消えた。
そして、───
「………本当に、哀れだな…」
そう呟くレンツェルの言葉だけが、広い寝室に響いたのだった。
10
お気に入りに追加
256
あなたにおすすめの小説

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…
【R18+BL】ハデな彼に、躾けられた、地味な僕
hosimure
BL
僕、大祇(たいし)永河(えいが)は自分で自覚するほど、地味で平凡だ。
それは容姿にも性格にも表れていた。
なのに…そんな僕を傍に置いているのは、学校で強いカリスマ性を持つ新真(しんま)紗神(さがみ)。
一年前から強制的に同棲までさせて…彼は僕を躾ける。
僕は彼のことが好きだけど、彼のことを本気で思うのならば別れた方が良いんじゃないだろうか?
★BL&R18です。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる