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幕間 とある水晶を釣りあげたはなし

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 ある日オレは、湖で釣りをしていた。
 たまに変なものが引っかかるときはあるけれど、
 悪魔を釣りあげたのは、――その日がはじめてだった。

「よう」

 悪魔は言った。

「願いがありそーな、顔してんな」

 どんな顔だよと思いながら、目の前にいる、この世のものとは思えない美しい男をぼんやりと見つめた。黒い髪、赤い瞳、黒い服。そして背中からはコウモリのような羽根は生えてなかったけど、悪魔っぽい尻尾がうねうねと揺れていた。釣り糸になにかが引っかかったのはわかった。だけど糸の先には水晶がついていて、一体どうやってこんなものが釣り針に引っかかったんだ? と首をかしげていたら、水晶の中から出てきたのだ。
 ――悪魔が。
 ニコラが言ってた悪魔なのか? と、オレは呆然とした。
 もしかして、いや、まさか、という戸惑いと、だけど、言われた言葉に、ドキッと心臓が跳ねる音がした。

「……願い」

 そりゃあもちろんありますとも。
 ――悪魔にだってすがりたいほどに。
 そう、――そのときは、思ったんだ。

 ケンカした愛しい恋人のこと、それから、オレを信じてくれた劇団のみんな、オレの脚本を応援してくれた人たち、観客の人たち。たくさん、たくさんの人たちの期待を背負って、オレは苦しんでいた。自分の命も、仲間の命も、奪われてしまうのではないかという恐怖も。
 地の底に埋められてしまったみたいな、永遠に続く炎に焼かれるような、そんな、最低の三日間を過ごした。
 一睡もしてなかった。血がでてもペンを握り、なにも食べることもなかった。苛立ちと不甲斐なさが募り、もう、脚本なんてエリオットが言うように、適当に書き換えてしまおうかと何度も思った。そのたびに、エリオットが言った言葉が胸を突き刺した。泣きたい気持ちでいっぱいだったけど、泣く暇もなかった。
 それでもできなかった。どうしても、できなかった。
 自分が作りあげた世界は、自分が作りあげた登場人物たちは、どうしてもそんな風には動いてくれなかったのだ。
 
 いや、そんなのはただの綺麗事かもしれない。本当は、自分が嫌だったのだ。

 恋人と大げんかをしても、ジュリアンたちにどれだけ心配されても、オレは、どうしても、――嫌だったのだ。何度も自分の才能の無さを憎んだ。王子が出てきたって、敵を倒したって、それでも感動できる話を、それでも「さすがは、シェヴィエだ」とみんなが喜んでくれる話を、オレが書ければよかったのだ。
 そうすれば、なんにも起きずに、舞台は終わるところだったのだ。
 オレにはできなかった。なんにも、なんにもいいアイディアが浮かばなかったのだ。限界だった。
 もう、限界だった。
 
 オレは震える声で、――願いを口にした。

「明日の公演を、にしてくれ」

 相手は悪魔だ。どうせオレの命でも取るつもりなんだろうと思った。
 「王子が来ないようにしてくれ」だとか「公演を成功させてほしい」だとか、そんなことでは足りなかった。もしもオレの命が本当に奪われるのなら、オレは、後世に名を残したかったのだ。何百年も、何千年も、語り継がれる劇作家として、名を残したかったのだ。
 オレの自尊心だった。ただの自己顕示欲と、自己承認欲求からくる、身勝手な願いだった。
 悪魔の目がきらりと輝いた。そして、その目を、三日月のように細めながら、さもおかしそうに悪魔は言った。

 
「ああ、――いいぞ。その願い、叶えてやろう」


 

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