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第一夜 一滴ごとに満ちていく

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 仰臥した顔の上に、漏斗のようなものが吊られている。

 その尖端から、ぽたりと何かが、女の額に滴ってきた。
 ねっとりと粘度の高い、これは、そう、香油だ。

 ぬめる香油が額の一点をじんわりと刺激する。

「頭の凝りをほぐす香油施術だ。知らないか?」

 首をふろうとしたら、「動くな」とたしなめられた。
「今夜は首から上だけ」と言った言葉のとおり、首から上だけしか触れないのだろう。

 もうひとつ、「まずはほぐす」とも言われた。
 言った以上はそれも言葉どおりなのだろうが、ただし「ほぐす」がどういうことを言っているのか。
 もう息を呑んでただ待つしかできない。

「額のその位置に香油を垂らしつづける。しばらくすると、夢見心地になってくる」

 つうぅぅーと細くしたたる香油が、漏斗と額の間に細い線を描く。
 額にやわらかく着地した香油は、そのまま頭頂へと流れてゆく。

「力を抜いて。くつろいでいればいい」

 最初は、なんともいえないじんわりじんわりした感触が続くだけだった。
 だが、ほどなく額がぽうっとあたたかくなり、温感の輪が広がるにつれ、頭も身体もふわふわしてきた。

(きもちいい)

 やがて額のその一点から、甘いさざなみが生じはじめた。
 ビィインと響くさざなみは、間断なく手足の先へと送られていく。
 鈍いしびれが肌の表面を走って、身体の随所に小さな火花を散らせる。

 額に香油を垂らす以外、何をされているわけでもないのに、どうしてこんな。

「んっ」

 いま呼び出されている、この感覚。
 水が湧くように染み出し、拡がっていく、この体感。

 頭の芯が甘くしびれて、うまく考えられなくなっていく。
 ただこの淡く移ろいやすい感覚を、もっとつかまえたくて、たまらない。

 これが身体を満たしたら、どんなだろう。

 知らず、喉がこくんと鳴った。

「あぁ」

 もう間違いない。

(これが、快感……)

 首筋を走る刺激に、ぞくぞくぞく……と身が震える。
 胸の頭頂に火花が弾けて、ぴくんと上体が跳ねる。

 じゅん……──

 とろみがこぼれそうで、思わず膝をきゅっと合わせた。
 羞ずかしさに顔が火照る。
 両脚をよじらせる女の下半身を、男の視線が舐めていく。
 それだけで、また身体がきゅうんと鳴ってしまう。

「ふふ」

 男が見ている。
 切れ長の目が細まり、口角がきゅっと上がる。
 唇を舐めた生々しい舌の先が、危険な獣のように見えた。

 とろ……つつぅ──

(私、どうなっちゃうんだろ)

 全身を這い上がる羞恥は、肌を粟立たせ、熱くさせる。
 そして羞ずかしさの奥からわきあがる、それだけではない甘くざわざわとした焦燥感。

 香油は休むことなく額を潤しつづけ、女の身体は微弱な快感を蓄えつづけていった。
 どうしてこんな、という思いは、もう白いもやの向こうに遠ざかっている。

「随分よさそうじゃないか。ん?」

 低い声が耳を濡らし、その耳に、男の指が触れた。

 ぞわぞわ…──

 耳から全身に鳴り響く、くすぐったいような、痺れるような、ぞくぞく感。
 身体が震えて、余裕なくうわずった声が熱くこぼれた。

「あんっ……」

 初めての感覚に頭が白くなる。混乱しているところに、男は容赦なく耳を弄びつづける。
 下半身が熱く滾る。
 何かに追われるように、身体が大きくくねった。

「あ、あっ、や、うそ、ぁっ」

 大混乱のなか、切ない疼きを感じている、まさにそこに、彼の視線が向けられる。
 男を知らず、そればかりか性の快感すら知らずにここまできた乙女にとって、あまりといえばあまりな刺激だった。もじ、と、震える脚をよじり合わせてしまうのを、こらえようがない。

 だが男は手加減なしに乙女の性感をこじ開けにきた。
 もう片方の耳を、ぺろりと舐めはじめたのだ。

「あっ──」

 頭を動かすなと言われ、左耳を手におさめられ、右耳に舌を入れられ、下半身を陸の魚のように跳ねさせるくらいしかできることがない。

「あっ、あっ、あっ、ああんっ」

 もはや、じわりと滲むどころではない。
 熱く濡れている。

 じゅんじゅん──と。

 羞ずかしいほどに濡れていく。

「不感症だと?」

 片頬をキュッとあげ、男は女に顔を寄せた。

「ならどうしてこんなに濡れ濡れに濡れてるんだ?」
「……ぁあん、あん、あんっ、い、言わないでっ」
「びちょびちょに濡れてる」
「あん、そんな……」

 そんなことは彼女が訊きたいくらいだった。
 こんな風になったことなど一度もない。だから夫と結ばれることができず、だからこそ、こうしてここに来たというのに。まだ触れられもする前から、これは一体なんなのか。

「な、に、したんですかっ」
「何?」
「あ、あなたが私に何かしたんでしょう? その、この妖しい香油とか、お香とか、媚薬みたいな何かとか……」
「ふ。そうでもなければこんなことにはならないと?」
「だって、だって私っ……」
「わかってないな。最初に言ったろう。まだ花開いていないだけだと」

 低く掠れた甘い声が、耳の中に直接注ぎ込まれて、ますますぼうっとなっていく。

「あああああぁ、ぁんっ」
「君が勝手に感じて濡れてるんだ」

 耳だけではない。
 頬、顎、首と。
 男の指が、気まぐれに遊び回るどこもかしこもが、びっくりするほど、感じる。

「もっともっと感じさせてやる。おかしくなるくらい気持ちよくなるぞ? 一から十まで教えてやる。君がそれを求めてここに来たんだ。たっぷり感じろ。好きなだけ濡れろ」

 脚が震える。混乱を極めてもうほとんど眩暈がする。
 どうしてこんな、と思うほど身体が熱を持ってしまうのが羞ずかしく、そう思うほどに、また濡れる。とろとろとあふれて、止まらない。

 縋るように見上げた先で、男が艶やかな笑みを浮かべた。

「いったことがないって?」
「……!」

 何も言わずとも、最高神であるこの男にはお見通しだ。

「じゃあ、明日は初イキだ」
「え」

「今夜はここまでだ。明日まで悶えていろ」

 ぞわぞわぞわ……──

 残像のように残る、快感のさざなみ。
 全身を走る甘い刺激に、肌がいっせいに弾けてざわめく。
 こんなもどかしい状態のまま明日までなんて、と思ったか、どうか。

 目の前が真っ白い光に覆われて、意識が飛び散った。
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