【BL】劇作家ミア・シェヴィエは死にたくない!

ばつ森⚡️4/30新刊

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第1夜 呪いのちんこ!

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※7話完結のオムニバスですが、短編としても読めます。
第1夜は【チャラ騎士×健気薬師】です。





 ある日家に帰ったら、
 壁から『ちんこ』が生えていた。

 僕んちは一階で薬屋をやってる二階にあって、ちょうど通りの角にある。つまり、つまりだ。たとえば、なんかの拍子に二階の壁に穴が空いたとして、その上で、どこかの穴にペニスをつっこんでみたいと常々考えたやつが通りかかったとして。百万分の一の確率で、そんなばかみたいな偶然が重なってしまったとしても、その男は通りに面した壁で、穴にペニスをつっこんでいることになる。
 
(いや、そんなバカな)
 
 念のため、外から壁を見てみたけど、そこにはいつもの王都、いつもの通り道、それからなんら特徴もない僕んちの壁があるだけだった。だから多分、これはなにかの呪いか……嫌がらせか、そうじゃなかったら一体なんだっていうんだろう。
 しばらく警戒していたが、結局好奇心に勝てなかった僕は、ゆっくりと、ベッドの近くまでにじり寄った。膝をつくとベッドがミシッと軋んだ。
 壁に生えたそれを近くでじっと観察してみて、僕は思った。

「すごい、立派……!」

 
 ∞ ∞ ∞   


 僕は、王都の片隅に住む、しがない薬師で、名前をニコラという。
 茶色の髪を肩まで伸ばし、前髪で左目は見えない。いつも着ているだぼっとした薬師用の深緑のローブから、生白い腕が覗いている。きっとヤナギのオバケにでも見えてるんじゃないかと、普段から僕は思っている。
 祖母から継いだこの小さな薬屋は、祖母の代から通ってくれている人たちも多く、生活に困ることもない。人と話すのは苦手だし、薬草採取以外に外に出るのも大嫌いだし、だからこの仕事は天職である。

(だって……こんなに人と話さないでできる仕事って、多分、他にない)

 両親は幼い頃に他界してしまったけど、薬師は試験さえ受かればなれる職業だったのもあって、僕は運よく、十五歳で成人した直後から薬師になることができた。祖母はしきりに、学校に通った方がいいんじゃない? と勧めてきたが、人見知りな僕は、そんな恐ろしい場所に通うだなんて絶対に嫌だった。僕が薬師になってから八年、つい先日、祖母は天国へと旅立って行った。
 そんなこんなでなんとかやってきた人生だけど、僕には、誰にも話したことない夢があった。

 いつか、素朴な男性と恋をして、一緒に暮らすこと。

 物心ついたときから、街中で見かける女の人ではなく、男の人のほうに興味があるということは気がついていた。だけど、今まで人とろくに関わったこともなくて、薬を作ること以外に能のない僕に、恋人ができるだなんていう幸せな未来が訪れるとは思えなかった。
 それでもいつか、と、夢見ていたのはたしかだったが。
 だが、しかし。

「股間部分にだけ出会ってしまった……」

 僕は、壁に生えたペニスを目の前に、ベッドに座ったまま、うーんと首をかしげていた。まじまじとすぐ横に生えるそれを観察する。見れば見るほど立派なそれは、自分のとは見た目も大きさもまったく違うが、本物のように見える。

「これって……本物なのかな。それとも、そういう風に見えるなにか……?」

 たとえば、誰かの股間に呪いがかかっているとして、それは股間だけがどこかへ飛ばされてしまう魔法なんだろうか。というか、このペニスの持ち主は、今、一体どういう状況にあるんだろうか。こうして立派に天を目指しているのだから、なにか性的な興奮を感じているはずだったが、もしかして本人は触れないんだろうか。
 時計を見てみれば、午後十時。夜、少しくらいそういう気持ちになったとして、男性としては健全な気がした。
 
 はじめて見る他人のペニスに、僕は自分の中で好奇心がむくむくと膨らんでいくのを感じていた。そして、それは今、恋愛関係にあるわけでもないのに、絶対にバレずに観察できるという希少な機会を得ているのだ。
 僕はじっと目を凝らす。
 色は赤黒い。その大きさから、まるで鈍器のようにも見える。先端がぷくっとしていて大きく、首の部分が杭のように段差がしっかりとついてる。浮き出た血管は、その存在を力強く見せているような気がする。
 どき、どき、と心臓の音が速くなる。震える指先が、吸い寄せられるように、その生えたペニスに近づいてしまう。

(さ、触ってみたい……)

 想像していた素朴な人のペニスとは違ったけど、出会うかどうかもわからない恋人を待つより、今、この壁に生えたペニスを触ってみたかった。クッと顔を背け、そんなことダメだ、と自分を制してみるが、ギギギと首が元の位置に戻る。もうそのペニスしか目に入らない。
 そして我慢もできなくなった。

「ど、どうしよ。ちょっとだけ……ちょ、ちょっとだけ、いいですか?」

 思わず話しかけてみたが、ペニスからの返事はない。当たり前だ。今まで自分のペニスが話しだすのを見たことはなかった。そういう機能はついてないはずだ。了承されることはなかったが、誘惑には勝てなかった。
 恐る恐る、手を伸ばす。ちょんっと先端に触れてみると、ビクンッとペニスが震えた。と、同時に僕もビクッと震えた。

「ええッ! は、反応がある……」

 そして、僕は確信した。

(これは……生きている本物のちんこ!)

 このペニスには、確実に持ち主がいる。嫌がらせか、あるいは呪いか、どちらかである。僕は真剣な顔になった。

「あ、あなたは……誰なんですか……」

 だが、冷静に考えてみると、真面目な顔でペニスに話しかけている自分は、相当頭がおかしい人間に思えた。
 嫌がらせの線が有力。でも、一見、凶悪そうに見えるペニスだが、なんら危害を加えそうな気配はない。それどころか、さっき触ったせいなのか、どことなく、不安そうに見える。

(不安そうなちんこ……ってなんだろう)
 
 そもそもこんな急所中の急所を、嫌な相手の家の壁に出現させるっていうことは、嫌がらせになるんだろうか。すぐに消えてしまうならともかく、ペニスはいまだ元気にそこにあるのだ。僕は思いきって、もう一度、声をかけてみることにした。
 仕事以外のことで会話をするのはかなりひさしぶりである。そして相手は持ち主不明のペニスである。

「触っても、いい?」

 心なしか、ペニスが「さわってさわって」と僕に訴えかけているような気がする。少しだけ涙目にも見えるその子を、優しく手で包んだ。ビクウッと震える姿はなんだか愛らしくて、大丈夫だよという気持ちで、やわやわと刺激をした。
 怖がっているようで、ペニスは時折ビクッビクッと震えては、こちらを窺うような姿勢だ。しかし、相変わらず天を目指しているところを見ると、やっぱりこれは呪いで、もしかしたら本人は触れることができずに、困っている可能性もある。
 そ、それなら、――。

(な、舐めてみたい……!)

 僕は思い切ってペニスをあむっと口に含んだ。いつもの引っこみ思案な僕からは想像もできない大胆さだった。なぜなら、人が見てないからだ。誰にも見られていないと思うと、それは僕の気持ちを大きくさせた。
 口の中が太いペニスでいっぱいになる。上顎を撫でるように進むそれに、僕は甘い声をあげた。

「んぅ……ッ」

 
 ∞ ∞ ∞

 
 オレ、――こと、王国騎士団員であるフレッドは、困っていた。
 オレは物心ついたときから、女にも男にもかわいがられて育った。ふわりとした稲穂色の猫っ毛はかわいいと言われるし、はちみつみたいな色の甘い瞳に溶かされてしまいそうだと言われ続けて、わりと期待どおりに溶かすことに尽力してきた。
 いつか刺されるぞ、とオレの上司である騎士団の副団長に言われていたが、ついにその日が来たようだった。

「なんだ。このわけわかんねー呪いは……」

 昨晩のことだった。風呂から出たあと、今の今までそこにあったはずの自分のペニスが、忽然と姿を消した。エロい本を見ていたらムラムラして、触ろうかと思った直後のことだった。ものすごく焦った。そして思い出したのだ。

(お前なんか二度と交尾できないようにしてやる……って、そういうこと?)

 軽い雰囲気で声をかけられ、一度寝ただけの女の子だった。でも実はオレのことをずっと好きだったらしいのだ。そして、オレが二度目は取りあわなかったから、激怒し、怪しげな呪術に傾倒していったとか。副団長がそんなことを言ってた。
 昨日、騎士団の門で泣き叫びながらそう言い残した彼女が、あのときにオレに呪いをかけたということに気がついた。そのときは「交尾って……」と動物扱いにびっくりしたくらいで、大して気にも留めていなかったが、こんなことになるなんて思ってもみなかった。
 そして、その呪いは確実に効果があったと言える。

「困ったな。これじゃ本当にできなくなっちゃうな」
「え?」
「ああ、いや……ごめんね。ちょっとひとりごと」

 ついぼーっとしていたら、ずっと通っている薬屋の青年、――ニコラが調合台のほうから顔を覗かせた。
 今はニコラの薬を待っているところだった。きれいな白い手が薬を調合していくのを眺めながら、オレはふうむと顎に手をあてた。呪いはともかくとして。

(昨日のアレはなんだったんだろう……)

 てっきりペニスが消えるだけだと思っていたら、オレのペニスになにかが触れたのだ。オレは青ざめた。
 もしかして、オレのペニスは消えるだけでなく、どこかに飛ばされているんじゃないかと気がついたのだ。もしも路地裏かなんかに飛ばされていて、犬に食いちぎられでもしたら、と焦った。
 だけど実際に起きたことは、正反対のことだった。恐る恐る誰かが触っている気配があって、しばらくすると、自分のペニスは柔らかな粘膜に包まれ、そのつたない動きにやきもきはしたものの、長い時間をかけて、絶頂まで導かれた。
 途中、もしかしてあの女の子が? とも思ったが、あのプライドの高そうな子がそんなことをするとは思えなかった。
 そして主は、オレのペニスをわざわざ温かな濡れ布で丁寧にふき取り、それから。

(……キスされたな。最後に)

 昨日は、ぽかんと口を開いたまま、オレは呆然としていた。そして、射精を終えたペニスはまた、オレの股間に戻ってきたのだった。よくわからないのだが、一つだけ言えることがあった。どこの誰だかはわからないが。

 ――どうやら呪われたオレのペニスは、そう悪くはない人間に拾われたらしい。

 しかし、悪くない人間に拾われたからと言って、このままにしておくわけにはいかない。
 どうしたもんだろうか、とオレは悩んでいた。オレに王国中に「オレのちんこを探してます」とでも、似顔絵つきの張り紙を出せっていうことなのか。
 ニコラが「ハイ、フレッドさん。できましたよ」と、ふわりと微笑んだ。「ありがとう」と、受け取りながら、なんとなくその手を見てしまう。
 きれいな指だ。きっとあんなかんじの手の持ち主に違いない。ちらっとニコラの顔を窺う。
 いつも前髪に隠れていてあまり顔も見えないが、ニコラの顔は地味だが整っている。きれいな子だなと思ってはいたが、こういう純情そうな子には、手を出さないようにしてるのだ。
 腕もよく、薬の扱いも丁寧で、物腰もやわらか。最低限の会話しかしないが、ここに通う人は多い。
 
 まあ、今はニコラよりも、呪いのことだ。フレッドは店を出ながら、はあ、とため息をついた。とにかく言えることは、――。
 
 これが、最悪な呪いだってことくらい。

 
 ∞ ∞ ∞
 

「ただいま」
 
 家に帰ってすぐに挨拶する相手は人間ではない。壁に生えたペニスである。
 この不思議なペニスが出現してから早一ヶ月、僕の生活は完全にただれきっていた。
 数日間のうちに気がついたのだ。どうやらこのペニスは、興奮しているときにしか現れないらしい。そしてどうやら、規則的な生活を送っている人間のものなのではないか、と推測していた。いつもちょうど僕が薬屋を閉めて、帰宅したころに壁に出現するからだ。
 そして僕はこの一ヶ月間、二日に一度は現れるこの立派なペニスと一緒に過ごす日々を送っていた。
 恋人ができた試しはないのに、舌技だけに異常に特化した人間になってしまっている。最近は、舐めながら自分のモノをしごけるように高さを調節して、ベッドに寝転がりながら一緒に達するまでするという狂気を見せていた。
 今日も今日とて、僕を出迎えてくれた愛しい恋人……言ってて虚しい気持ちになるが、それでももはや僕は、そのペニスを愛おしいと感じていた。そして頭のおかしくなった僕は、決意していた。

「もう……今日は、結ばれよう」
 
 誰のものだかもわからないペニスを入れようだなんて、正気の沙汰ではなかった。でも一生できないよりは、一度だけでも入れてみたい。そう思った僕は、風呂場で念入りに準備し、そして、壁のペニスの前で正座になった。きっと持ち主はなにが起きているのか、想像だにしないだろうが、僕は三つ指揃えて頭をさげた。

「よ、よろしく……お願いします」

 カーテンがしっかりと閉まっていることをもう一度、確認した。そして、下着を脱ぎ、お尻を壁に向けると、ゆっくりと腰を落として行った。
 めちゃくちゃ恥ずかしい体勢だった。ぷちゅ、と先端が尻に触れた。お互いにピクッと震えが走る。どき、どき、と期待と不安に胸が押しつぶされそうだった。それでも、自分の欲求には抗えなかった。
 だが、――太い先端が少し入ったところで、僕は悲鳴をあげた。

「いったあッ!」
 

 ∞ ∞ ∞
 
 
 「ど、どうしたの? ニコラ。そんな顔して……」

 ひさしぶりに薬を買いに行ったら、消えいりそうな儚さでしょんぼりしているニコラがいた。普段は控えめな笑顔を浮かべている彼が、こんなに目に見えて落ちこんでいるのを、オレははじめて見たのだった。
 状況で言えば、オレも相当落ちこんで然るべきところだったが、ここ一ヶ月ほどの間に、すっかりオレのペニスは優しい誰かの口内にほだされているのだった。

「フレッドさん……実は」

 しばらく言うかどうか悩んでいたようだったが、ニコラはなにかを振りきるように、まっ赤な顔で話しはじめた。
 実は恋しく思っている人がいるけど、セックスのときの挿入がうまくいかないらしいのだ。オレは驚いた。ニコラに恋人がいるだなんてまったく知らなかったし、そんな雰囲気もなかった。その上、はじめて聞くプライベートな話が、そんな性的なことだなんて、とすごくびっくりしていた。
 おそらく、オレが男も女も来るもの拒まずだってことを知っているんだろう。たしかにそういうことを相談するのなら、あまり近すぎる友人よりは、色ごとに慣れた人間に聞いてみようとでも思ったのかもしれない。
 その話を聞いて、オレはふっと笑ってしまった。

 というのも、オレのペニスを飼っているらしい誰かも、最近どうやら挿入しようと試みているようなのだ。あの感触からすると、多分相手は男だ。相手がどんなやつだかわからないから、多少不安はある。でも、この一ヶ月の恩義を感じているオレは、相手がハゲたオッサンであろうとも、そうしたいのなら、そうさせてあげようと思っていた。男なら妊娠する心配もない。
 一ヶ月間、丁寧に扱われてオレは思ったのだ。
 この優しい人に拾われなければ、オレはこれからずっと夢精しかできない運命だった。もちろん、呪いを解こうと、いろんな情報は集めてはいる。だけど未だ、結果には結びついていなかった。いずれは解呪することができるだろうが、今はとてもありがたい。
 あんな頻度でやってくれるんだから、多分寂しいオッサンだと思ってる。
 感じる温度が冷たくはないから、出現場所はおそらく部屋だろうと思うのだ。すぐお湯の出るところに住んでいるのだから、貧乏ということもないだろう。土日や非番の日中に兆したときは、放置されることが多いので、昼間は働いている人間だってことも多分あってる。
 散々遊んできたペニスなので、今さらオッサンに咥えられたところでどうってこともないのだ。それに、まるでオレのことが好きみたいに、一生懸命舐められると。
 
(なんかかわいくて……)
 
 一ヶ月なんて長い間、同じ人間といたことがなかったオレは、その見えもしないオッサンのことを考えるようになっていた。
 でも、今はオッサンのことを考えている場合ではなかった。ニコラが下がりきった眉をそのままに、まっ赤な顔で、俯いているのだった。その様子から、おそらく、はじめての経験なんだろうなということが予想された。

「あー……まあ、最初はきついんだって。もうちょっとゆっくり準備してみたらどう?」
「ぁ、はい。その、香油で解してみてるんですけど、その」
「なんの香油つかってるの?」
「え?」
 
 ニコラは、いつもよりも表情がくるくると変わって、かわいく見える。ふふっと笑いながら、オレは話を聞いた。初心者は油ならなんでもいいと思いがちだけど、適したものがあるよと教えてあげた。
 こんなにかわいく相談されたなら、いつものオレなら「オレが試しにやってあげるよ」と言うだろうところである。しかし、悲しきかな、大切なオレの相棒は、臨戦態勢になるとどこかへと消失するのだ。
 そんなことを考えながら苦笑していると、ニコラにきゅっと袖を掴まれた。え? と、顔を向けると、相変わらずまっ赤な顔でニコラは言った。

「あッあの……っ! す、すすみません。あの、その、も、もしよかったら……お、教えてもらえませんか?」
「ええ? それは……さすがに相手に悪いよ」
「ぇあッ。そそそ、ソッ、そうですよね……!? ぼ、僕は……一体なにを……!」

 ニコラがとんでもない据え膳を提案してきたが、膳が据えられたときに、フォークもスプーンもないのである。しかしまあ、今のオレは限りなく安全ではある。
 不能ではないが、ペニスが不在だ。
 もはや目をくるくるさせる勢いで、倒れそうなニコラを見て、オレは下心はあっても無害な人として、相談にのってあげようと思ったのだった。

「まあ……話くらいは聞いてあげるよ」
 
 

「中指でその、こう……前後させたりして、油を塗って……」
「え? そんなに相手は小さいの? ニコラの指なら三、四本は入れてしっかり準備しないと難しいんじゃない?」
「あっ、そ、そうなんですか?」

 二階にあるニコラの部屋に案内されたオレは、必死に話すニコラの話に耳を傾けていた。今日は早めに閉店するらしい。だけど話を聞いていると、ニコラの知識は本当に少なく、偏っていて、それじゃあ入らないだろと思った。ていうか、――。

「ねえ、こんなにニコラが慣れてないのに、なんで相手は手伝ってくれないの? 本当に恋人? ちゃんと優しい?」
「えッッ!!」

 こんなにかわいい恋人が悩んでるのに、なんでオレなんかに相談するまで放置しておくんだろう。自分が今まで散々男も女も泣かせてきたことを棚にあげて、オレはなぜかニコラの恋人にイラッとしていた。
 だけど、ニコラが跳ねあがるほどびっくりしている様子を見て、オレはピンときた。

「……そいつ、恋人じゃないんでしょ。どういうことなの」
「あぇッ。い、いや、そのッ。あの……はあ、そうなんです。その、僕が一方的に、す、好きなだけで」

 オレも大概な人間だけど、こういう純情そうな子には絶対に手を出さないのに最低なやつだな、とオレは思った。でもニコラが好きなんだとしたら、それは応援したあげたほうがいいんだろうか。

(ニコラははじめてなのに、なんの知識も与えないで放置する男を……?)

 いや、それはだめだろう、とオレは思った。この薬屋には、ばーさんのときからお世話になってる。ニコラだって薬師になったときからの付き合いでもある。大事な薬を作ってくれているニコラの精神衛生状態は、ぜひ健やかであってほしい。

「好きだからって、だめだよ。乱暴にされたらどうするの」
「そ……それは、ナイッんです、けど……」
「どういうこと? そんなのわかんないじゃん。ケガするのはニコラなんだよ」

 えっと、あっと、と煮えきらない態度をとるニコラを見て、オレは正直、そんな男のことなんて忘れてしまえという気持ちになっていた。今のオレが完全に無害なこともある。だが、どう見ても一途な子が、怪我をしたりすることだけは避けなくてはいけない。
 少し悩んだが、オレは準備のしかたくらいは教えておこうと思った。そのあいだに、そんな男じゃなくてもいいってことを体にわからせよう、とも。
 オレはいつものように、はちみつを溶かしたみたいに、ニコラに甘く笑いかけた。

「おいで、ニコラ」

 
 ∞ ∞ ∞

 
「ぁ……んッ、ああっ」
「だんだん慣れてきたよ。とろとろで、気持ちよさそ」
 
 僕は今、なぜか腰を高くあげ、ベッドの上でフレッドさんにお尻をいじられていた。僕が頼んだことでもある。でも恥ずかしすぎて死にそうだった。ぎゅうっとシーツにしがみつきながら、ちらっとフレッドさんの顔を覗く。
 いつも甘い笑顔でふんわりと笑ってくれる常連さんだった。
 男も女も来るもの拒まず、というのは王都の中では結構有名で、だけど僕が見ているかぎり、遊ぶ相手はちゃんと選んでいるみたいだった。こんなことを頼むのはめちゃくちゃ恥ずかしかったけど、でも、慣れてるフレッドさんなら、もしかしたら教えてくれるかもしれないと思ったのだ。

(さすがに、本当にしてもらうことになるとは思ってなかったけど……)

 自分の口から濡れた声がもれていることは気がついてた。フレッドさんの長い指が、いままで届かなかった場所をこするたび、僕は信じられないほどの快感を感じていた。はじめて奥に感じる他人の熱。優しく内側を撫でられて、熱い息を洩らした。
 熱に浮かされながらも、こっそりと壁を確認する。

(大丈夫、この時間に出たことはないから。きっと働いてる時間……)

 壁のペニスのスケジュールを把握している僕は、一体何者なんだろうか。だけど今日ばかりは、規則的な生活を送っている真面目なペニスに感謝した。
 フレッドの長い指が内側でバラバラと動いた。

「ふ、フレッドさ……んッ。ぁあ……き、気持ちぃ」
「……かわいいね、ニコラ」
「ふれ、あ……ッ、ふぁ」

 僕は涙を浮かべながら、必死でフレッドさんの名前を呼んだ。うねる快感の波に流されてしまいそうで、恥ずかしくて恥ずかしくて、なにかに縋りつきたくて、僕の尻の横に座っているフレッドさんの脚にそっと手を伸ばした。潤む視界の中で、僕はフレッドさんの顔を覗いて、熱い息を吐いた。
 そのときだった。
 目の前になにかが現れたような影が差した。
 なんだっけと思って目をやって、僕は息を飲んだ。壁からにょきっと顔を出した、
 それはまるで打たれても立ち上がる戦士のように、力強く、そして明らかにポジティブなエネルギーを持って、少しずつ、ゆっくりと、天を目指し、そびえ立った。
 正直、後光が差しているように見えた。そしていつもの立派な姿で、悠然とした態度で、僕のことを見下ろしていたのだ。
 ペニスだった。

「…………」
「…………」
 
 僕とフレッドさんの時は、――止まった。
 
 
 ∞ ∞ ∞


「あぁッ! な!? う、うそ! な、なんでこんな時間に?!」

 今の今までかわいく喘いでいたニコラが、今まで聞いたこともないような大きな声を出した。両手を口に当て、まっ赤になって凝視しているのは、壁から生えているペニスだ。

(おい、なんだあのちんこ……)

 そして、あれ? と、思ったときに、すべてを理解した――。
 長年慣れ親しんだ自分のペニスが、壁から生えているのを目撃した、オレの気持ち。
 こんなところに飛ばされていたのか、と死んだ魚のような目になりながら、慌てるニコラをぼーっと見ていた。というか、わりと頭の回転の早いオレは、ニコラがおかしなことを言ったことで、状況を完璧に把握した。

(なんでこんな時間に……? って……)

 まっ赤になって慌てているニコラは気がつくことはないだろうが、その後ろで、オレも片手で顔を隠しながら、耳までまっ赤になっていた。ぶ、わ、わ、と体温が一気にあがる。
 オレは、好きな人のために練習したいというニコラの中を暴いていく作業に、めちゃくちゃ興奮してた。相手が無垢で純真なこともわかってるし、 オレではない男のためにがんばってるニコラを喘がせてるっていう背徳感。弱々しい声ですがるように呼ばれる名前。オレの遊び相手にはない素直な反応。
 実は、はじめてだったのだ。
 はじめから慣れた人としか遊んだことなかったオレは、そのかわいさにやられてしまっていた。

(すげえ勃ってるし……)
 
 そしてニコラの話しぶりを思い出し、もしかしてニコラが恋しく思っている相手は、オレのちんこなのではないか……という予測が立った。ふっと笑ってしまう。かいがいしく世話をしてくれた相手は、ニコラだったのかと笑ってしまう。
 だけど、あまりにもニコラがまっ赤になって慌てているもので、オレの中のいじわるな気持ちが顔を出した。

「ニコラ……もしかして、恋人って、アレ?」
「ヒッ」

 悲鳴をあげたかと思うと、まっ青なんだかまっ赤なんだかよくわからない顔でニコラが「ち、違うんです違うんです」と泣きそうな顔で何度も言った。ぼろっと涙がこぼれるのを見て、指で優しく掬いとった。

「入れてみたら? オレが手伝ってあげてるときなら、安心じゃない? 相手にもバレないし」
「……え?」
「ほら、お尻だして。もうやわらかくなってるから」

 ニコラは、ごくりと喉を鳴らした。その様子を見て、笑いを堪えるのが大変だった。
 これは、オレの人生ではじめて、オレのちんこが入ってるところを前から見られるチャンスでもあった。いろんな遊びをしてきたオレでも、こんなおかしな状況は多分もうないだろうと思った。
 吸い寄せられるように、ニコラの手が、ひたりとペニスに触った。そして、不安そうにオレの顔を覗く。

(あ……やばい。かわいい……)

 「大丈夫だよ」と言って前から抱きしめてあげると、ニコラがオレのペニスにゆっくりと腰を落としていった。ぎゅうっとオレの首にしがみついて、震えているニコラの背中を撫でながら、細い首筋に唇を落とした。

「ぁ……っ! ふ、フレッドさん……ッ」
「好きなの? それ」
「……んッ。わ、わかってます。おかしいことしてるの。でも、僕は……僕にとっては、愛しくて」

 その声が聞こえたときには、もう、オレはニコラに口づけていた。ちゅ、と濡れた音が響く。ニコラがびっくりした顔でオレのことを見た。そして不安そうにオレの名前を呼ぶ。
 
「ふ、フレッド……さん?」
 
 さすがに、恥ずかしい。この一ヶ月お世話になった相手でもある。そして今、どきどきと胸を高鳴らせている相手でもある。伝えなくていいのであれば、伝えたくもない。だけど、そういうわけにもいかないだろう。オレの顔は多分、まっ赤でもあるはずだった。
 
「それ、……オレのなんだけど」
 

 ∞ ∞ ∞


「…………えッッ」

 しばらく僕はぽかんとしていた。でも、まっ赤になってるフレッドさんと、自分の尻に刺さっているペニスを見て、ようやく「もしかして」という発想にいきついた。そして、徐々に思い出されるこの一ヶ月間の爛れた生活の記憶。
 自分がこのペニスを恋人のように熱くフレッドさんに話してしまった今日の記憶。
 僕の顔がサアアッと青くなった。そして悲鳴をあげた。

「ヒィッ」

 そして、なぜか僕の肩に顔を埋めてるフレッドさんと、しばらく無言で抱きあっていた。壁から生えたペニスが中にはいっているままで。だけど、恥ずかしそうなフレッドさんが顔をあげて、またキスをされた。
 いつも余裕のある顔しか見たことがなかったから、照れてる顔がかわいくてびっくりした。だけど、僕がそのまま固まっていると、フレッドさんの指が、そっと僕のペニスに絡まった。

「ひぁッ……ふ、フレッドさん!」
「せっかくだから。えっちなとこ、見せてよ」
「ぁ……あッ、あっ、ふ、ふれ……んんッ」

 フレッドさんの指が、僕のペニスを包みこみ、上下しはじめる。僕の体がビクビクと震えるたびに、ぎゅうっと中にある存在を締めつけてしまう。自分でやったときみたいな痛みはまったくなくて、ただ、その圧迫感に、胸までいっぱいだった。甘く耳たぶを食まれて、フレッドさんが耳元で囁いた。

「ニコラ、腰、振って。オレのことも……気持ちよくして」
「ふぁ……ッ。ぇあっ、む、むり、あっ」
「そうそう。ゆっくりでいいから。かわいいよ、ニコラ」

 甘く優しくそう言われて、僕の中の常識は崩れさった。フレッドさんに抱きつきながら、ゆるゆると腰を振る。大きなペニスが、内側を舐めるみたいに広げていく。ごりっとお腹に当たるたびに、頭までじんとしびれる。フレッドさんの指が、僕のペニスの先端をぐりぐりと刺激する。
 あまりの快感に、悲鳴のような声ばかり上げてしまう。そうでなくても、このペニスは、僕が一ヶ月ともに過ごした愛しい人なのだ。フレッドさんが僕のペニスを撫でたまま、尋ねる。

「どう? 気持ちいい?」
「ぁッ……ああっ、あッ……んんっ」
「オレは、気持ちいいよ。ニコラの中、すごい熱い」

 いつの間にか反対の手で、乳首を摘まれていて、僕はゆさゆさと腰を振りながら、ペニスから透明な液体を滴らせた。頬に当たるフレッドさんの柔い髪。肩口で吐かれる熱い息。尻にペニスを入れただけでは、こんな風にならないってことは、もうわかってた。信じられないほどの快感に、体が震える。

(気持ちいい。こんなに……こんなにすごいことなんだ。どうしよう……気持ちいい)

 もう僕は限界だった。お腹いっぱいに入ったペニスの存在を考えるだけで、もう、だめだった。フレッドさんの手が速くなる。

「だめ、もっ……いっ」
「ん、いいよ。気持ちよくなって」

 優しくそう言われて、胸がきゅううと締まった。目の前がチカチカした。僕ははしたなく腰を振りながら、白濁を吐きだした。
 
「ぁっあッ――……ああぁッ」
 
 
  ∞ ∞ ∞

 
 大きく反りかえったニコラのペニスから、ぴゅっと精子が飛んだ。
 ニコラが崩れおちるのと同時に、ちゅぽんと、熱い粘膜に包まれていたペニスが外気に晒された。オレの腕の中で、ハアハア、と荒い息を吐いているニコラを見ながら、さすがに、自分で腰を振れないのはつらいなと思った。
 目の前には、いまだ天を仰いでいる自分のペニスが、寂しげにぽつんと壁から生えている。

(…………ほんと、なんだあれ)
 
 一体どういう呪いなのかはわからない。でも、どうにかならないかなと思って、手を添えた、――そのときだった。
 壁のペニスが光に包まれた。
 そして、その光はあっという間に、オレの股間に戻ってきた。

(……あ! え、戻って?!)

 オレは、ついに再会を果たした相棒に、ほっと胸を撫でおろした。そのとき、「ぇ?」と小さくつぶやいたニコラが、光の差すほうへと顔を向けた。煌々と光り輝くオレのペニスを見て、ニコラが感極まったように言った。
 
「こ……神々しい……!」
「……ニコラ……」
「あッ」

 変な感想をもらって、複雑な気持ちにもなる。だけど、これで万全な状態だった。
 今すぐにでも繋がりたいところではあった。だが、ニコラは多分、恋人ができたことなどない、純情で純粋な子なはずだった。壁から生えたペニス相手に、あんなにも恋してるような相談をしてくるくらいだ。だからオレは、今までの相手とは違う態度で、ちゃんと、ちゃんとしないといけないと思った。「ほんとにフレッドさんだったんですね」と、まっ赤になっているニコラを見て、オレは言った。
 
「もし……ニコラが、よかったら、その、つきあってほしいんだけど」
「…………えッ! い、いやです」
「ええッ!」

 そしてすぐに振られた。「え、なんで」と詰め寄ったオレに、素朴な人と付き合いたいとニコラが言い出して愕然とした。しばらく言い合っていたが、最終的には「あんなに愛してくれたのにひどい」と、まるでニコラが浮気したかのようなことを、半ばキレ気味に言うまで問答は続く。
 それからなし崩しに「ほら、ニコラが大好きなちんこだよ」とレイプ犯のようなことを言いながら、ニコラの体に優しく教えて、ニコラが陥落するまで攻防は続く。
 涙目のニコラが「好き、大好き」と愛を囁いている相手が、オレのペニスだけじゃないことを、祈っている。切実に。
 
 壁から生えたペニスの謎はいまだ解明されないままだ。
 呪術に詳しい叔父に聞いても、そんな高度な呪いは不可能だと言っていた。でも、こうしてオレのペニスは無事に戻ってきたのだから、とにかくよかった。かわいい恋人もできた。
 完璧に順番を間違えてしまったみたいなオレたちのはじまりを、どうにかやり直そうとは、思ってた。

「今度、知り合いの舞台があるんだ。一緒に見に行かない?」
「えっ もしかして、クロスフォード劇場のですか?」
「知ってた?」
「あ、はい。いつも薬を買いにくる人が話してました」

 そんなこんなで、オレたちの恋人生活はまだはじまったばかり。とりあえずは、演劇でも見に行くことからはじめよう。
 隣にちょこんと座っているニコラの手を握る。それだけでまっ赤になるニコラを見ながら、これからきっと楽しい毎日になるだろうなと思った。

 
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