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第四話 月蝕〜マスカレード・ナイト

#14 眩惑の蝶と花

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 すうっと意識が浮上する。
 いつかのVIPルームだ。

 わずかに頭を動かすだけでも、全身が軋んだ。

「蝶子さん」

 Dが覗き込んでいた。
 瞼が重い。落ちるに任せ、目を瞑った。

 どこまでがリアルで、どこまでがプレイだったのか。
 どこまでが花で、どこから蝶子だったのか。

 身体が砂袋のようだ。

「触っても?」

 蝶子は応えない。

 しばらくの沈黙の後、指先が頬に触れた。
 目尻をぬぐう触れ方が、あまりにも優しい。

 またこぼれた涙は、優しく吸い取られた。
 震える唇を指先がなぞる。そのまま頬を包み、別の手が頭を撫でる。

 持ち上げた指先をみずからの唇に当て、声もなく蝶子の名を呼ぶ。

 蝶子は、ゆっくりと目を開けた。

「ねえ」

 声が痛々しく掠れていた。

「どうだった? 目の前で花が他の男に犯される気分は」
「煮えくりかえった」
「いい気味」

 蝶子は小さく口角を上げた。
 Dの手に預けた指先が、きゅっと握られる。

「嫌嫌って言いながら、あんあんよがって、壊れたみたいにイッてたわね」
「全員、切り落としてやろうかな」
「そんなに?」
「八人とも身元はわかってますから」
「笑いながら見てたくせに」
「あなたがそうしろと言ったんです」
「あら、そうだった?」

 Dの表情は読めない。
 凪いだ海のようにやわらかく、しかし感情の読めない顔をしていた。

「さすがに嫌われてしまったかな」

「キスして」

 ちゅ、と小さな音をたてて、額に唇が触れた。

「また来ようかしら」
「本気?」

 答えるかわりに、艶やかに笑んでみせる。

「うちは歓迎ですけどね、蝶子さんでも、花でも」
「でも、あなたが花とするのは今後も禁止よ」
「そうなんだ」
「いい気味」

 心の底から満ち足りて、蝶子は嬉しそうに笑った。


 *

 満月の夜のIlinx(イリンクス)。新月の夜のeclipse(エクリプス)。どこまでが現実なのだろう。どこまでがリアルで、どこまでがプレイなのか。何が事実で、何がフェイクなのか。そもそも何が本当に存在するのだろう。

 わかっていなかったのは花ばかりではない。
 この店のこと、そして──。

──D、あなたは誰なの?

 名前すら知らない。
 その手に身体を預けるうちに、いつのまにこんなに心まで預けていたのだろう。

 花はもういない。花は蝶子だ。いいや、最初からそうだった。蝶子の殺した願望を花が叶えていた。そして花の未萌の願望を蝶子が叶えていた。蝶子で花で、花で蝶子。ずっと、そうだったのだ。

 目の前で花を寝取られて、嫉妬と独占欲に狂った目で青筋を立てて唇を結んでいた、彼のあの表情にたまらなくぞくぞくした。
 公開輪姦ショーで処女を散らされ、ショックで茫然自失のまま、意に反して身体だけが感じていた。快楽に逆らえない身体を男達にしゃぶり尽くされるのをじっと睨みつけるように見ていたDの、あの目。あの視線に花は、いや、花の中の蝶子が、ついぞない悦虐を感じていたのだ。


──どうなってもかまわないから。
──本当に?
──いいって言ってるでしょ。
──でも……。
──意気地なし!
──そこまで言うなら、仰せのままに。すべてあなたの望むとおりに。そのかわり、始まったらもう止められない。いいですね。
──上等。
──じゃあ、……今の話は忘れようか、蝶子。(パチン)

──あなたは何も知らない。僕は何も引き受けていない。あなたの望みは拒絶された。《だめだ、できない。どうして。ごめん、どうしてもだめなんだ。お願い。だめだ。》
──どうしてだめなの。
──どうしても。わかって欲しい。
──いや、わかりたくない。

──いい子だね、蝶子。では、次は二ヶ月後の満月の夜に。来月は来ちゃだめだよ。いいね。今日は裏からお帰り。



──花を懲らしめて。



 快楽も屈辱も陶酔も、めくるめく眩惑の中。

 ここは、エロスとエクスタシーを愛する紳士淑女が集う、禁断の社交場。
 一夜の悦楽を求めるゲストが、今夜も秘密の扉を開けてやってくる。








【あとがき】

「眩惑の蝶と花──また墓穴を掘りました?!」、これにて完結です。
おつきあいくださり、ありがとうございました。

蝶子も花もDも、書いていて楽しく発見のあるキャラクターでした。
楽しく書いているうちに、気づけば5ヶ月にもわたっていたのですね。
途中、休み休みだったとはいえ、ちょっと驚きです。

基本的にはタイトル通りに「蝶子が墓穴を掘る」パターンの繰り返しで、だんだん掘る穴が大きくなっていった感じです。

Ilinx(イリンクス)やeclipse(エクリプス)、Dの設定などを作中では解明しないままになりました。自由にふくらませたり、スルーしたり、お好きに楽しんでいただければと思います。

感想など聞かせていただけると嬉しいです。


umi
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