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1. と、出会う

09 昼と

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「なあ、魂が呪われるってどういうことなんだ?」
「はー。簡単に言うと、吸血鬼自体が呪われてんの。それで、その呪いに引きづられる」

 結局、この被害者の男性の活動エリアで、この二週間の目撃者がいないかどうかを調査することになり、しばらく聞いてまわって、解散しようかと言う時だった。
 俺は、昼からずっと気になっていたことを、ネルに尋ねてみた。
 俺はもはや、このデフォルトでついてくる、ネルの嫌そうなため息を、どうにか聞こえないようにしたくて、自分の中で新たに、耳栓のような超能力が生まれないかと、試してみたけど、当たり前だが、無理だった。
 仕方なく、ぎりぎりと胃が痛むのを感じながらも、聞きたいことは聞かねばと思うのだ。

「───え。吸血鬼って、呪われてんの??」
「うん。言ったよね。おぞましい存在だって」
「なあ、それって…」
「───まあ、その辺は、順を追って話すよ。今はとにかく、ベスィに集中しなよ。すぐ殺されちゃうよ」

 順ってなんだよ、と、むっとしたけど、おそらく特殊警務課は、今のとこ、溢れかえってるベスィの処理で忙しいのかもしれない。それに、よくわからないが、話の雰囲気から、吸血鬼自体は、そんなに多くなさそうだな、と思っていた。
 聞いた話を整理してみれば、魂を呪うほどの毒を持っていて、なかなか捕まえることができないってことと、無作為にベスィを生み出しているってことくらいで。

 ベスィ自体にも、あんな恐ろしい能力があるだなんて、俺は昨日まで、知らなかったのだ。田舎では、夜に出歩くなんてこともなかったし、昼間は、たまに追いかけられることがあったけど、大抵は眠っている状態なのだと、ネルが言ってた。
 段階的に、まだ、ただ彷徨っているだけのベスィは、昼のうちにマークされて、夜になるとこっそり処理されるらしい。
 それはもちろん、仕方ないことだとは思う。だって、これから、そのネルの言う『段階』を踏めば、いずれ、生きている人間に被害が出てしまうのだから。
 それでも、意図せずして、吸血鬼に殺されてしまった人たちだ。わかってる。仕方ないとはわかっているのだ。でも、───

(まだ無害なうちに殺してしまうんだな…いや、もう死んでるんだから、殺すとは、言わないのか…そうだ。ネルは『送る』って言ってたっけ…)

 なんだかそれは、都合のいい言葉みたいな気もした。でも、もし本当に、特殊警務課のおかげで、本来行くべき場所に、ベスィの魂が送られていくのだというなら、それは、少し、救われるような気にもなるかもしれない。
 普通の人にはベスィは見えない。そして、声も聞こえない。ただ、実態はある。人にぶつかっているのも、見たことがあるのだ。でもみんな、気が付かない。ん?と首を傾げるか、近くの人がぶつかったものだと思って怒るか、どちらかだった。

(吸血鬼って…なんなんだろ……)

 ちょっと唾液が混入しただけで、相手が死んじゃうなんて、恐ろしい存在だけど、なんだかそれって…孤独、と考えて、吸血鬼同士ならいいのか、と思い直した。
 だって、その呪いだとか毒だとかが、本当なんだとしたら、御伽噺みたいに、吸血鬼が人間のことを好きになってしまったら、それは悲恋にしか、なりえないんだから。って、恋愛小説の話ばっかりよく聞かされていたから、なんだか、考え方が姉さんの影響を受けてしまってる気がするな、と思う。
 そんなことを考えていたら、ネルが言った。

「じゃ、今日はここで解散。明日また、門の前で」
「ああ」
「夜はお化けが出るからね。外に出ちゃだめだよ」
「…………」

 そう、茶化すように言われたときには、俺はまたもや、ドスドスと大股で、家に向かって歩き始めていた。
 なんだってあの余計な一言を言ってくるんだろうと思う。何かを隠していたり、何かを意地悪で言わなかったり、馬鹿にするみたいなことを言ったり。本当に、ネルはよくわからない奴だと思う。
 家に帰って、コーヒーでも飲もう、と考えて、───足を止めた。

「あ……」

 俺には一つ、気になることがあったのだ。
 ネルと一緒に調査に行った三軒目の家。あそこのカレンダーに、明日の日付のところに、大きなハートマークと一緒に、『結婚式』と書かれていたのだ。その印を見て、同棲相手が失踪してしまったと泣いていた彼女のことを、本当に、痛ましく思ったのだ。
 リズヴェールの中には、いくつかの教会がある。カレンダーの横に置いてあった招待状には、ベルグレイスの教会の住所が書かれていた。
 冷たい何かが背中を這うような、そんな感覚があった。男性が失踪してから一週間と二日。今日発見された男性は、二週間行方不明だった。まだ二週間にはなっていない、でも。

(もしかして…次は結婚式場だったり…しない…よな…?)

 そもそも、俺の、デートみたいな感じだなっていう、感想は、ネルに否定されてしまったのだ。だから、昼間の…キスしたかったんじゃないかっていう、そんな俺の考えも、おそらく、ネルは嫌なものだと思っていたはずだ。でも、あれほどまでに、デートみたいなことを繰り返してるんだとしたら、最終的には、結婚…と、考えても、おかしくないような気がした。
 まだネルも近くにいるかもしれないと思って振り返りかけて、いや、と思い直した。

(どうせまた、否定されるだけだ…やめよ…)

 そう思いながらも、俺の足は、ベルグレイスの方へと向かっていた。
 少しだけ、ネルの言った言葉が気になった。

 ──「夜は、お化けが出るからね」──

 でも、すぐにブンブンと首を振る。そして、そんな言葉ごと、あのいけすかない男の幻想を、頭の中から追いやったのだった。

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