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1. と、出会う
24 黒百合の行進
しおりを挟む「もうすぐ、ここ通るから。見てて」
馬車に揺られて、リズヴェールまで戻ってきた後のことだった。本来なら、シェラント警察署に直行で戻るはずだったのだろうが、ネルはリズヴェールの中でも、一番大きな通りである、リージェンシーストリートで馬車を降りた。高級な商店や、貴族向けの商会が立ち並ぶ大通りは、いつだって人で賑わっているが、今日はいつもよりもさらに、人がざわめいているような、そんな気がした。
道沿いに人だかりができていて、そわそわと何かを待っているような、そんな様子すらある。
「何か祭りでもあるのか?」
「んー、いや。僕たちにとっては、百鬼夜行みたいなもんだよ」
「え、それって…見ちゃったら災いを免れないっていう、死者の狩猟団のこと?」
うんうん、と、頷くネルを見て、余計に意味がわからなくなった。話の流れからすると、ここで待っていれば、吸血鬼が見られるっていうことだとは思うのだ。だが、こんな真昼間の往来に、堂々と現れるわけなんてないはずだった。それに、そんな危険な人物が、普通に歩いていたとして、女帝陛下が、そんな凶行を許すわけがない。
それに、さっきから、リズヴェールの人たちは、ちらちらと、道の先を見ながら、興味を隠せない、というような気配があるのだから。全く意味がわからない。
───その時だった。
角笛のような音が、辺りに響き渡った。そして、子供たちが、ぱあっと目を輝かせて、音のした方向へ顔を向けた。俺も釣られてそちらへと目をやり、その瞬間、───ギクッと体が固まり、凍るような感覚が、背筋を這い上がった。
思わず、ヒュッと変な風に息を吸い込んでしまう。
身の毛のよだつような光景が、そこには、あった。
「嘘…嘘だろ……こんなのって……」
黒い花のような形をしたランプを掲げた、黒いローブの、先頭の人間がゆっくりと、近づいてくる。そして、黒い馬車が見えたのだ。その黒い馬車を囲むように、幾人もの屈強な男たちが、夜のような布のついた金の長い棒を掲げ、風にひらひらと靡かせながら、歩いていた。馬車を守るように、周りで馬に乗っているのは、漆黒の鎧を纏った騎士たち。そして、さらにその周りでは、薄紫色のドレスを着た美しい女性たちが、籠いっぱいのお菓子の包みを、子供たちに配っていた。その全てに、紫色の輪郭で黒百合の紋章が施されていた。
昼間の帝都が、まるで、そこだけ夜になってしまったかのようだった。
だと言うのに、人々は、その集団を見て、まるで微笑ましいものでも見るかのように、優しい笑顔になった。
子供たちは、大喜びでお菓子をもらいに馬車へと駆け寄った。
ネルが言った。
「表向きは、慈善活動みたいなことしてんの。恵まれない人たちの救済と、若い才能の支援とかね。でも裏では、黒百合教っていう怪しい団体を組織してる」
そして、その馬車が俺たちがいる方へと、近づいてくる。
ゆっくり、ゆっくり、見せつけるように走るその黒い馬車にも、紫色で黒百合の紋章が描かれていた。
その馬車は、まるで、帝都であるリズヴェールを、まるで我が物顔で闊歩するかのように、走っているのだ。おそらくは、普通の人間には、一台の遅い馬車が、黒装束の人間たちに囲まれて、ただ走っているかのように見えるのかもしれない。
だけど、───俺には。
ちらっと横に立つネルに目をやる。俺たちには、───。
俺たちの目の前には、───異形の行列が、できていたのだ。
目が痛くなるようなピンク色のいろんな種類の織物を重ねたような奴、四階建てのフラットと同じくらいの背丈のピエロのような巨人、ニワトリの頭がついた奴、まるで細い木の枝が絡まったようなところに色とりどりの花が咲き乱れているような奴、パステルカラーの綿飴を幾重にも巻きつけたような奴。本物の巨大な猫の着ぐるみを着ているみたいな奴。複数の大きな唇のついた体から、それぞれ煙管で煙をふかしている奴。黄金の扇で馬車の周りを仰ぐ、禿のような小柄な影が、舞いを踊るようにくるくると、飛び跳ねた。
「───…うして、ど、どうして…こんなの…陛下が、許すはずない。女帝陛下の庭で、こんな、こんな真似を…」
俺の顔からは、きっと、色がなくなってしまっているだろう。
だって、目の前にいるのは、俺たちの目の前にいるのは、──────悪霊そのもの、だったのだから。
この悪夢みたいな光景を前に、ふと、ネルの「派手さが足りない」という言葉を、その時思い出したのだ。
まさか、───まさか。
「あの中に……レンツェル・フリティラリア……が、いるのか…?」
異形に守られるようにゆっくりと走る馬車。黒塗りだというのに、まるで皇族の馬車のように煌びやかな、大きな馬車。あの中に、まさかあの中に、吸血鬼がいるというのだろうか。
人々に温かな笑顔で迎えられている、あの馬車の中に。
頭の中を、どうして、どうして、という疑問だけが、ぐるぐると巡っては、恐ろしい考えが浮かび、そして、また、どうして、どうして、という疑問が巡っては、体温がなくなっていった。
馬車を睨みながら、地を這うような低い声で、ネルは言った。
「どうしてこんなことが許されるのかって?そんなの簡単なことだよ」
ごくっと俺の喉が鳴った。ネルは続ける。
「───それだけ、力を持ってる奴だってこと」
そして、───。
「───それだけ恐ろしい奴だってことも」
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