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1. と、出会う
21 不毛な意地
しおりを挟む「こっち、来なよ。欲しいものが、あるでしょ?」
「別に、いい! 寝てれば、治る……から」
ネルに支えられるようにして、帰ってきた宿屋の部屋。
ベッドの縁に腰をかけたネルが、「ん?」と首を傾けながら、まるで恋人でも呼び込むかのように両腕を広げた。それが、その広げられた腕の意味が、「キスしてあげるよ」という意味だということに思い至って、ぶわわ、と顔に血が上った。一体なんでこいつは、こんなに余裕なんだ、と、ズキズキする頭に、さらに血が上った。そもそも、俺が頼むならともかく、何故自ら誘うようにそう尋ねてくるのか、意味がわからなかった。
田舎で過ごしていた時よりも、数倍痛んでいるように感じる頭に、思わず、うっと小さく呻く。ネルにキスをしてもらった後の爽快感を思い出し、本能が、ネルの腕に身を任せてしまいたいと、そう叫んでいた。でも、流されてしまうわけにはいかないのだ。今までだって、寝てれば治ったんだから、大丈夫だと思いたかった。
とにかく、意識を逸らせようと思って、口を開く。
「やだ、風呂……入り、たいし……」
「危ないよ。そんなフラフラしてるのに」
「でも、このまま寝るのは嫌だから」
キスしてもらうだけで、たった少しの間、キスをしてもらうだけで、元気になるってことはわかっているのだ。だけど、ネルを見ていれば、わかる。この男は、俺が葛藤してるのを見て、楽しんでいるに違いないのだ。
こんなに華やかな顔をしている男だ。何十人もの人間と、きっと経験があるのだろう。その中の一回のキスなんて、きっと、取るに足らないものなんだろう。ちょっと毛色が違う俺のこと、からかって遊んでいるだけなのだ。
くそう……と、眉間に皺を寄せて、少し考えは見るけど、どう考えたって、自分からねだるような真似をするだなんて、プライドが許さなかった。ふらつく体で、浴室の扉をあけ、そして、案の定、ずるっと滑って転びそうになる。
だが、――後ろから伸びてきた腕に、支えられて、ありがとうと言うよりも先に、転びそうになっていたのがバレたことの恥ずかしさで、かああっと顔に熱が集まった。一生懸命、「大丈夫だから」と言おうとするけど、足に力が入らずに、そのまま、ぺたんと床に崩れ落ちてしまった。
「はー」という、ネルのデフォルトのため息が聞こえる。
だけど、その後に続いた言葉は、予想だにしない言葉だった。
「仕方ないな。じゃあ……一緒に、入ろっか」
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