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Metropolis 11
しおりを挟む「餞別だ。持ってけ」
エントランスを出て見送りに立った医者は、そう言って傍らの古いバイクと現金を寄越した。僕は目を思わず目を円くする。
「そんなわけにいかないよ!」
「いいから。バイクは知り合いから譲ってもらったやつだしな。俺は一人だし豪遊するわけでもねぇから金に不自由はしてない」
「だけど、」
「だから、野暮なこと言うんじゃねぇって。俺を立てろ」
医者の心遣いに僕はなんと言ったらいいのかわからず、心の底からお礼を言う以外に出来る事は無かった。
「ありがとう、何から何まで…これは、必ず返しにくるよ」
「…おう。必ず来いよ」
そうして僕等は、いつかの再会の約束を取り付けた。名残惜しい気持ちを振り切って、僕等はまた、誰も僕等の事を知らない雑踏に紛れていった。
僕等は少しの荷物を積んだバイクを引きながら、やっと見慣れた活気あるストリートを後にした。そして、案内板の光る出入口から、地下ステーションへ降りる。電光看板の連なる四角い通路を抜けて、やがてプラットホームに出た。
「乗り物は貨物に預けますか? 貨物に一緒に乗り込むなら安くなりますが」
「うん、それで構わないよ」
「かなり乗り心地は悪いですよ?」
「平気さ」
窓口で親切な駅員にそう案内されて、僕等は通常席より安い切符で貨物へ乗り込んだ。荷物がたくさん乗った貨物に、僕等の他には3人バイクを連れた乗客が居た。彼等は僕等が乗り込むと少しだけこちらを見たけど、すぐに興味を失ったように目を逸らした。貨物だから明かりも僅かで薄暗い。足元に気をつけながら、僕等は隅に落ち着いた。
やがてブザーが鳴って、メトロは動き出した。一番安い列車で座席すらない貨物は、やはり快適とは言えなかった。発車と同時に閉まった扉のせいで中は更に真っ暗だったし、ガタガタ揺れた。だけどバイクが倒れるほどじゃない。僕等は壁に背を預けて振動に揺られながら、ぼんやりしていた。
バイクで行くには少し遠い、隣町。メトロで2時間。どんな街だろう。あまり治安は良くないと言っていたけど、月に治安の良い街は少ないから仕方ないんだと、医者が言っていた。セルアシティは活気が有って人も優しかったんじゃないかと思う。他の街を知らないけど、ルナとは随分違っていた。もしかしたら次の街はルナみたいなのかもしれない。でもだとしても、僕等はそこの飼い猫ではない。野良なんだ。
僕は立てた膝に腕をかけて、その腕へ顔を埋めるようにして頭を支えた。揺り篭というには荒すぎるけど、列車の揺れはなんだかそれに近いものに感じて、目蓋を閉じた。そんな記憶ないはずなのに、何故か暗い海の底に居るみたいだと思った。陽の光の届かない、深海を泳いでいるような。誰も言葉を発しないから、個が暗闇に溶けて、存在は溶けて一体になって…そのイメージはやっぱり海だった。ディスプレイやホログラムでしか知らない、どこかに在るはずの、海。生き物はみんな海から生まれて、涙はその名残なのだと聴いたことがある。あの遥か彼方、地球の青。
体勢をそのままに、横目でふとアベルを視た。暗い中に、薄く浮かび上がるアベルの姿。どこかを真っ直ぐ視ているけれど、何も視ていないのかもしれなかった。
「カイン、着きましたよ。カイン、」
「…ん、アベル」
アベルに揺り起こされて、僕は目を上げた。揺れていない列車の扉が開いていて、電灯の光が差してた。僕等はバイクを引いて、ステーションを出た。
地上に出ると、そこは夜だった。そう、月はもう夜の周期だ。店が犇くストリートは原色使いのネオンと、店内の暖色の明かりで照らされていた。行き交う人の中に、ギャング然とした雰囲気の人間も混ざっている。アベルに導かれて、僕等は空いている安モーテルに入った。煉瓦の壁の細長い建物のモーテルだ。
「しばらく此処に居よう。明日から僕、仕事を探しに行くよ。貰った資金が尽きてからじゃ遅いからね」
「そんなこと、私がします。カインは休んでいて下さい」
「なに言ってるんだ、アベルだけにやらせるわけにいかない」
「私はアンドロイドです。主人の役に立てなければ、」
「もう、バカなこと言うなよ。そりゃシステム上じゃそうかもしれないけど、僕と君は対等なんだ」
ベッドにうつ伏せになって、頬杖をついた僕はアベルに微笑いかけた。アベルは返答に困ってる。そうだろうな、だってアベルのいうこと自体は最もなんだ、機械的な意味でいえば。でも僕はアベルをただの機械として使いたくはない。それに甘えてしまうことが多いのは事実だけど、なるべく。パートナーなんだ、アベルは。ただの機械じゃない。けど、それをアベルに解れっていうのは、それこそ僕の、人間の自分勝手な都合なのかもしれない。僕自身、人間の事が解ってるわけじゃないのに、アンドロイドと人との違いや、お互いがどうあるべきなのかを考えるのは、とても難しいことに思えた。
「いろんなところを旅してさ…いろんなことをして…良いところを見つけたら、いずれそこへ住むなんてのも、いいかも、な」
ほとんど独り言みたいに、僕は小さな幻想を口にする。
「この間、思ったんだ。医者のとこへさ、街から帰った時に。ほら、僕が居たルナなんかでは、ずっと仕事してるみたいなもんだったけど…出されたものを食べて、清潔にして、身嗜みを整えて、それを脱がされて乱されて、セックスして、汚れを流して、眠ることの繰り返し。けど、あそこは違うんだよな。生活をするための場所だった。仕事をするためだけの場所じゃなかった。生きるための場所なんだろうな。ルナやホテルなんかとは、全然ちがう。あんな風にさ、生活できたらって。アベルとふたりで、どこかで、ただ生きるんだ。寝る以外の仕事をしてね」
「…はい」
アベルは、眼を細めて僕に微笑いかけた。どこかはにかむようにも見えたし、なぜか少しだけ寂しそうにも見えた。
「あなたと、ふたりで」
僕の言葉を反芻したアベルは、それは、いったいどんな意味のあるプログラムなんだろう。
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