不死の妖

アリエッティ

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滝の主

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 「…何処だ、ここ?」
 吾太郎が目を覚ますと景色が一変し、そこは何も無い殺風景な箱の中のような空間と化していた。

「..何だこの趣味の悪りぃ場所は。
早助が云ってた専用の戦場って訳かい」

『その通り、アタシは何も無い処が好きでね。
特にでかい風を起こせる日にはうってつけ、竜巻に巻き込まれる顔がよく見えるってもんさ!』
片腕を鎌とした不完全な鼬が数匹、空間の床から生えるように現れた。

「..やっぱ趣味悪りぃな、お前ぇ。」

『何とでもいいなよっ!』

「口で云って...解るタマじゃねぇだろ?」
手を出す馬鹿の遣り方が、一番理解させられる。
理性の無い獣ならそれが手っ取り速い。


「うおぉっ!!」
場所を変えればまた別の声がする。
水辺の滝が流れる山の恵み、侍はここを給水場と捉えているが山の連中にとっては立派な住処。当然人が侵入すれば、追い出して安寧を保つ。

「あの河童共、めちゃめちゃ怒ってやがる..!
好きで入った訳じゃ無えっつーの!」
水気を浴び滑りやすく磨かれた足場の岩を飛び移りながら河童と距離を取り続ける。一心不乱に逃げ続けていた挙句滝の上の方まで登ってきていた為、足を滑らせ転げばいつでも滝壺に落下する。しかし足場を気にしている暇は無い、河童から逃げるので精一杯だ。

「なんなんだよこの危険な道は!?
滝の真ん中に足の橋がある...どうやってこんな道作ったのか知らねぇが、慎重に進んでる暇は無ぇ..!」

『ケッ!』『ケケッ..!』

「平気でついてくんじゃねぇよ!
...そうか、コイツら元々湿ってやがるからこんな岩別に大した危険じゃねぇって事か」
正に河童の為に作られた道、螺旋のアーチのように滝の周囲を覆って配置された岩を登り、河童達は何処へ向かっていくのだろうか?

『ケケケケッ!!』「うおっ、こっち来んな..!」
列をなす河童の中の一匹が蛙の如く跳び上がり此方へ飛び込んで来た。男は避けようと身体を捻ると体勢を崩し、濡れた岩に足を滑らせてしまう。

「おい、嘘だろっ..!?」
そのまま真っ逆様、水の張った滝壺へと一気に落下してしまう。

「ガボォッ..!!」『ケケ..!』
溺れ慌てる姿を見下ろし追う必要が無いと判断したのか河童達は立ち去り消えていく。どこか怯えているようにも見えたが水の中では判断もしかねる。

「ガバァッ..!!」(マズい、このままじゃ死ぬ!)
意識を失う前に必死に身体をばたつかせ、力一杯水を掻き泳いで抵抗した。

(何処か安全な場所は無いか..水中にある訳無ぇか)
身体の向いた方向を泳ぎ続けていると、指先に触れる硬い感覚をうっすらと感じた。

(これは…さっきの岩に近い感覚..近付けば何とか)
陸に上がれる、陸じゃ無くても足場になるかしれないと泳いで近付き手を伸ばした。

(掴む場所は無いが..手が付けば何とか...!)
平らな硬い地形に両の掌を付き、水に浸かった身体を外へ押し出す。

「ぶはあぁぁ~っ!!」
地形の近くは水面が低くなり、漸く息をする事が出来た。水に染みた目を開き辺りを見渡すとそこは鍾乳洞のように暗く冷たい洞穴のようだった。

「滝壺..なのか?」
陸に上がり、泳いできたであろう道を振り返る。

「限界まで水が満たされてる、よく泳いで来たな..」
ギリギリまで水が張り、指先に触れた地形の直前から漸く水面が低くなっている。洞穴の天井が突然低くなり、水を堰き止めているのだ。

「なんで急にここだけぼこっと..まぁいいか。」
陸地を足場とし、立ってみると普通に佇む広さの余裕がある。

「不自然な場所だな、入り口みてぇに息する場所があってここはまるで廊下みてぇだ。それに..」
遠くの方で大きな音がする。大量の水が一気に流れ落ちるような、丁度元来た道の向こうの方で。

「ここは多分..滝の中だ。」
だとすれば奥に何があるのか、脅威か災いか。

「徳川の埋蔵金だな」
コイツは馬鹿だ。


『みんな風に呑まれた頃かねぇ..?』
空を緩やかに浮遊しながら自ら創った隔離世界を悠然に見渡す。見える人間は総て使用物、どう使おうが世界の勝手だと笑い転げる。といってもたった二つだけなのだが、少数を希望したのも己自身だ。

「..いつまでそこにいる?」

『うるっさいわね、玩具が喋るんじゃないの!
..もしかして、アタシを鵺と同じだと思ってんの?』

「違うのか、同じ獣だろう」

『…アンタそれでも侍なワケ?
あんなのと一緒にするんじゃないわよっ!!』
力任せに鎌を振り、生み出した竜巻をぶつける。

「..ほう、ならば見せてみろ。」
握るのは刀、振るのは刃。


「さぁ姿を表せ! 滝の守り神よ!」
滝奥の洞穴へ進む逸れ隊士、一人残された彼を待っていたのは水落ちる先の洞窟にて佇む...。

「……へ?」

『…………』
高貴な椅子に座り脚を組む緑色の身体に嘴を備えた人ならざる者。

「おいおい..ここまで来て結局、またお前かよ?」

『……ケケッ..』
外にいたのとは一味異なる偉そうな態度の河童が、見下すようにこちらを眺めている。

「なんだお前、友達いないのか? 嫌われてんだろ?
だからこんな処で一人でいんだろ。」

『……お前、名前は?』「嘘だ..喋れんのかよ!?」
嘴を鳴らして話す独特のアヒルじみた声では無く、洞窟中に響く重低音のいい声が鼓膜を揺らした。

『そんな事はどうでもいい、質問に答えろ。』

「偉そうにしてんじゃねぇぞっ!
名前が知りたきゃまずてめぇから名乗りやがれ!」

『フン、人の礼儀というやつか。
いいだろう、我が名は銀宗《ぎんそう》..この山にて蔓延る無数の河童の王。』

「河童の王だと? 肩書きまで偉そうだな!
友達は一人もいねぇみてぇだがよっ!」

『..して、貴様の名前は?』「ふ、へへんっ!」
河童の名前と大層な肩書きを聞いた後、侍らしく刀を抜いて自らの名を名乗り上げる。

「俺の名は妖討伐隊が一人、山中島正久郎!!
てめぇを斬り捨てる英雄の名だっ!!!」

『…ほう?』

「覚えておきやがれぃ!」
やはりコイツは馬鹿だ。

『ならば見せてみろ..貴様の力...!!』
だがだからこそ、底なしの抜け目無い力が

「速っ..! え、うそ!?」

『ふんっ!』

「んぎゃぁ~!!」
別に無いかもしれない。

『この程度も避けられんか』

「うううぅ~..!?」(嘘だろ、何だあの拳はよ!)
氷上の如く床を滑り回り込まれた挙句顔面に全力の正拳を入れられた。反撃どころか受け身も取れず、無様に尻餅をついて奇声まで上げる始末。

『所詮は口だけか、これでも武士か?』

「な、舐めんじゃねぇぜっ!
俺だってそんくらい出来るってんだよ!」
凄まじい駆け足で銀宗の背後に回り着き、刀を首元へ突き立てる。

『…やるではないか。』

「へへ、お前なんて簡単なんだよ!
妖討伐隊を甘く見過ぎだお前は!」

『妖討伐隊..?』

「なんだよ知らねぇのか、お前もどうせ山の影響受けてそんなワケ分からねぇ力得たんだろ!」

『..一体何の話だ?』

「コイツまさか..山の影響を受けてねぇのか!?
だとすりゃ...元からこんな力を持ってるって事かよ」

『口より刃を動かしたらどうだ』「ぐおっ..!」
掌の水掻きから生成した水を刃物のように尖らせ刀を握る腕に突き刺す。表面から血が滲み、じわじわと痛みを与えては刀身を鈍らせていく。

「なんだ..それはよっ..!」

『水でできたクナイだ、前に忍がここへ迷い込んだときに作り方を覚えた。..その忍は死んだがな』

「なんでもかんでも殺めやがって..だから友達出来ねぇんだてめぇはっ...!」
もう片方の腕で頭を強く抱き締め拘束し、傷ついた腕で刃を首筋に食い込ませる。

『そのまま捻り切る気か..』「あたぼうよっ!」
首筋に少しずつ食い込む刃、しかし相手のクナイの方が腕に与える傷が素早く多い。

「ぐうぅ..!!」『無謀な馬鹿だ』
腕に幾つも穴が空いていく、刀を持つ手も緩んで来ている。このままでは刀を床へ落としてしまう。

(考えろ..何か方法を....そうだ、前に河童に襲われたとき...隊長が言ってた事を思い出せっ..!!)
過去の己に問い掛ける。あの時、何を云われたか。

「…はっ、そうだ!」『思考が遅いぞ、侍。』
クナイで腕を一突き、刃が首筋から外れ落ちてしまう

「しまっ..」『哀れな。』
ゆっくりと落ちていく刀、しかし侍に焦りは無い。

「なんてな」『何?』
落ちゆく刀を掴み直し、刀身を天に掲げる。

『何をしている?』

「思い出したんだよ、河童の弱点。」
早助の言っていた河童との戦い方
迅速に終わらせるには首をはねるか、それともう一つ

「潤いの源、頭の皿をかち割るかだっ!!」
片方の腕に拘束され、素早い動きはままならない。刀を天に上げたのは持ち手の先端で、皿を割る為。

『何を考えてる、貴様っ..!』

「考えが遅せぇよ、王サマ。」
クナイよりも早く刃物より固い一撃が銀宗の頭を直撃

『かっ..』
皿は見事に割れ、身体から潤いが断ち消えた。

「へっ、その調子じゃあ俺の名前を記憶するのは難しそうだな!」
銀宗の背中から、甲羅を剥ぎ取り取り上げる。

「代わりに戦利品貰っとくぜ!...ん?」
銀宗が座っていた椅子の辺りから大きな音が響く。水が大量に流れるような、雪崩にも近い音。

「…おい、嘘だろ?」
多量の水流がこちらにむかって勢いよく流れる、守り神を失って決壊したとでもいうのだろうか。

「おいおいおいおいっ!! 無理だって!
こんなもん、絶対に巻き込まれガフッ!」
甲羅を盾にしても無駄だった。正久郎はそのまま水に呑まれ洞穴の中を流されながら豪流に身を任せる他無かった。暫く流されて続け目を覚ますと、背後には滝が流れており、目の前には木々の並ぶ山の風景が。

「……外まで流されたのか?」
戦利品を背中へ背負い、目を擦る。改めて目を見開くと水に濡れた目にぼんやりと緑の影が幾つも見える。

「..おいおい、またお前らか。」
はっきりと視界を広げた先に見えたのは河童の群れ、恐らく先程追いかけに来ていた連中だろう。

「どこまでもしつけぇな、そんなに俺が好きかっ!」
警戒しつつ刀を構える。
しかし襲ってくる事は無く、目の前まで近寄る河童達は正久郎の足元で跪き頭を下げた。降参というよりは一斉に忠誠を誓うような振る舞いに見える。

「…え、本当に好きなの?」
但し馬鹿には伝わっていないようだが..。








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