Metropolis

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Metropolis 05

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「ねえ、この街の外には昼があるんだろ?」

再び潜り込んだ廃ビルのベッドで、僕は座ったアベルの膝の上へ頭を乗せていた。機械なのに硬くないんだ、セクサロイドって。
飲み食いしても盗んだ金はまだあったけど、モーテルなんか使ってルナキャットの奴等に捕まったらコトだ。僕なんかそれなりに高い男娼だったし、どこかに客がいたらバレてしまう。

「はい。月では15日周期で昼夜が巡ります。この街はドームで空を覆い、光を遮る形で夜をずっと続けています」
「それって夜空自体がニセモノってこと?」
「そうです」
「なんの為に? その夜空の向こうだって銀河なんだろ?」
「そうですね。空の様子はあまり変わりません。ただ、ネオンや商品の美しさを目立たせるには昼の明るさより夜の方が都合が良いから、という事らしいです」
「じゃ、なに。僕が毎日窓から観てた空って只の壁紙みたいな感じなの?」
「ええ、ほとんどそういう事になります」
「……それってショックだ。そういう仕組みとは知らなかった…」

僕がちょっとしたゲシュタルト崩壊を感じて項垂れていると、アベルは僕の頬に触れた。

「もう眠ってください。明日には街を出られるでしょう」

そう言ったアベルは、どこか慈悲深い瞳をしているように見えたけど、きっとそれは僕の頭がそう見せてるだけなんだろう。だっていくら精巧でも、彼はアンドロイドなんだから。そう、アンドロイド。勘違いしちゃいけない。―――だけどなぜ勘違いしちゃいけないんだろう。彼が人間だと思い込むことで何か問題が起きるだろうか、僕と彼の間に。

「そうだね。もう寝よう」

僕は考えるのをやめて目を閉じた。目蓋を閉じる前、廃墟の窓へ視線を向けて、夜を眺めるアベルの横顔を見た。それはいつまでも僕の暗い目蓋の裏に残って、その影を溶かすようにして僕は眠りに落ちた。




 + + +




「ここがParadaise Lunaの果てってわけだ」

僕等はバイクでシティの南の隅まで飛ばして、また乱立している廃ビルの一つに入った。
そこは確かに繁栄を遠く感じさせる墓地のような静けさを持っていたが、微かに人の出入りを感じさせた。たとえば埃が不自然に積もっていない微かな道ができてること。それは地下一階のマンホールまで続いていて、やはりアベルが言う通り、ここが出入り口で間違いなさそうだ。

マンホールの蓋を外して僕が入り、それからアベルが入って中から蓋を閉めた。
梯子を降りるとそこは古い下水道のようで、鼻をつく酷い臭いが僕を襲った。

「こっちです」

壁伝いに先を歩くアベルの後を追っていくと、下水道の途中でアベルが脚を止め、しゃがんだ。足元にある小さなスイッチを押したらしい。壁が開き、中にもう一つの通路が現れた。僕等はドブ川沿いよりははるかにマシなそこを通って、1時間ほど歩いた。それから現れた簡素なエレベータに乗ると上へ運ばれ、ついに錆びた扉が開いた。

「なんだ、戻ってきたんじゃないか?」

明るい光を想像していた僕の期待を裏切り、扉が開いたそこはまた薄暗い廃ビルだった。確かに少し明るいが、先刻の場所と大差無い。

「いえ、ここはもうParadaise Lunaの外、隣町のセルアシティです」
「セルアシティ…」

当然だが、僕には聞いたことのない名前だった。実感の湧かないままビルを出ようと、扉を開いた瞬間。

「…!」

今度は光の溢れるのを感じた。視界を白い光が埋め、僕は光に視界を掻き消されそうになった。目を瞑って、それからゆっくり目を開けようとした。けれど、僕は少し目蓋を開けただけで、もう眩んでしまって、しっかり開くことができなかった。

「…アベル…!」
「…カイン?」
「目を、開けられない…!」
「……カイン、ゆっくり…」
「……できない」

せっかく昼間に辿り着いたのに、僕は何度試みても目を開けることができなかった。目を閉じていても眩しいくらいだ。

「…カイン。今から行かなくてはならない所が2つあります」
「…どこ」
「貴方のその瞳は夜しか映せません。まず、それをどうにかします」
「夜しか、映せない?」

それは僕にとって、とてもショックな事だった。僕はどこかで、昼に憧れていた。照明の要らないような、明るい陽の当たる世界があるということに、僅かながら希望を持っていたのだ。

「大丈夫です。Paradaise Lunaで生まれ育った人間には珍しくないようです。方法はありますから。ご安心ください」

アベルの救いの声に、落ち込む気持ちをなんとか持ち上げて、僕は頷いた。

「…わかったよ。それで、どこへ?」
「目を閉じたままついて来て下さい。決して私の手を放さないように」

僕が頷くと、アベルが僕の手を取った。ゆっくりとした足取りで、アベルが僕を連れて行ってくれるけど、つい障害物を恐れて脚が止まってしまう。すると、頬に肌の感触があって、耳元で囁くアベルの声が聞こえた。

「カイン。大丈夫です。私を信じてください。あなたのことは、たとえ私が破壊されようとお守りします」
「…それは…僕がマスターだから?」

バカだな。そんなこと、アンドロイドに聞いてどうするっていうんだ―――

「あなたがカインだからです。そしてこれは、約束です」

頬を撫でるアベルの指先が、とても優しかった。僕は――僕はそんな風に触れられたことがない。そんなに大切そうに、触れられたことなんか―――。セクサロイドは、みんなこうなのかな。コイビトのように、甘くやさしく、ゆめみたいに造られて―――。

「私を信じてください、カイン」
「…信じるよ、アベル。僕が信じられるのは、君だけなんだから――」

それから僕等はゆっくり歩き出した。すり抜けていく人の気配を感じる。街の雑踏は、なぜだろう。あの街とは違って聞こえる。何が違うのか、視界を奪われた僕には確認できない。僕はまるで別世界に迷い込んだように、雑踏の中でどこか隔絶された気持ちになりながら、アベルだけを頼りに歩いた。とても不安だったけれど、アベルの存在は信じていられる。アベルへの不安は、僕には無いみたいだった。

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