【BL】劇作家ミア・シェヴィエは死にたくない!

ばつ森⚡️4/30新刊

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第4夜 劇作家ミア・シェヴィエは死にたくない!

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【年下わんこ攻め×誘い受け】








 何度目かの終わりが、
 いつもの時間にドアを叩いた。

 オレはいつもどおりに葡萄酒片手に堅パンをかじって、今日はいつもとは違うズボンを履いていた。
 返事も待たずに、扉を開けて入ってきたのはオレの年下の恋人、――エリオット。
 いつも雲の棚びく青空が、よく似合うと思ってる。ちょっと跳ねた栗色の髪がふわっと風に揺れるたび、オレの心はさざめく。普段爽やかにしてるから、夜に会うとそれだけでドキッとする。本当なら抱きしめあって、一緒に飲みたいところだけど、オレはこのあとなにが起こるのかを

 オレは、この愛おしい恋人に、殺されるのだ。

 殺され方はいろいろ。今日はなにも凶器を持っていないところを見ると、もしかするとあの紺色のタイで、首を絞められるのかもしれない。最近は絞殺がのだ。そんなことを考える余裕もある。苦しそうに眉に皺を寄せて、息を吐くように名前を呼ばれた。
 
「ミア……」
「早く脱げよ。なんかヤリたい。ああ、それとも、――」

 もう慣れてきたけど、ちょっと自暴自棄にもなる。とっておきの葡萄酒をしまいながら、オレも顔を歪めながら伝える。こんなことを言えば、自分が傷つくのをわかっていながら、背中を向けたまま尋ねた。どうせオレが、思いつめたエリオットの顔を見て、冗談でも言ってるんだと思うだろう。

「殺してから、つっこむ?」
「……ッッ」

 息を飲む音。それからすぐにぎゅうっと抱きしめられた。あたたかな温もり。太陽みたいな優しい匂い。強く強くまわされた腕に、ぶわっと涙が溢れる。
 オレだって好き好んで、毎回こいつに殺されてるわけじゃない。本当は、明日の舞台初日を祝うために一緒に飲むつもりだった。笑いあって、明日大丈夫だよって、励まして欲しかった。
 だけど、それはきっと、叶わないだろう。、叶わないだろう。
 オレの前に回った腕には、案の定、紺色のタイが握られていた。今からオレにつっこむために脱ぎだしたっていう、そんな楽観的なことは思い浮かばない。耳元で、息を吹きこまれるように、甘く、囁かれる。
 その声色は、世界で一番愛してる人に向けた声だと思うのだ。

「好き。大好きだよ。ミア……愛してる」

 じゃあ殺さないでっていう言葉は口から出てこない。もう、首元には紐状のものがまわっていた。そしてぎゅうっと締めつけがきつくなる。大好きだよ、とも伝えることはできない。悲痛な声がすぐそばから聞こえた。

「ごめん……ミア」

 ――暗転。

 
 ∞ ∞ ∞

 
 オレは王都で劇作家をしているミア・シェヴィエ。
 新進気鋭の若手劇作家として、飛ぶ鳥を落とす勢いで人気がある。自分で言うのもなんだけど、結構おもしろい劇を作れてると思ってる。
 それが王都のご婦人方、それから芸術に理解がある風の貴族たちにウケたってこと。数年前までは、ずっと裏方やってくすぶってたことを考えると、ただ単純に、運がよかったってのもある。
 脚本のト書きみたいに簡潔に言えば、だるそーな垂れ目、こげ茶色のうにょっとした髪、まんなかわけ、顎に薄くヒゲ、三十歳。
 だけど、――。こうしてを終えたあと、鈍いオレでも、さすがに思うことがある。

 これはきっと、そういう『物語』の世界なんじゃないかって。

 自分でも話を書いているから、わかったのかもっていうのは、もしかしたら自惚れ。だけど、もしオレがそういう話を書くんだとすれば、『主人公』はオレだ。なぜって? そりゃあ。

 ――記憶を有したまま、人生を繰り返しているからだ。

 大抵そういう話の主人公はそうだ。
 おそらく、この『世界』の中には、この事象を繰り返せなくてはいけないなにかしらの『きっかけ』があって、オレはおそらくその『鍵』を見つけだせずにここにとどまってる。
 ただし、数十回目の人生って言っても、繰り返される時間はたったの三日間。
 恋人である、――エリオット・ノークスとケンカをするところからはじまる。
 
 だから殺されるんじゃないの? と、思われるかもしれないが、大したことのないケンカである。エリオットが、いわゆる『大人の魔道具おもちゃ』のようなものを隠し持っていたのを発見して、オレがからかい、エリオットが「違う!」と言って拗ねる。それだけの話なのだ。
 そんなのがこの世界を繰り返している『きっかけ』だとしたら、さすがに気まずい。そうだというのなら、オレはエリオットの持っていた変な魔道具に大喜びしてやるどころか、自分から股につっこんで見せてやってもいいとすら思う。
 まあ、だからそれは関係ないにしても、とにかくだ。
 この三日のあいだに、オレはなんかの間違った選択をしているんだろうと、思っているわけだ。
 オレが書くなら、そういう話を書くよ。ただ、こうして数十回繰り返しても、わからない。

(どこでなんの選択を誤ってるんだ? オレは)
 
 ぽやんとしているオレを見て、怒ったエリオットが部屋を出ていった。ベッドに座っているオレに投げつけられたのは、変な形の『大人のおもちゃ』。多分、貴族の中で流行ってるやつだ。
 最近、おかしな魔術師がこんなのを作って大儲けしてるっていう話を聞いたことがあった。商家の生まれであるエリオットは、もしかしたらその流通に携わっているのかもしれない。酒の席で話題になってたそれを、まさかエリオットが持ってるとは思わなかったけど。
 「やらしー」と、ついからかってしまったオレに対して、エリオットは自分で買ったわけじゃないと、怒っているわけだった。本人の言い分を信じるのなら、どうやら出入りしている屋敷の主人から無理やり渡されて、処分に困っているということだったらしい。

(別にそんなのどうでもいいんだよ。使ったっていいし。ほんと堅物だな……)

 オレはこのあとに起きるできごとを思えば、エリオットとその魔道具でイチャイチャしたかった……と、ため息をついた。そう、オレにとっては、劇作家であるオレにとっては、エリオットに何十回も殺されることよりも、もっと胸糞悪いことが起きるのだ。
 その報せはすぐにやってきた。
 バンバンとオレんちの扉が叩かれ、そして、うちの看板女優であるジュリアン・オーブリーが駆けこんでくるのだ。オレは死んだ魚のような目で、扉を開けた。そこにはハアハアと息を切らす、ローブに包まれた美女。まっ青な顔のまま、泣き叫ぶようにオレに叫んだ。

「大変なの! シェヴィエさん! 殿下が!」
「はぁー……なに? 王子がかっこよく敵を倒す話に、脚本書きかえろって?」
「し、知ってたんですか!? わ、私、今聞いて、急いで走って……!」
「なんとなく。ジュリアンの顔見たら、そんな感じがした~」

 え? え? と、慌てるジュリアンを見ながら、オレは盛大なため息をついた。
 そうなのだ。四日後に予定されている劇を、王子殿下が観にくるらしいという通達は受けていたのだ。それを、劇団のみんなは、劇場のみんなは、オレは、本当に楽しみにしていたわけだった。最高の舞台にしてみせると、みんなが輝いていた。
 だが、――それもこの日までだった。
 そもそも、オレが書いた話に、王子なんていうキャラクターは出てこない。大衆恋愛モノではあるのだ。だが、神がうっかり地上にこぼしてしまった一滴の涙のせいで、混乱した男女の恋愛。見どころは、誰が誰を好きかがわからなくなってしまうところ。王子も、敵も、出てこないのだ。
 一度目の世界の今日、この報せを受けたオレは、激怒して家を飛びだしてしまうわけだった。
 
「ど、どうしよう! シェヴィエさん!」

 いつも凛と咲く一輪の白薔薇のようなジュリアンも、よほど焦っているのだろう。たとえそこそこ人気のある劇作家だとしても、王子の要望に叛いた平民なんて、一瞬で打ち首だ。
 オレも一度目のときは、死ぬほど慌てたし、やるせない気持ちでいっぱいだった。オレはジュリアンの背中を撫でながら、「なんとかするしかないよ……」と小さくつぶやいた。
 人一倍、責任感の強いこの女優は、悲しそうに顔を歪めると、トボトボと背中を丸めて劇場への帰路についた。
 どうしようってオレが聞きたい。何十回この世界を繰り返しても、王子が敵を倒すいい結末なんて、まったく思いつかなかったのだ。オレは小さくつぶやいた。

「ほんと……どーしよ」
 
 
  ∞ ∞ ∞

 
「だ、大丈夫ですか? シェヴィエさん……」
「あー……うん」
 
 馴染みの薬屋に行って、いつも作ってもらうのは頭痛薬である。
 心配そうな薬師の青年ニコラは、最低限の接客しかしないが、さすがにオレの顔色が悪いと思ったのかもしれない。エリオットとケンカして、ジュリアンが駆けこんでくるこの日を、毎回オレは最低な気持ちで過ごしている。
 薬の入った布袋を手渡しながら、ニコラが小さな声で言った。

「あの、薬も大事ですけど、その、あんまり思いつめないでゆっくりしてください。変なことを聞いたので」
「変なことって?」
「あ、悪魔の呪いとかッなんか、あるって聞いて、そういうのってやっぱり、疲れてるときとかにつけいられちゃいそうで」
「え、オレ。つけいられそうな顔してるってこと?」

 悪魔なんて話を信じてるのか? と、オレは首をかしげた。ニコラがそんなに夢見がちだなんて、思ってもみなかった。なんかの事件でも実際に見たんだろうか。
 だけど、いつもぽやんとしているニコラに、つけいられそうだとまで言われてしまって、オレはがくっと肩を落とした。
 げっそりした顔でニコラを見たら、ニコラは「あっえっ」とまっ赤になってしまった。
 この大人しそうな青年は、最近、随分と軽そうな男と恋人になったらしいのだ。バルテルミィ伯爵家の分家に属するその男は、今まで遊んでいたのもピタリとやめて、一途にニコラのことを思っているらしい。もしもそれが本当なら、ニコラの良さがわかるなんて、見どころのある男だなと思う。
 オレはニコラにお礼を言って、街を歩き出した。
 
(ふうん……悪魔ね)
 
 たしかに。オレが悪魔だったら、オレに狙いを定めるかもしれないな。
 こうやって「オレが――だったら」と考えるのは、職業病だ。
 だが、今こうして、王子に無理難題を突きつけられているオレは、闇の塊でしかなかった。今まで培ってきた劇作家としての経歴、オレのことを支援してくれた人たち、そのすべてを、権力という暴力によってねじ伏せられようとしているのだ。オレだけが打ち首になるならまだいい。だけど、もしも劇団のみんなにまで手が及んだらと思うと、何十回繰り返しても、オレの体には震えが走る。
 きっと今なら、悪魔もスキップしながらオレの胸に飛びこんでくるだろう。そしてオレも、スキップしてきた悪魔を、両手を広げて迎えいれてしまいそうだった。

(あーほんと、嫌な日だ)
 
 そして、その最低最悪な日はまだ続くのだ。この先になにが起きるのか知っているだけでも、少しマシなことはたしかだが、それでも鬱々とした気持ちは広がる。
 その災厄は、オレの最愛の人の顔をしてオレんちの前で待ち構えている。そして、歩いてくるオレを見て、慌てて駆け寄ってくるのだ。

 俺は持っていた薬の袋から、一粒の丸薬を取りだした。いつもは黒っぽい深緑色なのに、なぜかピンク色の丸薬を見て、またかと思った。
 このとき処方された薬だけは、なぜか毎回ピンク色なのだ。ニコラは恋人ができて舞い上がってるのかもしれないと毎回思っている。そのピンク色の丸薬を口の中で噛み潰した。いつもの頭痛薬と同じような味が広がり、ほっとする。
 俺の目の前まで走ってきたエリオットが、泣きそうな顔で、まるで長年離れていた恋人のようにぎゅううっと強く、俺のことを抱きしめた。さっきケンカして、家を出てってしまったエリオットが、それでもオレんちに戻ってきたのには訳がある。

「ミア、聞いたよ……その、劇の内容、どうするの?」
「んー……そのまま。浮かばないんだよ、王子も敵もいない話だからね」
「……で、でも、書き換える? 書き換えるよね?」
「んー……」

 オレは答えなかった。
 もう今まで何十回も繰り返した同じやり取りだ。エリオットは、オレが書き換えずにそのまま上演して、打ち首にでもされてしまったらどうしようと怯えているのだ。何十回もここでケンカになった。
 オレだって書き換えなくちゃいけないことはわかってる。オレだって死にたくないし、劇団のみんなの命を危険に晒すことはできない。だけど、それをエリオットには言われたくなかったのだ。
 オレがどれだけ必死で物語を生みだしているかを知っているエリオットにだけは、そう言われたくなかった。
 大概が「たった一回の上演だよ。きっと王子は芸術のことをわかってないよ。だから、それがミアの経歴を傷つけることにはならない。その日だけだ」そう何回も繰り返され、オレは泣きそうな気持ちで、恋人に怒鳴りつけるのだ。
 
(たった一回の上演なんかじゃない。オレが人生をかけて書いている芝居なんだ……! って)

 せめて、自分の納得のいく形で書き換えたいと思っていた。だけど、そんな適当でいいよみたいな言い方をされるのは、どうしても理解できなかった。どうして「たった一回のこと」と数えることができるんだろう。
 オレの気持ちは、オレの努力は、オレの情熱は、世界で一番愛しい人に、まったく理解されていないんだと知るのだ。
 エリオットがオレのことを心配してそう言ってるのはわかる。だけど、劇を作り上げることは、オレの人生そのものなのだ。この後も人生は続く。媚を売った劇作家として、信念を貫けなかった作家として、その最低な舞台はきっと、笑いものになるだろう。
 それは死ぬよりも辛いことだった。
 
 ――だけど、もう、オレの心は折れていた。

 何十回もこの三日間を繰り返して、仲間の命を背負って、毎回手から血がでても書き続けて、エリオットには理解されずに、――。
 どうせまた繰り返すんだろうと思っていたこともある。ここで不毛な言い争いをするよりも、王子にしろエリオットにしろ誰にしろ、オレが殺される前に、ただ目の前の愛しい男と交わりたかった。なにもかもを忘れて、ただ、エリオットに愛されたかった。
 書き換えると断言はできなかったけど、エリオットはほっとしたような顔をしていた。これは、この場面で毎回大ゲンカをしてきたオレが、はじめて見たエリオットの顔だった。眉が安心したように下がっている。

(かわいい……)

 オレの大好きな恋人。オレを何十回も殺す男。それでも、今は、――。
 
「ね、エリオット。抱いて」
「ミア……」
 
 
 ∞ ∞ ∞
 
 
「んぁッ……エリオット、すごい……ああッ」
「み、ミア……なんでそんな、えっちなの?」
「もっと、もっと奥ぐりってして、ぁッ……ひあぁあッ」

 オレは枕の両端をぎゅっと掴みながら、自分の体に打ちこまれる熱い楔に酔いしれていた。
 困ったように笑うエリオットの顔が好きだ。なんでえっちかなんて、エリオットみたいな男に犯されたら、そうなるのは自然なことだ。爽やかに太陽の下で笑っている姿と、獣みたいにオレを犯す夜の姿の差に、オレはいつも心臓をぎゅっと掴まれて、目を離せない。
 今日はいつにもまして、めちゃくちゃにしてほしい。もうなにもわからなくなりたいのだ。だってオレは、どうしていいかわからない。オレのケツに腰を打ちつけてる男が、愛おしくてたまらない。何度殺されたっていい。いや、殺さないでほしいけど。
 でも王子に打ち首にされてしまったら、こんなことはもうできない。こうしてまた時間を繰り返し、愛しあうことができるなら、オレはエリオットに殺されてもよかった。オレのペニスから勢いよく白濁が漏れた。ビクビクと体を震わせながら、うわ言のように伝える。

「ぁあッ……す、好き。好き、エリオット」
「うん、俺も。……愛してるよ」
「ね、エリオッ……横がいい、横からして」
「それ好きだよね、ほんと」

 エリオットがオレの片脚に乗りあげ、もう片方を肩にかついだ。エリオットのそそり立ったペニスがオレの中に入ってくる。エリオットが抱えたオレの脚に舌を這わせた。ゆっくりと内側を撫でられ、オレはぶるっと震えた。そしてだんだんと、エリオットの腰が速くなる。エリオットの眉間に悩ましげな皺が寄る。はあ、はあ、と吐き出される熱い息。じゅるっと脚を舐められて、オレは高い声をあげた。
 エリオットは知らないだろう。その一心不乱に腰を振るエリオットが、横の机に置かれた小さな鏡に映ってるのをこっそり見るのが俺は好きだ。この爽やかな男の感じている顔も、きゅっと締まったケツも、しなる筋肉も、流れる汗も、全部、その下で股を広げてるオレのものだって思えるから。

(この男前は、こんなオッサンの体でこんな顔しちゃうんですよ……みなさん)

 誰に向かって言ってるのかはよくわからないけど。でも年下の恋人は、なぜかオレのことが大好きなのだ。オレも愛してる。世界で一番。「あっあっ」と喘ぎながら、そんなことを考えてたら、エリオットにも伝わってしまったらしい。ふくらはぎの柔らかいところをガブッと噛まれた。

「ねえ、他のこと考えてるの」
「んー、あッ……エリオットの、ことッしか、考えてないよ」
「ミア」
「あッ……! あっ……ああぁッ」
 
 オレの脚を抱えて、最奥まで貫かれる。

「ひああッ」
「かわいい。ミア、世界一かわいい」

 体の中をゴリゴリとエリオットのペニスが抉っていく。熱に浮かされた顔でそう言われて、胸がきゅううっと締まった。
 気持ちいいところを全部擦られて、ぐちゅっぐちゅと、濡れた音が響く。エリオットの左手がオレのペニスに伸びる。外側からも、内側からも、全身を愛されて、オレはシーツにしがみついて、よだれを垂らした。
 
「ミア……ミア……」
「あぁッ、ま、待て……し、死んじゃうッって」

 ビクゥッとエリオットが震えたのがわかった。
 え? と、ぽやんとした頭で考えて、オレはその理由に思いいった。愛おしい男のペニスをぎゅうぎゅう締めあげながら、思った。

(え、――……ああ、そうか。もう、この時から、なのか)

 オレは何十回も繰り返す世界の中で、どの時点でエリオットがオレのことを殺そうと思うようになるのかって考えてた。なにも悪いことをした覚えもないし、毎回、今日するはずだったケンカを繰り返したわけだけど。今回は言い争わなかったのに、それでも、――。

(もう、オレのこと殺す気でいるんだ……)

 ドッドッと心臓が誰かに叩かれてるみたいな音を立てる。背筋を汗が流れていった。だけど、見上げた愛しい恋人の顔は、まっ青だった。そのひどい顔を見ていたら、オレはだんだんと、頭が冷えてきた。
 よく考えてみたら、殺されるとき、一度もエリオットの顔を見たことがないのだ。どんな顔でエリオットがオレのことを殺してるのかは、知らなかった。でも、この顔を見る限りは、――。
 
(ええと……オレのことを殺したいわけじゃ、ないんだ?)

 エリオットは悲痛そうに顔を歪めたまま、俯いてしまった。栗色の猫毛で顔は見えない。はあはあ、と荒い息を吐きながら、だけど、エリオットのペニスはすっかり縮こまってしまっていた。ずるんと、しょんぼりしたペニスがオレの中から出ていった。せっかく気持ちよかったのに、オレが変なことを言ったせいで、恋人の様子がおかしくなってしまった。
 オレは体を起こし、俯いたエリオットの頬に手を伸ばした。そして、反対側の頬に、ちゅっと唇を落とす。

「――大丈夫だよ。嘘、気持ちよすぎただけ。なんで、そんな顔してんの?」
「……ミア……」
「想像しちゃった? かわいいな、エリオット」
「違……違うんだ、ミア……」

 ちゅ、ちゅ、とエリオットの顔に、髪に、首筋に、唇を落としながら、愛しい温度を感じる。すっかりそういう気分じゃなくなってしまったらしいエリオットの前で、オレは、どうしようかなと考えた。もう何十回も殺されているのだ。今回だって、あと数日経てば殺されるだろう。
 だけど今回は、オレが反論しなかったから、こうして今日も愛しあっているわけだ。
 今までの流れはこうだ。
 二人で口論をしている最中に、たまたま近所の人が通りかかって、そこからは分岐。オレが挑発して乱暴に抱かれたときもあるし、エリオットが怒って帰るときもあるし、オレが怒って家の扉を閉めるときもあるし、なぜかエリオットが泣きそうな顔で懇願してきたこともある。
 でもどのルートを辿っても、明日の夜にはエリオットが謝りにきて、そしてもつれるように愛しあって、それで次の日の夜に殺される。だからオレは、公演を迎えたことがない、――ん? 公演を迎えたことがない。あれ?

(あれ……なんだっけ、なんか引っかかるような)

 一瞬、そこそこ穏やかな気持ちで舞台を迎えたような、そんな映像が頭に浮かんだような気がしたけど、いや、でもそんなことはないはずだ。これだけ何十回も繰り返した中で、一度だって「王子が敵を倒す」いい結末が頭に浮かんだことなんてないのだ。
 オレがそんな穏やかに舞台を迎えられるわけはなかった。当日に信じられないほどいいアイディアが浮かんだとして、もうジュリアンたちだって夜の公演までに間に合わせることなんて不可能だったはずだから。
 でもなにかが引っかかる。だけど、――今は俯いて震えている恋人に対処するほうが先だ。
 変わらず、頬に唇を落としながら、できるだけ優しく伝える。
 
「エリオット、別に大丈夫だよ。お前がなにを考えてても」
「ッッ……! み、ミア? どういうこと?」
「別になんでもなーい」

 オレは、いつもみたいにめんどくさそうにそう言いながら、心の中では思ってた。なにがエリオットをこんなに追い詰めてるのかはわからない。それでも、――。

(大丈夫。オレがきっと、この悪夢から助けてやるから……)

 今回の繰り返しでは、かなり新しい発見があった。今までは、どうしても頭に血が昇ってしまって、どうしたってケンカになった。でも、こんなにもエリオットが苦しんでいるんだと知った今、オレは何度も怒るのはもうやめて、どうにかして理由を探さなくちゃいけなかった。

(多分、エロ魔道具を見つけた後から、オレんちに戻ってくる間になにかあるんだ……)

 だけど今、それに気づいたところで、目の前の悲しみに暮れるエリオットをどうしてあげられることもない。はー、とため息をつく。それから、オレはエリオットの前で股を広げて座った。エリオットが縮こまってるから、なんかオレのペニスもつられてしょんぼりしているのだ。
 だけど、オレのほうがまだちょっと元気がある。なんか、オレらの精神状態も、多分、そんなかんじで笑える。
 ゆっくりと、俯いてるエリオットに見せつけるように、ペニスを根本から擦りあげていく。

「見てて」
「…………ぇ?」

 オレは右手で自分の乳首を触り、左手でペニスを扱いた。だんだんと、硬さを取り戻していく自分のペニスを感じながら、びっくりした顔のまま固まってるエリオットのことを、オレはじっと見ていた。
 エリオットの視線が、オレの唇から、ゆっくりと乳首に動き、それからペニスへと進んでいった。それを知っていながら、オレはゆらゆらと誘うように腰を揺らして、指をペニスから、ケツのほうへずらしていった。中指をつぷっと入れて、入口をくるりとなぞる。
 自分でやってることなのに、ビクッと体が震えた。そして、指の抜き差しをはじめた。

「あぁ……んん、エリオット……すき、好き」

 中指一本なんて、全然足りなくて、人差し指を足して、それから薬指を足して、ぐちゅぐちゅと濡れた音と、オレの湿った息だけが響く。エリオットがその様子を真剣な顔で凝視してて、笑える。だんだん、力を持ってきたエリオットのペニスが、目の前で勃ちあがっていく。ここに入れたら気持ちいよって伝われと思いながら、オレもうっとりしてしまう。手が自然と伸びる。
 エリオットのペニスの下のふくらみに手を当て、ゆっくりと、手を上まで滑らせていく。先端の張りだした部分をぷにっぷにっと親指で押して、上目遣いにエリオットを覗いた。
 
「ねえ、――これで気持ちよくして」
「……ッッ!」
「なにも考えられなくなるくらい、気持ちよくして」

 深い緑の瞳が獣みたいにギラッとした気がした。眉を寄せ、情欲だけをその瞳に映すエリオットは、美しいとオレは思うのだ。オレの内側を擦っていた手を、勢いよく抜きとられ、そしてベッドに縫いつけられた瞬間。その瞬間にはもう、オレは熱いペニスに貫かれていた。

「あぁぁッ」
「ミア、ミア……もう、なんでそんな……なんでそんなに……」

 狂ったように腰を振るエリオットも、なにも考えられなくなるくらい気持ちよくなりたいみたいに見えた。
 だったらオレと同じだった。オレだって、愛おしい人と幸せに過ごしたいのだ。
 そして、思った。
 
(あー、ほんと、――もう、めちゃくちゃにしてほしい)
 
 
 ∞ ∞ ∞

 
 だけど、――今回もオレはだめだったみたい。
 あの日、愛しあってしまったせいで、オレはエリオットに、オレを殺させたくないと思ってしまったのだ。あんなに悲痛な顔をしてオレを殺しているエリオットを、どうにか止められないかと思ってしまった。
 それが間違えだった。
 夜、いつものように扉を叩いてオレの家に来たエリオットを、オレは説得しようとした。「なにか理由があるなら教えてくれ」と言った。でも、なにも言わないエリオットは、するすると紺色のタイを抜きとった。話が通じないと焦ったオレは、一歩、二歩、と後ずさり、そしてそのまま二階への階段をかけ上った。転びそうになりながら、寝室の扉を閉じる。

「エリオット! 理由を、理由を知りたいだけなんだ!」

 扉を必死で押さえながら、半狂乱になって叫ぶ。オレが何回もお前に殺されてるんだ、と叫んでしまいそうだった。エリオットからは返事がない。だけど、さっき階段を上ってきたのだから、すぐ後ろにいるはずだった。
 扉に背中を当て、足を一生懸命、踏んばる。
 ドンッという大きな音がして、背中に鋭い痛みが走ったのは一瞬だった。

「……え?」

 オレはその場に崩れ落ちた。背中に手を当ててみたら、ぬるっとした感触があって、手を見たら、まっ赤だった。振り返れば、扉にはさっきパンと一緒に出しておいたナイフの先が刺さっているのが見えた。

(嘘……まじで。刺された?)

 傷は浅い。でも、――オレが膝をついてしまったせいで、扉は無防備になった。
 後ろでキィっと音がした。
 後ろに立っているは、オレの愛している人なはずだった。背筋が凍った。

「ミア。逃げないで、じっとしてて。痛い目に合わせたくない。殺さないと、だめなんだ……」
「もうすでに痛ぇ……いてーよバカ! ……どうして、どうして」

 見あげた先、エリオットの目からは、涙がとめどなく流れていた。静かな涙を見て、オレはもうどうしていいのかわからなくなった。理由も言ってもらえない。今までみたいに不意打ちでも、諦めて死を待つでもなく、みっともなく逃げて、逃げて、それでも、殺されるんだろうか。
 今までは一瞬で死が訪れたから、痛い思いをしたことはそんなになかった。オレが苦しまないように一瞬で殺してくれていたのかもしれない。
 焦る頭で考える。ガクガクと震える膝は、もう役に立ちそうになかった。
 
(なんかの理由があるんだ。エリオットには、……!)

 それでも、目の前の愛しい人を見たとき、オレの頭に浮かんだのは、そんな冷静な考えとはかけ離れた言葉だった。
 そして、溢れるように口をついて出た。

「ころさないで……」
「ッッ! ぅう、ミア……ミア……うああ、うわあああああああああああああッ!!! もう嫌だ! もう嫌だ! 殺したくない! 殺したくない! ! ミアああああ」
「――――……え?」

 頭を抱えて叫びだしたエリオットが、オレを押したおし、心臓に短剣を突きたてたのは、そのときだった。
 信じられないほどの激痛と、それから、ごぶっと口から血が溢れた。自分の命が、じわじわと血と一緒に、体から漏れていくのを感じていた。オレの上で、ずっとしゃくりあげている愛しい人の顔を見て、オレはやっぱりやるせない気持ちになった。
 だけど、――エリオットがおかしなことを言ったことには、気がついていた。
 
(――あれ……そうか。そういうことか……)

 オレはそのとき、ようやく気がついたのだった。
 
(エリオット記憶があるのか……)

 ということは、つまり。
 
(――あ、これ。んだ、――)

 てっきり記憶のあるオレが主人公だと思っていた。記憶のあるやつが主人公に決まってる。だってオレならそう書くから、――と、思って、ふっと笑ってしまった。
 紛れもなく、これもオレの職業病だった。
 世界は別に、物語ではない。オレが作った世界でもない。オレの知らないところで、なにかははじまり、そしてなにかが終わっているのだ。他にも記憶のあるやつがいるだなんて、使い古された手法じゃないか。どうしてそんなことにも気がつかなかったんだろう。
 純粋な驚き。そして、すべてがつながった。
 
は、――こいつだったのか)

 エリオットが記憶を持って繰り返しているのなら、そうだというのなら。オレがすべきことは、エリオットを救うことなんかではなかった。オレが主人公だなんて、よく考えてみたら、こんな顎ヒゲのオッサンが主人公だなんて、おかしなことだった。
 だるそーな垂れ目、こげ茶色のうにょっとした髪、まんなかわけ、顎に薄くヒゲ、三十歳。
 違うだろ。主人公はもっと、――もっと。
 爽やかな好青年。栗色のふわっとした猫毛。深い緑の瞳。二十二歳。

(なに思いあがっちゃってたのオッサン。まじで恥ずかしいよ……!) 

 焼けつくような痛みが、だんだんと薄れていく。眠くてしかたないときみたいに、頭が働かなくなっていく。
 絶望した顔のエリオット。次に繰り返す世界で、こいつは精神をちゃんと保てるんだろうか。何度も恋人を殺す世界で、おかしくなってしまうに違いない。意識を手放してはだめだ。考えるんだ。
 オレが主人公でないのなら、オレの役割は、きっと『鍵』だ。
 エリオットがこの世界から抜けだすための、――鍵を、渡す役割だ。オレならそう書く。

(なにが鍵だ。思い出せ、思い出すんだ。エリオットの言葉を)

 ――「殺さないと、だめなんだ……」――

(どうしてだ。オレを殺すことでなにが起きる。なにかを防いでいるんだ)
(明日は舞台がある。オレは明日の舞台に不安しかなかった。不安があるままオレが明日を迎えたら、どうなる)
(脚本を書き換えることもできずに……)

 そのとき、どうしてかはわからない。薬屋でのニコラの言葉を思い出した。

 ――「あんまり思いつめないでゆっくりしてください。を聞いたので」――
 
 ぞわっと悪寒がした。いや、もう感覚なんてなかったから、惰性みたいなものかもしれない。
 働かない頭で考える。

(――……悪魔。いや、本当に? でも、もしも、もしもオレが公演の日に。悪魔に、――出会ったら……)

 きっと、願ってしまうだろう。

(――なにかきっと、よくないことを)

 わからない。確証はない。でも、もしも、もしもオレが本当に悪魔に出会ったなら。オレは、――。

 オレは意識朦朧とする中で、そっと指を差した。え? とエリオットが顔をあげた。
 死にゆく恋人からの最期の言葉は、カヒュッという変な音しかでない口からは、伝えられそうになかった。だけど別に、愛の言葉を囁こうと思ったわけじゃない。それでもオレは『鍵』を渡そうと必死だった。この哀れで、美しい、年下の恋人に。
 オレが指差したのは、一冊の本だった。
 机の上に置いてあったのは、先日ジュリアンが笑いながら持ってきたからだった。
 バカみたいな本を書いたと思っていた。十年前に書いてみた本だったけど、金が欲しかったにしたって、あんな本ったらない。
 オレの震える指の先、――そこにその本はあった。

 ――「小悪魔ちゃんのラブテクニック」――

 そして、ふっとエリオットに向かって、微笑んだ。「愛してる」と、音の出ない口でつぶやいた。
 それが、エリオットに伝わったのかはわからない。
 だけどその目はしっかりと本を捉え、そして、涙を浮かべながらも、エリオットは驚愕に目を見開いた。

(やっぱり……そうなのか……それが、『鍵』――?)

 そして、意識を失う瞬間に、――オレは思い出した。

(ああ、そうだ、――オレは、、悪魔に――……)

 
 ――暗転。

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