Metropolis

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Metropolis 03

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ゴミ収集車がゴミ処理場に辿り着く前に、僕等は減速したところを見計らって車を飛び降りた。一瞬速く飛び降りたアベルが、僕を受け止めてくれた。流石の強度でびくともしない体幹は、たぶん人より相当重い。

繁華街を避けて、寂れた路地裏ばかりを選んで歩く。
派手なネオンの残骸が、華やかに輝く大通りを睨んでいた。点滅しながら死にかけている、打ち捨てられた看板。
街の上を低空飛行する業者の飛行船がピンクチラシをバラ巻いているせいで、時折ここまでそれが舞ってきた。
僕はそれを踏みつけながら、行き先を見つけられないまま歩き出した。

「304、」
「イエス、マスター」
「この街を出るにはどっちへ行ったらいい?」
「……東西南北それぞれに、1つずつゲートがあります。ゲートを除けば7つの抜け道があります」
「…驚いたな。そんなものプログラムされてていいのか?」
「この星の外ではシティParadaiseLunaのルートはあまり厳しい管理下にありません。過去に私はParadaiseLunaの詳細データをインストールしています」
「へぇ。前のマスターは随分スキモノだったってわけか」

僕は立ち止まって少し思案すると、304に言った。

「そうだな。それじゃ、南がいい。南に抜け道はある?」
「2ルートあります」
「うん。じゃあその近い方ね」
「了解しました。ナビを起動します。私について来て下さい」

そして僕等は、南へ歩き出した。

ゴミの多い路地には病人や怪我人が座り込んでいて、随分荒んでいた。きっとこの街で働けなくなって捨てられたんだろう。壊れたアンドロイドならゴミ処理場やジャンクショップだし、人間なら未だに臓器売買に使われることもあるけど、それが無理ならこうして放り出されるのも少なくない。荒んだ管理体制なのだ。流行り病も多い。こんな具合なら、僕にも追っ手なんか来ることなくすんなり逃げられるかもしれないな。

僕等はそれから3時間ほど歩いたけど、アンドロイドじゃない僕はもうかなり疲れてしまって、とうとう根を上げた。だいたい僕は、あの部屋から碌に出られなかったから長時間歩いた事も無い。

「ねえ、あとどれくらいかかるのかな?」
「このペースであれば47時間ほどです」
「休み無く歩いて?」
「そうです」
「……あぁーそうなの? 今日はもうどっかで休もう。ろくに寝てないんだ」
「イエス、マスター」
「一応モーテルなんかは避けた方がいいよな…せめてこの街を出るまでは。この辺りに管理外の廃ビルは?」
「3軒あります」

少し歩くと、廃ビルはすぐに見つかった。
コンクリートが崩れ落ちそうなほど、遠い昔に建てたような古いビルだった。そこへ入り、埃の積もった部屋の一つに入った。
やはりここも昔は寝るための見世だったのだろう。色褪せた寝室ばかりが連なって、なんだか気持ちが悪かった。
だけど僕は眠りたかったから、せめて念入りに埃を払って、ベッドにそっと横たわった。

余程粗悪な素材で作られたことが解る、脆く割れた硝子の窓からは、様々な色の灯る蒼白いビル郡の隙間から夜空が見えていた。夜明かりに照らされた僕の腕も、蒼白く染められている。この部屋も、まるで、静かな毒に沈んでいるみたいだ。

「304、」
「はい」
「僕が歩きながら何を考えていたかわかる?」
「いいえ」
「君と僕の名前を考えてたんだ。約束したろ」
「…ヤクソク」
「そう、約束」

304は目を円くして、人間みたいに小首を傾げた。

「あなたは果たすのですか」
「え?」
「あなたは約束、を、果たすのですか」

質問の意図が解らなくて、今度は僕が首を傾げた。

「アンドロイドへの約束は果たされないと、私の統計データは示しています」
「…そうか。そうだね…僕も、約束なんて、果たされたことは数えるくらいだ…そう、このピストルくらいかもしれないね」

枕元に置いたピストルの白銀のボディは、美しい。冷たい感触も、潔かった。これをくれた人は、唯一、僕を人だと思っていてくれたような気がする。今にして思えば、他の人とは瞳の語るものが違っていたかもしれない。

「僕は約束を守るよ。君が僕との約束を守るように」
「約束、ですか? それは…命令、では」
「違うよ。命令じゃない。僕が君に言うのは、頼んでるんだ。そして僕等が了承したことは、約束だよ」
「…約束。」

まるで覚えたての言葉を繰り返すように、304はそう反芻してから、とてもきれいに、微笑った。
彼が微笑うのを僕は初めて見たし、また彼が微笑うことができるということに、僕は驚いた。
そういえば、セクサロイドはアンドロイドの中でもとりわけ人間に近く、人間の感情の脳波を最低限、人に逆らわない程度に制御された中でプログラムされていると聞いた事がある。どこまでも人間に都合よく造られているのだ。化学工学の全てを駆使して。

「来て、」

僕はベッドの横に立っていた304の方へ腕を伸ばし、その手を取ると自分の方へ引き寄せた。
304は引かれるままに僕の腕の中へ崩れて落ち着いた。僕は彼の首に腕を回して抱き締める。仄かな体温までが、人を模していた。

「ねえ、304」
「はい、マスター」
「僕は神なんてものが居るなら恨むよ。だからカインだ。君はアベル。恨みや憎しみを知らない。君はプログラムだけを信じる他ない…。僕は君を壊したりしないけど、僕等はカインとアベルだよ。わかる? 君は今日からアベル。僕はカインだ」
「了解しました、マスター。聖書のデータと関連付けました。私はあなたであるカインに殺されることのないパターンのアベルです」
「ふふ…真面目だな。アベル、ねえ、呼んでよ、僕のこと。マスターじゃなくて、カインって…」
「カイン」
「そう。カインだよ。僕等はもう飼い猫じゃないんだ」

相も変わらず宇宙に縛り付けられているけれど。あの閉ざされた部屋にはもう居ない。腐った神のシステムを抜け出す、僕等は逃亡者だ。リアルではどこまで逃げられるか、試してみよう。

「アベル、僕を好きだって言って…」
「好きです、カイン」
「愛してるって」
「愛しています」
「ずっと一緒に居るって言って」
「ずっと一緒に居ます、カイン」
「アンドロイドは嘘を吐かないんだろ? アベル」
「はい。カインの“約束”に違えることはありません」
「アベル…」

抱き締めたアベルの身体は、今まで触れた誰とも違っていた。とても人間に近い。体温すら。それなのに、ここに居ないみたいだ。不安になる。だけど嘘は吐かない。アンドロイドは嘘なんか吐けない。プログラムは正確だ。アベルはずっと僕の傍に居るんだ。


虚空の言葉を返すアベルの機械的な存在で、僕は心の奥の空白を無理やり埋めようとする。 


祈るように唇付けた、それは約束の儀式だった。


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