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1. と、出会う

29 言い出したら聞かない

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「こ、こんなの無理だよ!さ、流石にバレるって」
「しっ静かに!バレちゃうでしょ!」
「いや、だから…」

 結局、俺は雨の夜を、悶々として過ごすことになった、その、───次の日のことだった。
 相変わらず、朝から掃除とベッドメイキングに明け暮れていた俺とチェルシーだったが、昼を過ぎたあたりで、チェルシーがキレ出した。

「ねえ、ちょっと待って。私、こんなメイドの仕事をするためにここにいるわけじゃないんだけど!」

 そりゃあ、そうだ、と俺も思った。
 俺は…多分、チェルシーもそうだと思うのだが、根が真面目な気がする。与えられた仕事は、きっちりこなしてしまうせいか、たった二日しかいないというのに、メイド長からの評価は上々で、今も、褒めてもらった後だったのだ。にこにことしていたチェルシーは、ハッと突然我に返ったような顔をして、そう宣った。
 確かにその意見には賛成だったが、でもだからと言って、メイドにできることは限られている。よくはわからないが、潜入している以上、とにかく長期の目線で、レンツェル・フリティラリアの弱点を探す他ないと、俺は思っていた。
 だが、チェルシーは、俺の想像よりもかなりぶっ飛んだ思考の持ち主で、すごいことを言い出した。

「フリティラリア卿の部屋を張ろう」
「───は?!」

 どうやら、レンツェル・フリティラリアが、今日、この建物に現れるらしいという、メイド長の話を聞き、チェルシーは、クローゼットの中に隠れようと言い出したのだ。確かに、俺たちは、レンツェルの部屋の掃除をも、任されていた。だが、だとしても、本当に鉢合わせてしまったらまずいのだ。これは明らかに、潜入の域を超えていた。
 このチェルシーのぶっ飛び具合は、本当は、「弱味を握る!」と言い出した時に、俺が気がつくべきところだった、と思った。そして、若干青ざめた顔で、必死に止めていたネルの様子を思い出す。そうか、あれは、───…

(言い出したら、聞かないっていう…ことだった?)



 俺は、嫌な汗が流れるのを感じながら、一応、チェルシーの強行を止めようと試みたが、結局こうして、今、───レンツェルのクローゼットの中で、チェルシーと言い合っているのだった。早くしないと、本当に帰ってきてしまうと、焦る。
 クローゼットは、もちろんだが、木の板でできた扉がついていて、中に入ってしまえば、真っ暗だ。ただこんなところに入っていても仕方ないし、どうするつもりなんだ??と思っていると、キリのような細い刃物をどこからか取り出したチェルシーが、ダンッと思いっきり、その道具を木の扉に突き立てた。

「ひっ」

 思わず、格好悪すぎる悲鳴が俺の口から上がった。
 まるで、魔導ドリルで穴をあけたかのような、綺麗な円形の穴が目の前に空いていて、俺の方にも、同じようにダンッと、その刃物を突き立てたかと思うと、俺の目の前にも、綺麗な円形の穴が空いていた。

「………」

 いや、待ってよ。待って。待って。よくわかんないけど、通常、キリのような道具を突き立てたとして、こんなにも、分厚い木の扉を一発で貫通するなんていうことが、起きるわけはなかった。そして、その穴が、こんなにも、美しい円を描いて真っ直ぐに、開くわけも、なかった。隣にゆっくり目をやれば、フウ、と、一仕事終えたわ、のようなチェルシーがいて、そのチェルシーは、何事もなかったかのように、スッと小さく扉を開き、目の前の絨毯に落ちた、円柱状の木の破片を二つ回収し、そして、再び、何事もなかったかのように、扉を閉じたのだった。
 そこで、ようやく、俺の驚きは、現実のものとなった。

「え!」
「ちょっと!静かにしてよ。バレるでしょ」

 俺は思い出した。確かに、チェルシーは自分のことを強いと、そう、言っていたはずだった。だが、───

(……この、馬鹿力は一体?!この小柄で華奢な女の子の中に、一体何が?!)

 俺は一言も言えずに、震え上がった。本当にチェルシーは強いのかもしれない。でも、だが、しかし、喩えそうだとしても、この状況は、まずすぎだった。俺は、本当にやめた方がいいということを、どうやったら伝えることができるかと考え、やっぱり、ただ真摯に伝えるしかないと思い、口を開こうとしたその時だった、───。
 バッとチェルシーの手に、口を塞がれたかと思うと、キィという音がして、誰かが中に入ってきたのだ。

(ま、まさか!このタイミングで?!?!)
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