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第二話 焦熱~繭の戯れ

#11 少女漫画

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 ふ……と、すべての愛撫が止まった。

「ぁ……?」

 蝶子は、はーはーと熱い息をこぼして、あどけないほどの恍惚のなかにいる。
 とろけきった双眸に、同じくらいとろけきった表情のDが映っていた。

「蝶子さん、そろそろ一度イク?」

「……」

 しかし蝶子は、肯定も否定もせず、ただぼんやりと見上げるばかり。頭が働いていないだけなのか、どちらも選べずにいるからなのか、もっと他の理由からなのか。

「……の方がよさそうだね。もうさすがに」

 と言って、Dはずいっと顔の位置まであがってきた。

「じゃあ、とっても名残り惜しいけど」
「?」
「今日は中イキを教えてあげるって、あの子と約束したから」
「……?」

 灼けつく視線が蝶子を射抜く。
 そして──。

「花」

「?!」

(ちょ、うそでしょ! 何の冗談よ?!)

「花、教えてあげる」

 花、と。
 名を呼ばれるだけで、あっという間に“花”が降りてくる。
 いつのまに、こんなことになってしまったのだろう。

「中でイクってどんな感じか」

(ここで花に戻すとかある?!)

 だが、抗いようのない力で、“蝶子”は深く沈められる。
 “花”が呼び出される。

「花」

 つなぎ直していた手がほどかれ、白い下腹部がゆっくりと揉み込まれた。

「や、……っ?! え、何……」

「ここだよ。中の深いところ」

 もう、すっかり“花”だった。

 えっちな修業を始めてまもない、新人作家。官能小説で脚光を浴びつつあるものの、実はまだ男を知らない。

 そんな初々しい娘が、知らぬ間に身体だけ奥の奥までぐずぐずにされて、切なく身悶えている。
 いつの間に一体どうしてそんなことになったのか、怖いほど熱くたぎる蜜壺がうずうずと疼いている。ひとりでに腰が揺れて、肌がぞわぞわと粟立ってたまらない。花の知らないはずの“その先”を、どうしてかこの身体は知っていて、もう解放を求めておかしくなりそうに暴れていた。

 けれど、気持ちがついてこない。

「うそ、や、これっ」

(どうしようどうしようどうしよう)

 初めての経験に、心臓は狂ったように跳ね回っている。
 身体だけが勝手に先に行こうとしていて、どうしていいかわからない。

「あっ」

 外からはねっとりと揉まれ、中からは奥の弱いところを徹底して嬲られ、花は、見たことのない波に押し上げられた。

「うそ…、何これ、やだ、これ……っ」
「花、大丈夫だから、イって」
「や…、だめ、待って…」
「もう待たない」
「あ!」
「自分でも“それ”を追いかけてごらん」
「あ、あ、あ、あ あ あ………あああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 波が止まらない。
 終わらない絶頂にさらわれて、どこかに飛んでいってしまいそうだった。

「D、D、Dっ……!」

 そうして、どのくらい激流に呑まれていたのだろう。

 気づけば遠い浜辺に打ち上げられていた。
 全身が砂袋のように動かない。

 ぐったりとした柔肌を、男の広い胸が包み込んだ。

「上手にイけたね」

 花は、まだ痙攣している。

「こ、れが、中イキ…?」
「ん」
「すごい……」
「よかった?」
「うん。怖いくらい、すごかった」
「子宮イキとか深イキとか言われるの、わかった?」
「うん」
「クリトリスでイクのとは、全然違うでしょ?」
「うん。何かこう……」

 すり、と小動物のように身を寄せて、目を閉じる。

「今までのは、何だったのって」
「ふふ。花、かわいい」

 さっと朱に染まる頬は、湯気が立ちそうに上気している。

「いい顔してる」
「うそ。ぐちゃぐちゃだもん」
「それがいいんだよ。可愛くて、エロくて、今イキましたって書いてある。めちゃくちゃにイってましたって」

 なお赤さを増した頬に、Dが唇で触れる。

「すごく、そそる」
「そっ……」
「たまらない」

 ぽかりと、花の拳がDの胸を打った。

「またそんな可愛いことして。それは何? 僕にもっとぐちゃぐちゃにしてってこと?」
「違っ」
「たまんないよ、花」

 前触れもなく、ぬかるむ女壺に、指が押し入ってきた。

「ひあっ!!」

 ぐつっ、ぐつっ、ぐつっ、ぐつっ、ぐつっ──

 メンタルは処女でも、身体は蝶子仕込みだ。
 あっという間に熱を持つ。

「うそっ、え、あっ、あああっ、あっあっあっ!」
「かわいい」
「や、めてっ、これ…、とまんないっ」
「止めなくていい」
「だめ、待って」
「もう待たないって言ったでしょ?」
「だって、もうイキそう」
「いいよ。イって」
「あ!あ!あ! だめ、だって!」
「花、そんなこと言うなら、また吸うよ?」
「!」
「こうしてトントンしながら、吸って舐めて、揉んで捏ねて、全部するよ?」

 見せつけるように唇を舐めて、目にも煽ってくる。

 とんっ、とんっ、とんっ、とんっ、とんっ、とんっ───

「やら、あ、……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

「そう、いい子。中も締まってる」

 とんとんとんとんとんとんっ───

「ああああああああああああああああああああああ、や、お願…、もうこれ…、んあああああああああああああああああああああああああああ」

「よしよし。もっとイッとこう」
「あんっ! も……、ひあっ」
「ね、ぐちゃぐちゃになろ?」

 耳の下に吸いつきながら、中の指が嬉しそうに震えた。

 ふるふるふるふる……───

「───っ! あ…! もう無理、今イってるのぉ……!」
「大丈夫、もっとイっていいから」
「あああああああああああああああああああああ…」
「花」
「──────…………!!!」


 *

 意識が戻ると、レストルームの個室に寝かされていた。

「蝶子さん。起きた? 身体は大丈夫です?」

 Dが付き添っている。
 そんなことは、普通しない。

「ん」

 まるで身体中に砂が詰まったようにずっしりと重い。
 だが、それ以上に、頭か心かが混乱していた。

(メンタル処女やばい……)

「もうちょっと休んでいくわ」

 わかりました、と言って覗き込んでくるDの影に入って、心臓がトクンと跳ねた。そして、そんな反応をする自分自身に狼狽した。

 パタンと閉まるドアを見送って、ふう、と息を吐く。

(トクンて何よ。少女漫画じゃあるまいし)

 “花”のせいだ。ああ、もう。
 セックスにも恋愛にも男にも免疫のないあの子が、ハプニングバーのプレイアテンダントの手管ごときにときめいたりするからだ。

 だが、蝶子は違う。蝶子はそんな不覚は取らない。

(でもちょっと、クセにはなりそう)

 それくらい気持ちよかった。
 甘やかされるのも、ああいうキャラ設定でなら悪くない。

 しばらくふわふわと夢うつつの浮遊感をたゆたった。


「今日はこのまま帰るわ。Dによろしく言っといて」

 若いスタッフに言い置いて、タクシーに乗り込む。
 足元はまだ少し覚束なく、雲の中を歩くようだった。



第二話 終
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