33 / 33
第四話 月蝕〜マスカレード・ナイト
#14 眩惑の蝶と花
しおりを挟む
すうっと意識が浮上する。
いつかのVIPルームだ。
わずかに頭を動かすだけでも、全身が軋んだ。
「蝶子さん」
Dが覗き込んでいた。
瞼が重い。落ちるに任せ、目を瞑った。
どこまでがリアルで、どこまでがプレイだったのか。
どこまでが花で、どこから蝶子だったのか。
身体が砂袋のようだ。
「触っても?」
蝶子は応えない。
しばらくの沈黙の後、指先が頬に触れた。
目尻をぬぐう触れ方が、あまりにも優しい。
またこぼれた涙は、優しく吸い取られた。
震える唇を指先がなぞる。そのまま頬を包み、別の手が頭を撫でる。
持ち上げた指先をみずからの唇に当て、声もなく蝶子の名を呼ぶ。
蝶子は、ゆっくりと目を開けた。
「ねえ」
声が痛々しく掠れていた。
「どうだった? 目の前で花が他の男に犯される気分は」
「煮えくりかえった」
「いい気味」
蝶子は小さく口角を上げた。
Dの手に預けた指先が、きゅっと握られる。
「嫌嫌って言いながら、あんあんよがって、壊れたみたいにイッてたわね」
「全員、切り落としてやろうかな」
「そんなに?」
「八人とも身元はわかってますから」
「笑いながら見てたくせに」
「あなたがそうしろと言ったんです」
「あら、そうだった?」
Dの表情は読めない。
凪いだ海のようにやわらかく、しかし感情の読めない顔をしていた。
「さすがに嫌われてしまったかな」
「キスして」
ちゅ、と小さな音をたてて、額に唇が触れた。
「また来ようかしら」
「本気?」
答えるかわりに、艶やかに笑んでみせる。
「うちは歓迎ですけどね、蝶子さんでも、花でも」
「でも、あなたが花とするのは今後も禁止よ」
「そうなんだ」
「いい気味」
心の底から満ち足りて、蝶子は嬉しそうに笑った。
*
満月の夜のIlinx(イリンクス)。新月の夜のeclipse(エクリプス)。どこまでが現実なのだろう。どこまでがリアルで、どこまでがプレイなのか。何が事実で、何がフェイクなのか。そもそも何が本当に存在するのだろう。
わかっていなかったのは花ばかりではない。
この店のこと、そして──。
──D、あなたは誰なの?
名前すら知らない。
その手に身体を預けるうちに、いつのまにこんなに心まで預けていたのだろう。
花はもういない。花は蝶子だ。いいや、最初からそうだった。蝶子の殺した願望を花が叶えていた。そして花の未萌の願望を蝶子が叶えていた。蝶子で花で、花で蝶子。ずっと、そうだったのだ。
目の前で花を寝取られて、嫉妬と独占欲に狂った目で青筋を立てて唇を結んでいた、彼のあの表情にたまらなくぞくぞくした。
公開輪姦ショーで処女を散らされ、ショックで茫然自失のまま、意に反して身体だけが感じていた。快楽に逆らえない身体を男達にしゃぶり尽くされるのをじっと睨みつけるように見ていたDの、あの目。あの視線に花は、いや、花の中の蝶子が、ついぞない悦虐を感じていたのだ。
──どうなってもかまわないから。
──本当に?
──いいって言ってるでしょ。
──でも……。
──意気地なし!
──そこまで言うなら、仰せのままに。すべてあなたの望むとおりに。そのかわり、始まったらもう止められない。いいですね。
──上等。
──じゃあ、……今の話は忘れようか、蝶子。(パチン)
──あなたは何も知らない。僕は何も引き受けていない。あなたの望みは拒絶された。《だめだ、できない。どうして。ごめん、どうしてもだめなんだ。お願い。だめだ。》
──どうしてだめなの。
──どうしても。わかって欲しい。
──いや、わかりたくない。
──いい子だね、蝶子。では、次は二ヶ月後の満月の夜に。来月は来ちゃだめだよ。いいね。今日は裏からお帰り。
──花を懲らしめて。
快楽も屈辱も陶酔も、めくるめく眩惑の中。
ここは、エロスとエクスタシーを愛する紳士淑女が集う、禁断の社交場。
一夜の悦楽を求めるゲストが、今夜も秘密の扉を開けてやってくる。
了
【あとがき】
「眩惑の蝶と花──また墓穴を掘りました?!」、これにて完結です。
おつきあいくださり、ありがとうございました。
蝶子も花もDも、書いていて楽しく発見のあるキャラクターでした。
楽しく書いているうちに、気づけば5ヶ月にもわたっていたのですね。
途中、休み休みだったとはいえ、ちょっと驚きです。
基本的にはタイトル通りに「蝶子が墓穴を掘る」パターンの繰り返しで、だんだん掘る穴が大きくなっていった感じです。
Ilinx(イリンクス)やeclipse(エクリプス)、Dの設定などを作中では解明しないままになりました。自由にふくらませたり、スルーしたり、お好きに楽しんでいただければと思います。
感想など聞かせていただけると嬉しいです。
umi
いつかのVIPルームだ。
わずかに頭を動かすだけでも、全身が軋んだ。
「蝶子さん」
Dが覗き込んでいた。
瞼が重い。落ちるに任せ、目を瞑った。
どこまでがリアルで、どこまでがプレイだったのか。
どこまでが花で、どこから蝶子だったのか。
身体が砂袋のようだ。
「触っても?」
蝶子は応えない。
しばらくの沈黙の後、指先が頬に触れた。
目尻をぬぐう触れ方が、あまりにも優しい。
またこぼれた涙は、優しく吸い取られた。
震える唇を指先がなぞる。そのまま頬を包み、別の手が頭を撫でる。
持ち上げた指先をみずからの唇に当て、声もなく蝶子の名を呼ぶ。
蝶子は、ゆっくりと目を開けた。
「ねえ」
声が痛々しく掠れていた。
「どうだった? 目の前で花が他の男に犯される気分は」
「煮えくりかえった」
「いい気味」
蝶子は小さく口角を上げた。
Dの手に預けた指先が、きゅっと握られる。
「嫌嫌って言いながら、あんあんよがって、壊れたみたいにイッてたわね」
「全員、切り落としてやろうかな」
「そんなに?」
「八人とも身元はわかってますから」
「笑いながら見てたくせに」
「あなたがそうしろと言ったんです」
「あら、そうだった?」
Dの表情は読めない。
凪いだ海のようにやわらかく、しかし感情の読めない顔をしていた。
「さすがに嫌われてしまったかな」
「キスして」
ちゅ、と小さな音をたてて、額に唇が触れた。
「また来ようかしら」
「本気?」
答えるかわりに、艶やかに笑んでみせる。
「うちは歓迎ですけどね、蝶子さんでも、花でも」
「でも、あなたが花とするのは今後も禁止よ」
「そうなんだ」
「いい気味」
心の底から満ち足りて、蝶子は嬉しそうに笑った。
*
満月の夜のIlinx(イリンクス)。新月の夜のeclipse(エクリプス)。どこまでが現実なのだろう。どこまでがリアルで、どこまでがプレイなのか。何が事実で、何がフェイクなのか。そもそも何が本当に存在するのだろう。
わかっていなかったのは花ばかりではない。
この店のこと、そして──。
──D、あなたは誰なの?
名前すら知らない。
その手に身体を預けるうちに、いつのまにこんなに心まで預けていたのだろう。
花はもういない。花は蝶子だ。いいや、最初からそうだった。蝶子の殺した願望を花が叶えていた。そして花の未萌の願望を蝶子が叶えていた。蝶子で花で、花で蝶子。ずっと、そうだったのだ。
目の前で花を寝取られて、嫉妬と独占欲に狂った目で青筋を立てて唇を結んでいた、彼のあの表情にたまらなくぞくぞくした。
公開輪姦ショーで処女を散らされ、ショックで茫然自失のまま、意に反して身体だけが感じていた。快楽に逆らえない身体を男達にしゃぶり尽くされるのをじっと睨みつけるように見ていたDの、あの目。あの視線に花は、いや、花の中の蝶子が、ついぞない悦虐を感じていたのだ。
──どうなってもかまわないから。
──本当に?
──いいって言ってるでしょ。
──でも……。
──意気地なし!
──そこまで言うなら、仰せのままに。すべてあなたの望むとおりに。そのかわり、始まったらもう止められない。いいですね。
──上等。
──じゃあ、……今の話は忘れようか、蝶子。(パチン)
──あなたは何も知らない。僕は何も引き受けていない。あなたの望みは拒絶された。《だめだ、できない。どうして。ごめん、どうしてもだめなんだ。お願い。だめだ。》
──どうしてだめなの。
──どうしても。わかって欲しい。
──いや、わかりたくない。
──いい子だね、蝶子。では、次は二ヶ月後の満月の夜に。来月は来ちゃだめだよ。いいね。今日は裏からお帰り。
──花を懲らしめて。
快楽も屈辱も陶酔も、めくるめく眩惑の中。
ここは、エロスとエクスタシーを愛する紳士淑女が集う、禁断の社交場。
一夜の悦楽を求めるゲストが、今夜も秘密の扉を開けてやってくる。
了
【あとがき】
「眩惑の蝶と花──また墓穴を掘りました?!」、これにて完結です。
おつきあいくださり、ありがとうございました。
蝶子も花もDも、書いていて楽しく発見のあるキャラクターでした。
楽しく書いているうちに、気づけば5ヶ月にもわたっていたのですね。
途中、休み休みだったとはいえ、ちょっと驚きです。
基本的にはタイトル通りに「蝶子が墓穴を掘る」パターンの繰り返しで、だんだん掘る穴が大きくなっていった感じです。
Ilinx(イリンクス)やeclipse(エクリプス)、Dの設定などを作中では解明しないままになりました。自由にふくらませたり、スルーしたり、お好きに楽しんでいただければと思います。
感想など聞かせていただけると嬉しいです。
umi
0
お気に入りに追加
80
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【R18】今夜、私は義父に抱かれる
umi
恋愛
封じられた初恋が、時を経て三人の男女の運命を狂わせる。メリバ好きさんにおくる、禁断のエロスファンタジー。
一章 初夜:幸せな若妻に迫る義父の魔手。夫が留守のある夜、とうとう義父が牙を剥き──。悲劇の始まりの、ある夜のお話。
二章 接吻:悪夢の一夜が明け、義父は嫁を手元に囲った。が、事の最中に戻ったかに思われた娘の幼少時代の記憶は、夜が明けるとまた元通りに封じられていた。若妻の心が夫に戻ってしまったことを知って絶望した義父は、再び力づくで娘を手に入れようと──。
【共通】
*中世欧州風ファンタジー。
*立派なお屋敷に使用人が何人もいるようなおうちです。旦那様、奥様、若旦那様、若奥様、みたいな。国、服装、髪や目の色などは、お好きな設定で読んでください。
*女性向け。女の子至上主義の切ないエロスを目指してます。
*一章、二章とも、途中で無理矢理→溺愛→に豹変します。二章はその後闇落ち展開。思ってたのとちがう(スン)…な場合はそっ閉じでスルーいただけると幸いです。
*ムーンライトノベルズ様にも旧バージョンで投稿しています。
※同タイトルの過去作『今夜、私は義父に抱かれる』を改編しました。2021/12/25
【R18】溺愛の蝶と花──ダメになるまで甘やかして
umi
恋愛
「ずっとこうしたかった」
「こんなの初めてね」
「どうしよう、歯止めがきかない」
「待って、もう少しだけこのままで」
売れっ子官能小説家・蝶子と、高級ハプニングバーの美形ソムリエD。
騙し騙され、抜きつ挿されつ、二人の禁じられた遊びはどこへ向かうのか?
「ダメになってください。今日くらい」
ここは満月の夜にだけオープンする会員制シークレットサロン Ilinx(イリンクス)。
大人のエロス渦巻く禁断の社交場に、今夜もエクスタシーの火が灯る。
※「眩惑の蝶と花──また墓穴を掘りました?!」のスピンオフ読み切りです。
【R18】神の館──私を女にしてください
umi
ファンタジー
「私を女にしてください」
ある日、夫と“できない”ことに悩む自称不感症の花嫁が、不感症を治してほしいと、「神の館」にやってきた。
深い森の奥にあるという、秘められた「神の館」。
そこで乙女は、白昼に七つの夜を過ごし、神の手管で女の歓びを知り尽くす。
──神の世と人の世がまじわる、いつかどこかの世界の大人の童話。エロスはファンタジー。レディの夜を潤すドリーミーな寝物語をどうぞ。
*古代風架空世界ファンタジー。
*難しいことは考えず、お気軽にお楽しみください。
*女性向け。女の子至上主義のハッピーエロスを目指してます。
*ムーンライトノベルズ様にも投稿しています。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【R18】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※完結済み、手直ししながら随時upしていきます
※サムネにAI生成画像を使用しています
若妻シリーズ
笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。
気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。
乳首責め/クリ責め/潮吹き
※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様
※使用画像/SplitShire様
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる