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第三話 禁忌〜蝶子の不覚

#1 いじわる上司と人目を忍んで

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 しまった、と思ったときには遅かった。

 ちゅちゅちゅ、ちゅちゅ、と、啄むようなキスの雨が蝶子の口元に降り注ぐ。

「んっ」

 触れるか触れないか、薄紙一枚を挟んだほどの至近距離。
 熱さえ感じる近さで、けれど決して触れることなく、Dの唇がセクシーなリップ音を立てている。

「あ」

 いつのまにかブラウスが開かれ、深い谷間があらわにされていた。
 豊かな美胸を包むのは、薄いチュールのブラジャー一枚。
 尖った胸先を隠すどころかエロティックに強調している。

 ありありと透ける桃色の可愛いくちばし。
 男の指にのせられて、上に下にと弄ばれれば、ほんの数回でこりりと勃ちあがった。

「あっ、やっ…! んっ!!」

 ふ、と笑んだ男の吐息が、唇の隙間から入り込む。

「……!」

 二本の指が、くにゅんと本気の甘さでつまんできた。
 女は、びくんびくんと跳ねる体を抑えられない。

 ちゅっちゅっちゅっ──。
 濡れた音を立てる罪な唇が、たまらないように耳朶に吸いついた。

  *

 ここは、会員制高級ハプニングバー Ilinx(イリンクス)。
 月に一度、満月の夜にだけひっそりとオープンする、禁断の社交場。

 売れっ子官能小説家蝶子が、取材をきっかけにこのサロンに通いはじめてしばらくになる。最近では作品の着想や刺激をここで得ることも少なくない。

 今日のシチュエーションは、上司と部下のオフィスラブ。

 会社のミーティングルームで、人目を忍んで。
 両手を頭上で壁に縫い止められて。

 そんな設定で、スリリングなスキンシップを戯れ合うように楽しむ。
 今日は、その程度の軽いプレイで終わるはずだったのだ。

 それなのに、まさかそんな風に暴走するとは。
 蝶子はもちろん、Dにとっても想定外のことだった。

  *

 会社で、秘密の恋。
 リアルに考えると、できることは大してない。

 順当に考えれば、まずはキスだ。
 だが、蝶子はマウストゥマウスのキスをNGプレイに指定している。

「まねごとなら、どうです?」
「まねごと?」
「そう。キスのまねごと。それっぽいポーズだけ。どんな感じかを試してみるだけ」
「“ふり”ってことね」
「ええ」

 ちゅっ……

 最初は鼻の先あたりの遠さだった。

「オフィスで壁ドンからのキス、ですね。こんな感じ」

 ちゅ、と再び艶やかなリップ音。
 間近に見つめる視線は、怖いほどの色気をしたたらせていた。

「どう? どきどきします?」
「わからないわ。これっぽっちじゃ」

 蝶子に煽られて素直に男の顔になったDに、蝶子も女の征服欲がかき立てられた。
 自分から近づきさえした。
 そうして至近距離でのキスごっこに、不覚にも、芯がとろけた。

 まずいかも。
 そう思ったときには、もう遅かった。

「ふ…、あっ…!」

 本当にしているわけでもないのに、キスしていると錯覚するほど、唇は熱く、唾液があふれる。
 胸の尖端をかりかりと引っかかれて、ぼうっとした頭がさらに痺れていく。

 今日の蝶子は、一見、地味で真面目な部長秘書。仕事ひとすじで色恋沙汰には縁がないと職場では思われている。しかし、その実態は……という設定だ。

「ほんとうは、こんなにエロいのにね」
「あん」
「こんなエッチなブラで、朝から仕事してたんだ?」

 Dは、ちょっといじわるに甘やかしてくる、女慣れしたクールな部長だ。
 そんなキャラクター設定は、今夜のDの凍えるような色気に、似合いすぎだった。

「いいね、エロくて」
「やっ」
「ねえ、香坂君、朝からずっとムラムラしてた?」

 今日はオフィスらしく苗字を設定した。苗字は香坂、名前はそのまま蝶子で、香坂蝶子。

「これさ、下ももう相当濡れてるよね」
「知、りませ……っ」

 蝶子がとろけるほどに、Dもなりきっていく。
 ダークシャツに三ツ揃いのスーツを完璧に着こなし、美人秘書を落としにかかっている。

「だって、こんなにして」

 尖った乳首がぴんぴんと弾かれた。

「あっ! やっ……!」
「かわいい。すごい勃ってる」
「そ…ゆこと、言わないで……」
「言うよ。だってかわいいもの」

 ちゅっちゅ、ちゅっちゅと、甘いキス音が蝶子に迫る。
 布ごしの愛撫が次々と快感を呼び出していく。
 そして薄紙一枚ほどを隔てて決して触れない、Dの唇。

 もどかしい。

(キスしたい)

 ふっと浮かんだ言葉に自分でギョッとし、びくりと跳ねた。

 キスをNGプレイに指定しているのは当の蝶子自身だ。
 無論それには理由がある。

(馬鹿馬鹿、ダメだったら)

 また、ちゅっと音がした。近い。とても近い。

 じゅん、と体が疼く。

(あ)

「困ったな、そんな顔されたら。これでも我慢してるんだけど」

 Dがぺろりと唇を舐める。

「……っ」

(ダメダメ。ダメなのに)

 抗いきれない力で、吸い寄せられていく。
 気づけば蝶子の唇は、みずから男のそれに触れていた。

(あぁ)

 熱い。唇が熱い。
 軽く押し付けると、ふに、と押し返され、熱くやわらかい感触に埋め尽くされる。
 何も考えられないまま、はむはむと啄み、角度を変え、また啄んで、押し付けて。
 熱い。自分がか、相手がか、両方なのか、とにかく熱い。
 熱く柔らかく、絡み合う。

(気持ちいい)

 すっかり夢中になってしまっていたらしい。

 はっと我に返ると、Dの濡れた双眸が蝶子を見つめていた。

(あっ、しまっ……)

「もうさ、自分からそこまでした以上は、知らないよ?」
「っ……!」
「仕掛けたのも君、煽ったのも君」
「あ」
「自分でルールを破ったんだから」

 隙だらけの唇のはざまに、男の舌が容赦なく入ってきた。
 顎を捕えられてしまえば、もう逃げ道はない。

「ん、んっ……!」

 顎にかかる指に力が入り、くい、と口を開かされた。



次ページへ続く
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