1 / 11
夜の始まり 不感症の花嫁
しおりを挟む
女たちの間に、ひそかに言い伝えられる口伝があった。
悩める乙女は森に征け。
深い森のそのまた奥に、最高神のおわす仮寓がある。
そこで乙女は、女の歓びの一から十までを授かり、そして「女」になることができる。
わけあって意に染まぬ結婚を強いられる者。身を売るより他に生きる術のなくなった者。理不尽な魔手に脅かされる者。
つらい事情をかかえ、絶望の淵に立つ乙女を、神は見捨てたまわぬ。
ただし、そこに至る道は、至難の道。誰にでも開く道ではない。
道が迎え入れるのは、清らかな乙女のみ。そして切実に願う者のみ。
──乙女よ、汝もし絶望せしとき、森の奥深くにあるという「神の館」を訪ぬべし。
*
ある日ひとりの娘が、思いつめた顔で神の館にたどり着いた。
「神よ。偉大なる最高神よ。どうか私をお救いください」
光が集まり、白く輝くひとがたを象った。
「僕を呼ぶのがどういうことか、わかってるよね?」
「はい。神よ。どうか私を、その、お、女にしてくださいませ」
「ふーん」
と、輝きをおさめながら神は娘を見つめた。
中も奥も底も見通すような眼光だった。
「わかった。ただし言っておくけど、君が夫と“できない”のは、君が不感症だからじゃないよ」
「え」
本当にすべてお見通しであることに驚き、驚いたことの不敬さを知られることに慄いた。
そうなのだ。まだ少女と女の間にいるような若い娘ながら、彼女は新婚まもない新妻である。彼女の処女は、愛する夫に捧げられるべきものである。
それがなぜこんなことになっているのか。
こたえは簡単。できなかったのだ。
まったく濡れずに痛がるばかりの花嫁に、新郎は指一本も志半ばで諦めざるを得なかった。それから何夜試みても状況は好転しない。ついに五夜を数えた今朝に至って、おせっかいな義兄達がひそひそととんでもない企みを交わしているのを聞いてしまった。ぞっとして、震える足で家を抜け出した。思いつめた妻は、それならいっそ、と思い定めて、ひそかにこの館をめざして森に入ったのだった。
「どうして……」
それを知っているのか、という驚愕の「どうして」だったが、神はちがうことで応えた。
「まだ花開いていないだけだ」
「え?」
「咲かせてあげるよ。だから、ずっくずくのぐっしょぐしょになる。すぐにね」
そういうと、白い神の姿がゆらめき、次の瞬間そこには、漆黒の髪と瞳をもった長身の男が立っていた。
細身だがひきしまった筋肉は見るからに鋼のようで、浅黒い肌とあいまっていかにも男らしい。ぎらりと熱量を孕ませた眼は鋭いが、きゅっと上がった口角にはやんちゃな悪戯っ子の愛嬌が見え隠れして。
ひとことで言って、絵に描いたような「壮絶な色気を垂れ流す危険な男」だった。
どきんと胸が撃たれた。
(やだ、何これ?!)
人の善い夫には感じたことのない、その感情。
それを世間ではときめきというのだと、女は知らない。
「来い」
片腕で細腰を抱えてすくい上げられ、気づけば寝台に落とされていた。
(えっ、こんなベッドありましたっけ?)
「ここは神の館だ。俺が念ずれば、どんなものでも出てくる」
上から覗き込む男の影にすっぽりとおさまって、また胸がとくんと跳ねた。
跳ねて、そして甘く絞られる。
ぼうっと見上げていると、男の口角がきゅっと上がった。
そうすると少年めいた悪戯気が閃いて、胸の違うところがくすぐられる。
「今から君は、七つの夜を体験する」
七つの夜を、体験する。
なんと甘い響きだろう。
きゅぅんと締め付けられたのは、胸だったか、腹の奥だったか、さらに別のところだったか。
「安心しろ。夕方には帰してやる。ただこの白昼を七夜に引き伸ばすだけだ」
ちょっと言ってる意味がわからないが、とくとくと早まる鼓動が思考を奪う。
「七夜かけて仕込んでやろう。女の歓びを、一から十まで」
(え)
女は困惑した。そして焦った。
神の化けた男が思いもよらないことを言い出したからではない。
とんでもないところに来てしまったのでは、という後悔からでもない。
悪い男そのものの顔でニヤリと笑いながら顎を取られて、体の奥が、じゅわん……と熱くとろけたからだ。
信じたがたいが、これは多分、まちがいない。
(うそ、どゆこと?!)
そんなことって、と女は混乱した。
愛する夫と、あんなに頑張ってもだめだったのに。
だが、下腹部が切なく意識されて動機が早まるこの熱い感覚は、きっとまちがいない。
こんなふうになるのは初めてだが、でもわかる。
そう、これが「濡れる」というやつだ。
「まずは一夜目」
顎を捉えていた指が、顎から頬へと輪郭をなぞって、耳に至る。
「今夜は、首から上だけだ。それしか触れない。ひと晩かけて、まずは君をぐずぐずにほぐしてやる」
その声が。言葉が。
身体の内側に染み渡っていく。
再びじゅわりと、そしてとろとろと、今度は明らかに甘くとろけた自身の反応に、女は陶然としながら、混乱していた。
「さあ、はじめよう」
そう言って、男はひらりと手をひとふりした。
悩める乙女は森に征け。
深い森のそのまた奥に、最高神のおわす仮寓がある。
そこで乙女は、女の歓びの一から十までを授かり、そして「女」になることができる。
わけあって意に染まぬ結婚を強いられる者。身を売るより他に生きる術のなくなった者。理不尽な魔手に脅かされる者。
つらい事情をかかえ、絶望の淵に立つ乙女を、神は見捨てたまわぬ。
ただし、そこに至る道は、至難の道。誰にでも開く道ではない。
道が迎え入れるのは、清らかな乙女のみ。そして切実に願う者のみ。
──乙女よ、汝もし絶望せしとき、森の奥深くにあるという「神の館」を訪ぬべし。
*
ある日ひとりの娘が、思いつめた顔で神の館にたどり着いた。
「神よ。偉大なる最高神よ。どうか私をお救いください」
光が集まり、白く輝くひとがたを象った。
「僕を呼ぶのがどういうことか、わかってるよね?」
「はい。神よ。どうか私を、その、お、女にしてくださいませ」
「ふーん」
と、輝きをおさめながら神は娘を見つめた。
中も奥も底も見通すような眼光だった。
「わかった。ただし言っておくけど、君が夫と“できない”のは、君が不感症だからじゃないよ」
「え」
本当にすべてお見通しであることに驚き、驚いたことの不敬さを知られることに慄いた。
そうなのだ。まだ少女と女の間にいるような若い娘ながら、彼女は新婚まもない新妻である。彼女の処女は、愛する夫に捧げられるべきものである。
それがなぜこんなことになっているのか。
こたえは簡単。できなかったのだ。
まったく濡れずに痛がるばかりの花嫁に、新郎は指一本も志半ばで諦めざるを得なかった。それから何夜試みても状況は好転しない。ついに五夜を数えた今朝に至って、おせっかいな義兄達がひそひそととんでもない企みを交わしているのを聞いてしまった。ぞっとして、震える足で家を抜け出した。思いつめた妻は、それならいっそ、と思い定めて、ひそかにこの館をめざして森に入ったのだった。
「どうして……」
それを知っているのか、という驚愕の「どうして」だったが、神はちがうことで応えた。
「まだ花開いていないだけだ」
「え?」
「咲かせてあげるよ。だから、ずっくずくのぐっしょぐしょになる。すぐにね」
そういうと、白い神の姿がゆらめき、次の瞬間そこには、漆黒の髪と瞳をもった長身の男が立っていた。
細身だがひきしまった筋肉は見るからに鋼のようで、浅黒い肌とあいまっていかにも男らしい。ぎらりと熱量を孕ませた眼は鋭いが、きゅっと上がった口角にはやんちゃな悪戯っ子の愛嬌が見え隠れして。
ひとことで言って、絵に描いたような「壮絶な色気を垂れ流す危険な男」だった。
どきんと胸が撃たれた。
(やだ、何これ?!)
人の善い夫には感じたことのない、その感情。
それを世間ではときめきというのだと、女は知らない。
「来い」
片腕で細腰を抱えてすくい上げられ、気づけば寝台に落とされていた。
(えっ、こんなベッドありましたっけ?)
「ここは神の館だ。俺が念ずれば、どんなものでも出てくる」
上から覗き込む男の影にすっぽりとおさまって、また胸がとくんと跳ねた。
跳ねて、そして甘く絞られる。
ぼうっと見上げていると、男の口角がきゅっと上がった。
そうすると少年めいた悪戯気が閃いて、胸の違うところがくすぐられる。
「今から君は、七つの夜を体験する」
七つの夜を、体験する。
なんと甘い響きだろう。
きゅぅんと締め付けられたのは、胸だったか、腹の奥だったか、さらに別のところだったか。
「安心しろ。夕方には帰してやる。ただこの白昼を七夜に引き伸ばすだけだ」
ちょっと言ってる意味がわからないが、とくとくと早まる鼓動が思考を奪う。
「七夜かけて仕込んでやろう。女の歓びを、一から十まで」
(え)
女は困惑した。そして焦った。
神の化けた男が思いもよらないことを言い出したからではない。
とんでもないところに来てしまったのでは、という後悔からでもない。
悪い男そのものの顔でニヤリと笑いながら顎を取られて、体の奥が、じゅわん……と熱くとろけたからだ。
信じたがたいが、これは多分、まちがいない。
(うそ、どゆこと?!)
そんなことって、と女は混乱した。
愛する夫と、あんなに頑張ってもだめだったのに。
だが、下腹部が切なく意識されて動機が早まるこの熱い感覚は、きっとまちがいない。
こんなふうになるのは初めてだが、でもわかる。
そう、これが「濡れる」というやつだ。
「まずは一夜目」
顎を捉えていた指が、顎から頬へと輪郭をなぞって、耳に至る。
「今夜は、首から上だけだ。それしか触れない。ひと晩かけて、まずは君をぐずぐずにほぐしてやる」
その声が。言葉が。
身体の内側に染み渡っていく。
再びじゅわりと、そしてとろとろと、今度は明らかに甘くとろけた自身の反応に、女は陶然としながら、混乱していた。
「さあ、はじめよう」
そう言って、男はひらりと手をひとふりした。
0
お気に入りに追加
90
あなたにおすすめの小説
【R18】今夜、私は義父に抱かれる
umi
恋愛
封じられた初恋が、時を経て三人の男女の運命を狂わせる。メリバ好きさんにおくる、禁断のエロスファンタジー。
一章 初夜:幸せな若妻に迫る義父の魔手。夫が留守のある夜、とうとう義父が牙を剥き──。悲劇の始まりの、ある夜のお話。
二章 接吻:悪夢の一夜が明け、義父は嫁を手元に囲った。が、事の最中に戻ったかに思われた娘の幼少時代の記憶は、夜が明けるとまた元通りに封じられていた。若妻の心が夫に戻ってしまったことを知って絶望した義父は、再び力づくで娘を手に入れようと──。
【共通】
*中世欧州風ファンタジー。
*立派なお屋敷に使用人が何人もいるようなおうちです。旦那様、奥様、若旦那様、若奥様、みたいな。国、服装、髪や目の色などは、お好きな設定で読んでください。
*女性向け。女の子至上主義の切ないエロスを目指してます。
*一章、二章とも、途中で無理矢理→溺愛→に豹変します。二章はその後闇落ち展開。思ってたのとちがう(スン)…な場合はそっ閉じでスルーいただけると幸いです。
*ムーンライトノベルズ様にも旧バージョンで投稿しています。
※同タイトルの過去作『今夜、私は義父に抱かれる』を改編しました。2021/12/25
【R18】絶倫にイかされ逝きました
桜 ちひろ
恋愛
性欲と金銭的に満たされるからという理由で風俗店で働いていた。
いつもと変わらず仕事をこなすだけ。と思っていたが
巨根、絶倫、執着攻め気味なお客さんとのプレイに夢中になり、ぐずぐずにされてしまう。
隣の部屋にいるキャストにも聞こえるくらい喘ぎ、仕事を忘れてイきまくる。
1日貸切でプレイしたのにも関わらず、勤務外にも続きを求めてアフターまでセックスしまくるお話です。
巨根、絶倫、連続絶頂、潮吹き、カーセックス、中出しあり。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
連続寸止めで、イキたくて泣かされちゃう女の子のお話
まゆら
恋愛
投稿を閲覧いただき、ありがとうございます(*ˊᵕˋ*)
「一日中、イかされちゃうのと、イケないままと、どっちが良い?」
久しぶりの恋人とのお休みに、食事中も映画を見ている時も、ずっと気持ち良くされちゃう女の子のお話です。
チョロイン2人がオイルマッサージ店でNTR快楽堕ちするまで【完結】
白金犬
ファンタジー
幼馴染同士パーティーを組んで冒険者として生計を立てている2人、シルフィとアステリアは王都でのクエストに一区切りをつけたところだった。
故郷の村へ馬車が出るまで王都に滞在する彼女らは、今流行りのオイルマッサージ店の無料チケットを偶然手に入れる。
好奇心旺盛なシルフィは物珍しさから、故郷に恋人が待っているアステリアは彼のためにも綺麗になりたいという乙女心からそのマッサージ店へ向かうことに。
しかしそこで待っていたのは、真面目な冒険者2人を快楽を貪る雌へと変貌させる、甘くてドロドロとした淫猥な施術だった。
シルフィとアステリアは故郷に戻ることも忘れてーー
★登場人物紹介★
・シルフィ
ファイターとして前衛を支える元気っ子。
元気活発で天真爛漫なその性格で相棒のアステリアを引っ張っていく。
特定の相手がいたことはないが、人知れず恋に恋い焦がれている。
・アステリア(アスティ)
ヒーラーとして前衛で戦うシルフィを支える少女。
真面目で誠実。優しい性格で、誰に対しても物腰が柔らかい。
シルフィと他にもう1人いる幼馴染が恋人で、故郷の村で待っている。
・イケメン施術師
大人気オイルマッサージ店の受付兼施術師。
腕の良さとその甘いマスクから女性客のリピート必至である。
アステリアの最初の施術を担当。
・肥満施術師
大人気オイルマッサージ店の知らざれる裏の施術師。
見た目が醜悪で女性には生理的に受け付けられないような容姿のためか表に出てくることはないが、彼の施術を受けたことがある女性客のリピート指名率は90%を超えるという。
シルフィの最初の施術を担当。
・アルバード
シルフィ、アステリアの幼馴染。
アステリアの恋人で、故郷の村で彼女らを待っている。
【R18】淫魔の道具〈開発される女子大生〉
ちゅー
ファンタジー
現代の都市部に潜み、淫魔は探していた。
餌食とするヒトを。
まず狙われたのは男性経験が無い清楚な女子大生だった。
淫魔は超常的な力を用い彼女らを堕落させていく…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる