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番外編
Krimes
しおりを挟む夜の周期の月の小さな街は、暖色の街灯や店の灯りで柔らかく浮かび上がっている。
歩く僕等は今夜も二人。札束を持っている割には貧乏旅行をしている僕等だけど、街から街へ流れていけば、どこも真新しく珍しく見えて、歩いているだけでも飽きない。
通りは客引きで賑わっていて、その中に、僕はなにかピンク色の大きなものを見つけた。
「あれ…なに? ウサギ…?」
「ええ。着ぐるみですね」
「ああ、あれが…着ぐるみか。初めて見る」
僕は着ぐるみというものを初めて見たので、なんだかひどく奇妙な、大きなぬいぐるみが歩いているような光景は、違和感しか感じなかった。物珍しく見ている視線に気付いたのか(視線なんてわかるのか? あれは目のところに穴があいてるんだろうか)ウサギは僕に持っていたチラシを渡して手を振った。
「移動遊園地、」
大きな飾り文字を読んでみると、そうある。古風なデザインの紙のチラシには、メリーゴーランドの絵が描いてあり、その下に開場時間や開場期間が記されていた。
「行ってみますか?」
アベルがそう笑いかけてくれたから、僕は大きく頷いた。
+++
アベルの案内で、記された場所に行ってみると、人がたくさん集まっていた。子供連れが多かったけど、年齢層は広くていろんな人が居る。
入場受付の小さなテントや、なにが入っているのか、大きなテント。その向こうに観覧車やジェットコースターまであるようだった。
「すごいなー。僕も映像で見たことがあるようなやつだな。実際に見たのは初めてだけど」
僕等は人混みに紛れてチケットを購入し、入場するなり立ち尽くした。電飾でドロップみたいに色づいた木々、露天から露天へ繋がれた旗飾り。何処を見ても電飾が点滅していて、まるで夢の中みたいだ。
「すごい…異世界だ」
初めて体感する、小さな夢の世界。喧騒も、子供達も、ピエロや着ぐるみも、大きなメリーゴーランドも、荒い音質で聞こえる浮ついた音楽も。たくさんの色が、一気に僕に押し寄せてくる。
「アベル、夢みたいだ…」
隣のアベルに目を向けると、そうですね、と微笑む。そんなアベルまで非現実的に見える。点滅する電飾の赤や黄色を受けて、アベルの頬や髪も光を映している。きらきらするアベルの瞳と、完璧な造形は、遊園地の中では動く人形みたいだ。
「あんな大きなものを、一体どうやって運んで移動するっていうんだろ」
「分解して隙間なく収納し、大型トラックを何台も使いますね」
「トラックが連なって走ってくのは見応えがありそうだな…」
ひとつひとつのアトラクションを眺めて歩くうち、夢の世界に迷い込んで行く心地で、僕の浮ついた気分はくるくる回るようだった。僕は逸れないように、アベルの手を引っ張って歩いた―――もう殆ど、走っていた。音も景色も見慣れない世界の中で、目に映るものは何でも珍しかった。露天でチュロスを買ったり、フロートを買ったり、買いもしないのに、並んでいる玩具をひとつひとつ手に取ったり。
アトラクションも乗った。アベルが言うには、移動遊園地だから普通の遊園地より小さいって。たしかに、前に映像で見たことのある遊園地はもっとずっと大きいようだったと思い出す。だけどこれが初めての僕には、大きさなんて関係無かった。列に並んでジェットコースターやバイキング、空中ブランコに乗った。空中で振り回される感覚はバイクに似ていたけど、遠心力を感じるのは面白かった。周りの客はみんな歓声を上げて騒いでいた。でも当然アベルはいつも通りに微笑んでいただけだった。こんなアトラクションに乗っていても、そのスピードの一瞬にすら、背景のイルミネーションに彩られて、時が留まるように綺麗なアベルの横顔があって、僕は幻の中で遊んでるみたいに思えた。
「アベル、これは?」
「クジ引きですね」
「クジ引き?」
電飾に飾り文字の派手な露天の天井に、たくさんの玩具やぬいぐるみが吊るしてあって、僕の興味を引いた。アベルの説明によると、引いたクジに書かれた数字が特典で、それを集めると景品と交換になるらしい。
「そんな博打なことするなら、商品を買った方が安いんじゃないの?」
「大抵はそうなるでしょうね。まあ、クジ引きとはギャンブルですから」
たしかに小さいギャンブルだ。僕は運試しに1枚だけ買ってみることにした。こんな機会でもないと、やる事もないだろうし。万が一大きなぬいぐるみでも当たったら、子供に上げてしまえばいい。
フリルのついた古い時代の衣装を着た店員からクジを買って開いてみると、
「20だと、これくらいだね」
店員がクジを見て言いながら、天井の一列を指した。
「じゃあ…これで」
20の列には小さな子供向けの玩具がたくさん吊る下がっていて、僕は細長い望遠鏡を選んだ。
安っぽい玩具だけど、掌に収まるそれは、この日の思い出になるはずだ。少しぐらい、こういうものを持っていてもいいだろう。僕はそれをアウターのポケットに仕舞った。
「もうすぐ閉場時間になりますね」
気が付けば、入場した時よりも人が減っていた。僕は随分夢中になっていたようだ。
「あ、そうだ!アベル、観覧車!」
「乗りますか? まだ間に合うと思いますよ」
「行こう!」
アベルの手を取って、僕は走り出す。途中、同じように走ってはしゃいでいる子供達や、おどけたピエロが視界を掠めていった。どこからか飛んできた紙吹雪を浴びて、僕等は観覧車に急いだ。
「まだ間に合います?」
誰も並んでいない観覧車にたどり着いて、僕は荒い呼吸の合間に店員に聞いた。
「君達で最後だな」
メイクをした店員がそう笑って、チケットと交換に入れてくれた。店員に扉を開けられた篭に僕等は乗り込む。金属音と共に、喧騒が小さく途絶えた。
遠くなる景色を見送って、少しずつ上昇する僕等は、少しだけ星空に近付いていく。
「間に合った、」
まだ切れたままの息で、僕は笑った。
「なんか僕、子供みたいだな」
「…そうですね、頬まで赤くして」
隣に座るアベルと顔を見合わせて笑う。汗の滲む身体で、なんとか呼吸を整えようとしたけど、なかなか収まりそうに無かった。遊具ひとつにこんなに必死になって、きっとバカみたいだ。でも、アベルはやさしく微笑ってくれる。
「上から見る遊園地は、美しいですよ」
アベルに言われて視線を下界へ向けると、点滅する電飾で幻みたいだった遊園地の全貌が見えた。行き交う人達も見下ろせる。とても綺麗だ。いろんな色。缶からドロップを零してしまったみたいに。
そんな風景の似合う無邪気な子供達が、まだアイスを手に笑い合って騒いでいるのが見える。
僕はゆっくり遠ざかるそれを、なんだか不思議な気持ちで眺めていた。
「子供、なんてなぁ」
子供。僕に、ルナの飼い猫として産まれた人間に、子供時代なんてものはない。物心ついた頃から小児性愛者に身体を好きにさせるのが仕事だった。商売道具を使い物にならなくされては店が困るので挿入こそ無かったが、違和感や不安や恐怖、いろんな感情が渦巻いていたのを覚えている。
別の部屋に同じ境遇の同年代の子供達がいることが解っていても、交流できるわけでもないから話した事も無かった。〝友達〟というのは、言葉しか知らない。〝家族〟と同じ。
あの子供達は、本当の意味で子供なのだろう。あんな風に笑えた頃なんて、僕には無かった。何か大切なものを、きっと僕は知らずに此処まで来た。だってなにか知らない、得体の知れない者のようにすら見える、子供。触れたことのないもの。
「カイン、」
不意に呼び掛けられて顔を上げると、そのまま唇が重なった。掠めるようなキスをして、アベルが僕の髪を撫でて微笑む。
「アベル…」
そう、今は。アベルが居る。僕は知らない事を、毎日知っていく。アベルが手を引いてくれるから。握った手を、アベルは離さない。それが解っている。
「空に浮かんでいるようですね、カイン」
言われて、下ばかり見ていた視線を空へ向ければ、夜の銀河に小舟で浮いてるようだった。遠くなった街明かりに、僕等は束の間、銀河に二人きり。風で少しだけ揺れるのも、きっと船に似ているのだろう。
「アベル、僕。またひとつ君との記憶が出来たよ」
握り合った掌に、窓から射す夜の光。下降して行けば、また残り少ない遊園地の明かりが照らす。幻の光。でも現実だ。昨日も今日も、明日も。繋ぐ現実が、重なる記憶に変わっていく。
「私のデータも、また更新されますね」
もう一度小さなキスをして、僕等は地上へ帰った。まだ遊園地は明るくて、音楽が鳴り響いている。帰りを惜しむ、子供達の声を包むように。
開場を出てから、僕等は柵へ肘をかけて園内を眺めた。
暗闇を照らすメリーゴーランドのオレンジ色の光は暖かく、細かい絵やレリーフの装飾が綺麗だ。僕はふと思い出して、ポケットから、あの望遠鏡を取り出した。
軽くて小さな、子供騙しだ。でもきらきら装飾されたそれは宝物みたいにも見える。
僕は、メリーゴーランドに向けて覗いてみた。
「あ、」
思わず声が漏れたのは、見えたのは拡大された風景ではなく、カレイドスコープだったから。
点滅するオレンジの電飾や、鮮やかな色彩の絵、玩具の馬、きっとそんなもの。だけどどれが何なのかは解らない。無限に広がるような模様になって、きらきらと動いていく模様。筒の中に、イルミネーションが詰まっていた。
「アベル、これ…」
「テレイドスコープですよ。カイン」
「テレイドスコープ?」
「ええ。外の風景を、鏡に映しているんです」
「すごい…綺麗だよ…」
露天の通りや、大きな看板、イルミネーションの木々。点滅する赤、青、黄色、橙、紫…
僕は色んな風景を映して、小さいはずなのに無限の広がりを見せるスコープに夢中になった。
いろんな方角を見終わって、目から外してアベルに渡した。
「見てごらんよ」
アベルは受け取って、同じようにそれを覗き込んだ。
「ええ…綺麗ですね。とても…」
アンドロイドのアベルに、それが確かな感覚を持ったものなのかは解らないけれど、僕はアベルがそう言ってくれたのが嬉しかった。
「これなら、アベルと見るどんな景色も見られるね」
カレイドスコープは決められたものしか見られないけれど。このテレイドスコープなら。この先も違う景色を見ていける。無限のように美しい模様を写し取って。
「そうですね。いろんな処で、試してみましょう」
アベルがスコープを外して微笑んだ時、遊園地の明かりが消えた。
遊園地の消灯は、魔法の切れる瞬間みたいだ。音楽も聞こえなくなって、閑散とした遊園地には、関係者の騒めきが溢れるだけになった。
「…行きましょうか」
アベルが差し出した手を取って、歩き出す。
魔法みたいなイルミネーションも、知らない世界の音楽も、もう消えてしまったけど、幻みたいな今は続いている。
「アベル、明日はどこへ行こうか」
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6/13 番外編含め完結しました。
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