【BL】死んだ俺と、吸血鬼の嫌い!

ばつ森⚡️4/30新刊

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1. と、出会う

08 石膏のきもち

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(あれが…ベスィの被害者…)

 あの後、それが本物の人間だなんて、全く思っていない、眠たそうな顔の店主の話を聞いた。それから、布を被せ、荷馬車でシェラント警察署まで運んできたのだ。俺は、スパロウ課長の机から一番離れた端っこに、自分の机をもらい、そこで頭を抱えていた。
 カタカタカタ、ガチャンという、規則的なタイプライターの音が、特殊警務課の部屋に響いていた。
 使い古されたウォルナットの机の上には、まだ何もない。肘をついた俺がいるだけだった。

 バーヴィエンの路地裏での、あの真剣な顔なんて思い出せないほど、にこやかに「変な石像ですね~」なんて、言いながら、ネルがさくさくと対応する中、俺は、何も出来ずに、ただ呆然としていた。
 田舎で暮らしていたときは、ベスィ自体に怯えてばかりいて、その被害者がいるだなんてことを、考えたこともなかった。でも、確かによく考えてみれば、ベスィは俺にだって、話しかけて来ることもあったのだ。他の人間にだって…と、考えて、はたと気がついた。

(あれ…そっか、普通は見えてない…んだった)

 見えるのは見えるので怖いけど、見えないものに体をいいようにされるのも、怖いだろうな、と思う。
 先ほど見た、石膏像になってしまった男性を思い出して、抱えた頭が、さらに机に近づいていく。そして、最終的に、ゴンと、音を立てて、結局、机に埋もれた。
 腕をだらんと下ろし、冷たい机の感触を、左の頬に感じながら、考える。
 発見された男性は、ネルと聴取に行った件とは違う男性で、ネルが帰り道に、馬車でぽつりと教えてくれた情報によれば、数週間前に失踪した男性だったそうだ。年齢は二十六歳。界隈で、派手に遊んでいる男だったようだが、行方がわからず、友達から失踪届があったそうだ。
 ウェーブがかった長めの髪を一つにまとめ、シャツも着乱しているような雰囲気だった。あの、苦悩に満ちた、悶絶の表情さえなければ、男前なんだろうし、───

(ちょっと悪い男…ってかんじだよな)

 頬を机にぺたっとくっつけたまま、目だけで、スパロウ課長の机の前に置かれた石膏像を見る。今、ネルとスパロウ課長は、その被害者を囲んで、ああでもないこうでもないと、話し合っているのだ。すっかり青ざめた俺を見た課長に、少しだけ休憩していいと言われて、こうして頬を机にくっつけて放心する、という状態になっている。
 課長の声が聞こえる。

「なんなんだ、この変なポーズは」
「ちょっと、課長…被害者なんですから、頭の上に乗るのはやめてくださいよ」

 石膏像は、両手を広げ、腕を前に突き出しているような格好をしているのだ。確かに、変なポーズかもしれないな、と、俺は思う。
 バサバサと翼を広げ、被害者の頭の上に乗った課長が、ちょん、ちょん、と、跳ねて、自分の体の向きを変えながら、顔を覗き込んだ。

「苦しそうだなー」
「苦しそうですね」
「やはり、生きたまま、体内外に石膏を流し込まれてるようなもんだろうか」
「そうですよ。だからもう、頭の上に乗ったらだめですって」

 課長がひょいっと、被害者の伸ばされた腕の上に、飛び移るのが見えた。その喜劇のようなやり取りを聞いて、これは本当に遺体検証なんだろうかと、俺は白い目になった。
 カタカタとタイプライターの音が響く。

(でも、ベスィは見えないけど、あの男は、見えてるわけだし…あ、そっか。これから、あれか…目撃者とか探しに行くのかな…)

 見えないベスィに操られて、それで、一緒に歩き回っているってことなんだとすれば、それは外から見たら、かなり不自然な様子になるんじゃないかなと思うのだ。いや、操るなんていうことができるのかどうかは、わからないけど。たとえ、もし力づくで引きずられていたとしても、それはやっぱり、おそらくかなりおかしな様子になるだろうと思った。
 ふと、課長が俺の方を向いて、思わず、ぴくっと体が震えてしまった。そして、相変わらずの渋い声で、呆れたような声が聞こえた。

「それで、あれは。ソーマはなんだ。思春期か」
「そうですね。ちょっと怖いもの見て、びっくりしちゃったみたいですよ」

 別に、そういうわけではない、と思って、むっとしたが、遠すぎて、声を出す気にはならなかった。頬を潰したまま、気持ち、頭を横に振った。
 でも、あれが遺体だと知っていて、それで、あの苦悶の表情を見てしまったら、色々想像してしまったのだ。自分が今まで見てきたベスィのことや、それから、あの人の最期のことも。
 うっと何か嫌なものが込み上げてきそうで、眉間に皺を寄せた。

 俺は少しだけ、考えていた。
 昨日からの事件に次ぐ、事件で、つい最近まで田舎で暮らしていた俺の、平凡な毎日が、一気にへんてこなことになってしまったのだ。そして、今日、昨日聞いたばかりの、吸血鬼に噛まれた人間のなれ果て、───悪霊ベスィによる、被害者の遺体に、遭遇したのだ。

(あー…信じたくない。信じたくない。信じたくない。でも、───)

 ポケットの中の銀時計に手をやり、ぎゅっと握りしめる。俺はもう、女帝陛下に、そうであると、認められてしまったのだ。まだ実感はない。それに、やる気とか、熱意みたいなものも、正直、まだついてこない。これからそういうのが出てくるのかって、それもよくわかんない。ポケットの中で、銀時計のロイヤルクラウンを指先で撫でた。

(とにかく、やってみるしか…ない……んだろうな…)

 いつまで経っても、課長とネルが、その石膏像のポーズの意味に気がつかないからっていうのもある。仕方なく、俺は、いろんなことを振り切るように、ガタンと立ち上がった。「おお」と、課長がびっくりしたような顔をしている中、いや、鴉ってびっくりした顔できるんだ…とか、少しだけ思いながら、俺は、その石像をガタゴトと抱えて、壁際に持って行った。

「お、おい。ソーマ。いくら怖いからって壁際に寄せるのは、どうなんだ。検証中だぞ」

 そんな課長の静止の声をものともせずに、その、石膏像の両手を壁につかせた。そして、うーん、と少しだけ考えて、でも実際にやった方がわかりやすいかと思い、その石膏像の腕の間に、自分の体を滑り込ませた。そして、少しだけ、膝を曲げて、身長を低めにした。説明する。

「多分ですけど、ここに、こうやって女性が入るんですよ。腕の間に。それで、向かい合うと、───」
「おお!キスする態勢になるってことか。ソーマ、お前さてはアイデアマンだな!」
「アイデア……」
「課長、今そんな言い方しませんからね……」

 自分のことを棚に上げているのはわかっていたが、なんだか課長はあまりモテなさそうだな、と思った。声はすごく渋くて男前なのになあ、と思う。ネルは片眉を上げて、なんだか嫌そうな顔をしていた。よくわかんないけど、ネルはもう、とにかく、俺のやることなすこと、全部嫌なんだと思うから、そこはもう、無視だ。

 ネルには否定されてしまったから、正直、確信があるわけでもない。でも、こんな形で固められてしまった彼のことを思うと、やっぱり、ベスィは女性で、やっぱり、デートをしているんじゃないかって、そんな考えばかりが浮かぶのだ。こうして、壁についた手の間に挟まれて、ベスィは、何を思うんだろう。よく姉さんが話してた恋愛小説の主人公のように、胸を高鳴らせたり、するんだろうか…と、考えて、止める。

(あ、そっか。高鳴る心臓も、感情もないんだっけ……)

 ネルはベスィに感情がないと言っていたのだ。俺が、「デートみたいだ…」と呟いた時も、すごく嫌そうな顔をしていた。もしかしたら、こういう風に考えるのは良くないのかなと思いながらも、でも、スパロウ課長の様子を見る限りは、そんなに忌避されている感じもしない。

(どういうことだ…?)

 そういえば、俺はスパロウ課長に会ったら、聞きたいことがたくさんあったのだ。そもそも、感情がなければ、なぜ手の込んだことをベスィはするんだろうと不思議に思う。

「あの、ベスィに感情はないって聞きました。でも、この遺体を見ると、物言わぬ霊魂となっても、随分と雄弁に好きなことを語るんだなって、思うんですけど…」
「え?感情がない?あー……まあ…そうだな」
「もうわかったから。とにかく、腕の中から出なよ。被害者だよ」

 課長は、一瞬驚いたような声を出して、ネルの顔を見た。それから、俺に向き直って、そう言った。そして、不機嫌そうなネルに腕を掴まれ、俺はその石膏像の腕の中から、体を出した。
 課長もそうだと言うのだから、もしかしたら、ベスィには、本当に感情がないのかもしれない。でも、だとしたら、こうして雄弁に語ってくる個性は、一体なんなんだろうと考えて、───未練、とかだろうか、と思い当たった。
 もしかしたら生前のやり残した想いみたいなものが、こうして顕現されてしまうのかもしれない。
 そういえば、───

「ベスィは昼間、眠ってるみたいな感じなんですよね。このベスィも、昼間は大人しくしてるんですか?」
「まー、こうやって被害が出る段階になると、かなり悪霊化が進行している可能性が高いから、正直わからないな」
「進行?」
「ああ。ネルから、段階があると聞かなかったか?ベスィは長い年月をかけて、魂を作り替えられていくんだ。侵食と言った方が的確かもしれん」

 長く生きていると、悪霊化が進むのか。俺はふむ、と顎に手をやった。
 そして、少し上の方を見て、ん?と止まる。

「吸血鬼に噛まれると、何に侵食されるんですか?」
「おい、ネル。ちゃんと説明してやってないのか」
「しましたよ。大事なとこは」

 課長の様子を見て、やっぱり説明されてないことがあるんだ、と、俺は虚ろな目になった。大事なことは説明したって、まさかあの、心臓に弾ぶちこむんだよってとこじゃないだろうな、と、俺は胃がぎゅっとなるのを感じた。
 課長はため息をつきながら言った。

「吸血鬼が血を吸うときに、唾液が混入するんだよ。それが人体には有毒でね、死に至り、魂が呪われる」
「呪われて、悪霊になるんですか…」

 そういうことだったのか…と、俺は渋い顔になった。御伽噺の吸血鬼とは違うのか、と思った。唾液が毒だなんて、蚊みたいだな、と少し思う。てっきり血をたくさん吸われて死にいたるのだと思っていたけど、吸血鬼自体が有害らしい。それにしても、───

(魂が呪われるほどの……毒??)

 その時、───カタカタカタガチャン、と、タイプライターの音が止まった。え?と俺は、振り返った。気がつかなかっただけで、課長の机の斜め前の机で、書類を打っている人がいたのかもしれない。そういえば先ほどから、タイプライターの音がずっと聞こえていたのだった。
 俺の視線の先には、───タイプライターがあるだけで、そこには誰もいなかった。
 課長がふと呟いた。

「ああ。もう昼休みか」

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