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変わり果てた山
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現代、ロサンゼルス。
「誰かと思えば君たちか、博士なら奥の研究室だ」
眼鏡を掛けた穏やかな白衣の男性。セバスチャン達が通っていたハイスクールの化学講師であり研究者、名をヒューズ・ドガー。
「ヒューズさん、なんで街がこんな事に..」
「わからない。だけど君たち、よくここに辿り付いたね。無事で何よりだよ」
身を安ずるヒューズの背後のモニターには、沢山の人のシルエットが忙しそうに蠢いている。
「…これ、街の様子?」
「ああ、青いシルエットは皆死者達だ。
この中に赤い影が動いててこちらへ向かって来ていたから、入り口の扉を開けたら君たちだった。
「嘘っ..! この影がみんな奴等なの..!?」
「ああ、だが先程妙な事が起こってね。
死者の群れの一部がごっそりとどこかへ消えたんだ」
「何処かへ..消えた!?」
「お前達、カラダに傷痕は無いか?」
画面を眺めながら話し込んでいると、奥の扉が開き髭を蓄えた貫禄のある男が顔を見せる。
「博士! 大丈夫、傷は無いよ。」
「そうか、エリーも無事か?」
エリーはカラダを見せ傷が無い事を証明する。
博士はそれを確認し、ホッと胸を撫で下ろすと言葉を続けた。
「良かった、アレは傷から伝染する。少しでも傷を付けられていれば、若い命でも殺めなければならなくなるからな。それは御免被りたい」
「僕達も無事で良かったです。」
カラダを確認するときの博士の一瞬狂気に満ちた目、確実に本気の姿勢に密かに身震いが止まらなかった。
「何か、話の途中だったかな?」
「ええ。」「何の話だ?」
「例の、死者喪失現象についてです。」
「ああ、あれか」
「詳しく教えてくれませんか?」
博士とヒューズは街に起きた現象の粗方を説明した。
「本当に消えたの、移動した訳ではなく?」
「移動したのなら、シルエットが大幅に動く筈だ。だが違う。死者のシルエットは、その場でパッと画面に表示されなくなったんだ。」
「この事から恐らくは、何処かへ飛ばされた。または別次元へワープ...と考えたいが、それは飛び過ぎだ。唯の機械の不具合だろう」
様々な考察をしたが最終的には機械の不具合だろうとメンテナンスを行っている。
「..本当に、機械の故障なんですか?」
「わからない、だが確かにおかしい部分もある。
死者のアイコンは消えたのに、君達のアイコンはしっかりと表示されていた。もし機械の不具合ならば、君達の存在もわからなかった筈なんだ」
考察が憶測を生み、疑問を募らせる。
「..でも、もし本当に何処かへ飛ばされていたとしたら彼らは一体何処へ行ったの?」
「まったく、検討もつかないよ...。」
江戸時代•風仙山水辺
武士達は山の恵みで水分を補給し、暫し休息をとりながら過酷な争いに備えていた。
「何処まで来た?」
「まだ三分の一ってとこだろ。まだまだ頂上は見えねぇよ、ただでさえ霧で見えねぇってのに」
隊士達が水を手で掬って喉に入れつつ愚痴を漏らす。人のいない山中では、悪口がよく映えるというものだ
「結構高いんだな、この山!
初めて来たけどまぁまぁ風情があるじゃねぇの?」
「吾太郎、お前も休んでおけ。
ここからは暫く水も飲めんぞ、妖の巣に情けは無い」
「へいへい、お前も無理すんなよなぁ。」
油断は当然禁物だが、休息し体力を確保しなければ咄嗟の戦には対応出来ない。どちらも必要な行いである
「ってもよぉ、ホントに妖なんざ出るのかここ?
割と雰囲気いいとこだぜ、ここ。」
隊士の一人が水を飲みつつ仲間と談笑する。
「思い過ごしなんじゃねぇのか?
..よく考えてみりゃ山に妖っておかしな話だぜ、野性の熊ならまだしもバケモンが山にって..」
隊士が手を延ばした流水に波紋が拡がる。
「ん、なんだ?」
直ぐに手を引き水面を除くと、波紋が更に大きくなる
「下で地震でも起きてるのか?
山の上にいて助かったな、揺れても高いし大して..」
もう一度水に手を延ばそうとしたその時。
『ケケーッ!!』「うおぉっ!?」
水辺から背中に甲羅を携えた緑の化け物が隊士に向かって飛び出して来た。
「何だっ!?」
「..妖か」
水辺から現れた妖は隊士の一人に抱きつくとクチバシのような口先で頬を突つく。
「うわっ、やめろ! 放せコラ!
お前達も助けてくれ、コイツ引き剥がしてくれっ!」
「やってる!
..けどコイツ、物凄い力強くてっ..!」
「刀で打っても甲羅が硬ぇ!」
間一髪クチバシの先を交わしてはいるがいつ当たっても無理は無い。羽交締めにされ突つかれているのだ、頬に当たれば貫通し大怪我を負うだろう。
「離れろっ..! この野郎がぁ!!」
「まったく世話の焼ける..」
化け物の背中を大きな影が覆い、視線が睨みつける。
「隊長!」『ケケッ?』
化け物が気が付き、こちらを振り向くより前に、首筋に刃が刺し込まれ首を落とした。
「うわぁっ!!」
首の無い甲羅を乗せた胴体だけが、隊士に覆い被さる
「河童だ、危険な刻は皿を叩き割るか首を掻っ切れ。潤いを絶たれれば勝手に絶命する、油断をするなよ」
「あ..有り難う御座いますっ!!」
九十度に身体を折り曲げ、頭を下げる。
「此処も安全じゃない、先を急ぐぞ。」「はいっ!」
直ぐに隊士を整列され登山を再開させる
列をなし歩く隊士、先頭にてそれを率いる隊長早助。
「お前その甲羅頂上まで背負っていくのか?」
「当たり前だろ、俺の防具だ。
それに貴重な戦利品でもあるしな!」
「戦ったのお前じゃねぇだろ。」
山の恵みは人に循環される、軌跡がどうあれ同じ事。
「この先に山小屋があった筈だ。少し遠いが先を急ぐぞ、足りない休息はそこで取る」
「お前道知ってるのか?
...そうか、尾行とはいえ一度簡単に山登ってるしな。
ていうか他に休む場所あるじゃねぇかっ!」
「気休めだ」 「薄情だな、お前」
山小屋があるところまで把握している。それ以上後を追わなかったのは、その先が長い一本道で頂上にのみしか続いていないからだ。途中までの休息場が見つかればそれでいい。
「ちょっと待て、なんでその後が一本道だって事まで知ってんだ? その先は進んでないんだろ?」
「..昔に父が頂上まで登った事があるそうだ。」
小さい頃、何故だか道筋を教えてくれた。幼い頃の記憶な断片的にしか覚えてはいないが、一つだけはっきりと〝頂上までは一本道だ〟という言葉のみ忘れずに覚えている。
「しかしおかしいな、この山は不気味だ」
「そんなの見りゃわかるだろ、ずっと思ってたよ。」
「そうでは無い、明らかに以前訪れた刻よりも風が異質なのだ。何か..黒いものが覆い被さったような。」
「なんなんだそれ?」
「…わからん。だが確実に、嫌な予感がする」
物々しい雰囲気、以前とは異なる風。
憶測ではない不気味な気配が、山全体を覆っている。
「あっ!」
「なんだよ?」
隊列の後ろの方でもぞもぞと揺れる隊士が一人。
「便所行きて..」
「何言ってんだお前ぇ、さっき水飲み過ぎたんだろ?加減して飲めよ、ガキじゃあるめぇし。」
「付いて来てくれ..」「なんだと?」
尿意が我慢出来ないと共に便所に行こうと言い出す隊士。幸い男だ、山全体が便所といえる。
「馬鹿な事言うんじゃねぇ。
んな事したらはぐれちまうだろうが!」
「大丈夫だって!
見たとこ大して険しい山でも無ぇし、はぐれたって普通に登りゃ合流出来るって!」
「…まぁ、お前のしょんべんの為に隊列を止める訳にもいかねぇし。..早く済ませろよ?」
「かたじけねぇ! 直ぐに終わらせる!」
最後尾の二人は列を抜け、木々の陰へと入っていく。
木々を掻き分けいい場所を見つけて引っ掛ける訳だ、なんと無駄な時間の使い方だろうか。
「…なぁ、あれが言ってた山小屋じゃねぇか」
「..思っていたより早いな、錯覚か?」
霧に包まれ時間や距離の間隔が薄い。遠いと過去に錯覚していたのか、気付かず長い距離を進んいたのか己でも判断が難しい。
「行こうぜ!」「ああ、皆の者! ここで休むぞ!」
隊士を集め小屋の前へ。
思っていたより大きな建物だ、これも錯覚だろうか?
「..おっ、ここいいじゃねぇか。よっしゃかますぜ」
「お前なんか楽しんでねぇか?」
一方その頃寄り道組もいい便所を探したようだ。木々のを少し掻き分けた先の小さな広場。そこに一本立つ大きな木に、己の一本で水をあげる事を決めた。
「早く済ませろよ」「わかってるって」
早速要を足そうと袴を緩めたその時だった。
「……今の音なんだ?」「俺はまだしてねぇぞ」
地響きのような音と何かを引きずる音、気のせいにしては大きく響く。そしてそれは、徐々にこちらに近付いて来る。
「何か来る..こっちに!」「何がだよ!?」
咄嗟に刀を抜き音のする方角へ構える。よく耳を澄ますと、引きずる音は変化して、何かを倒す音に変わっていた。
「…木を倒してんのか?」「何の為にだよ」
「決まってんだろ、こっちに用があるんだよ。」
最後の木を倒し姿を現した、金棒を携えた赤い鬼
「なんだよ、たかが赤鬼か?
よく街に来る奴じゃねぇかよ。」
「..待てよ、何かヘンじゃねぇか?」
いつもの雑な雰囲気が無い。怒っているのか声も発さず黒い目で睨みをきかせている。
「何がヘンなんだよ、いつもと同じ..てかアレ?
お前昼間街に降りて来たヤツじゃねぇのか?」
しょんべん男が剣先で悪戯に胸を突ついて小馬鹿に茶化すも鬼は黙ったまま、相当怒りに満ちているのか。
「やっぱりおかしい、普通の鬼ならここで声を上げるだろ。なんで騒ぎもしねぇんだよ?」
「なんでだろうなぁ、臆病なんだろ?
..あほら見てみろ、コイツよく見りゃ可愛い目をしてやがる。なぁ、お前もよく見てみやが..」
「直ぐにそいつから離れろっ!!」「はぁ?」
男がこちらを振り向いた瞬間、鬼が金棒を振り上げる
「はっ! 隙を突いたつもりかよ!?
こんな金棒、刀の一振りで防げるってもんよ!」
振り下ろす金棒に刀を合わせ受けようとする。しかし刀は無惨に砕け、男の両腕を思いきりへし折った。
「嘘..だろ?」
「……」
「あっ..ああっ!!」
「離れろ早くっ!」
腰を抜かし、身動きが取れない男。それを容赦なく睨みつけ追いつめる赤鬼。
「なんでだ、なんでこんな赤鬼が強えぇんだ!?」
赤鬼は男に再び金棒を振り上げる。男は怯えきりながらも刀を脚で挟み、折れた刀身を鬼の腹へ刺す。
「お前、何やってんだよ! そんなんで勝てるか!」
「..逃げろ。」「は?」
「逃げろって言ってんだよ! お前だけでもよぉ!」
小便は、既に漏れている。
付き合わせた責任を、侍として負うつもりだ。
「早く行けぇ馬鹿野郎っ!!」「くっ!」
男を置いて、鬼が作った道を駆ける。振り向く事は決して出来ない、後を想像するのも気が引ける。
「誰が馬鹿野郎だ、ふざけんなよ..!」
「へ、へへっ..ひっ!」
「……」
物云わぬ修羅の権化が、命を喰らう。
「やめ..やめてっ! ああぁぁぁっ!!!」
「..何だ?」「向こうから声が聞こえたな。」
断末魔は小屋の方まで響き、はっきりと絶望を伝えた
「くそ..くそっ!!」「……」
赤い修羅は再び来た道を行く、次の獲物を喰らいに。
「誰かと思えば君たちか、博士なら奥の研究室だ」
眼鏡を掛けた穏やかな白衣の男性。セバスチャン達が通っていたハイスクールの化学講師であり研究者、名をヒューズ・ドガー。
「ヒューズさん、なんで街がこんな事に..」
「わからない。だけど君たち、よくここに辿り付いたね。無事で何よりだよ」
身を安ずるヒューズの背後のモニターには、沢山の人のシルエットが忙しそうに蠢いている。
「…これ、街の様子?」
「ああ、青いシルエットは皆死者達だ。
この中に赤い影が動いててこちらへ向かって来ていたから、入り口の扉を開けたら君たちだった。
「嘘っ..! この影がみんな奴等なの..!?」
「ああ、だが先程妙な事が起こってね。
死者の群れの一部がごっそりとどこかへ消えたんだ」
「何処かへ..消えた!?」
「お前達、カラダに傷痕は無いか?」
画面を眺めながら話し込んでいると、奥の扉が開き髭を蓄えた貫禄のある男が顔を見せる。
「博士! 大丈夫、傷は無いよ。」
「そうか、エリーも無事か?」
エリーはカラダを見せ傷が無い事を証明する。
博士はそれを確認し、ホッと胸を撫で下ろすと言葉を続けた。
「良かった、アレは傷から伝染する。少しでも傷を付けられていれば、若い命でも殺めなければならなくなるからな。それは御免被りたい」
「僕達も無事で良かったです。」
カラダを確認するときの博士の一瞬狂気に満ちた目、確実に本気の姿勢に密かに身震いが止まらなかった。
「何か、話の途中だったかな?」
「ええ。」「何の話だ?」
「例の、死者喪失現象についてです。」
「ああ、あれか」
「詳しく教えてくれませんか?」
博士とヒューズは街に起きた現象の粗方を説明した。
「本当に消えたの、移動した訳ではなく?」
「移動したのなら、シルエットが大幅に動く筈だ。だが違う。死者のシルエットは、その場でパッと画面に表示されなくなったんだ。」
「この事から恐らくは、何処かへ飛ばされた。または別次元へワープ...と考えたいが、それは飛び過ぎだ。唯の機械の不具合だろう」
様々な考察をしたが最終的には機械の不具合だろうとメンテナンスを行っている。
「..本当に、機械の故障なんですか?」
「わからない、だが確かにおかしい部分もある。
死者のアイコンは消えたのに、君達のアイコンはしっかりと表示されていた。もし機械の不具合ならば、君達の存在もわからなかった筈なんだ」
考察が憶測を生み、疑問を募らせる。
「..でも、もし本当に何処かへ飛ばされていたとしたら彼らは一体何処へ行ったの?」
「まったく、検討もつかないよ...。」
江戸時代•風仙山水辺
武士達は山の恵みで水分を補給し、暫し休息をとりながら過酷な争いに備えていた。
「何処まで来た?」
「まだ三分の一ってとこだろ。まだまだ頂上は見えねぇよ、ただでさえ霧で見えねぇってのに」
隊士達が水を手で掬って喉に入れつつ愚痴を漏らす。人のいない山中では、悪口がよく映えるというものだ
「結構高いんだな、この山!
初めて来たけどまぁまぁ風情があるじゃねぇの?」
「吾太郎、お前も休んでおけ。
ここからは暫く水も飲めんぞ、妖の巣に情けは無い」
「へいへい、お前も無理すんなよなぁ。」
油断は当然禁物だが、休息し体力を確保しなければ咄嗟の戦には対応出来ない。どちらも必要な行いである
「ってもよぉ、ホントに妖なんざ出るのかここ?
割と雰囲気いいとこだぜ、ここ。」
隊士の一人が水を飲みつつ仲間と談笑する。
「思い過ごしなんじゃねぇのか?
..よく考えてみりゃ山に妖っておかしな話だぜ、野性の熊ならまだしもバケモンが山にって..」
隊士が手を延ばした流水に波紋が拡がる。
「ん、なんだ?」
直ぐに手を引き水面を除くと、波紋が更に大きくなる
「下で地震でも起きてるのか?
山の上にいて助かったな、揺れても高いし大して..」
もう一度水に手を延ばそうとしたその時。
『ケケーッ!!』「うおぉっ!?」
水辺から背中に甲羅を携えた緑の化け物が隊士に向かって飛び出して来た。
「何だっ!?」
「..妖か」
水辺から現れた妖は隊士の一人に抱きつくとクチバシのような口先で頬を突つく。
「うわっ、やめろ! 放せコラ!
お前達も助けてくれ、コイツ引き剥がしてくれっ!」
「やってる!
..けどコイツ、物凄い力強くてっ..!」
「刀で打っても甲羅が硬ぇ!」
間一髪クチバシの先を交わしてはいるがいつ当たっても無理は無い。羽交締めにされ突つかれているのだ、頬に当たれば貫通し大怪我を負うだろう。
「離れろっ..! この野郎がぁ!!」
「まったく世話の焼ける..」
化け物の背中を大きな影が覆い、視線が睨みつける。
「隊長!」『ケケッ?』
化け物が気が付き、こちらを振り向くより前に、首筋に刃が刺し込まれ首を落とした。
「うわぁっ!!」
首の無い甲羅を乗せた胴体だけが、隊士に覆い被さる
「河童だ、危険な刻は皿を叩き割るか首を掻っ切れ。潤いを絶たれれば勝手に絶命する、油断をするなよ」
「あ..有り難う御座いますっ!!」
九十度に身体を折り曲げ、頭を下げる。
「此処も安全じゃない、先を急ぐぞ。」「はいっ!」
直ぐに隊士を整列され登山を再開させる
列をなし歩く隊士、先頭にてそれを率いる隊長早助。
「お前その甲羅頂上まで背負っていくのか?」
「当たり前だろ、俺の防具だ。
それに貴重な戦利品でもあるしな!」
「戦ったのお前じゃねぇだろ。」
山の恵みは人に循環される、軌跡がどうあれ同じ事。
「この先に山小屋があった筈だ。少し遠いが先を急ぐぞ、足りない休息はそこで取る」
「お前道知ってるのか?
...そうか、尾行とはいえ一度簡単に山登ってるしな。
ていうか他に休む場所あるじゃねぇかっ!」
「気休めだ」 「薄情だな、お前」
山小屋があるところまで把握している。それ以上後を追わなかったのは、その先が長い一本道で頂上にのみしか続いていないからだ。途中までの休息場が見つかればそれでいい。
「ちょっと待て、なんでその後が一本道だって事まで知ってんだ? その先は進んでないんだろ?」
「..昔に父が頂上まで登った事があるそうだ。」
小さい頃、何故だか道筋を教えてくれた。幼い頃の記憶な断片的にしか覚えてはいないが、一つだけはっきりと〝頂上までは一本道だ〟という言葉のみ忘れずに覚えている。
「しかしおかしいな、この山は不気味だ」
「そんなの見りゃわかるだろ、ずっと思ってたよ。」
「そうでは無い、明らかに以前訪れた刻よりも風が異質なのだ。何か..黒いものが覆い被さったような。」
「なんなんだそれ?」
「…わからん。だが確実に、嫌な予感がする」
物々しい雰囲気、以前とは異なる風。
憶測ではない不気味な気配が、山全体を覆っている。
「あっ!」
「なんだよ?」
隊列の後ろの方でもぞもぞと揺れる隊士が一人。
「便所行きて..」
「何言ってんだお前ぇ、さっき水飲み過ぎたんだろ?加減して飲めよ、ガキじゃあるめぇし。」
「付いて来てくれ..」「なんだと?」
尿意が我慢出来ないと共に便所に行こうと言い出す隊士。幸い男だ、山全体が便所といえる。
「馬鹿な事言うんじゃねぇ。
んな事したらはぐれちまうだろうが!」
「大丈夫だって!
見たとこ大して険しい山でも無ぇし、はぐれたって普通に登りゃ合流出来るって!」
「…まぁ、お前のしょんべんの為に隊列を止める訳にもいかねぇし。..早く済ませろよ?」
「かたじけねぇ! 直ぐに終わらせる!」
最後尾の二人は列を抜け、木々の陰へと入っていく。
木々を掻き分けいい場所を見つけて引っ掛ける訳だ、なんと無駄な時間の使い方だろうか。
「…なぁ、あれが言ってた山小屋じゃねぇか」
「..思っていたより早いな、錯覚か?」
霧に包まれ時間や距離の間隔が薄い。遠いと過去に錯覚していたのか、気付かず長い距離を進んいたのか己でも判断が難しい。
「行こうぜ!」「ああ、皆の者! ここで休むぞ!」
隊士を集め小屋の前へ。
思っていたより大きな建物だ、これも錯覚だろうか?
「..おっ、ここいいじゃねぇか。よっしゃかますぜ」
「お前なんか楽しんでねぇか?」
一方その頃寄り道組もいい便所を探したようだ。木々のを少し掻き分けた先の小さな広場。そこに一本立つ大きな木に、己の一本で水をあげる事を決めた。
「早く済ませろよ」「わかってるって」
早速要を足そうと袴を緩めたその時だった。
「……今の音なんだ?」「俺はまだしてねぇぞ」
地響きのような音と何かを引きずる音、気のせいにしては大きく響く。そしてそれは、徐々にこちらに近付いて来る。
「何か来る..こっちに!」「何がだよ!?」
咄嗟に刀を抜き音のする方角へ構える。よく耳を澄ますと、引きずる音は変化して、何かを倒す音に変わっていた。
「…木を倒してんのか?」「何の為にだよ」
「決まってんだろ、こっちに用があるんだよ。」
最後の木を倒し姿を現した、金棒を携えた赤い鬼
「なんだよ、たかが赤鬼か?
よく街に来る奴じゃねぇかよ。」
「..待てよ、何かヘンじゃねぇか?」
いつもの雑な雰囲気が無い。怒っているのか声も発さず黒い目で睨みをきかせている。
「何がヘンなんだよ、いつもと同じ..てかアレ?
お前昼間街に降りて来たヤツじゃねぇのか?」
しょんべん男が剣先で悪戯に胸を突ついて小馬鹿に茶化すも鬼は黙ったまま、相当怒りに満ちているのか。
「やっぱりおかしい、普通の鬼ならここで声を上げるだろ。なんで騒ぎもしねぇんだよ?」
「なんでだろうなぁ、臆病なんだろ?
..あほら見てみろ、コイツよく見りゃ可愛い目をしてやがる。なぁ、お前もよく見てみやが..」
「直ぐにそいつから離れろっ!!」「はぁ?」
男がこちらを振り向いた瞬間、鬼が金棒を振り上げる
「はっ! 隙を突いたつもりかよ!?
こんな金棒、刀の一振りで防げるってもんよ!」
振り下ろす金棒に刀を合わせ受けようとする。しかし刀は無惨に砕け、男の両腕を思いきりへし折った。
「嘘..だろ?」
「……」
「あっ..ああっ!!」
「離れろ早くっ!」
腰を抜かし、身動きが取れない男。それを容赦なく睨みつけ追いつめる赤鬼。
「なんでだ、なんでこんな赤鬼が強えぇんだ!?」
赤鬼は男に再び金棒を振り上げる。男は怯えきりながらも刀を脚で挟み、折れた刀身を鬼の腹へ刺す。
「お前、何やってんだよ! そんなんで勝てるか!」
「..逃げろ。」「は?」
「逃げろって言ってんだよ! お前だけでもよぉ!」
小便は、既に漏れている。
付き合わせた責任を、侍として負うつもりだ。
「早く行けぇ馬鹿野郎っ!!」「くっ!」
男を置いて、鬼が作った道を駆ける。振り向く事は決して出来ない、後を想像するのも気が引ける。
「誰が馬鹿野郎だ、ふざけんなよ..!」
「へ、へへっ..ひっ!」
「……」
物云わぬ修羅の権化が、命を喰らう。
「やめ..やめてっ! ああぁぁぁっ!!!」
「..何だ?」「向こうから声が聞こえたな。」
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