【BL】劇作家ミア・シェヴィエは死にたくない!

ばつ森⚡️4/30新刊

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第6夜 あくまで★おしおき

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【ドS天使×強気悪魔】
※この話は伏線回収なので、全部読まないとわかりません








「ねえ、――人間に干渉していいって言ったっけ?」
「え……? ぐはっ」

 あんな国もう二度と行くかと思いながら、夜空を飛んでいるときだった。聞き覚えのある、大嫌いなやつの声がした、――かと思ったら、腹の前に腕が伸びてきて、俺の体は二つに折れ曲がった。
 俺の長い髪を後ろから、さらりとかき上げながら、ふうっと耳に息を吹きこまれる。体がビクゥッと跳ねた。
 最悪なやつに捕まってしまったと、背筋を嫌な汗が流れいく。ドクドク、ドクドク、と心臓が脈打つ。
 腰に響く、低く甘い声で、耳元でもう一度同じことを繰り返した。

「ねえ、――人間に干渉していいんだっけ? 謹慎中だよね」
「は、離せッ! お前に関係ないだろ!」
「…………関係あるに決まってるでしょ。同じ管轄なんだから」

 俺は耳を押さえながら、涙目で振り返った。そこには、――大嫌いな白いやつ。
 髪も白なら、瞳も白に近い銀色に輝き、白い肌に、白いフロックを着て、まっ白に輝いている。今、同じくこの世界をうろついている、見知った天使、――アルスデヤだった。

「知るか! 俺は俺のやりたいようにやる!」
「……あの街だけ時間繰り返しちゃったらさ、普通に周りは困るよね。誰が帳尻合わせてたと思ってんの」
「あんな街一つ、どうってことないだろ!」
「……ほんと、ペエレは懲りないね。いつまで経っても人間のこと、わかってない」
 
 そうアルスデヤがつぶやいた途端、――ふわふわしたピンク色の綿菓子のような空間に放り出されていた。ところどころ、キラキラと星の粒子でも振りかけたように光るその空間に、背筋が凍った。俺はこの空間の恐ろしさをもう知っていた。
 だがなにかを口にしようとした次の瞬間には、もう体の自由は効かなかった。
 その空間を司る、絶対的な支配者が言った。

「脱いで、全部」
「や、やめろ! あっ……あッぅぐ、く、くそ」

 ここが、アルスデヤの創造した空間であることは知っていた。
 神が世界をどうにでもできるように、この空間の権限はアルスデヤにある。不本意ながら俺は何度かこの場所にきたことがあった。俺はぷるぷると震えながら、自分の手が、自分の服を脱がせていくのを見ていることしかできなかった。
 あっと言う間に、俺は裸になってしまった俺を見て、アルスデヤがふふっと笑いながら言った。

「後ろに手をついて、膝立ち」
「お、おいッま、待ってッ」
「待たないよ。だって、悪いこと、――したんだもんね?」
「っぐ」

 この世界には、天使と悪魔が存在している。世界を司る神の下、人間の善意と悪意の調整役として俺たちは地上を見ている。
 別に少しくらい人間の絶望につけこんだって、そんなことは大したことないはずだった。確かに自分の力を取り戻そうとして、ちょっと派手にやっちゃったかな、とは思うけど。そんなの、天使だって、ちょっと特定の人間を幸せにしすぎちゃうこともあるだろうから、お互いさまなのだ。
 だけど、――。
 見下ろすアルスデヤの前で、腰を突きだすような体勢をさせられ、俺の顔は羞恥にまっ赤に染まった。
 せめて顔は見てやるものかと、ぐぐぐっと横に顔を向けた。だけど、近くにしゃがんだアルスデヤが、白く大きな羽根を一本持ち、その羽根で俺の頬をゆっくりと撫でながら言った。

「ほんとは、僕に怒られたくてしてる?」
「そ、そんなわけあるかッ!」
「じゃあどうして……こんなにしてるの?」
「ひあぁッ」

 羽根はするすると、俺の首を撫で、胸を通り、腹を過ぎ、そして、そこで存在を主張している俺のペニスを撫であげた。動かない体が、それでもビクウッと跳ねる。じわっと視界が涙で滲む。別に俺だって、なにか性的なことを考えて、そうなってしまっているわけではないのだ。
 これはもはやアルスデヤと出会ったときの、条件反射のようなものなのだ。それだけ、この身にはこのクソ天使に教えこまれたことが、染みこんでる。

「ち、違ッ! お、お前が! あ、あんなことッ! するから!」
「んー。あれ、もしかして放置されてたのが悲しかったの?」
「あ……ッ、ち、違ッ、ちがう! んぁっ」

 羽根が乳首を執拗にくすぐるので、俺はただピクピクと震え続けた。後ろに手をついているせいで、自分のペニスから透明な液が滴っているのも丸見えだった。
 涼しい顔で俺を見ているアルスデヤは、しゃがんだまま頬杖をついて、俺の痴態を蔑んでいるようだった。ズキッと胸が痛む。
 そもそも、意識を失うまで力を根こそぎ取られて、水晶なんかに閉じこめたのはこいつなのだ。俺が人間たちに干渉しすぎたことで怒られるなら、そもそもの原因はアルスデヤのはずだった。ギッと睨んでいると、アルスデヤは嬉しそうに目を細めた。

「最初から、話してごらん? 人間たちとなにがあったのか」
「ぁあッ、そ、それやめろ! んッく、くそ!」
「腰、すごい泳いでるけどね」
「う、うるせー!!!」

 ほら、と羽でくすぐられて、俺は叫んだ。でも、アルスデヤはなんとも思っていないようで、羽根で俺の体を弄ぶのをやめようとしない。ちらっと涙目で覗きみれば「それで?」と冷たい目線で問われる。その凍った視線一つで、俺の体はビクビクと震えた。ふわふわと体を這う羽根にびくつきながら、ぽつり、ぽつり、と俺は話はじめた。

「……お、女が、水晶ッみつけて、それで、ねがっごとを」
「そうだろうね。せっかくあんなに弱らせて閉じこめておいたのに」
「~~ッッ」

 俺はアルスデヤに「お仕置き」と言われて、水晶に閉じこめられたまま、しばらく眠っていたのだ。力も取られてしまって、ろくなこともできそうになかった。だけど、ふと目を覚ましたときに、強い闇の香りがした。女はフレッドという男が好きだったのだと言う。そして、女はオレに願ったのだ。

 ――『フレッドが男とも女とも、二度と遊べないようにして!』――

 だから俺はフレッドという男が、もう二度と、男とも女ともしてやったのだ。運命の相手と結ばれることによって。フレッドが遊び歩かなくなったという噂を聞いて、女は高笑いをしていた。そして、俺のことをすっかり信じたのか、肌身離さず水晶を持ち歩いていた。だが、ある日劇場でその水晶をネイトと呼ばれるドロボーに盗まれてしまった。
 俺はネイトという男が働く書店の棚で観察をしながら、考えた。

(このネイトという男の心の中には、つけ入られるような闇があるかな?)

 だが、孤児という育ちでありながらも、残念ながらネイトの心の中に闇はほぼなかった。力のない俺が干渉できるのは、既に心の中に大きな絶望を抱えている人間だけだった。オレは大人しく力を温存することにした。
 そうして眠っているあいだに、オレは、ジュリアンと呼ばれるオトコオンナと、マクシミリアンと呼ばれる副騎士団長の手を経て、再び女の元へと戻ってしまっていた。この女の心は闇だらけだったから、またなにかを願うに違いないと心躍らせた。
 しかし、女は自分の願い事が捻じ曲げられて叶ったことに、すでに気がついていたようだった。
 水晶が他の人間の手に渡っていた数週間で、どうやらフレッドという男は俺のかけた呪いを解いてしまったようだった。俺は盛大に舌打ちをした。まさかそんな結果が女に届くほど時間が経っていただなんて、と驚いた。人間の時間は驚くほど早く進む。悠久のときを生きている俺たちとは、違うのだ。
 慌てる俺のことなんて聞く耳を持たず、女はまだ力の戻らない俺の水晶をわざわざ小舟まで使って、湖のどまん中に沈めてしまったのだった。

(湖かよ!……くそッ! これじゃあ、またしばらく眠りにつかないといけない)

 魚につつかれて起こされる毎日を過ごしていたある日のことだった。上から釣り糸が垂れてきたのだ。オレは尻尾を伸ばして、その希望の光にしがみついた。
 そこにいたのは、妙に色っぽさのある、うねうねした髪の細身の男だった。オレはそいつの顔を見た瞬間に、理解した。

(こいつは……とてつもない闇を抱えている!)

 その男に拾われたことは、本当に幸運だった。
 これだけの深い闇を抱えているのなら、俺は力を存分に振るうことができる。そう思った。
 男の絶望は深かった。そういう人間はもうなりふり構わないで、願いを伝えてくるから俺にとっては格好の獲物だった。男は願った。

 ――「後世に語り継がれるような舞台にしてほしい」――

 オレは親切なフリをして、内心ほくそ笑んだ。
 なんて素晴らしい願いだ。、と思った。とてもとても罪深い願いだった。この男の対価となる絶望は、壮絶なものになるはずだった。
 この強欲な男は、王子が言ったことを忘れてほしいだの、舞台にこられなくしてほしいだの、そんなことを願わなかった。
 それは仕方のないことだった。男は劇作家だった。創作に携わる人間の大半は、自己顕示欲、自己承認欲求で構成されている。それは昔から変わることなどない。素晴らしい作品を作りたいと、みんなそう思っている。だけど同時に、その作品を認められたいと、願ってしまうのだ。どうしたって。

(それが――人間だ)

 そしてオレは、その男に言った。

「ああ、――いいぞ」

 後世に語り継がれる舞台にしてやろう、と。傑作だったのは、その舞台の演目の名前だ。『神さまのいたずら』という題名を見て、オレは大笑いだった。いつも天使のアルスデヤばっかり贔屓する神の顔に泥を塗ってやろうと思った。
 そして劇場を崩壊させた。
 そこかしこから香る絶望の味は最高だった。
 後世に残すという願いは、これから生まれいずる何千、何万、何億という人間をも巻きこむ願いだ。男は、考えうる、この世のすべての絶望を経験しなければならないはずだった。だから、本当は、最期の息のある劇作家の男の前で、駆けつけた最愛の恋人が瓦礫に押し潰されて死ぬ予定だったが、俺はあまりにも気分がよくてそれをやめた。
 そしてあまりにも甘美な絶望を与えてくれた男を見て、すこし、愛おしく思った。

(作家っていうのは、いいな。発想が極端で、自意識が高く、繊細で、打たれ弱くて……)

 泣き崩れる恋人の男を見て、俺はうっかり声をかけてしまった。この男はどちらかというと、あんまり悪魔には靡かないようなタイプに見えた。でも、男の絶望は深かった。だけど、声をかけたら、案の定、質問とかされて面倒だった。
 崩落を止めてだの、恋人を生き返らせてだの言わずに、時間を戻してと言われて、本当に小賢しいやつだなと思った。
 だけど、時間を戻すっていうのはちょっと面白そうだなと思った。天使や神がうるさいから、そんなことしたことがなかったのだ。でも街一つくらいならバレないんじゃないかと思った。それに、そんなことは俺の力が漲ってる今だからこそ、できることだった。
 時間を戻せば、この男の絶望はずっと続く。それは自動的に質のいい糧を得られることでもあった。常に絶望した人間を探していた俺からしてみたら、その状況はとてもおいしい気がした。俺は男の願いを叶えることにしてやった。

 だが、――。
 このまま男の精神が擦り切れるまで、永遠に得られるはずだった『不幸』はたった百日ほどで途切れることになった。裸のまま震えながら、俺は盛大な舌打ちをした。

(くそ!……なんで、なんで! なんであのうねうね男にまで記憶が残ってたんだ!)

 俺が契約した男以外に、記憶が残っていることなんてありえないはずだった。
 なにか外的な要因があったに違いないのだ。俺は思い出してみる。俺がはじめてあのうねうねに会ったとき、あの男はもうすでに抱えきれないほどの絶望を抱いていた。でもどうしてだろう。二度目、三度目、と男の絶望は少しずつ、少しずつ薄れていくような感じがあった。
 恋人の男がループしているせいで、ちょっと影響のしかたが違うのかなとしか思っていなかった。記憶が残っているだなんて、思いもしなかったのだ。一体どうやって記憶を保っていたんだろう。そんなことができるとしたら、――あれ。そんなことできるやつなんて、――。

「お、お前! お前ま、まさか! あの男になんかしたのか!」
「ん~?」
「あのウネウネに、んッあっ……や、やめ!」

 悪魔も天使も、本来なら自分の意志で人間に直接関与してはいけないのだ。善悪の調整が必要なときに、必要な分だけ、人間に働きかけるだけなのだ。あくまでも神の創ったこの世界を、円滑にまわらせるためだけに。そんなこと知るかと思って、俺はたまに人間で遊ぶけど。
 まさか、――まさか。

「お、お前もッ人間に干渉してんじゃねーか!」
「あのね、ペエレ。君のせいで傾いた均衡を戻すためにやったに決まってるでしょ」
「くそ! い、いつだ! 俺も気がつかないうちに、一体、一体どうやって!」
 
 アルスデヤはピンク色の丸薬のようなものを、コロコロと指先で転がしながら、見せつけるようにぺろっと舐めた。人間の作る普通の丸薬に見えるが、色がなんでピンク色なんだろうと俺は首をかしげた。だけど、アルスデヤは興味なさそうに、俺を見下ろすと、俺のペニスの先端にその丸薬を埋めこんだ。

「ひッや、やめて。と、取って! なに、なにそれ!」
「別になんでもないよ。ただの頭痛薬だから」

 なんでそんな変な頭痛薬を埋めるんだよ! と、思ったが、アルスデヤはそのまま俺の濡れたペニスを扱きだして、俺はそれどころではなくなった。ビクッビクッと全身を震わせながら、ピンク色の玉が自分のペニスの上でバターみたいに溶けていくのを見て、涙目になった。アルスデヤが俺の乳首をぎゅううっと、押し潰すようにつねった。あまりの痛さに俺は目を白黒させた。

「あ"あ"あッ」
「人間で遊んじゃう悪い悪魔は、こんなぷくっとしたえっちな乳首してるんだよね~。それで、こんなにおちんちんどろどろにして、腰振って喜んじゃうんだよね~」
「ひぁ"ッや"めっ」
「あー。ほんとみっともなくて、かわいい。僕のも気持ちよくして」

 耳たぶを唇で挟みながら、アルスデヤが甘く囁いた。ビクッと全身に震えが走る。この氷のような瞳をした天使は、いつだって凍ってしまったような視線で俺のことを見下ろし冷たい声で俺に話すくせに、こんなときばかり、甘く溶けてしまいそうな声で囁くのだ。
 命令されて体が動くのか、俺が自分で動いているのか、よくわからなかった。ただ、俺は、床に座ったアルスデヤの股のあいだに顔をつっこんで、突きだされたものに舌を這わせた。アルスデヤは手を伸ばして、俺の乳首をいじりながら、抑揚のない声で言った。

「ペエレ。人間はさ、案外強いんだよ」
「んぅ……んッ……」
「悪魔って不毛だよね。なんか、その強さを確かめさせるために、いるみたいで」
「んッ……んん」

 喉奥まで届くアルスデヤのペニスは熱いのに、本人はまったくなんとも思っていないみたいに話す。
 こいつはいつだってそうだ。感情的になってるところなんて、見たことがない。深く深くまで侵されて、えづきそうになって喉が締まる。でもその締まる苦しさも、アルスデヤに慣らされた俺の体に、快感となって戻ってくる。
 反対側の手で髪をゆっくりと撫でられる。
 
「愚かで、浅はかで。でもそういう気がつかないうっかりさも、悪魔に組みこまれてるのかもね」
「んんッ……ん、んっ」

 どうして、アルスデヤに撫でられるだけで、こんなにも俺は気持ちよくなってしまうんだろう。俺はアルスデヤに腹を立てていたことなんてすっかり忘れて、必死でペニスを唇でしごいた。
 もう頭の中は、アルスデヤのことしか考えられなくなって、とろとろに溶けだしてしまいそうだった。ちゅぷっと音を立てて、口を離す。根本から舌で舐めあげながら、ぽやんと上目遣いでアルスデヤを見上げた。

「こぇ……ほし……」 
「…………あと、快楽に弱いとこもね」

 もう、アルスデヤがなにを話してるのかもよくわからなかった。でも、嫌そうな顔をしたアルスデヤが俺の手を引いて、自分の上に乗せると、そのまま俺の尻にペニスを当てた。なんにも慣らされてなんかなかったけど、俺の体は別にそれくらいで傷つくことはない。
 ずぷ、ずぷ、と少しずつ、少しずつ、アルスデヤのペニスが内側を押し広げていく。自分の腹の奥が、慣れ親しんだ形に変えられていく。一番奥の奥まで侵されて、俺は反りかえって天を仰いだ。目の前がチカチカする。

「ぁ……ああ……ッ……んああっ」
「僕は君の体までも、神が支配してるような気がしてやなんだよねー」

 アルスデヤの目の前に晒してしまっている首元に、ちゅっと唇を落とされる。その優しい触れ方に、ぽろっと涙が溢れた。俺の喉を噛みつくように舐めあげながら、アルスデヤの美しい指先が、俺のペニスに絡みつく。ぐりぐりと裏側を刺激されて、中にあるアルスデヤをぎゅうぎゅう締めつけてしまった。
 腰が跳ねる。
 
「あ、あんッある、ひあ……ッ」
「ほら、ちゃんと腰振って」
「ふ、ぅッ……あ、ぁ、あッ」

 なんで俺が奉仕みたいなことしなくちゃいけないんだろうって、頭の中で思う。でも、アルスデヤの与えてくれる快感は、俺の体の中を痺れさせる。
 ペニスをしごかれるのにあわせて、一生懸命腰を振る。多分また、俺が指一本も動かせなくなるまで、ヤられるんだろうなと思った。内側を擦る熱は、氷みたいなこの天使が、生きてるんだなっていつも俺に思わせる。
 また水晶の中に閉じこめられるんだろうか。また一人であの暗闇の中でぼうっとしてないといけないんだろうか。そうしたらこんなに気持ちいいことは、またしばらくできない。

(やだなあ……)

 必死で腰を振りながら、潤む瞳でアルスデヤを見ていたら、アルスデヤが言った。

「だって、そんなかわいいのに他のやつに見せたくないんだよなー」
「あッ……あああッ」
「ずっと閉じこめられてればいいのに」
「あんッ、き、きもちっ、っはぁッ」

 俺の気持ちいいところなんて熟知したアルスデヤの指にペニスをしごかれながら、内側の、奥の奥まで串刺しにされてる。
 聞こえてないだろうけど、と言ったアルスデヤの声は、本当に俺には聞こえていなかった。
 何日間そうしていたのかなんてわからない。でも、何度も何度も絶頂を迎えて、内側も外側も、どろどろになりながら俺は意識を手放した。いつも俺が見ているのはまるで違う優しい穏やかな顔をしながら、アルスデヤがつぶやいた言葉は、俺にはもちろん届かなかった。

「いつかさ、僕が神に昇格してどこかの世界の神になったら、僕が飼ってあげる」

 黒い髪の一房をとって、アルスデヤが口づけた。
 冷たく、凍ってしまったかのような瞳の天使は、とろけるような甘さでつぶやいた。

「好きだよ、ペエレ」

 
 ∞ ∞ ∞ 

 
「え、恋愛成就? なにそれ」
「この水晶に願うと、想い人と結ばれるってはなし」
「へえ~。なんだろ、縁結びの天使さまのご加護でもあるのかな?」
「でも成就したときには、絶対に報告しに来ないといけないんだって」

 とある国の、とある劇場の横には、最近、小さな水晶が祀られた噴水ができたらしい。
 どうやら本当にご利益があるということで、恋する人間たちは列を作り、そして必ずいちゃつきながらお礼を報告しに来るのだった。隣の劇場で舞台を観たあと、その噴水に寄るのは、定番のデートコースとなっていた。その水晶の中で、こんな会話が為されていることは、人ならざる存在しか知らない。
 アルスデヤは言った。

「君は、そこで少し、人間たちを観察してみるといいよ」
「お、お前ッふ、ふざけんな! この鎖を解け! クソ天使!」
「見て、これ。変な人間が作ったっていう魔道具。君をおしおきするのにちょうどいいから、つけといてあげるね」

 叫び声をあげ、暴れながら、ペエレは叫んだ。その体は鎖でがんじがらめに拘束され、とある伯爵が作った魔道具が体中につけられていた。

「ひあッ! や、やだ。やめろ……ッ! おい! んあああッ」

 悲鳴のような声をあげているペエレを見てふっと微笑むと、アルスデヤの姿は水晶の中から消えていた。
 噴水の前では、たまたま通りかかった恋人たちが、こんな会話をしているところだった。

「見て、ニコラ。恋愛成就の噴水だって」
「ほんとだ。フレッドさん、せっかくだからお祈りだけしていきましょうか」

 地味な薬師と軽薄そうな騎士は、人だかりの隙間から噴水を覗きながら、なんとなく「ありがとうございます」と祈った。
 彼らの後ろから、顔の半分を仮面で覆ったローブ姿の男と、背の高い騎士が歩いてきた。買い物帰りなのか、大きな袋にはパンやら果物やらがたくさん入っているようだった。ちらっと噴水に目をやりながら、仮面の男がつぶやいた。

「よくわかんねーけど、これのおかげで劇場に来る人も増えたよな」
「すごい人だかりだから、最近はここも警備しないといけなくなったんだよ」

 そんな世間話をしながら通り過ぎた彼らの横を、貴族の馬車が通り過ぎた。
 その窓から遠目に噴水を見た、眼鏡の男が眉間に皺を寄せた。

「んん? なんだかあの水晶見覚えがあるような……なあ、ネイト?」
「もう……水晶はいいよ……早く帰ろ。ティモシー」
 
 ちょっと気持ちが悪そうにそうつぶやく黒髪の猫のような男は、腹の中になにかいるかのように、優しく腹をさすっていた。そんな男を守るように、眼鏡の男は肩に手をまわした。
 隣の劇場から、噴水の人だかりを見下ろしながら、ぼやく男が一人。うねっとした髪を風に靡かせながら、顔がつぶれるほど頬杖をついている。その横には、甘く目を細める爽やかな男の姿。

「ほんと誰だよ、こんなところにこんな噴水作ったやつ。なんだかわかんないもの信じるのはやめてほしいなー」
「俺はミアが元気でいてくれたらなんでもいいよ」

 そう言った男は、うねっとした髪の男に唇を落とした。
 いろんなことが起こったり、起こらなかったり、それは誰もが知っていることだったり、誰も知らないことだったり。
 それでも彼らの日々は続いていく。
 
 今日も平和に、ゆっくりと。



 



おわり!






ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました!!

今年、アンダルシュノベルズより書籍化する作品があります。
元気になれるような楽しいお話なので、もしよかったら、覗いてみてください!!
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感想 3

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みんなの感想(3件)

ユキ
2023.02.20 ユキ

皆様の感想読んでていいねとかで共感出来ないのが辛い🥹🥹

ほんとアホエロかと思いきや。。って感じですよね🤣
最後まで読んでさすがばつ森先生って感じでした!!

初っ端から壁にちんこって!!笑笑
周りにBL見る人いなくてリアルで感想を共感出来る人がいないんですが、あまりのぶっ飛びに自分もぶっ飛んでしまって妹に思わずLINEしちゃいました🙄
「壁にちんこがはえたらしい」と🙄

2023.02.24 ばつ森⚡️4/30新刊

ユキさん!

読んでくださってありがとうございましたー!!
ちょっと落差のある話なのですが、楽しんでくださってよかったです!
光も闇も好きなので、オムニバスにしたらこんな感じにまとまりました笑
妹さん……!それはびっくりしたでしょうね😂

ご感想、どうもありがとうございました!!

解除
ミア
2023.02.16 ミア

明るく軽いアホエロ系に見せかけて、コアには重くてドロッとしたものを用意しているとは…

パフェの「見えるところはコーンフレークなのに、見えない底にはブラウニーがぎっしり」みたいな読後感でしたw
面白かったです!

2023.02.17 ばつ森⚡️4/30新刊

ミアさん!

ありがとうございますー!!😭
そうなんですよ。ちょっとどうだったかなー?と思ったんですけど、
すごくおいしそうに喩えていただけて、嬉しいです……!!
ミアさん、本当にありがとうございます😭
まだまだ未熟なところも多いですが、がんばって続けていこうと思いますので、どうぞよろしくお願いします!

ご感想、ありがとうございました!!

解除
おこめ
2023.01.09 おこめ

続き気になりすぎてpixivで先回りしちゃいました…えへ…。今はアルファポリスで2周目してます。
1回目も2回目も10回目も、読めば読むほど楽しめるので、ばつ森さんのお話大好きです。いつも伏線回収ワクワクです。イラストも可愛いです。

素敵な作品ありがとうございます☺️💕

2023.01.09 ばつ森⚡️4/30新刊

おこめさん!

あっ!わ!わあああ、あ、ありがとうございます〜〜!!
そう言ってくださって、本当に本当にうれしいです。
イラスト…は、本当にもうちょっとうがったかんじの男の人にしたかったんですけど、画力の限界で……!チョビ髭生えたノアみたいだ…と思っておりますが、そう言っていただけて救われました!

いつも本当にありがとうございます!
これからもがんばります✨✨

感想、どうもありがとうございました!!!

解除

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