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Metropolis 15
しおりを挟む僕等はアベルの肌の傷を修理工で治してもらうと、あの医者から貰ったバイクに乗って街を出た。ジェラルミンケースの札束で、当分旅は続けられそうだった。結局、アベルに汚れ役をさせてばかりで僕はどうしようもないな。
街を出ると荒廃した大地が広がっていた。月の大地は白く、銀色に輝いているようにも見える。広がる銀河と白銀の大地。人工重力で月に縛り付けられている僕等は、その彼方に地球を見つけた。僕等が目指す次の街の向こうに、見えている。
透明なトンネルで守られたROUTE42を真っ直ぐに走り抜ける。まるで青い地球を目指すように。後ろにはアベル。髪が靡く。確実に進んでいく、通り過ぎていく何も無い大地。
と、前方に何かの影を見つけた。近付くと、それが二人分の人影で、もう一つはバイクの影だとわかった。なにやらバイクに故障が起きたのか、作業着の男がバイクを触っていた。傍で連れらしい少女がその様子を覗き込んでいる。
「どうかしたの?」
僕はバイクを停めて二人に声をかけた。作業着の男は白髪で、青紫のメッシュを入れていた。こちらを向いて、苦笑する。
「ちょっとコケちまってなァ」
「すっごい危なかったんだからぁ!なんかね、かわいい兎が飛び出してきて、避けようとしたんだけど」
「コイツが怪我しなかったのが幸いだけどな、ハンドルが曲がっちまった。まあ行けねぇこともねぇから諦めるかって言ってたとこなんだ」
「え、え、サラッと男前なこと言っちゃってる。なになに、珍しいじゃん」
「うるせぇ」
ひらひらしたチュニックにレザーパンツを履いた女の子は、くるくると表情を変えながら騒いだ。
「兎?」
僕とアベルは視線を交わした。こんなところに兎なんているわけがない。
「電気兎かもしれませんね。機械仕掛けのペットです。あれは精巧にできていますから。誰かが捨てたのかもしれません」
「えー!」
アベルの言葉に少女は不満そうな声を出した。
「違うよぉ、あれは月の兎だったんだよ! きっと!」
「おい、お前またバカなこと言うな」
「月の兎?」
「月の照らす地球の伝承です。月には兎が住むという」
僕が首を傾げると、アベルが補足した。
「え、もしかして君たち地球から来たの?」
「そうだよぉ」
「へぇーすごいなぁ…地球かぁ」
僕は真っ直ぐ見つめた先にある、あの青い海のある星を眺めて言った。
「ね、地球から月はどんな風に見えてる?」
「えっとね、すっごい綺麗だよ! 偶に青っぽかったり赤かったりして、でも普段は銀色で、夜の守り神みたいで、みんなの憧れの星だよ」
彼女は心からそう思ってるって感じに笑って、そう言った。憧れ、なんてなぁ。きっと僕等の実態を知らない。でも、地球から僕等のいる月を見ている人たちが居るって当たり前なことに、僕等が生まれるずっと前からある、遥かな繋がりを感じた。
「地球の方が綺麗だよ、あんなに青くて…」
「そうかな? でも私も、地球のこと好きだったよ」
彼女は地球を振り返って、嬉しそうに、懐かしそうに笑った。
「ハンドルなら私が直しましょう。貸して下さい」
「あ? でも、」
硬すぎるだろうと男が言おうとした時、アベルはいとも簡単にハンドルを元の位置へ曲げて直した。
「…アンドロイドか?」
「ええ」
「そうか。いやぁマジで助かったよ」
「いえ」
そしてアベルは再びバイクに乗ったままの僕の後ろへ跨った。
「もし何かあったら連絡くれよ。仕事関係なく力になれることがあれば、礼代わりにさせてくれ」
そう言って男は名刺を寄越した。気象予報士らしい。僕はそれを受け取って革のジャケットの内ポケットにそれを仕舞うと、二人に笑いかけてからバイクを出した。
こうして旅を続けていったら、色々な場所で小さな出会いがあったりするんだろう。僕は直線道路を走りながらそう思った。いつかこんな出来事の一つ一つが積み重なって、僕の今までを越えたら。変われるだろうか。本当に新しい自分を見つけて、過去ごと認めることができるだろうか。これが、カインだと。そして、アベルだと。過去は変えられなくても。存在が変えられなくても。積もる今で、今とは違う自分たちに成れると信じたかった。
月の果てに辿り着けたら、いつか地球の青に触れてみたい。この星には、無い色だから。青は自由の色なんだと、誰かに聞いたことがある。
Metropolis
end.
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