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1. と、出会う

18 ストラヴィ

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「ってソーマ!!そ、そんな格好で寝てないでよ。もう出るよ!」
「──────え?」

 妙に慌てた様子のネルの声に起こされ、ゆっくりと、意識が浮上した。
 あれから、シャワーを浴び、一時間くらいの休憩だったけど、ちょっと横になっていたら、うとうとして、そのまま寝てしまったのだ。寝る寸前まで、ケンカしていたように思うのだが、いつものようにニヤニヤしてるわけでもなく、心なしか、頬が赤いような気がした。
 そもそも、どうしてこんなに慌ててるんだ?と、俺はぽやんとした頭で、首を傾げた。

(そんな格好……??)

 服に着替えるのが面倒だったので、宿屋に置いてあったタオル地のバスローブを着て寝ていたのだ。予算がないって怒ってた割に、シャワーも、こんなバスローブもついていて、そこそこいい部屋のような気がしたが、やっぱり観光地だからだろうか。
 確かに、そのまま横になってたから、少しはだけてしまってたけど、男同士だし、そこまで気にしないだろうと思っていたのだ。が、確かに男同士で結婚している人たちもいるし、もしかしたらネルは気にするタイプなのかもしれない、と思って、そそくさと前を正した。

「もう、いいから早く着替えて!」

 そう言われて時計を見たら、もう午後六時になっていた。よく見てみれば、窓の外は真っ暗だった。窓の方を向いて、仁王立ちしているネルを不思議に思いながら、俺は急いでさっきまで着てた服に着替えた。そのまま出ようとすると、ネルが、厚手のマフラーを、俺に渡してきた。

「え??」
「さっき、シャワー浴びてたから。クウィンタベリーは寒いし、巻いといて」
「───あ、うん。あっ…え、、あ、ありがと」
「うちの課、人数少なくて、病欠とか困るから。ソーマ弱そーだし」

 思わず、ありがとうと言ってしまったが、弱そうだしと言われて、また、こめかみにぴくっと力が入った。でも、渡されたマフラーは、どう見ても新品で、いいのかな…?と不思議に思いながら、受け取った。あったかい感じの白色の毛織のマフラーで、ぐるっと一周とちょっと巻いたら、厚手のせいか、耳の辺りまで隠れた。もこもこぬくぬくとした中から、ちょっと俺の顔が出てるみたいな感じで、ちょっと恥ずかしい。ほんの少しだけ、ネルの匂いが移っている気がして、そわっとした。

(でもこれ…すごいあったかい…)

 ちょっと、うっとりしてしまっていたが、ネルの視線を感じて、ハッと顔を向けた。きっと、いつもみたいに嫌そうな顔をしてるんだろうと思ったら、なんだかいろんな感情が混じったような、複雑そうな顔をしていて、本当によくわからない人だと思う。

「何?」
「え、あー…なんか、先週のベスィみたいだなと思って」
「………」

 考えていたことは、そんなことか、と、眉間に皺が寄った。確かに、先週のベスィも白かったけれども!それ、今、言う必要あることなんだろうか、と考えて、そういえばさっき大嫌いと言われたことを思い出した。ネルがいるのも忘れて、ドスドスといつものように大股で歩いていたら、すぐに劇場が見えてきた。
 一応、仕入れた情報を伝えておいた方がいいかと思い、業務連絡・業務連絡、と、心の中で呪文のように唱えながら、ちょっと歩調を戻しながら、ネルに言う。

「ジーナさんって人、もしかしたら狙われてる可能性が高いんじゃないかと、思うんだけど」
「ああ。誰に聞いたの?所用で出てて、夜に戻るっていう話だったから、今から向かってる」
「なあ、通常の捜査って言うのがどうやって進むのか知らないけど、やっぱりベスィの事件だから、本当だったら、容疑者とか、関係者って感じでも自由に動き回れるってこと、なんだよな?」
「うん。だから、クラークさんみたいな人が来ちゃうと、正直困る。人間の確保しても意味はないし、戦う時は邪魔だし」

 平坦な声でそう言うネルを見ながら、そりゃあそうか…と思う。犯人が人間じゃないってわかってるんだから、捜査したって、時間の無駄になってしまうし、それに…と、昼間の青ざめたクラークさんを思い出し、むむむと唇を噛みしめた。

(きっと、何がなんだかわからなくて、かわいそうだもんな…)

 自分だって、まだ何がなんだかわからないけど、それでもクラークさんに申し訳なく思った。そういえば、と思い、ネルに戯曲家のことを聞く。

「戯曲家のピアノのこと、聞いた?この上演される予定だった『子供たちの景色』っていう演目が未完成で、解釈で揉めてたらしい」
「え?すごいな、そんな情報いつ手に入れたの?」

 これね、と言って、蓄音する小型の魔導具で、『子供たちの景色』の音色を教えてくれた。子供の夢に迷い込んでしまう男の話だったはずだ。まるでおもちゃ箱をひっくり返したみたいな、そんな軽快で、でもどこか不思議でおかしな旋律に、ふっと笑みが漏れた。きっと、作曲した人は、すごく楽しんで作ったんじゃないかな、なんて、無責任なことを考えた。
 そして、尋ねた。

「もしかしたらベスィが、その戯曲家…だなんてこと、ある?」
「うん、あると思うよ。俺も話聞いて、そうだと思った。今回は、そのベスィ、───戯曲家を霊送する」

 そう、ネルが言った瞬間、俺の背筋に悪寒が走った。
 昼間話した二人が、脳裏に過ったのだ。思わず、立ち止まり、ネルに向かって、手の平を向け、右手を額にやった。

「ストラヴィ??」
「あれ?聞いたんじゃなかったの?百年前の戯曲家ストラヴィだよ。今や、その功績から、有名なピアノブランドの名前になってるけど、若くして病床に倒れた天才ピアニストだよ」
「───え。待って。見た目は?どんな人?」
「あーごめん。曲は知ってるんだけど、見た目までは知らないんだよね。どうしたの?」

 ストラヴィ。
 その名前は、つい先ほど聞いた名前だった。オルガの後ろに立ってるだけだったけど、優しそうな印象で、困ったように笑っていた灰色の髪の男性。偶然に名前が同じっていうことはあるだろうか。いや、でもかなり珍しい名前だと思った。

「さっき、───話した。なあ、まさか、普通に、あんなにも普通に、話せるのか?昼間のベスィなのに…」
「!」
「なあ。ベスィには段階があって、長い間生きてると、魂が呪われて悪霊化するんだよな。それで、昼間は眠ってるけど、それでも、段階によって、話せる奴もいる」

 生きてるって表現は、やっぱりちょっと違うのかもしれないけど、でも、そう、昼間眠っていると聞いたけれども、今まで、俺に話しかけてくるようなベスィもいたのだ。でも、あんなにも、普通の人間みたいに、コミュニケーションが取れたことなんて、一度もなかった。見た目だってそうだ。ちゃんと覚えてる。下半身が蛸だったこともなければ、白い仮面を被ったような顔だったわけでもない。全く、普通の、人間だったのだ。
 冷たい風が吹き抜けたけど、俺の体が心なしか震えてしまっているのは、多分、それだけのせいではなかった。
 ネルは信じられないような顔をして、俺のことを見ていた。そして、俺は、その可能性に気がついた。派手さが足りないと言っていたから、多分ネルは、そうじゃないと、思っていたんだろう。
 ネルが、いつもよりも、数段低い声で、囁くように言った。

「───昼間に、話したの。そう、そうか。それはさ、じゃあやっぱり……」

 そのネルの様子を見て、まさか、と思う。
 どっどっどっど、という心臓の音だけが響いた。
 確信に満ちた目、ギラッとその瞳の空が、炎のようにゆらめいた気がした。
 そして言った。

「───自発的に、ベスィになった奴だよ」

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