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第二話 焦熱~繭の戯れ

#2 人体に電気が流れる条件

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 ポーンと澄んだ機械音がして、蝶子ははっと覚醒した。
 いつのまにか、うつらうつらしていたらしい。

 繭が開いていく。

 まぶしい。そして肌が、空気の流れを、とても感じた。
 殻を剝かれたゆで卵にもし意識があるなら、きっとこんな気分にちがいない。
 身を護る殻を剥され、傷つきやすい剥き身の膚を、何の護るすべもなく外界にさらけ出して。
 ぞくりと、感じた。

「リラックスできたようですね。身体はどうですか?」

 Dの影に入り、それだけで肌が震える。

(嘘、すごい。本当に、ものすごく感度が上がってる)

 いつのまにか、カプセルの横にエステの施術機のようなマシンがあるのに気付いた。
 きっとこれが今日の「玩具」だ。

「驚いた。ずいぶん大がかりな玩具なのね」
「器具だけなら充電でも使えるんですけどね。本体につないだ方が、いろいろできるんですよ」
「いろいろ」
「ええ、いろいろと、素敵な遊びが」

 端正な顔立ちに浮かぶ、妖艶な微笑。あふれる男の色気に、蝶子の女が反応する。

「いいわね。片っぱしから試してみましょう?」
「承知」

 だが、Dが手にした器具は、蝶子が拍子抜けするほど細かった。
 パウチされた袋を開封し、取り出したのはステンレスの棒。その先に、大きめの綿棒程度のシリコンがついている。その棒を、マシン本体とコードでつながったグリップにさしこんだ。

「それ? ずいぶん細いのね」
「ええ。でもすごいんですよ。こんな細いものが」

 Dがマシンのスイッチを入れる。

 ヴ──ン……。

「まずはお試し」

 Dはまず自分の手に当てて見せ、次にマシンのふちに当て、安全であること、振動を与えることを示して見せた。
 かすかな音をたてる器具の先が、蝶子の方に近づいてくる。

 ヴ──ン……。

 こんな細いものが、どうすごいというのか。
 きっと触れるとわかる。

 そう考えただけで、身体が期待に濡れた。

「いいですか?」
「いいわよ」

 ヴ──ンンンン……。

 シリコンの先端がいよいよ間近に迫った。
 そして、すうぅーと蝶子の手の甲をなぞった瞬間、蝶子はこの道具の威力を思い知った。

「んあっ……!!!」

 まるで散らばった砂鉄が磁石に吸い寄せられるようだった。
 とても強力な磁石だ。どんな遠くの砂鉄も逃さない。
 そのくらいの強さで、器具が触れた手の甲の一点に、全身の快感が吸い寄せられたのだ。

「ああ……」

 器具は離れたが、まだ余韻がひかない。
 ためいきが甘く潤む。

「すご」

 何これ、と、ようやく呟いて、Dを見上げた。

「面白い玩具でしょう?」
「ええ、驚いた。すごいわ。楽しい夜になりそうね」


  *

「では、少し弱めの刺激から始めます。まだ淡く感じる程度です」

 スイッチを入れた器具が、肩先に触れた。
 ざわりと、全身が波を感じた。
 だが、淡い。「少し弱め」どころではない。さっきとは比べものにならない淡さは、むしろかすかに感じられる程度と言っていい。

(もっと欲しい……)

「これ、どういうしくみなの?」
「このコクーン自体が電極板になってるんです。内側の全面が特殊な金属に覆われています」
「ああ。それでそのスティックと反応しあうわけね」
「そうです。身体そのものが電磁波の回路になって、触れた場所とコクーンの間にパルスが流れます」
「なるほどね」

 売れっ子官能小説家の蝶子がこのシークレットサロンに通う理由のひとつは、作品の着想を得るためだ。情報収集にも熱が入る。

 もっとも、ペンネームは知らせていない。「蝶子」もここでの通り名だ。だから彼女が“誰”なのかは誰も知らない。エロスを愉しむのに社会的地位は要らない。むしろ誰でもない匿名のsomeoneであることで、理性のたがを忘れたエロティックなゲームに興じることができる。快感が解放される。それがIlinx(イリンクス)の価値でもあった。

「ということは、どちらかを強めると?」
「刺激も強まります。やってみますね」
「ええ」
「まず、スティック側」

 ヴ──ン……。

「んっ」

「どうです?」

 当然ながら、スティックの触れたところに刺激が強い。ただ、全身をぞわぞわと這い上がる快感も淡いながら、ある。

「逆だと?」

「いきます」

 ヴ──ン……。

 感じたことのない感覚だった。
 全身が泡立つ性感に覆われる。まるで閉じ込められたように、逃げ場がない。

「ひゃあんっ」

 不覚にも、まるで初心な娘のような嬌声が口をついて出た。
 それほどに未知の感覚だった。

「こ、れっ……」
「いいですか?」
「いいっていうか、何この感覚? これ、……あっ!」

 Dの手が流れるように移動して、蝶子のあちこちをスティックの先端で撫でていく。

 ヴ──ン……。ヴ──ン……。ヴ──ン……。

「あっ! あんっ! ああっ!」
「よく効いてますね」
「あああんっ」

 ヴ───ン……。

「いいですよ、蝶子さん。感度良好」
「ひあっ」

 ヴヴ──────ン……。

「んんんんんっ……!」

「30分かけて蓄えましたからね。もどかしかったでしょう?」

 ヴン、ヴン、ヴ──ン……。

「いま、その分の快感が解放されないまま、蝶子さんの体内に溜めこまれています。それを、身体にパルスを流して、増幅して呼び出してるわけです」

「あっ、あっ、あああっ……!」

「蝶子さん、知ってます? 本来、人間の身体は、電気が流れやすい導体ではないんですよ」

 スティックの先端で腕や脚や腹を撫でながら、Dが囁く。

「ただ、いくつか電気が流れやすくなる条件があるんです。わかります?」
「知、らなっ……あっ!」
「水に濡れるのがね、あぶないんですよ」

 赤い舌が思わせぶりに上唇を舐める。

「水は電気を通すから、ほら、ドラマや映画であるでしょ? プールや浴槽でビリビリするシーン。これもあれと同じです。だから濡れているとね。そう、水でなくても……」

 ヴ──────ンン……。

 器具を持つ手は蝶子の首筋を狙いながらも、淫靡に伏せた目は、可憐な白いパンティに覆われた下半身をじっと見つめて動かない。

「ほら、蝶子さんのその、たっぷり濡れたところに。……集まってません?」

「あああああああんっ!」

 そんなことを言われたからか、本当にそうなのか、熱をこもらせた蜜壺がたまらなく疼く。
 まるで中が直接揺さぶられてでもいるようだ。

 ヴヴン、ヴヴン、ヴヴヴンン……。

「は! あっ! んんっ」

 コクーン側を強めたり、スティック側を強めたり、どちらも強めて叫ばせたり、逆にどちらも弱めて焦らしたりと、そこからのDのプレイは絶妙のあんばいで意地悪だった。

 ヴヴヴヴヴン!

「ああああっ!」

 ヴヴ────────ッ……。

「んうううっ、あんっ……!」

 ────────ン……。

「んんん……」

 時間をかけて、丹念にねっちりと高められた。

 蝶子はもうすっかり女の顔になっている。
 こぼれる息は、浅く熱い。

「はぁ、はぁ、はぁ……D、もう充分」

 翻弄され蕩けきった目が男を見上げた。

「一度イクわ」

 プレイの主導権を握り、フィニッシュのタイミングや方法も自分で指定するのが、蝶子のいつもの遊び方だった。
 だから、Dが「まだです」と拒否したことには、少なからず驚いた。

「蝶子さん、今日は私に任せていただけませんか。絶対に満足させますから」

 いつにない言動。こんなことは初めてだ。
 何を考えているのだろう。どうしようというのだろう。

 今日はまだ、肝心のところがどこも触れられていないのだ。

 電磁波の作用で全身が性感帯になっているとはいえ、やはり決定的な快感をもたらす局所は決まっている。
 それらをことごとく避けて、焦れ焦れと煽られ続けている。

 早く決定的な快感が欲しい。
 核心に触れてほしい。

 蜜はもう洪水のように溢れて、内腿の半ば近くまで濡れ広がっていた。

 ヴ──ンン……。

「ああんっ」

 蕩けた目の焦点が飛びかけている。
 蝶子の全身が解放を求めていた。

「わかった、それでいいわ。そのかわり、最高の体験をさせてくれなきゃ許さないから」
「謹んで」

 低めた声でそんなことを言いつつ、謙虚なのは言葉ばかりだ。
 色気のしたたる目を細め、唇を舐めながら見下ろす顔は、絵に描いたような悪い男。

 きっと焦らされ、悶えさせられる。

 これまでそういうプレイはしたことがない。蝶子は、支配されるよりしたい派なのだ。
 この店でソムリエから酷い目になど合うことは決してないと知ってはいるものの、不安がないとは言い切れない。

 でも、きっとすごい体験をさせてくれる。

「あぁ……」

 男の視線が、上気した肌を舐め回しながら、ねっとりと下に降りていく。

「これだけ電磁波と性感を溜め込みましたから、もうこれはいいですね」

 と、Dはスティックをマシン台に置いた。

 トップソムリエ自慢の指が、喉から胸元へと、蝶子の素肌をゆっくり撫で下ろしていく。
 迷いに揺れていた蝶子の瞳はゆっくりと閉じられ、濡れた唇が甘い喘ぎをこぼした。



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