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Metropolis 08
しおりを挟む「無事逃げられたでしょうか」
真っ赤なスーツを着た女は、モニター室の隅でコーヒーを飲みながら言った。
「さァな…そうあればと願うが。俺が監視できるのはこの街の中だけだ。それ以上はどうしようもない」
言われた男は頬杖をついて、モニターを眺めている。壁一面に並べられた数十ものモニターには街行く人々が映っている。数分おきに画面が切り替わり、この街に蠢く客と売人が映っては消えていく。
「あそこさえ切り抜けられれば、あまりしつこく追うようなこともしないでしょうが。どうせ商品は使い捨てだもの」
「そうだな…遺伝子操作の賜物で、今は綺麗な顔の奴は多いし。いくら目玉商品でも、あいつ一人にそんな時間を割く気はないだろう」
「そもそもなぜピストルを渡したのです?」
「…いっそ死んだ方が楽だと、あいつが思うのなら、俺にはそれくらいのことしかできないだろ。…なんて、最低だよな。保身を捨てれば、きっと救ってやれたのに」
「そんなことはありません。できることは限られています」
「…君にも迷惑をかけたな。もしバレたら、俺に脅されたと言えよ」
「ええ、そうします」
女はそう答え、コーヒーを置くとモニターの監視に戻った。きっとまた通信が入り、脱走者をモニターで追うことになるだろう。
「俺はあいつの自殺が成功すると思ってたよ。あの日ピストルを渡すとき、これが最期だと思った」
「惜しいのですか?」
「いや。少しはマシだと思ってな。事実会うのは最後になったわけだけど。そんな終わり方をするより、外に連れ出してやれたらと、思ったから」
「…なぜです? 不遇な人生を送っている人間は、この街にはいくらでも居ます。この監視モニターがその証ではないですか。彼ひとりだけではありません」
男は煙草に火を灯すと、ゆっくりとそれを吸い込み、吐き出した。
「ここへ毎日通勤してくる途中にな、あの店はあったんだ。ある日見上げたその窓に、あいつは立ってた。それからなぜか気になってな。通るたびに見上げるようになったんだ。あいつは絶対に開かない窓の向こうで、街を見下ろしたり、空を見上げたりしてた。あんまり外に出たそうな、瞳をしてて…忘れられなくなったんだ」
「…それで買うように? …そうですか、私はあなたが気でも触れたかと思いました。あなたが男娼を買うだなんて」
「はは、そうだな。俺も自分に驚いたよ。…何をしたとしても、結果がどうなっていたんだとしてもな、俺はきっとこれから先もずっと後悔するよ」
「後悔?」
「ピストルを渡す慈悲なんてバカげてたよ。そんなことをするくらいなら見ないふりをするか、そうでないならやっぱり連れ出すべきだったんだ」
たとえ死んでもな。男はそう言うと、立ち昇る紫煙を見るともなく眺めた。
「この街に居ると、虚しさばかりが募るな。それも麻痺して、こうして最低な人間が増え続けていくのさ」
「それでも、私もあなたも、この街から出られません」
「囚われているのは俺達も同じだな」
電子音。
通信が入り、モニターが切り替わる。一人の女が裸足でコンクリートを駆けていく。
「…せめてあいつだけでも、外で生きていたらいいのに、な」
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