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1. と、出会う
15 クラークさん
しおりを挟む「ああー!!出たな、サーカスの連中!!」
ネルと一緒に、遺体を見たり、写真を撮ったりしていると、後ろから大きな声が響き渡った。振り返れば、冬仕様のハットを被った緑の瞳の短髪の男が、こちらを指差したまま、固まっているところだった。
ネルが嫌そうな顔をして、「ふつーの刑事課の警務官」と一言説明した。
(刑事課…ってことは、この事件を捜査しに来たのか。特殊警務課は…陛下直属ってことは、管轄も別なのかな…)
まだいまいち、シェラント警察の仕組みが把握できていない俺は、考えながら、ぼーっと、その短髪の男を見ていた。だが、その男は、目を大きく見開いて、固まると、ズンズンと大股で近づいてきて、ガッと両肩を掴まれた。
「小綺麗な顔してんな~!お前。誰だ!ハミルトンに唆されてんのか!」
「…えっ?あ?」
「ちょっと!うちの新入りに、あまり近づかないでいただけますか。クラークさん」
横にいたネルが、汚物でも振り払うかのように、『クラーク』と呼ばれたその男の腕を、文字通り叩き落とした。
なんだろう。シェラント警察に関わることになってから、俺は事あるごとに「え?あ?」と驚いてばかりのような気がする。もっとかっこよく、俊敏に対応できればいいのに、と思うが、なんだか頭が現実についていかないのだ。そして、いつも通り、状況が掴めなくて、目が泳ぐ。
「名前は!」
「えっ───あ、そー…」
「ジョンです。ただの、ジョン」
「そうか!ジョン!いい名前だ。うちの実家の犬と同じ名前だ」
ジョンだと言い切ったネルに、にこにこと嬉しそうにしているクラークさんに、俺は、何もできずに目を瞬かせるだけだった。ちなみに、ジョンという名前は、シェラント女帝国の中でも、ものすごく多い名前だ。
「この案件は、うちに回って来たんで、クラークさんとこはもう引き上げなはずですよ?」
「引き上げ?!いやいやいや、これはうちの案件のはずだ。そもそも、お前ら本当に警務官なのか?!特殊警務課なんて、警察署のどこにあるんだ!サーカスの連中は、会う奴、会う奴、おかしな奴ばっかりだし、話通じないし。怪しすぎるんだよ!そんなんだからサーカスって言われてんだ」
「それは…まあ、あはは」
ネルがそう濁すのを聞いて、そうか、やっぱり普通の刑事課の人間とは違う扱いだから、あんな地下の変な場所に部署があるのか…と、納得した。なんせ、課長がカラスだ。普通の人間にたどり着かれては、それはそれで大騒ぎになってしまうのかもしれない。
「何笑ってんだ。とにかくこの案件はうちの課に回ってきたんだ。わざわざここまで来たんだ!サーカスの連中に取られてたまるか。それで、ガイシャはどこにいるんだ!」
正直、よく、しゃべる人だな、と思った。
その、被害者は、今、あなたの上に浮いているのですが、と言う事実を伝えていいものか、と言い淀む。おそらく、署内の情報伝達ミスで、ええと、普通の、刑事課?のクラークさんが来てしまったのだろう。それにしても、特殊警務課の中でも、二人一組で行動するのが常だと聞いていたのだが、クラークさんの周りには誰もいない。普通の刑事課とは仕組みが違うんだろうか、と思い、尋ねた。
「あの、クラークさん、一人で来られたんですか?」
「ああ!一人で来たな!後輩たちを引き連れてたはずなんだがな、あいつら、俺の速さについて来れなかったみたいだ!つまり一人だ!」
「へ?」
驚いていたら、ネルが、耳元で「気にしなくていいから。うっかりで、ちょっと残念な人なんだよ」と、こそっと言った。ガハハと仁王立ちしているクラークさんを、じっと見る。もう秋も深まっていると言うのに、どうも滝のように汗をかいているのだ。俺の速さに…という部分と、クラークさんの汗を見て、まさか、走ってきたわけじゃないよね、と、俺は、内心恐々としていた。
(もしそんなんだとしたら、もう、クラークさんがベスィ並みの能力者…!)
だけど、ネルが、「被害者はクラークさんの上」と言って、上を指差したところで、クラークさんはまっ青になって固まり、静かになった。
俺やネルよりは、年上…三十くらいなんじゃないかと思うのだ。おそらくたくさんの事件を経てきた警務官であると思われたが、それでもあんなに青くなるのだから、やっぱり『人間離れした』っていう判断は、正しいよね、と、納得した。
俺も、正直、先週のベスィを見てなかったら、同じだったと思った。それから、自分よりも怖がっている人を見たら、少しだけ、ほっとしたのもある。
固まってるクラークさんなんか、目の端にも映っていないような様子で、ネルが言った。
「吸血鬼が関わった事件の可能性は高い。けど、───なんか、違和感がある」
「そうなのか?」
「自己顕示欲みたいなのは感じるけど…こんな理性的な現場は…」
初めて、吸血鬼が直接関わったかもしれない案件に、挑んでいる俺からしてみたら、十分に、狂気と悪意に満ちた現場であったけど、さっき理知的、と、自分でも思ったことを思い出した。ネルは首を傾げていた。
「派手さが足りない」
「…………そうなのか」
人生の中で、まさか、こんなに人間離れした殺人現場に遭遇して、そんな感想を聞く日が来るだなんて、数日前の俺は、夢にも思っていなかった。
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